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6 外出とは
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マルセルはその日の夕方にやって来た。
本当は雪音ちゃんとふたりで交渉に立ち向かいたかったのだが、忙しいとお断りされてしまった。というわけで俺は単騎でマルセルと対面している。一応イアンも同席してはいるが、彼はただのお世話係的な人である。手助けはあまり期待できない。
「マルセル殿下!」
「なんでしょうか。ミナト様」
俺に対して敬語プラス様付けで対応するマルセルは、どうも心の底から俺のことを神様だと信じているらしい。悪い冗談だ。一体俺のどこを見てそんな神聖な存在と勘違いしているのか。
「外に出たいです!」
「ご冗談を」
冗談ではないが?
え? どういうタイプの冗談ですか?
再度「外出したい! お出かけしたい!」と主張すれば、マルセルは「ミナト様を危険に晒すわけには」と渋ってしまう。だから危険ってなんだよ。ただの成人男子相手にどんな危険があるっていうのだ。このままでは息が詰まって限界がきそうである。大袈裟に頭を抱えて唸ってみる。
「暇すぎてもう耐えられない。こんな扱いはあんまりだ」
「……少し、考えさせてはくれませんか?」
お? なんだか少し折れてくれそうな雰囲気だぞ?
こくこく頷けば、マルセルは「護衛や外出先など、色々考えなければならないので」と言い添える。
「やったぁ!」
これはもうOKをいただいたも同然だ。両手を上げて喜べば、マルセルが顔を綻ばせる。
「ミナト様の幸せはこの国の幸せにもつながりますからね」
「つながらねえよ?」
なにはともあれ、お出かけである。俺の心は久しぶりに浮き足立った。
※※※
「思ってたんと違う」
「ひとまずはこれで勘弁してください」
困ったように眉を寄せるイアン。わかってるよ。君は何も悪くないさ。悪いとすればマルセルである。あの腹黒王子め。
案外あっさり出された外出許可に喜んだのも束の間。俺に許された範囲は、別館の中という非常に狭い空間だった。室内やんけ。こんなの外とは言わないだろ。
これを外出とは認めないぞと拳を握りしめるが、行動範囲が広がったのも事実である。まぁいいさ。自由への第一歩としては上出来だ。うんうん。
必死に己に言い聞かせて納得する。本当は不満たらたらである。
そうして小指の先ほどの自由を手に入れた俺が一番に乗り込んだのは、聖女雪音ちゃんの部屋であった。
「お邪魔しまーす」
「ひぇ! 推しが自室に!」
なにやら顔が綻びっぱなしの雪音ちゃんは、張り切って俺に室内を案内してくれる。
「あちらがソファーです」
「知ってる」
「あそこに見えますのはクローゼットです」
「見ればわかります」
「あ、ここ! バストイレ付きなんですよ?」
「知っています」
「なんと! じゃあ次は、えっと、そうだな。家具付きでございます!」
「存じております」
雪音ちゃんの部屋は、俺に与えられた部屋とほぼ同様の作りであった。目新しさも何もない。ふたりして不動産屋ごっこをしてみるもすぐに飽きた。
ぽふんとソファーに座り込んでため息。
「暇」
「申し訳ない。私が一発芸のひとつでも披露できればよかったんですけど」
訳のわからんことを口走る雪音ちゃんは、根はいい子だと思う。暴走が酷いけど。
「にしても。突然女の子の部屋に押しかけちゃってごめんね」
「いえいえ全然! むしろ嬉しいのでお気になさらず」
にこっと笑う雪音ちゃんの側には、護衛さんらしきイケメンが控えている。じっと視線を送っていれば、遠慮がちに目礼が返ってきた。
「彼、結構イケメンだね」
「なんか護衛とかいって四六時中張り付いてくるんですよね」
「乙女ゲームみたいだね」
「いやいや! 私はカミ様一筋なので!」
あり得ないです、と笑う雪音ちゃんは、事実俺のことしか見ていなかった。これは変な期待を持たせる前にどうにかせねば。
「ごめん。俺、雪音ちゃんと恋人云々はちょっと」
「わかってますよ。これでもカミ様の長年のファンですから」
長年て。俺そんな長々とアイドルやってないけどね。しかし俺のことをマジで理解してくれているらしい雪音ちゃんは「カミ様の好みの女性のタイプも存じております」と大きく頷いた。
「というわけで、マルセル殿下はどうですか?」
「どうですか? なにが?」
なんか話が変な方向にねじ曲がったぞ。
得意な顔で語り出す雪音ちゃんは、マルセルがいかに素晴らしい人物かを説明し始めた。急にどうしたん、この子。
「なにより金持ちですよ! この国の未来の王様です! 将来安泰どころじゃないです。目指せ玉の輿ですよ!」
「玉の輿……?」
いかん。
清楚な女子高校生がとんでもないこと口走ってる。
「え、ちょっと待って。なんの話?」
一旦制止すれば、雪音ちゃんはこてんと首を傾げた。
「なにって。カミ様の好みのタイプの話ですよ。マルセル殿下とかピッタリじゃないですか」
「どこが??」
あの腹黒王子のどこが俺の好みだって?
