40 / 126
40 ほしいもの
しおりを挟む
その後もノエルは優しいお兄さんの仮面を外さなかった。
ノエルの意地悪現場をおさえてリオラお兄様に告げ口しようと思っていたぼくは拍子抜けする。にこにこ穏やかなノエルは、ついに帰宅のその時まで本性をあらわすことはなかった。
「また明日来ますね」
「ぼくはそんなに毎日遊んでもらわなくても大丈夫です」
ひとりで大丈夫。ロルフも居るし。
しかし、ノエルはリオラお兄様からアルのことをよろしくと言われているらしい。頻繁にやって来そうな気配を察知して、ムスッと頬を膨らませる。
そうして最後まで礼儀正しいお兄さんを演じながら帰宅したノエル。彼が去った後、ぼくはロルフと顔を見合わせる。
「ノエルお兄さん。今日は意地悪じゃなかったね」
「そうですね」
同意しつつも、ロルフは「ノエル様はいつもあんな感じらしいですよ」と言い添える。そうなのだ。不思議なのは、ノエルが世間的にも優しいお兄さんで通っているところなのだ。
あの日の意地悪ノエルは、なんというか予想外の出来事だった。もともと原作でも、ノエルが居ると事件が起こるというお決まり展開だったのだが、原作においてその事件の犯人がノエルだったというわけではない。ノエルはトラブルメーカー扱いされていたが、それはノエルが事件に首を突っ込んで引っ掻きまわすお子様だったから。たとえばすでに事件が起きていたとして、それに無関係だったはずのライアンとリッキーが、ノエルのせいで巻き込まれるといった展開が多かった。
ノエルが直接手を下した事件というのは、ぼくの記憶にはない。
この間の閉じ込め事件は、原作からするとちょっとイレギュラーだと思う。
しかし考えても仕方がない。ノエルが先日のことを綺麗さっぱりなかったことにしているのは腹が立つが、優しいお兄さんをやってくれるというのであれば大目に見よう。
リオラお兄様にも、今日のことを報告する。笑顔で聞いてくれるお兄様は、やはりノエルのことを信用しているようだった。
「楽しかった?」
「ちょっとだけ」
ノエルのことを警戒するあまり心の底からは楽しめなかったが、今日のノエルはぼくと一応遊んでくれた。きらきらの石も譲ってくれた。ちょっぴり楽しかったかもしれない。
「ノエルお兄さん。明日も来るって言っていました」
「うん。楽しみだね」
微笑ましいとでも言うように、リオラお兄様は目を細める。お兄様は、ぼくがノエルと仲良くするとにこにこになる。ぼくが暇そうにしていることを、お兄様は気にしている。だから遊び相手なんて用意したのだろう。
「……ぼく、ノエルお兄さんと遊ぶのもいいけど。本当はペットがほしいです」
「ペット? 犬とか?」
ふるふると首を左右に振れば、リオラお兄様が小首を傾げる。
「でっかい鳥さん」
「鳥?」
予想外の申し出だったのか。面食らうお兄様は「鳥」とうわごとのように繰り返す。
「うーん。すぐにはちょっと」
困った顔をするリオラお兄様だが、きっとお兄様が想像しているのは小さい鳥だ。そうじゃなくて、ぼくはでっかい鳥さんがほしい。
「ぼくが乗れるくらいの鳥さんがいいです。鳥さんに乗って空を飛びます」
「空を?」
リオラお兄様とロルフが、顔を見合わせて困惑している。やがてお兄様が、意を決したかのようにぼくの目を覗き込んでくる。
「あのね、アル」
「なんですか」
「残念だけど、そういう大きな鳥は現実にはいないんだよ」
小さい子に言い聞かせるかのように、やけに優しい目をしたお兄様は、ぼくのことを心配そうに見つめてくる。
そういえば、原作小説は騎士や貴族が出てくるファンタジーっぽい世界観だったが、魔法や摩訶不思議な生き物は存在していなかった。ぼくが乗れるくらいのでっかい鳥さん、いないのか。ちょっぴりショック。
固まるぼくの背中に、ロルフが手を当ててくる。
「アル様。鳥は諦めましょう」
「うん」
こくんと頷くぼくに、リオラお兄様がホッと胸を撫で下ろしている。どうやらぼくがでっかい鳥さんほしいと大騒ぎするとでも思っていたらしい。ぼくはそこまでわがままじゃないので、安心してほしい。
ノエルの意地悪現場をおさえてリオラお兄様に告げ口しようと思っていたぼくは拍子抜けする。にこにこ穏やかなノエルは、ついに帰宅のその時まで本性をあらわすことはなかった。
「また明日来ますね」
「ぼくはそんなに毎日遊んでもらわなくても大丈夫です」
ひとりで大丈夫。ロルフも居るし。
しかし、ノエルはリオラお兄様からアルのことをよろしくと言われているらしい。頻繁にやって来そうな気配を察知して、ムスッと頬を膨らませる。
そうして最後まで礼儀正しいお兄さんを演じながら帰宅したノエル。彼が去った後、ぼくはロルフと顔を見合わせる。
「ノエルお兄さん。今日は意地悪じゃなかったね」
「そうですね」
同意しつつも、ロルフは「ノエル様はいつもあんな感じらしいですよ」と言い添える。そうなのだ。不思議なのは、ノエルが世間的にも優しいお兄さんで通っているところなのだ。
