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3 カミ様誕生

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 アイドル活動をするにあたってちょっと揉めた事がある。それは呼び名だ。メンバーそれぞれのイメージカラーも揉めたけど、それぞれの愛称決めの際もすごく揉めた。主に俺がごねた。

 荒神湊。

 こんな物騒な名字である。子供時代のあだ名は「荒ぶる神」だった。我ながら酷いな。特に中学・高校あたりは酷かった。俺が何かごねると周りの奴らはこぞって「荒ぶる神よ! 鎮まりたまえ」と全力で揶揄ってきた。不愉快である。

 そんな嫌な思い出のある俺は、名字で呼ばれることを断固拒否した。ちなみに芸名を使うという選択肢はなかった。俺は俺のまま有名になりたかった。地元の同級生に「あれ荒神じゃね? え、やば! アイドルやってんの? すごすぎ!」とチヤホヤされたかった。なんならいつ同級生から「アイドルなの?」メッセージが来てもいいように心の準備さえしていた。だから本名のまま芸能界に突っ込んでいった。

 そんなこんなで揉めに揉めた末、俺はミナトという愛称でいくことにした。下の名前そのまんまである。もっと面白い捻った呼び名にしろと事務所がうるさかったが全部無視してやった。俺はミナトだし。名前に面白さとか必要なくない?

 そんなこんなで「ミナトです!」とあちらこちらで自己紹介して回っていたにも関わらず、いつの間にかファンの子たちは俺のことを「カミ様」と呼び始めた。やめろ、ボケ。

 カミ様はあかん。それはダメだよ。今はまだカミ様で止まっているが、それはあれだろ? このまま行くといつか「荒ぶる神様」呼ばわりに進化してしまうおそれがあった。それはあかん。本当にダメ。

 ということで俺は、ファンの子に「カミ様!」と呼ばれるたびに「ミナトって呼んでね?」と念押しし始めた。結果、この一連のやり取りがお決まりとして定着してしまったというわけである。

 事務所は「いい掛け合い作ったね!」と俺のことを褒めていたが違う。俺はマジで訂正しているのである。戯れではない。これはガチだ。だがファンの子が誰ひとり言うこときかねぇ。なんて奴らだ。

 だが暴力沙汰なんてもってのほか。一発でアイドル人生が終わってしまう。

 そこで俺は完全に割り切った。これは仕事、これは仕事と自分に言い聞かせた。その成果もあって今では「カミ様~!」と声をかけられても咄嗟の笑顔プラスウインクで「ミナトって呼んでね?」と爽やかに応答できるまでに成長した。一向に呼び方を改めないファンへの怒りをどうにか押し込めることに成功したのだ。

 話が長くなったが。

 つまり目の前の聖女は俺のファンということである。

「本物だぁ。私すごくファンで。いやほんとに。カミ様のなんかこうやる気のない感じっていうか、ファンに対してたまにマジギレする大人気ないところとか大好きで!」
「ありがとう!」
「そのくせ無駄にプライド高くて、でも日本で一番モテる男になりたいとかチヤホヤされたいとか馬鹿正直に言っちゃうところとかマジで大好きです!」
「ありがとう!」

 俺なんか貶されてるんか? 悪口言われた? 気のせい?

 とりあえず仕事モードで元気にお礼を言っておく。「ひぇ! 想像以上のポンコツで可愛いぃ、やばい」と聖女が小声で震えている。ポンコツってなに? やっぱり悪口言われてるよね? 怒っていいか?

「あ、あの聖女様。お知り合いですか?」

 やがて我慢ができなくなったらしい騎士っぽい男が、おずおずと訊ねてくる。それに聖女が勢いよく答えた。

 思えばこれが始まりだった。

「はい! この方はカミ様です! 生きているうちに会話できるなんて。私幸せのあまり死んでしまいそう」

 場の空気が凍った。
 俺でもわかるくらいに凍った。

「神だと?」

 先程俺を貴様呼ばわりした殿下が引き攣った声を発した。いや神ではなく、カミ様ね。俺のあだ名ね。

 しかし俺が口を開くよりも早く、聖女が「はい! 私の世界のカミ様です!」と元気にお答えしてくれた。

 多分彼女的には「私の世界(から一緒に来た人で私の好きなアイドル)のカミ様です!」と伝えたかったのだと思う。そう思いたい。

 しかし省略しすぎたと思う。なんか異世界の人たちがざわざわしている。「異界の神……?」なんて戸惑った声があちこちから聞こえてくる。

 違います。神ではありません。ただの成人男性です。

 だが聖女は止まらなかった。多分推しに会えたハイテンションのままに喋っているものと思われる。さっきからすげぇ早口だもん。心なしか頰が上気している。

「カミ様はみんなを幸せにしてくれるんですよ! すごいですよね!?」

 これも多分、アイドルとしてファンのみんなに幸せを分け与えてくれているんです的なことを言いたかったのだと思う。言葉足りなさすぎでは?

 地下室全体に広がったざわめきは、もはや取り返しがつかない程になっていた。

「異界では神も人間と同様のお姿をしているのか」

 神職っぽいローブを纏った男が手を合わせて俺を拝み始めた。やめて、違うって。この人たち俺のことを本物の神だと勘違いしてるよ。俺でもわかるよ。この凄まじいすれ違い。

 だが聖女は気が付かない。俺に会えたことでテンション爆上がりしている彼女には周りの様子なんて見えていなかった。

 そもそも俺が仮に異界の神だとしてさ。パジャマ姿でピザ齧ってたことにはなんの違和感も持たないのですか? でもここ異世界だしな。ちょっと服が古めかしい感じだ。現代のような洋服はなさそうだからこれがパジャマであることに気が付いていないのかもしれない。誰か助けて。

「あ、あのですね、みなさん」
「おぉ!神がお言葉を」

 やめて。俺が喋っただけでざわつかないで。そこ、神託とか言わない。

 ダメだ。ろくに話を聞いてもらえない。おまけに聖女が「カミ様はそこに存在するだけでみんなを幸せにしてくれるんです」とまたもや余計なことを口走り始めた。あいつの口を塞ぎたい。

 もはや手の付けられなくなった地下室にて。異世界住民さんたちが俺にひれ伏したところで、もうね、終わったね。聖女め。
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