上 下
70 / 126

70 やけくそ

しおりを挟む
 シャルお兄さんの応援をしたかったのだが、呆気なくロルフに抱えられて騎士棟を後にする。

 ライアンとシャルお兄さんの姿が完全に見えなくなる位置までやってきて、ロルフはようやくぼくを地面におろしてくれた。

 突然の暴挙に、ぼくは拳をあげて抗議する。シャルお兄さんを応援するという大事な使命があったのに。「もう!」と地団駄を踏むぼく。対するロルフは、「え、なにその動き。かわいい!」とズレた発言をする。

「シャルお兄さんが可哀想です。今頃ライアンにいじめられています。パワハラでーす」
「え? パワ? なんですか?」

 この世界、パワハラという概念はないのか。まぁ、貴族とか使用人とか平気で身分差がある世界だからね。パワハラ概念がなくても仕方がない。

 ムスッと頬を膨らませるぼくに、一体何を勘違いしたのか。ロルフがしきりに「アル様は今日も可愛いですね」と露骨にぼくをおだててくる。だが、褒められて悪い気はしない。ムスッと不機嫌モードを貫くつもりが、ついつい口元が緩んでしまう。

 慌てて両手でほっぺたを押さえる。ニヤニヤがバレてはいけない。ぼくは今、怒っているのだから。

「騎士団のことは放っておきましょうよ」
「むぅ」

 なかなか機嫌を戻さないぼくに、ロルフが眉尻を下げる。ロルフは、いつもだいたい失礼な人ではあるが、悪い人ではない。ぼくのお世話をしてくれる優しいお兄さんでもある。

 今回の件は、騎士団のお仕事を邪魔したぼくもちょっぴり悪かったかもしれない。思えば、シャルお兄さんもぼくが原因で憂鬱だった。

 ほっと息を吐いて、怒りを鎮める。
 ロルフはロルフの仕事をしただけだ。悪くない。ぼくは大人な五歳児なので、不機嫌を引きずらない。気持ちを切り替えて、ロルフと遊んであげようと思う。

 たたたっと、小走りで進む。ロルフがついてくるのを確認しながら、お目当ての水たまりに寄って行けば、ロルフが慌てて手を伸ばしてくる。

「水たまりはダメですって」
「ちょっとバシャバシャするだけ」
「バシャバシャしたら終わりですって!」

 何が終わりなんだ。
 シャルお兄さんだって、地面に寝転んでいた。だから大丈夫と主張するが、ロルフは納得しない。

 そうしてロルフと格闘するぼくであったが、ロルフは手強い。ぼくに勝ち目はなかった。しょんぼり肩を落とすぼくに、今まで強気だったロルフが口元を押さえる。

「え、あ。すみません。そんなに悲しまなくても」
「今日を逃したら、もう二度と水たまりで遊べないかも」
「そんなことは。雨なんてまたすぐに降りますよ」
「次に降ったら水たまりで遊んでいい?」
「……」

 なぜ黙る。
 ロルフが気まずそうに、さっとぼくから視線を外した隙を狙って、ぼくは盛大にジャンプした。着地場所は、もちろん大きな水たまり。

 あっというロルフの短い悲鳴と、バシャンという豪快な水音が響いたのは、ほとんど同時であった。

「……っ!」

 大袈裟に天を仰ぐロルフは、なんだか絶望していた。それに構わず、ぼくは靴のまま力強く水を踏み締める。バシャっと跳ねる濁った水滴が、ぼくの服を汚していく。

「ロルフ。すごく楽しいよ。ロルフもおいでよ」

 呆然と立ち尽くすロルフを手招きする。こうやって遊ぶんだよとお手本をみせるために、ぼくは何度も水たまりの中心で足踏みをする。

「……なんでこんなことに」

 ぼそっと聞こえてきたロルフの呟きには、後悔の色が含まれているような気がした。
 けれども、すぐに頭を振ると「もういいや! あとは知らない!」とやけくそ気味の声を張ったロルフが、わーっと大声を上げながら水たまりの中へとやってくる。

 途端に楽しい気分になったぼくは、ロルフの横でおおはしゃぎする。

「ロルフ。楽しいね」
「そうですね。もうどうにでもなれって感じですよね」
「うん?」

 ロルフの言い分はよくわからないが、ロルフはロルフなりに楽しんでいるようだ。その証拠に、彼は盛大に笑っている。なんだかんだ言って、ロルフも水たまりで遊びたかったのだろう。
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

処理中です...