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86 ちょっぴり優しい

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 とはいえ、騎士棟は屋敷の一角にあるわけで。この雨の中外に出ることになる。

 傘を用意するロルフから奪い取って自分でさそうとするが、ロルフは再びぼくを抱っこしようとしてくる。

「アル様。それ俺のなんで」
「ぼくが自分で持ちます」
「アル様には大きいです」
「大きくない!」

 ふんっと傘を掲げるぼくの手から、ロルフは素早く奪い去っていく。なにをするんだ。

 そのままぼくを手際よく抱きかかえて、片手で傘を持つロルフ。仕方がない。これで我慢してあげようと思う。

 雨の中、駆け足で騎士棟に駆け込んだロルフ。

「ライアン!! どこですかぁ!」

 パラパラと水滴を払うロルフの横で、ぼくはとりあえずライアンを探しておくことにした。「声でか」と、ロルフがびっくりした顔をしている。大きな声を出さないと、騎士棟のどこに居るのかわからないライアンを発見できないでしょうが。

「ライアン!」

 ぼくの大声に、周囲にいた騎士たちが何事かと集まってくる。違う。ぼくは騎士を集めたいわけではない。ライアンに用があるのだ。

「ライアンどこですかぁ!」

 ありったけの大声を出しておけば、ざわつく騎士たちをかき分けてライアンがやって来た。少々慌てたような様子で「アル様」とぼくを呼ぶ。

「何事ですか」
「ライアン。こんちは」
「あぁ、はい。こんにちは」

 苦笑するライアンは、次に集まった騎士たちに鋭い目線を向けると「散れ!」と一喝した。その声に、ちょっぴりビビるぼく。

 ライアンは基本的に優しいお兄さんだけど、騎士を相手にするとちょっと態度が悪くなる。副団長としての振る舞いなのだろうけど、突然怖い顔されると驚いてしまう。

 ロルフの服をぎゅっと握れば、彼は「え! どうしたんですか、アル様」と挙動不審になってしまった。

「ライアン。暇ですか?」

 ロルフはあてにならないので、ぼくがしっかりしないと。

 本当はノアのことは内緒にしておきたいのだが、ロルフの言う通りせめてライアンだけには真実を教えておいてあげないと。

 彼にもノエルお兄さんどうにかしてくださいとお願いしていたから。それにライアンはこの原作小説の主人公である。そんなに変な対応はしないと期待したい。

 お話がありますと伝えれば、ライアンは意外そうに目を見開いた。

「アル様が俺に? 別に構いませんが」

 時間をとってくれるというライアンに案内されて、騎士棟の一室に入った。あのまま玄関付近にいては騎士たちの注目を集めてしまうから。

 副団長の執務室として使用されている部屋は、きれいに整理整頓されている。真面目なライアンの性格をよく表しているような部屋だ。

 物珍しさからきょろきょろするぼくの横で、ロルフも視線を走らせている。ロルフは騎士じゃないから。騎士棟に入ることは、ぼくと同じく滅多にないのかもしれない。

「ライアン。お部屋きれい」
「どうも」

 ライアンを褒めれば、ロルフが「俺の部屋もきれいですけど!?」と変なアピールをしてきた。ロルフの部屋には入ったことないからわからない。

「ぼくのお部屋もきれい」

 えっへんと胸を張れば、「いや。アル様の部屋を毎日片付けているのは俺なんですけど」とロルフが悲しい顔をした。

 そういえばそうだったな。

「ロルフ。ごくろう」

 ペシペシと労りの気持ちを込めてロルフを叩けば、彼はへへっと緩い笑みを浮かべる。

「あの。それで俺に話とは?」

 咳払いでロルフとぼくの注意を引き付けたライアンは、本題に入れと急かしてくる。

 なんて説明しようか。
 迷う余裕もなく、とにかく口を開いてみる。

「んっと。ノエルお兄さんの偽物さん。本当はノエルお兄さんじゃなくて、ノアお兄さんです」
「ん?」

 目を瞬くライアンは、「え? 偽物の正体が分かったってことですか?」と前のめりに尋ねてくる。

「そう。ノアお兄さんでした」

 意地悪だけどちょっぴり優しいお兄さんですと言い添えれば、ライアンが「意地悪なんですか?」と変なところに食いついてくる。ノアは意地悪だけど。すんごくたまにちょっとだけ優しくなるお兄さんだ。
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