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51 どういうこと
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今日のノエルは優しいお兄さんだった。
ぼくの部屋に入って荷物を置くなり「何をしますか」と問いかけてきたノエルに、ぼくは庭に行きたいと伝えた。具体的には、シャルお兄さんと遊びたい気分だった。
たった今屋敷に入ったばかりのノエルだが、嫌な顔ひとつせずに庭に出てくれる。これが昨日の意地悪ノエルだったら「嫌だよ」のひと言で一蹴しそうなのに。この変わりようを機嫌の問題で片付けるのは多少無理があるような気がする。ノエルお兄さんと接すれば接するほど、彼はふたり居るとの考え方が現実味を帯びてくる。
庭を走りまわるぼくの後ろを、ノエルは律儀についてくる。「転ばないように気を付けてくださいね」とか、「疲れていませんか? 暑いですね」とか。ぼくを気遣うような言葉をかけてくる。
もう訳がわからなかった。五歳児には難しすぎる問題だ。ぼくが前世の記憶ある賢い子であることを加味しても、難しすぎる。
ノエルに疑いの目を向けていると、足音が近付いてきた。シャルお兄さんかと思って、そちらに顔を向けたのだが、やってきたのはライアンであった。
「こんにちは、アル様」
「ライアン。こんちは」
ぺこっと頭を下げるぼく。ノエルも足を止めて、ライアンを見上げている。
そうだ。ライアンに相談しよう。キリッとした表情のライアンを視界に入れるなり、ぼくは思い立った。だってライアンは原作小説の主人公だ。事件は、主人公が解決すると相場が決まっている。おまけにライアンは騎士団の副団長だし、これ以上の適任はいないだろう。
「ライアン!」
早速ライアンに相談しようとしたのだが、ハッとノエルの存在を横目で確認する。いくらなんでも、ノエルの目の前で、ノエルが怪しいという相談をするわけにはいかない。勢いよく片手を上げた姿勢のまま固まるぼくに、みんなの視線が突き刺さる。
「アル様? どうかしましたか」
ライアンが目線を合わせて優しく問いかけてくれるが、ぼくは冷や汗たらたらだ。これはあれだ。ノエルが帰ってから相談しないといけないやつだ。困ったぼくは、「えっと」と必死に考える。
「リオラお兄様が、いつでっかい鳥さん捕まえてきてくれるか、知っていますか?」
必死に誤魔化せば、ライアンとノエルが「でっかい鳥さん?」と口を揃えた。ロルフだけが、必死に笑いを堪えている。
どうやらライアンは、でっかい鳥さんの件を知らないらしい。リオラお兄様が、いつか捕まえてきてくれると言ったことを教えてあげれば、ライアンの顔が露骨に引き攣る。
「リオラ様がそんなことを?」
ちょっと難しいですね、と視線を泳がせるライアンは、助けを求めるかのようにロルフに狙いを定めている。「リオラ様はそんなこと言ってないですよ」と、余計なことを口走るロルフに、ライアンが「でしょうね」と胸を撫で下ろした。
「ライアン。あとで相談があります」
でっかい鳥? とノエルが首を捻っている隙を見計らって、こそっとライアンに耳打ちすれば、「わかりました」との頷きが返ってきた。
これでよし。
一仕事終えて満足するぼくは、ライアンに手を振る。屋敷に向かっていたらしいライアンは、おそらくリオラお兄様の所にでも行くのだろう。
ライアンを見送って、いまだに首を捻っているノエルの手を取る。
「シャルお兄さんを探してください」
「誰ですか?」
「シャルお兄さんです。いつもここら辺で休憩してる髪の毛モジャモジャのお兄さんです」
地面にべちゃっとしていますと教えれば、ノエルは「その人を探せばいいんですね?」と協力してくれる。「ガストン団長ですって」と小声で文句を言うロルフとは大違いの態度だ。
「ノエルお兄さん。どうしてそんなに優しいんですか」
昨日は意地悪だったのに。そんなぼくの疑問に、ノエルは困ったような顔をする。どうやら昨日は来ていないと言いたいらしい。
「僕もどういうことか分からないのですが。ロルフも見たんですよね、僕のこと」
さらっとロルフのことを呼び捨てにしたノエルは、しきりに髪を触っていた。まぁ、ロルフはぼくのお世話係で、ノエルは伯爵家のお坊ちゃんだから立場的にはノエルの方が上だもんね。うんうん頷くロルフも、この怪奇現象とも言うべき状況に振り回されている。