あの日の意地悪ノエルは、なんというか予想外の出来事だった。もともと原作でも、ノエルが居ると事件が起こるというお決まり展開だったのだが、原作においてその事件の犯人がノエルだったというわけではない。ノエルはトラブルメーカー扱いされていたが、それはノエルが事件に首を突っ込んで引っ掻きまわすお子様だったから。たとえばすでに事件が起きていたとして、それに無関係だったはずのライアンとリッキーが、ノエルのせいで巻き込まれるといった展開が多かった。
ノエルが直接手を下した事件というのは、ぼくの記憶にはない。
この間の閉じ込め事件は、原作からするとちょっとイレギュラーだと思う。
しかし考えても仕方がない。ノエルが先日のことを綺麗さっぱりなかったことにしているのは腹が立つが、優しいお兄さんをやってくれるというのであれば大目に見よう。
リオラお兄様にも、今日のことを報告する。笑顔で聞いてくれるお兄様は、やはりノエルのことを信用しているようだった。
「楽しかった?」
「ちょっとだけ」
ノエルのことを警戒するあまり心の底からは楽しめなかったが、今日のノエルはぼくと一応遊んでくれた。きらきらの石も譲ってくれた。ちょっぴり楽しかったかもしれない。
「ノエルお兄さん。明日も来るって言っていました」
「うん。楽しみだね」
微笑ましいとでも言うように、リオラお兄様は目を細める。お兄様は、ぼくがノエルと仲良くするとにこにこになる。ぼくが暇そうにしていることを、お兄様は気にしている。だから遊び相手なんて用意したのだろう。
「……ぼく、ノエルお兄さんと遊ぶのもいいけど。本当はペットがほしいです」
「ペット? 犬とか?」
ふるふると首を左右に振れば、リオラお兄様が小首を傾げる。
「でっかい鳥さん」
「鳥?」
予想外の申し出だったのか。面食らうお兄様は「鳥」とうわごとのように繰り返す。
「うーん。すぐにはちょっと」
困った顔をするリオラお兄様だが、きっとお兄様が想像しているのは小さい鳥だ。そうじゃなくて、ぼくはでっかい鳥さんがほしい。
「ぼくが乗れるくらいの鳥さんがいいです。鳥さんに乗って空を飛びます」
「空を?」
リオラお兄様とロルフが、顔を見合わせて困惑している。やがてお兄様が、意を決したかのようにぼくの目を覗き込んでくる。
「あのね、アル」
「なんですか」
「残念だけど、そういう大きな鳥は現実にはいないんだよ」
小さい子に言い聞かせるかのように、やけに優しい目をしたお兄様は、ぼくのことを心配そうに見つめてくる。
そういえば、原作小説は騎士や貴族が出てくるファンタジーっぽい世界観だったが、魔法や摩訶不思議な生き物は存在していなかった。ぼくが乗れるくらいのでっかい鳥さん、いないのか。ちょっぴりショック。
固まるぼくの背中に、ロルフが手を当ててくる。
「アル様。鳥は諦めましょう」
「うん」
こくんと頷くぼくに、リオラお兄様がホッと胸を撫で下ろしている。どうやらぼくがでっかい鳥さんほしいと大騒ぎするとでも思っていたらしい。ぼくはそこまでわがままじゃないので、安心してほしい。
1,286
お気に入りに追加
2,302
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。
悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。
逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位
2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位
2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位
2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位
2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位
2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位
2024/08/14……連載開始
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
モブらしいので目立たないよう逃げ続けます
餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。
まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。
モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。
「アルウィン、君が好きだ」
「え、お断りします」
「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」
目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。
ざまぁ要素あるかも………しれませんね
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる