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70 やけくそ
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シャルお兄さんの応援をしたかったのだが、呆気なくロルフに抱えられて騎士棟を後にする。
ライアンとシャルお兄さんの姿が完全に見えなくなる位置までやってきて、ロルフはようやくぼくを地面におろしてくれた。
突然の暴挙に、ぼくは拳をあげて抗議する。シャルお兄さんを応援するという大事な使命があったのに。「もう!」と地団駄を踏むぼく。対するロルフは、「え、なにその動き。かわいい!」とズレた発言をする。
「シャルお兄さんが可哀想です。今頃ライアンにいじめられています。パワハラでーす」
「え? パワ? なんですか?」
この世界、パワハラという概念はないのか。まぁ、貴族とか使用人とか平気で身分差がある世界だからね。パワハラ概念がなくても仕方がない。
ムスッと頬を膨らませるぼくに、一体何を勘違いしたのか。ロルフがしきりに「アル様は今日も可愛いですね」と露骨にぼくをおだててくる。だが、褒められて悪い気はしない。ムスッと不機嫌モードを貫くつもりが、ついつい口元が緩んでしまう。
慌てて両手でほっぺたを押さえる。ニヤニヤがバレてはいけない。ぼくは今、怒っているのだから。
「騎士団のことは放っておきましょうよ」
「むぅ」
なかなか機嫌を戻さないぼくに、ロルフが眉尻を下げる。ロルフは、いつもだいたい失礼な人ではあるが、悪い人ではない。ぼくのお世話をしてくれる優しいお兄さんでもある。
今回の件は、騎士団のお仕事を邪魔したぼくもちょっぴり悪かったかもしれない。思えば、シャルお兄さんもぼくが原因で憂鬱だった。
ほっと息を吐いて、怒りを鎮める。
ロルフはロルフの仕事をしただけだ。悪くない。ぼくは大人な五歳児なので、不機嫌を引きずらない。気持ちを切り替えて、ロルフと遊んであげようと思う。
たたたっと、小走りで進む。ロルフがついてくるのを確認しながら、お目当ての水たまりに寄って行けば、ロルフが慌てて手を伸ばしてくる。
「水たまりはダメですって」
「ちょっとバシャバシャするだけ」
「バシャバシャしたら終わりですって!」
何が終わりなんだ。
シャルお兄さんだって、地面に寝転んでいた。だから大丈夫と主張するが、ロルフは納得しない。
そうしてロルフと格闘するぼくであったが、ロルフは手強い。ぼくに勝ち目はなかった。しょんぼり肩を落とすぼくに、今まで強気だったロルフが口元を押さえる。
「え、あ。すみません。そんなに悲しまなくても」
「今日を逃したら、もう二度と水たまりで遊べないかも」
「そんなことは。雨なんてまたすぐに降りますよ」
「次に降ったら水たまりで遊んでいい?」
「……」
なぜ黙る。
ロルフが気まずそうに、さっとぼくから視線を外した隙を狙って、ぼくは盛大にジャンプした。着地場所は、もちろん大きな水たまり。
あっというロルフの短い悲鳴と、バシャンという豪快な水音が響いたのは、ほとんど同時であった。
「……っ!」
大袈裟に天を仰ぐロルフは、なんだか絶望していた。それに構わず、ぼくは靴のまま力強く水を踏み締める。バシャっと跳ねる濁った水滴が、ぼくの服を汚していく。
「ロルフ。すごく楽しいよ。ロルフもおいでよ」
呆然と立ち尽くすロルフを手招きする。こうやって遊ぶんだよとお手本をみせるために、ぼくは何度も水たまりの中心で足踏みをする。
「……なんでこんなことに」
ぼそっと聞こえてきたロルフの呟きには、後悔の色が含まれているような気がした。
けれども、すぐに頭を振ると「もういいや! あとは知らない!」とやけくそ気味の声を張ったロルフが、わーっと大声を上げながら水たまりの中へとやってくる。
途端に楽しい気分になったぼくは、ロルフの横でおおはしゃぎする。
「ロルフ。楽しいね」
「そうですね。もうどうにでもなれって感じですよね」
「うん?」
