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40 ほしいもの

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 その後もノエルは優しいお兄さんの仮面を外さなかった。

 ノエルの意地悪現場をおさえてリオラお兄様に告げ口しようと思っていたぼくは拍子抜けする。にこにこ穏やかなノエルは、ついに帰宅のその時まで本性をあらわすことはなかった。

「また明日来ますね」
「ぼくはそんなに毎日遊んでもらわなくても大丈夫です」

 ひとりで大丈夫。ロルフも居るし。
 しかし、ノエルはリオラお兄様からアルのことをよろしくと言われているらしい。頻繁にやって来そうな気配を察知して、ムスッと頬を膨らませる。

 そうして最後まで礼儀正しいお兄さんを演じながら帰宅したノエル。彼が去った後、ぼくはロルフと顔を見合わせる。

「ノエルお兄さん。今日は意地悪じゃなかったね」
「そうですね」

 同意しつつも、ロルフは「ノエル様はいつもあんな感じらしいですよ」と言い添える。そうなのだ。不思議なのは、ノエルが世間的にも優しいお兄さんで通っているところなのだ。

 あの日の意地悪ノエルは、なんというか予想外の出来事だった。もともと原作でも、ノエルが居ると事件が起こるというお決まり展開だったのだが、原作においてその事件の犯人がノエルだったというわけではない。ノエルはトラブルメーカー扱いされていたが、それはノエルが事件に首を突っ込んで引っ掻きまわすお子様だったから。たとえばすでに事件が起きていたとして、それに無関係だったはずのライアンとリッキーが、ノエルのせいで巻き込まれるといった展開が多かった。

 ノエルが直接手を下した事件というのは、ぼくの記憶にはない。

 この間の閉じ込め事件は、原作からするとちょっとイレギュラーだと思う。

 しかし考えても仕方がない。ノエルが先日のことを綺麗さっぱりなかったことにしているのは腹が立つが、優しいお兄さんをやってくれるというのであれば大目に見よう。

 リオラお兄様にも、今日のことを報告する。笑顔で聞いてくれるお兄様は、やはりノエルのことを信用しているようだった。

「楽しかった?」
「ちょっとだけ」

 ノエルのことを警戒するあまり心の底からは楽しめなかったが、今日のノエルはぼくと一応遊んでくれた。きらきらの石も譲ってくれた。ちょっぴり楽しかったかもしれない。

「ノエルお兄さん。明日も来るって言っていました」
「うん。楽しみだね」

 微笑ましいとでも言うように、リオラお兄様は目を細める。お兄様は、ぼくがノエルと仲良くするとにこにこになる。ぼくが暇そうにしていることを、お兄様は気にしている。だから遊び相手なんて用意したのだろう。

「……ぼく、ノエルお兄さんと遊ぶのもいいけど。本当はペットがほしいです」
「ペット? 犬とか?」

 ふるふると首を左右に振れば、リオラお兄様が小首を傾げる。

「でっかい鳥さん」
「鳥?」

 予想外の申し出だったのか。面食らうお兄様は「鳥」とうわごとのように繰り返す。

「うーん。すぐにはちょっと」

 困った顔をするリオラお兄様だが、きっとお兄様が想像しているのは小さい鳥だ。そうじゃなくて、ぼくはでっかい鳥さんがほしい。

「ぼくが乗れるくらいの鳥さんがいいです。鳥さんに乗って空を飛びます」
「空を?」

 リオラお兄様とロルフが、顔を見合わせて困惑している。やがてお兄様が、意を決したかのようにぼくの目を覗き込んでくる。

「あのね、アル」
「なんですか」
「残念だけど、そういう大きな鳥は現実にはいないんだよ」

 小さい子に言い聞かせるかのように、やけに優しい目をしたお兄様は、ぼくのことを心配そうに見つめてくる。

 そういえば、原作小説は騎士や貴族が出てくるファンタジーっぽい世界観だったが、魔法や摩訶不思議な生き物は存在していなかった。ぼくが乗れるくらいのでっかい鳥さん、いないのか。ちょっぴりショック。

 固まるぼくの背中に、ロルフが手を当ててくる。

「アル様。鳥は諦めましょう」
「うん」

 こくんと頷くぼくに、リオラお兄様がホッと胸を撫で下ろしている。どうやらぼくがでっかい鳥さんほしいと大騒ぎするとでも思っていたらしい。ぼくはそこまでわがままじゃないので、安心してほしい。
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