問いただせば、雪音ちゃんは「だって」と思い出すように視線を上に向ける。
「カミ様の好みのタイプって、包容力ある年上の人ですよね?」
「そうそう。俺を養ってくれるとなお良い」
「知ってます! 金持ちのお姉さんに養われたいってトーク番組でぶっちゃけてましたよね。私見てました!」
そうそう。よく知ってるな。どうやら俺の出る番組チェックまでしてくれるタイプのファンだったらしい。ありがたい。
「あの時、ファンの間でちょっとした騒ぎになったんですよ。カミ様、恋人できたら芸能活動やめるんじゃないかって」
「やめないけど?」
「あ、やめないんですか? てっきり養ってもらうために仕事辞めるのかと」
「養ってはもらいたい。でもアイドルとしてチヤホヤもされたい」
「なんて我儘! 可愛い!」
まぁ恋人なんていないけどさ。仕事忙しくてそれどころじゃないよ。いや今は異世界来ちゃったから、もうアイドル活動もできないけどさ。
そうか。もうできないのか、アイドル。
突然異世界に来たことを実感してしみじみしていた俺であったが、雪音ちゃんの言葉で我に返った。
「ということで! マルセル殿下に養ってもらえばいいと思います!」
何を言い出すのだ、この聖女は。
本当は雪音ちゃんとふたりで交渉に立ち向かいたかったのだが、忙しいとお断りされてしまった。というわけで俺は単騎でマルセルと対面している。一応イアンも同席してはいるが、彼はただのお世話係的な人である。手助けはあまり期待できない。
「マルセル殿下!」
「なんでしょうか。ミナト様」
俺に対して敬語プラス様付けで対応するマルセルは、どうも心の底から俺のことを神様だと信じているらしい。悪い冗談だ。一体俺のどこを見てそんな神聖な存在と勘違いしているのか。
「外に出たいです!」
「ご冗談を」
冗談ではないが?
え? どういうタイプの冗談ですか?
再度「外出したい! お出かけしたい!」と主張すれば、マルセルは「ミナト様を危険に晒すわけには」と渋ってしまう。だから危険ってなんだよ。ただの成人男子相手にどんな危険があるっていうのだ。このままでは息が詰まって限界がきそうである。大袈裟に頭を抱えて唸ってみる。
「暇すぎてもう耐えられない。こんな扱いはあんまりだ」
「……少し、考えさせてはくれませんか?」
お? なんだか少し折れてくれそうな雰囲気だぞ?
