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110 疑いの目

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 朝。
 起きたらロルフがぼくの顔を覗き込むようにしてベッド脇に膝をついていた。いつの間にか寝ていたらしい。確かジョナスに抱っこしてもらって、ここに戻ってきて。その後の記憶があんまりないからすぐに寝てしまったのだろう。

「あ、おはようございます」

 締まりのない顔でへらへら笑うロルフに「おはよう」と返してから上半身を起こす。

 じっとロルフのことを凝視すれば、彼は不思議そうに首を捻った。夜中の騒ぎに気が付かなかったフリをするつもりだろうか。

「……ロルフ。夜中に何してたの?」
「夜中?」

 誤魔化せると思うなよ。真正面から尋ねれば、目を瞬くロルフは「寝てましたけど」とあたり障りのない答えを寄越した。嘘だな。

 布団を引き上げて、頭から勢いよく被っておく。ロルフが「ちょっと。起きてくださいよ」とぼくの布団を奪おうとしてくる。ロルフが嘘つくのがいけない。本当のことを言うまで起きないもんね。

 頑張って抵抗するが、ロルフのほうが歳上。五歳のぼくでは敵わない。あっさり奪われた布団。無防備なぼくは、せめて勢いでは負けないようにとベッドの上で立ち上がった。腰に手を当てて精一杯強がっておく。

「お行儀悪いですよ」
「ロルフ!」
「……なんですか」

 ぼくの大声に面食らったらしいロルフは、ぴたりと動きを止める。そうしてぼくの様子を窺う彼に、ビシッと指を突きつけてやった。

「夜中にぼくのはちみつ食べたでしょ!」
「食べてませんよ」

 すぐさま否定してくるロルフは、「なんの話ですか」と半眼になる。しらばっくれるつもりか。

「ぼくは知っています。ロルフはぼくに隠れてはちみつ食べてます。ぼくを誤魔化せると思わないでね!」
「心当たりがまったくありません」
「うそだぁ!」
「嘘じゃないですよ」

 強気に反論してくるロルフは、「はいはい。朝ごはん食べますよ」と言いながらぼくをベッドの上からおろしてしまう。

 負けじと再びベッドにあがろうとするが、ロルフが邪魔をしてきた。ジタバタ暴れてやるが、ロルフは涼しい顔である。ぼくの精一杯の抵抗が通用しない。五歳児ってなんて無力。

 しょんぼりするぼくに、ロルフがあわあわと動揺する。律儀にぼくの隣に屈んだロルフは「突然どうしたんですか?」と眉尻を下げて問いかけてくる。

「ぼくは夜中にはちみつが心配になってロルフの部屋に行ったの」
「なにがどうなったら夜中にはちみつの心配をする羽目になるんですか?」

 ぼくの話を遮ってくるロルフを無視して、夜中の出来事を説明する。はちみつが心配になったあまりロルフの部屋に突撃しようとしたこととか、ジョナスに抱っこしてもらったこととか、ジョナスに布団をかけてもらったこととか。

「ジョナス優しい。ぼく、ジョナス好き」

 へへっと笑えば、ロルフがわかりやすく眉を顰めた。

「なんであの人に懐くんですか!」
「ジョナスいい人。ぼく優しいお兄さん好き」
「俺だって優しいでしょ!?」
「ロルフは普通」

 普通ってなんですか! と声を荒げるロルフはジョナスのことが嫌いなのだろうか。あんなに色っぽくて優しいお兄さんなのに。ロルフだってジョナスとお話しすればすぐに仲良くなれると思う。

 そもそも部屋を出てこなかったロルフが悪い。ぼくは頑張って暴れたのに。それを無視したのはロルフだ。ロルフは寝てたと言うけれども。本当だろうか。実はぼくのはちみつ食べてたって可能性もある。

 じとっと疑いの目を向けておけば、ロルフが「俺は本当に寝ていました! 一度寝たら朝まで起きないので!」とよくわからない威張り方をしてきた。
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