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63 ボロを出す
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その後も部屋でひたすら遊んでいたぼくであったが、思わぬ来客があった。
「濡れた。タオル貸してよ。気が利かないなぁ」
「ロルフの悪口言わないで!」
「いやいや。僕はアルくんのことを言ったんだよ」
「ぼくの悪口言わないでくださぁい!」
酷いと連呼すれば、雨の中突然やって来たノエルが薄く笑う。その生意気な表情は、間違いなく意地悪ノエルの方だ。
雨の中、屋敷に駆け込んできたノエルは濡れていた。肩の水滴を払う彼は、玄関まで迎えに出たぼくとロルフを確認するなり、偉そうにタオルを要求してくる。まぁ、それくらい貸してやらないこともない。急いでタオルを取りに向かうロルフは、大慌てで屋敷の奥へと引っ込んでしまう。どうやらライアンにも意地悪ノエルの訪問を知らせに行くつもりらしい。戻ってくるまで時間がかかりそうなので、ぼくは持っていたハンカチを差し出した。
「どうぞ」
「いらない」
「どうぞ!」
「だからいらないって」
ぼくの好意を無下にするノエルは、使用人のひとりが持ってきたタオルで雑に髪を拭き始める。ロルフの戻りが遅いから、使用人たちがちょっと不思議そうな顔をしている。
「ノエルお兄さん。今日は雨だから来ないはず」
「雨だと来ないんだってね、あいつ。面白いな」
「ぼくは面白くないです」
くすくす笑うノエルは、ここにきて初めてボロを出した。ノエルの言う「あいつ」とは、いつもぼくと遊んでくれる優しいノエルお兄さんのことに違いない。まるでノエルがふたり存在することを認めるような発言に、ぼくは緊張の面持ちとなる。この緊張を悟られるわけにはいかない。
平静を装うぼくは、背中で手を組んでノエルから視線を外す。何もないですよアピールをしていれば、ノエルが「なに? なにその不自然な動き」と詰め寄ってくる。誰か助けて。
あわあわと焦るぼくは「なんでもないです」と口元を覆う。余計なことを口走らないように注意しなければ。
眉間に皺を寄せるノエルは「まぁいいけど」とそっぽを向いてしまう。その子供っぽい仕草は、やはり優しいノエルお兄さんとはちょっと違う。
タオルを使用人に渡したノエルは「部屋に行こう」と勝手に歩き出す。我が物顔でぼくの部屋に入るノエルとふたりきり。ロルフ、はやく戻ってきて。
ぽつんと部屋の真ん中に立ち尽くすぼく。ノエルは勝手に椅子を占領している。空いている椅子にも上着を放って、ぼくの場所を奪ってくる。そこはいつもぼくが座っている椅子だぞ。文句を言ってやろうと気合を入れるぼくであったが、その前にノエルが動いた。身を乗り出して「あれ?」と首を傾げるノエルは、一点を指差す。
「そこに置いてあったゴミは? やっと捨てたの?」
「ゴミじゃないです。ぼくのコレクション」
先程片付けたばかりの棚の上。目敏く指摘してくるノエルは「コレクション? 石とか枝とかじゃなかった? 子供って変なの好きだよね」とせせら笑う。こいつ、意外とよく見ているな。しかしゴミではない。全部ぼくのコレクションだ。失礼なお子様を前にして、どうにか言い返そうと考える。
そして思い立ったぼくは、ロルフが片付けた例の置き物を引っ張り出す。リオラお兄様がくれた使い道もモチーフも不明な置き物。
「これ。なんだと思いますか?」
ちょうどいいのでノエルにも意見を聞けば、彼は難しい顔で考え込む。
「……化け物?」
「分からない。ぼくにも分かりません。お手上げです」
もしかしたらこの世に存在しない化け物の可能性もなくはない。リオラお兄様がくれたのと教えれば、ノエルは変な顔をする。一体どこで見つけてくるのかと呆れている。
不思議な置き物を床に置いて、お気に入りの枝をとりに行く。取り出す際に、戸棚の物が邪魔だったのでそこら辺にぽいぽい放り出す。
「すごい散らかすね。それ誰が片付けるのさ」
「ぼくが後で片付けます。自分でできます」
ゆったりと足を組むノエルは、どうでもよさそうに肩をすくめている。そっちが訊ねてきたくせに。
枝を手にしたぼくは、置き物の前に戻るなり、大きく枝を振りかぶった。
「変な置き物め! やっつけてやる!」
ペシペシと置き物を叩いてやる。無駄に丈夫な素材でできた置き物は、びくともしない。ひたすら置き物と戦うぼく。それを眺めるノエルが「がんばれー」と雑な声援を送ってくる。
リオラお兄様は、一体どこでこれを入手してきたのか。お兄様の手前、もらってはあげたが、正直言って全然可愛くない。それどころかちょっと不気味。だってなんか不機嫌そうな顔をしているんだもん。
