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56 仕返し

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「ノエルお兄さん。ぼくにおやつ半分くださぁい」
「え? 半分も?」

 アル様の分もちゃんとあるじゃないですか、と不満そうにケーキを手で隠す今日のノエルは、いつもの優しいお兄さんだと思う。

 本日も、のこのことやってきたノエル。
 いつも通りにぼくと遊んでくれた彼は、意地悪ノエルとは別人のような気もする。なんというか、雰囲気が違うのだ。顔はおんなじなのに。このノエルは、ぼくに意地悪はしないような気がする。

 このノエルお兄さんは、のんびりしている。ぼくの話も聞いてくれるし、ぼくを尊重してくれる。平和に遊べる。

 一方の意地悪ノエルは、ぼくに対して謎の上から目線で接してくるし、ぼくのことを子供だと思って馬鹿にしていることがひしひしと伝わってくるのだ。おまけに突然酷いことをする。

 おやつの時間である。フォーク片手にノエルのケーキを狙うぼく。お皿を持ち上げて、ぼくからケーキを守るノエル。真剣勝負だ。

「ノエルお兄さん。半分ください」
「アル様。ご自分のがまだ残っていますよ」
「これも食べます。ノエルお兄さんのも食べます。ぼくはたくさん食べられます」
「ダメです。これは僕のケーキなので」
「ぼくのです!」
「違います」

 きっぱり否定してくるノエルは、往生際が悪い。このまま待っていても譲ってくれそうにないので、フォークを掲げて席を立つ。

「ぼくのケーキ!」
「違いますって」

 たたたっとノエルに駆け寄って、ケーキを狙う。ロルフが「お行儀悪いですよ」と、やんわり注意してくるが、ぼくはそれどころではない。

 今日のおやつは、フルーツたっぷりの甘いケーキ。朝から厨房に足を運んで、今日は絶対にケーキが食べたいと主張した甲斐があったというものだ。

 しかし、予想外に苦戦している。今日のノエルは優しそうだったから、「ケーキください」とひと言口にすれば譲ってもらえると期待していたのに。

「なんで僕のケーキを奪うのですか」

 生真面目な顔で問いかけてくるノエルに、ぼくはフォークをくわえる。ロルフがぼくの横に膝をついて、この小競り合いをどうにか終わりにしようと目論んでいる。

 そんなふうに困った顔をするノエルとロルフを見比べて、ぼくは「この前の仕返しです」と白状する。

「仕返し? 何のですか?」

 心当たりがないという顔をするノエルに、ぼくはビシッと指を突きつける。すかさずロルフによって手を下ろされるが、これくらいで諦めるぼくではない。

「ノエルお兄さん! この前ぼくのおやつのクッキー全部食べちゃいました! ぼくはすごく悲しい気持ちになりました!」

 だから今日は、ぼくがノエルのおやつをいただこうと思う。ぼくからクッキーを奪って、ただで済むと思うなよ。

 けれども、ノエルはいまだに首を捻っている。本気で何のことかわからないらしい。しらばっくれるつもりだろうか。なんて嫌な奴と考えて、ふと思い出す。

 そういえば、ぼくのクッキーを奪った時のノエルは、意地悪ノエルだった。もし仮に、ノエルがふたり存在するとすれば、クッキー奪った意地悪ノエルと、今ぼくの目の前で必死にケーキを守っているノエルは別人ということになる。

 うーむ。難しい問題だ。

 フォーク片手に考え込む。だが、どちらもノエルであることに変わりはない。だったら、クッキーのお詫びにぼくにケーキを譲るべきだと思う。

 ちらっとノエルを確認する。両手でケーキのお皿を持つノエル。そこからケーキを奪うのは難しそう。でも、クッキーの件は許せない。うんうん悩んでいると、ノエルがため息を吐いた。

「今回だけですよ」

 言い聞かせるように、ぼくの瞳を覗き込んでくるノエルは、渋々といった様子で己のケーキを切り分ける。

「はい、どうぞ」

 そうして半分をぼくに譲ってくれたノエルに、ぱちぱちと目を瞬く。

 まさか本当に譲ってくれるとは。このノエルは、ぼくに優しい。ロルフの言う通り、ノエルってふたりいるのかもしれない。仕組みはわからないが、顔の同じ別人だと考える方が色々と納得がいく。

「ありがとうございます。ノエルお兄さん」
「はーい」

 ケーキを受け取って、そそくさと席に戻る。増えたケーキを前にして、わくわくとフォークを握った。
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