「何度も言いますが、僕は昨日は来ていません。どういうことでしょうか」
どういうことって訊かれても。それはぼくだって知りたいよ。
ぼくの部屋に入って荷物を置くなり「何をしますか」と問いかけてきたノエルに、ぼくは庭に行きたいと伝えた。具体的には、シャルお兄さんと遊びたい気分だった。
たった今屋敷に入ったばかりのノエルだが、嫌な顔ひとつせずに庭に出てくれる。これが昨日の意地悪ノエルだったら「嫌だよ」のひと言で一蹴しそうなのに。この変わりようを機嫌の問題で片付けるのは多少無理があるような気がする。ノエルお兄さんと接すれば接するほど、彼はふたり居るとの考え方が現実味を帯びてくる。
庭を走りまわるぼくの後ろを、ノエルは律儀についてくる。「転ばないように気を付けてくださいね」とか、「疲れていませんか? 暑いですね」とか。ぼくを気遣うような言葉をかけてくる。
もう訳がわからなかった。五歳児には難しすぎる問題だ。ぼくが前世の記憶ある賢い子であることを加味しても、難しすぎる。
ノエルに疑いの目を向けていると、足音が近付いてきた。シャルお兄さんかと思って、そちらに顔を向けたのだが、やってきたのはライアンであった。
「こんにちは、アル様」
「ライアン。こんちは」
ぺこっと頭を下げるぼく。ノエルも足を止めて、ライアンを見上げている。
そうだ。ライアンに相談しよう。キリッとした表情のライアンを視界に入れるなり、ぼくは思い立った。だってライアンは原作小説の主人公だ。事件は、主人公が解決すると相場が決まっている。おまけにライアンは騎士団の副団長だし、これ以上の適任はいないだろう。
「ライアン!」
早速ライアンに相談しようとしたのだが、ハッとノエルの存在を横目で確認する。いくらなんでも、ノエルの目の前で、ノエルが怪しいという相談をするわけにはいかない。勢いよく片手を上げた姿勢のまま固まるぼくに、みんなの視線が突き刺さる。
「アル様? どうかしましたか」
ライアンが目線を合わせて優しく問いかけてくれるが、ぼくは冷や汗たらたらだ。これはあれだ。ノエルが帰ってから相談しないといけないやつだ。困ったぼくは、「えっと」と必死に考える。
「リオラお兄様が、いつでっかい鳥さん捕まえてきてくれるか、知っていますか?」
必死に誤魔化せば、ライアンとノエルが「でっかい鳥さん?」と口を揃えた。ロルフだけが、必死に笑いを堪えている。
どうやらライアンは、でっかい鳥さんの件を知らないらしい。リオラお兄様が、いつか捕まえてきてくれると言ったことを教えてあげれば、ライアンの顔が露骨に引き攣る。
「リオラ様がそんなことを?」
ちょっと難しいですね、と視線を泳がせるライアンは、助けを求めるかのようにロルフに狙いを定めている。「リオラ様はそんなこと言ってないですよ」と、余計なことを口走るロルフに、ライアンが「でしょうね」と胸を撫で下ろした。
「ライアン。あとで相談があります」
でっかい鳥? とノエルが首を捻っている隙を見計らって、こそっとライアンに耳打ちすれば、「わかりました」との頷きが返ってきた。
これでよし。
一仕事終えて満足するぼくは、ライアンに手を振る。屋敷に向かっていたらしいライアンは、おそらくリオラお兄様の所にでも行くのだろう。
ライアンを見送って、いまだに首を捻っているノエルの手を取る。
「シャルお兄さんを探してください」
「誰ですか?」
「シャルお兄さんです。いつもここら辺で休憩してる髪の毛モジャモジャのお兄さんです」
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「ノエルお兄さん。どうしてそんなに優しいんですか」
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「僕もどういうことか分からないのですが。ロルフも見たんですよね、僕のこと」
さらっとロルフのことを呼び捨てにしたノエルは、しきりに髪を触っていた。まぁ、ロルフはぼくのお世話係で、ノエルは伯爵家のお坊ちゃんだから立場的にはノエルの方が上だもんね。うんうん頷くロルフも、この怪奇現象とも言うべき状況に振り回されている。
「何度も言いますが、僕は昨日は来ていません。どういうことでしょうか」
どういうことって訊かれても。それはぼくだって知りたいよ。
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