こくこく頷けば、マルセルは「護衛や外出先など、色々考えなければならないので」と言い添える。
「やったぁ!」
これはもうOKをいただいたも同然だ。両手を上げて喜べば、マルセルが顔を綻ばせる。
「ミナト様の幸せはこの国の幸せにもつながりますからね」
「つながらねえよ?」
なにはともあれ、お出かけである。俺の心は久しぶりに浮き足立った。
※※※
「思ってたんと違う」
「ひとまずはこれで勘弁してください」
困ったように眉を寄せるイアン。わかってるよ。君は何も悪くないさ。悪いとすればマルセルである。あの腹黒王子め。
案外あっさり出された外出許可に喜んだのも束の間。俺に許された範囲は、別館の中という非常に狭い空間だった。室内やんけ。こんなの外とは言わないだろ。
これを外出とは認めないぞと拳を握りしめるが、行動範囲が広がったのも事実である。まぁいいさ。自由への第一歩としては上出来だ。うんうん。
必死に己に言い聞かせて納得する。本当は不満たらたらである。
そうして小指の先ほどの自由を手に入れた俺が一番に乗り込んだのは、聖女雪音ちゃんの部屋であった。
「お邪魔しまーす」
「ひぇ! 推しが自室に!」
なにやら顔が綻びっぱなしの雪音ちゃんは、張り切って俺に室内を案内してくれる。
「あちらがソファーです」
「知ってる」
「あそこに見えますのはクローゼットです」
「見ればわかります」
「あ、ここ! バストイレ付きなんですよ?」
「知っています」
「なんと! じゃあ次は、えっと、そうだな。家具付きでございます!」
「存じております」
雪音ちゃんの部屋は、俺に与えられた部屋とほぼ同様の作りであった。目新しさも何もない。ふたりして不動産屋ごっこをしてみるもすぐに飽きた。
ぽふんとソファーに座り込んでため息。
「暇」
「申し訳ない。私が一発芸のひとつでも披露できればよかったんですけど」
訳のわからんことを口走る雪音ちゃんは、根はいい子だと思う。暴走が酷いけど。
「にしても。突然女の子の部屋に押しかけちゃってごめんね」
「いえいえ全然! むしろ嬉しいのでお気になさらず」
にこっと笑う雪音ちゃんの側には、護衛さんらしきイケメンが控えている。じっと視線を送っていれば、遠慮がちに目礼が返ってきた。
「彼、結構イケメンだね」
「なんか護衛とかいって四六時中張り付いてくるんですよね」
「乙女ゲームみたいだね」
「いやいや! 私はカミ様一筋なので!」
あり得ないです、と笑う雪音ちゃんは、事実俺のことしか見ていなかった。これは変な期待を持たせる前にどうにかせねば。
「ごめん。俺、雪音ちゃんと恋人云々はちょっと」
「わかってますよ。これでもカミ様の長年のファンですから」
長年て。俺そんな長々とアイドルやってないけどね。しかし俺のことをマジで理解してくれているらしい雪音ちゃんは「カミ様の好みの女性のタイプも存じております」と大きく頷いた。
「というわけで、マルセル殿下はどうですか?」
「どうですか? なにが?」
なんか話が変な方向にねじ曲がったぞ。
得意な顔で語り出す雪音ちゃんは、マルセルがいかに素晴らしい人物かを説明し始めた。急にどうしたん、この子。
「なにより金持ちですよ! この国の未来の王様です! 将来安泰どころじゃないです。目指せ玉の輿ですよ!」
「玉の輿……?」
いかん。
清楚な女子高校生がとんでもないこと口走ってる。
「え、ちょっと待って。なんの話?」
一旦制止すれば、雪音ちゃんはこてんと首を傾げた。
「なにって。カミ様の好みのタイプの話ですよ。マルセル殿下とかピッタリじゃないですか」
「どこが??」
あの腹黒王子のどこが俺の好みだって?
問いただせば、雪音ちゃんは「だって」と思い出すように視線を上に向ける。
「カミ様の好みのタイプって、包容力ある年上の人ですよね?」
「そうそう。俺を養ってくれるとなお良い」
「知ってます! 金持ちのお姉さんに養われたいってトーク番組でぶっちゃけてましたよね。私見てました!」
そうそう。よく知ってるな。どうやら俺の出る番組チェックまでしてくれるタイプのファンだったらしい。ありがたい。
「あの時、ファンの間でちょっとした騒ぎになったんですよ。カミ様、恋人できたら芸能活動やめるんじゃないかって」
「やめないけど?」
「あ、やめないんですか? てっきり養ってもらうために仕事辞めるのかと」
「養ってはもらいたい。でもアイドルとしてチヤホヤもされたい」
「なんて我儘! 可愛い!」
まぁ恋人なんていないけどさ。仕事忙しくてそれどころじゃないよ。いや今は異世界来ちゃったから、もうアイドル活動もできないけどさ。
そうか。もうできないのか、アイドル。
突然異世界に来たことを実感してしみじみしていた俺であったが、雪音ちゃんの言葉で我に返った。
「ということで! マルセル殿下に養ってもらえばいいと思います!」
何を言い出すのだ、この聖女は。
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