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71 まだはやい

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「……うわぁ」

 水たまり遊びが楽しくて、ついつい時間を忘れてしまった。そろそろお昼。お腹すいた。

 なんだか複雑な顔で遊んでいたロルフに声をかけて、屋敷に戻る。そうして玄関先ですれ違ったリオラお兄様が、あからさまに頬を引き攣らせていた。

「ど、え? どういう遊び方したの?」
「水たまりバシャってしました」

 楽しかったと感想を伝えれば、リオラお兄様はロルフに視線を向ける。それを受けて、ロルフはビクッと肩を跳ねさせている。

「……えっと。申し訳ありません」

 ぺこっと頭を下げるロルフは、冷や汗たらたらだ。

「なんでロルフも汚れているの?」

 アルはともかく、と眉を寄せるリオラお兄様。なんでって言われても。ロルフはぼくのお世話係さんなので、一緒に遊んでくれたのだ。

「リオラお兄様も一緒に遊びますか?」

 もしかしてお兄様も仲間に入りたかったのかもしれない。そう思ってお誘いするが、お兄様は「私は遠慮しておくよ」とやんわり断ってくる。

「とりあえず着替えておいで。あんまり汚したらいけないよ」
「はーい」

 泥だらけの服を見下ろして、素直に頷いておく。ロルフも汚れてしまっている。ちょっとはしゃぎすぎたかもしれない。

 午後からはノエルもやってくる。
 その前に綺麗にしておかないと。


※※※


「ノエルお兄さん。雨嫌い?」
「嫌いというわけではないのですが。濡れるのが嫌なんですよ。服も汚れますしね」
「ほほう」

 だから雨の日は出歩きませんと断言するノエルに、ロルフがこっそり苦笑している。この言い分だと、昨日うちにやってきたノエルは、やはりこのノエルとは別人ということになる。

「ところでアル様。なぜ髪が濡れているのですか?」
「お風呂に入りました。洗いました。きれいです」
「はぁ」

 なんでこんな時間に? と首を捻るノエルに、水たまりにバシャってした件を教えてあげる。ひくりと口元を引き攣らせるノエルは「アル様は豪快ですね。僕には真似できません」と、ぼくのことを褒めているのか貶しているのか、よくわからない言葉を吐く。

「髪、拭いたほうがいいのでは?」

 しかしノエルは意外と面倒見がよろしい。ロルフからタオルを受け取って、ぼくの髪を拭いてくれる。優しい手つきだ。

 先程までロルフが拭いてくれていたのだが、途中でノエルが入ってきたから中断しただけ。されるがままにしていると、ノエルは遠慮のない手つきになる。

「ノエルお兄さん。意外と親切」
「僕はいつだって親切です」

 ちょっぴり得意そうな顔をするノエルは、彼の言葉を信じるのであればひとりっ子のはず。しかし、五歳のぼくと飽きずに遊んでくれる。年齢差があるから、頑張ってお兄ちゃんっぽい振る舞いをしているだけかもしれないが、随分とさまになっている。

「ノエルお兄さん。弟か妹います?」
「だからいませんって。この話、何度目ですか?」

 素っ気なく答えるノエルは、ちょっと面倒くさいという顔をしていた。だが、彼が嘘をついているようには見えない。ということは、ノエルにはノエルの知らない兄弟がいるってことだろうか? 複雑だ。

 うんうん考えても答えは出ないので、またあとで考えることにする。

 今日のノエルは優しいお兄さん。おそらくだけど、彼が本物ノエルだと思う。そんでもって昨日ふらっとやって来た意地悪ノエルのほうが偽物。

 モルガン伯爵家としても、この優しいお兄さんをひとり息子のノエルだと世間に公表している。

「ノエルお兄さん。できれば雨の日も来てください。ぼくは暇で仕方がないので」
「嫌です」
「ひどいでーす!」

 ひどくないですと突っぱねるノエルは強情だった。優しいお兄さんなのに、たまに優しくない時がある。

 原作ではトラブルメーカーをやっていた彼だ。一筋縄ではいかないらしい。

 しかし、ここ最近の本物ノエルはおとなしい。思い返してみても、彼は特に大きなトラブルを起こしていない。トラブルを起こしたのは、すべて意地悪ノエルだ。

「……ノエルお兄さん、なんでそんなにおとなしい?」
「僕は十歳ですからね。アル様よりもお兄さんなので」
「ぼくもお兄さんです」
「まだはやいです」

 はやいってなんだ。失礼なノエルに、ぼくはムスッと頬を膨らませた。
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