ロルフの言い分はよくわからないが、ロルフはロルフなりに楽しんでいるようだ。その証拠に、彼は盛大に笑っている。なんだかんだ言って、ロルフも水たまりで遊びたかったのだろう。
ライアンとシャルお兄さんの姿が完全に見えなくなる位置までやってきて、ロルフはようやくぼくを地面におろしてくれた。
突然の暴挙に、ぼくは拳をあげて抗議する。シャルお兄さんを応援するという大事な使命があったのに。「もう!」と地団駄を踏むぼく。対するロルフは、「え、なにその動き。かわいい!」とズレた発言をする。
「シャルお兄さんが可哀想です。今頃ライアンにいじめられています。パワハラでーす」
「え? パワ? なんですか?」
この世界、パワハラという概念はないのか。まぁ、貴族とか使用人とか平気で身分差がある世界だからね。パワハラ概念がなくても仕方がない。
ムスッと頬を膨らませるぼくに、一体何を勘違いしたのか。ロルフがしきりに「アル様は今日も可愛いですね」と露骨にぼくをおだててくる。だが、褒められて悪い気はしない。ムスッと不機嫌モードを貫くつもりが、ついつい口元が緩んでしまう。
慌てて両手でほっぺたを押さえる。ニヤニヤがバレてはいけない。ぼくは今、怒っているのだから。
「騎士団のことは放っておきましょうよ」
「むぅ」
なかなか機嫌を戻さないぼくに、ロルフが眉尻を下げる。ロルフは、いつもだいたい失礼な人ではあるが、悪い人ではない。ぼくのお世話をしてくれる優しいお兄さんでもある。
今回の件は、騎士団のお仕事を邪魔したぼくもちょっぴり悪かったかもしれない。思えば、シャルお兄さんもぼくが原因で憂鬱だった。
ほっと息を吐いて、怒りを鎮める。
ロルフはロルフの仕事をしただけだ。悪くない。ぼくは大人な五歳児なので、不機嫌を引きずらない。気持ちを切り替えて、ロルフと遊んであげようと思う。
たたたっと、小走りで進む。ロルフがついてくるのを確認しながら、お目当ての水たまりに寄って行けば、ロルフが慌てて手を伸ばしてくる。
「水たまりはダメですって」
「ちょっとバシャバシャするだけ」
「バシャバシャしたら終わりですって!」
何が終わりなんだ。
シャルお兄さんだって、地面に寝転んでいた。だから大丈夫と主張するが、ロルフは納得しない。
そうしてロルフと格闘するぼくであったが、ロルフは手強い。ぼくに勝ち目はなかった。しょんぼり肩を落とすぼくに、今まで強気だったロルフが口元を押さえる。
「え、あ。すみません。そんなに悲しまなくても」
「今日を逃したら、もう二度と水たまりで遊べないかも」
「そんなことは。雨なんてまたすぐに降りますよ」
「次に降ったら水たまりで遊んでいい?」
「……」
なぜ黙る。
ロルフが気まずそうに、さっとぼくから視線を外した隙を狙って、ぼくは盛大にジャンプした。着地場所は、もちろん大きな水たまり。
あっというロルフの短い悲鳴と、バシャンという豪快な水音が響いたのは、ほとんど同時であった。
「……っ!」
大袈裟に天を仰ぐロルフは、なんだか絶望していた。それに構わず、ぼくは靴のまま力強く水を踏み締める。バシャっと跳ねる濁った水滴が、ぼくの服を汚していく。
「ロルフ。すごく楽しいよ。ロルフもおいでよ」
呆然と立ち尽くすロルフを手招きする。こうやって遊ぶんだよとお手本をみせるために、ぼくは何度も水たまりの中心で足踏みをする。
「……なんでこんなことに」
ぼそっと聞こえてきたロルフの呟きには、後悔の色が含まれているような気がした。
けれども、すぐに頭を振ると「もういいや! あとは知らない!」とやけくそ気味の声を張ったロルフが、わーっと大声を上げながら水たまりの中へとやってくる。
途端に楽しい気分になったぼくは、ロルフの横でおおはしゃぎする。
「ロルフ。楽しいね」
「そうですね。もうどうにでもなれって感じですよね」
「うん?」
ロルフの言い分はよくわからないが、ロルフはロルフなりに楽しんでいるようだ。その証拠に、彼は盛大に笑っている。なんだかんだ言って、ロルフも水たまりで遊びたかったのだろう。
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