聖女召喚に巻き込まれた単なるアイドルですが異世界で神と崇められています。誰か聖女を止めてくれ

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
3 / 51

3 カミ様誕生

しおりを挟む
 アイドル活動をするにあたってちょっと揉めた事がある。それは呼び名だ。メンバーそれぞれのイメージカラーも揉めたけど、それぞれの愛称決めの際もすごく揉めた。主に俺がごねた。

 荒神湊。

 こんな物騒な名字である。子供時代のあだ名は「荒ぶる神」だった。我ながら酷いな。特に中学・高校あたりは酷かった。俺が何かごねると周りの奴らはこぞって「荒ぶる神よ! 鎮まりたまえ」と全力で揶揄ってきた。不愉快である。

 そんな嫌な思い出のある俺は、名字で呼ばれることを断固拒否した。ちなみに芸名を使うという選択肢はなかった。俺は俺のまま有名になりたかった。地元の同級生に「あれ荒神じゃね? え、やば! アイドルやってんの? すごすぎ!」とチヤホヤされたかった。なんならいつ同級生から「アイドルなの?」メッセージが来てもいいように心の準備さえしていた。だから本名のまま芸能界に突っ込んでいった。

 そんなこんなで揉めに揉めた末、俺はミナトという愛称でいくことにした。下の名前そのまんまである。もっと面白い捻った呼び名にしろと事務所がうるさかったが全部無視してやった。俺はミナトだし。名前に面白さとか必要なくない?

 そんなこんなで「ミナトです!」とあちらこちらで自己紹介して回っていたにも関わらず、いつの間にかファンの子たちは俺のことを「カミ様」と呼び始めた。やめろ、ボケ。

 カミ様はあかん。それはダメだよ。今はまだカミ様で止まっているが、それはあれだろ? このまま行くといつか「荒ぶる神様」呼ばわりに進化してしまうおそれがあった。それはあかん。本当にダメ。

 ということで俺は、ファンの子に「カミ様!」と呼ばれるたびに「ミナトって呼んでね?」と念押しし始めた。結果、この一連のやり取りがお決まりとして定着してしまったというわけである。

 事務所は「いい掛け合い作ったね!」と俺のことを褒めていたが違う。俺はマジで訂正しているのである。戯れではない。これはガチだ。だがファンの子が誰ひとり言うこときかねぇ。なんて奴らだ。

 だが暴力沙汰なんてもってのほか。一発でアイドル人生が終わってしまう。

 そこで俺は完全に割り切った。これは仕事、これは仕事と自分に言い聞かせた。その成果もあって今では「カミ様~!」と声をかけられても咄嗟の笑顔プラスウインクで「ミナトって呼んでね?」と爽やかに応答できるまでに成長した。一向に呼び方を改めないファンへの怒りをどうにか押し込めることに成功したのだ。

 話が長くなったが。

 つまり目の前の聖女は俺のファンということである。

「本物だぁ。私すごくファンで。いやほんとに。カミ様のなんかこうやる気のない感じっていうか、ファンに対してたまにマジギレする大人気ないところとか大好きで!」
「ありがとう!」
「そのくせ無駄にプライド高くて、でも日本で一番モテる男になりたいとかチヤホヤされたいとか馬鹿正直に言っちゃうところとかマジで大好きです!」
「ありがとう!」

 俺なんか貶されてるんか? 悪口言われた? 気のせい?

 とりあえず仕事モードで元気にお礼を言っておく。「ひぇ! 想像以上のポンコツで可愛いぃ、やばい」と聖女が小声で震えている。ポンコツってなに? やっぱり悪口言われてるよね? 怒っていいか?

「あ、あの聖女様。お知り合いですか?」

 やがて我慢ができなくなったらしい騎士っぽい男が、おずおずと訊ねてくる。それに聖女が勢いよく答えた。

 思えばこれが始まりだった。

「はい! この方はカミ様です! 生きているうちに会話できるなんて。私幸せのあまり死んでしまいそう」

 場の空気が凍った。
 俺でもわかるくらいに凍った。

「神だと?」

 先程俺を貴様呼ばわりした殿下が引き攣った声を発した。いや神ではなく、カミ様ね。俺のあだ名ね。

 しかし俺が口を開くよりも早く、聖女が「はい! 私の世界のカミ様です!」と元気にお答えしてくれた。

 多分彼女的には「私の世界(から一緒に来た人で私の好きなアイドル)のカミ様です!」と伝えたかったのだと思う。そう思いたい。

 しかし省略しすぎたと思う。なんか異世界の人たちがざわざわしている。「異界の神……?」なんて戸惑った声があちこちから聞こえてくる。

 違います。神ではありません。ただの成人男性です。

 だが聖女は止まらなかった。多分推しに会えたハイテンションのままに喋っているものと思われる。さっきからすげぇ早口だもん。心なしか頰が上気している。

「カミ様はみんなを幸せにしてくれるんですよ! すごいですよね!?」

 これも多分、アイドルとしてファンのみんなに幸せを分け与えてくれているんです的なことを言いたかったのだと思う。言葉足りなさすぎでは?

 地下室全体に広がったざわめきは、もはや取り返しがつかない程になっていた。

「異界では神も人間と同様のお姿をしているのか」

 神職っぽいローブを纏った男が手を合わせて俺を拝み始めた。やめて、違うって。この人たち俺のことを本物の神だと勘違いしてるよ。俺でもわかるよ。この凄まじいすれ違い。

 だが聖女は気が付かない。俺に会えたことでテンション爆上がりしている彼女には周りの様子なんて見えていなかった。

 そもそも俺が仮に異界の神だとしてさ。パジャマ姿でピザ齧ってたことにはなんの違和感も持たないのですか? でもここ異世界だしな。ちょっと服が古めかしい感じだ。現代のような洋服はなさそうだからこれがパジャマであることに気が付いていないのかもしれない。誰か助けて。

「あ、あのですね、みなさん」
「おぉ!神がお言葉を」

 やめて。俺が喋っただけでざわつかないで。そこ、神託とか言わない。

 ダメだ。ろくに話を聞いてもらえない。おまけに聖女が「カミ様はそこに存在するだけでみんなを幸せにしてくれるんです」とまたもや余計なことを口走り始めた。あいつの口を塞ぎたい。

 もはや手の付けられなくなった地下室にて。異世界住民さんたちが俺にひれ伏したところで、もうね、終わったね。聖女め。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

処理中です...