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54 油断も隙もない

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 ジョナスと別れてから、ロルフはどことなく不機嫌だった。どうやらぼくがジョナスに抱っこをお願いしたことが不満らしい。

 でもぼくは満足した。優しいお兄さんは好き。

「リッキーさんを探すのでは?」

 不機嫌ロルフに言われて思い出した。そういえば、リッキーの様子を見にきたんだった。ジョナスに夢中になってすっかり忘れていた。

「リッキーも探す。どこだろう?」

 慌てて周囲を見渡すぼくに、ロルフが「訓練場ですかね?」と自信なさそうに頬を掻いている。

 建物の外に出て、訓練場に向かう。いつも騎士たちが頑張って訓練している場所だ。剣が飛んできたりしたら危ないから近付くなと、いつもライアンに言われているけど。

 ちらっとロルフを見上げる。ぼくを止める気配のないロルフは、お気楽そうに「どこですかね?」とリッキーを探して視線を彷徨わせている。

 ロルフはしっかり者さんに見えて、時折抜けている。訓練場に近寄ったら、ライアンに怒られるのに。リッキーを探したい気持ちと、訓練場に近寄ってはいけないという約束との間で揺れ動くぼく。

「アル様? どうしました?」

 足を止めるぼくに気がついて、ロルフが首を捻っている。

「訓練場は危ないから。近寄るなって言われてます」
「あ。そういえばそうでしたね」

 後頭部に手をやるロルフは、「忘れてました」と悪気なく苦笑する。まったく。仕方がないなぁ。

 これ以上の捜索は無理そうなので諦める。正直、ジョナスに会えて大満足していたので、リッキーはまた今度でいいと思う。

 ライアンに見つかると叱られるので、そそくさと訓練場から離れる。屋敷に戻るまでの間、ロルフがずっと「抱っこしましょうか?」とうるさかった。ぼくはひとりで歩けるので大丈夫。

 そうして騎士棟から逃げるように立ち去ったぼくは、屋敷玄関前の木陰に座って休憩する。

 隣に座るロルフは、膝を抱えてぼくの頭にじっと視線を送っている。なんだか居心地が悪くて、咄嗟に頭の上に両手を置いて隠してみる。

「なに?」
「いや、なんでも」

 もごもご呟くロルフは「つむじ可愛い」と意味不明なことを口走る。相変わらずの挙動不審。

 しかし、ぼくのつむじを凝視しているらしいことがわかったので、両手で引き続きつむじを隠しておく。

「ジョナス、いい人」

 つむじを触ろうとしてくるロルフから逃げつつ、ふと思い出したジョナスの色っぽい微笑み。あの中性的な雰囲気は、とても良いと思う。

 ロルフにも「ね?」と同意を求めてみるが、彼は不満そうに唇を尖らせてしまう。どうやら、ジョナスのことをあまりお気に召していないらしい。あんなに良い人なのに。

「ジョナスと遊ぶ。いつ遊べるかな?」

 今日は忙しいと言っていたので、明日かな?
 考えるぼくに、ロルフは「無理ですよ。あの人、忙しいですから」と素っ気ない。ぼくがロルフの抱っこを断ってから、ロルフはどことなく不機嫌だ。

 そんなにぼくを抱っこしたかったのか?
 でも抱っこって疲れるよね。ぼく五歳だし。ロルフのことが心配。騎士であるジョナスは、細身だけど体力はある。一方のロルフは、ぼくのお世話係さんであって騎士ではない。体力的にちょっと不安。

 でもどうしても抱っこしたいということなら仕方がない。「ん」と両手を広げて抱っこをおねだりすれば、ロルフは隙だらけになったぼくのつむじを触ってくる。

「もう! 触らないで!」

 油断も隙もない。慌ててつむじを隠すぼくに、ロルフが「すみません」と、まったく悪びれる様子なくへらへらと謝罪してくる。

 ぼくの半眼に気がついたのか。咳払いで誤魔化すロルフは、「抱っこですか? お安いご用ですよ」と、にこにこ笑顔でぼくを抱える。

「お部屋に戻ります」
「はーい」

 ついでなので、部屋に戻るようお願いすれば、ロルフは足取り軽く屋敷に入る。

「そろそろ夕食の時間ですからね」
「ご飯! 食べる!」

 さすがロルフ。しっかり者さんだ。
 ご飯の前に身だしなみを整えましょうねと笑うロルフ。庭を遊びまわったおかげで、服がちょっぴり汚れてしまった。

 お皿の隅にのっているであろうデザートのことを考えて、ぼくはにこにこと緩む頬を両手で押さえた。
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