「頑張れ、アルくん」
ぱちぱちとやる気のない拍手をするノエルは、ぼくの奮闘を面白がっていた。
「濡れた。タオル貸してよ。気が利かないなぁ」
「ロルフの悪口言わないで!」
「いやいや。僕はアルくんのことを言ったんだよ」
「ぼくの悪口言わないでくださぁい!」
酷いと連呼すれば、雨の中突然やって来たノエルが薄く笑う。その生意気な表情は、間違いなく意地悪ノエルの方だ。
雨の中、屋敷に駆け込んできたノエルは濡れていた。肩の水滴を払う彼は、玄関まで迎えに出たぼくとロルフを確認するなり、偉そうにタオルを要求してくる。まぁ、それくらい貸してやらないこともない。急いでタオルを取りに向かうロルフは、大慌てで屋敷の奥へと引っ込んでしまう。どうやらライアンにも意地悪ノエルの訪問を知らせに行くつもりらしい。戻ってくるまで時間がかかりそうなので、ぼくは持っていたハンカチを差し出した。
「どうぞ」
「いらない」
「どうぞ!」
「だからいらないって」
ぼくの好意を無下にするノエルは、使用人のひとりが持ってきたタオルで雑に髪を拭き始める。ロルフの戻りが遅いから、使用人たちがちょっと不思議そうな顔をしている。
「ノエルお兄さん。今日は雨だから来ないはず」
「雨だと来ないんだってね、あいつ。面白いな」
「ぼくは面白くないです」
くすくす笑うノエルは、ここにきて初めてボロを出した。ノエルの言う「あいつ」とは、いつもぼくと遊んでくれる優しいノエルお兄さんのことに違いない。まるでノエルがふたり存在することを認めるような発言に、ぼくは緊張の面持ちとなる。この緊張を悟られるわけにはいかない。
平静を装うぼくは、背中で手を組んでノエルから視線を外す。何もないですよアピールをしていれば、ノエルが「なに? なにその不自然な動き」と詰め寄ってくる。誰か助けて。
あわあわと焦るぼくは「なんでもないです」と口元を覆う。余計なことを口走らないように注意しなければ。
眉間に皺を寄せるノエルは「まぁいいけど」とそっぽを向いてしまう。その子供っぽい仕草は、やはり優しいノエルお兄さんとはちょっと違う。
タオルを使用人に渡したノエルは「部屋に行こう」と勝手に歩き出す。我が物顔でぼくの部屋に入るノエルとふたりきり。ロルフ、はやく戻ってきて。
ぽつんと部屋の真ん中に立ち尽くすぼく。ノエルは勝手に椅子を占領している。空いている椅子にも上着を放って、ぼくの場所を奪ってくる。そこはいつもぼくが座っている椅子だぞ。文句を言ってやろうと気合を入れるぼくであったが、その前にノエルが動いた。身を乗り出して「あれ?」と首を傾げるノエルは、一点を指差す。
「そこに置いてあったゴミは? やっと捨てたの?」
「ゴミじゃないです。ぼくのコレクション」
先程片付けたばかりの棚の上。目敏く指摘してくるノエルは「コレクション? 石とか枝とかじゃなかった? 子供って変なの好きだよね」とせせら笑う。こいつ、意外とよく見ているな。しかしゴミではない。全部ぼくのコレクションだ。失礼なお子様を前にして、どうにか言い返そうと考える。
そして思い立ったぼくは、ロルフが片付けた例の置き物を引っ張り出す。リオラお兄様がくれた使い道もモチーフも不明な置き物。
「これ。なんだと思いますか?」
ちょうどいいのでノエルにも意見を聞けば、彼は難しい顔で考え込む。
「……化け物?」
「分からない。ぼくにも分かりません。お手上げです」
もしかしたらこの世に存在しない化け物の可能性もなくはない。リオラお兄様がくれたのと教えれば、ノエルは変な顔をする。一体どこで見つけてくるのかと呆れている。
不思議な置き物を床に置いて、お気に入りの枝をとりに行く。取り出す際に、戸棚の物が邪魔だったのでそこら辺にぽいぽい放り出す。
「すごい散らかすね。それ誰が片付けるのさ」
「ぼくが後で片付けます。自分でできます」
ゆったりと足を組むノエルは、どうでもよさそうに肩をすくめている。そっちが訊ねてきたくせに。
枝を手にしたぼくは、置き物の前に戻るなり、大きく枝を振りかぶった。
「変な置き物め! やっつけてやる!」
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リオラお兄様は、一体どこでこれを入手してきたのか。お兄様の手前、もらってはあげたが、正直言って全然可愛くない。それどころかちょっと不気味。だってなんか不機嫌そうな顔をしているんだもん。
「頑張れ、アルくん」
ぱちぱちとやる気のない拍手をするノエルは、ぼくの奮闘を面白がっていた。
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