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34 労い
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「こんちわ。シャルお兄さん」
「アル様。これはどうも」
本日も庭を散歩していたぼくは、地面にべちゃっとしているシャルお兄さんを発見した。疲れたと言いながらうつ伏せになるお兄さんは、仕事がお忙しいらしい。騎士団に勤務しているようなので、訓練とかでお疲れなのだろう。
疲れた、暑いとぶつぶつ呟くお兄さん。確かに、お日様ぎらぎらで暑そうだ。一応木陰に倒れてはいるが、ここは外。白いシャツに汚れがつくのも気にしない信念バッチリお兄さんは、ピクリとも動かない。大変お疲れらしい。なんか可哀想。
ちょっぴり同情したぼくは、ふと思いつく。
「ロルフ!」
「はい、なんでしょうか」
シャルお兄さんを半眼で見下ろすロルフを誘って、ぼくは物置小屋へと急ぐ。ノエルによる閉じ込め事件を思い出したのだろう。ロルフが躊躇するが、ぼくは気にしない。
「危ないですよ」
「ロルフが居るから大丈夫」
ぼくの安全はお任せしますと見上げれば、ロルフが突然顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。こわ。
「ロルフ。きょどーふしん」
「挙動不審ですね。誰がですか」
ひとりでぶつぶつ突っ込みを入れるロルフから、さっと視線を外す。挙動不審なロルフは放っておくに限る。
そうして小屋に侵入したぼくは、いそいそとお目当ての物を持ち出す。「そんなもの。何に使うんですか?」とロルフが不思議そうな顔をするが、シャルお兄さんを救うためにはこれが必要なのだ。
※※※
先程の場所に戻ると、シャルお兄さんは相変わらずぐったりしていた。そんなへとへとになるまでお仕事するなんて。とても偉いと思う。
「あの、アル様。これはどうしますか」
困った顔のロルフが、例の物を差し出してくる。すごく重いので、ロルフに持っていてもらったのだ。手を差し出して受け取ろうとするが、「重いですよ」と言ってロルフは渡してくれない。
仕方がないので、地面にうつ伏せになるシャルお兄さんのすぐ横まで運んでもらう。
「水撒きでもするんですか?」
「……水?」
首を捻るロルフがぽつりとこぼした言葉に、シャルお兄さんがピクリと反応を示す。「え、待ってください。なんか嫌な予感」と起きあがろうとするシャルお兄さんに負けるわけにはいかないと、ロルフの背中を叩く。しかし、ロルフは「なんですか?」ととぼけた反応をするのみで、ぼくの意図を察してはくれない。
「もう! 貸して」
ロルフの手から水が入ったバケツを奪い取ろうとするが、「重いですって」と渡してくれない。渡してくれないのであれば、奪い取るまでだ。バケツを両手で抱え込んで、必死に引っ張る。「あ、ちょっと」と困惑の声を上げるロルフは、たいして抵抗してこない。その結果、水がいっぱい入ったバケツは、ぼくの狙い通りにシャルお兄さんに向かってひっくり返る。
うわっという驚いたような声と、水をぶち撒ける豪快な水音が響いた。
静まり返る空間に、ロルフの「あらら」という棒読みの声が響き渡る。
「……いじめ?」
びしょ濡れになったシャルお兄さんが、しきりに目を瞬いている。そのもじゃもじゃの髪の毛から、ぽたぽたと絶え間なく水が滴り落ちている。
ぼくがいじめたみたいな言い方をするシャルお兄さんは失礼だと思う。慌てて「違います」と訂正しておく。
「シャルお兄さん。暑そうだったので。冷やしてあげようと思いました」
「はぁ」
面食らうお兄さんは、「ありがとうございます?」と疑問をまじえながらお礼を述べてくる。
「涼しくなった?」
「えっと。そうですね。驚きの方が大きいですが」
アル様は豪快ですね、とぼくを褒めてくるシャルお兄さん。「そう。ぼくは豪快」と肯定しておけば、ロルフが小さく吹き出した。こいつは些細な事でぼくを笑ってくる。
顔を拭うシャルお兄さん。目元が見えないかなと背伸びして顔を覗き込もうとするが、肩を揺らしたお兄さんは素早く目元を押さえてしまう。
「シャルお兄さん。顔見せてください」
「無理です」
きっぱり断ってくるお兄さん。相変わらず前髪へのこだわりがすごい。「いい加減諦めたらどうですか? リオラ様も呆れていたじゃないですか」と、ロルフがシャルお兄さんに詰め寄っている。どうやらシャルお兄さんがガストン団長であると、まだ疑っているらしい。その件は別人だということで解決したはずなのに。ロルフは、一体いつまで粘るつもりなのだろうか。
シャルお兄さんも、目元は見えないが困っているのが伝わってくる。可哀想なシャルお兄さん。自分はガストン団長ではないと何度も説明しているのに、みんながまったく信じてくれないなんて。
ロルフの腕を掴んで、引き止める。一方的に責められるシャルお兄さん。せめてぼくくらいは味方してあげないと哀れだと思うから。
「アル様。これはどうも」
本日も庭を散歩していたぼくは、地面にべちゃっとしているシャルお兄さんを発見した。疲れたと言いながらうつ伏せになるお兄さんは、仕事がお忙しいらしい。騎士団に勤務しているようなので、訓練とかでお疲れなのだろう。
疲れた、暑いとぶつぶつ呟くお兄さん。確かに、お日様ぎらぎらで暑そうだ。一応木陰に倒れてはいるが、ここは外。白いシャツに汚れがつくのも気にしない信念バッチリお兄さんは、ピクリとも動かない。大変お疲れらしい。なんか可哀想。
ちょっぴり同情したぼくは、ふと思いつく。
「ロルフ!」
「はい、なんでしょうか」
シャルお兄さんを半眼で見下ろすロルフを誘って、ぼくは物置小屋へと急ぐ。ノエルによる閉じ込め事件を思い出したのだろう。ロルフが躊躇するが、ぼくは気にしない。
「危ないですよ」
「ロルフが居るから大丈夫」
ぼくの安全はお任せしますと見上げれば、ロルフが突然顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。こわ。
「ロルフ。きょどーふしん」
「挙動不審ですね。誰がですか」
ひとりでぶつぶつ突っ込みを入れるロルフから、さっと視線を外す。挙動不審なロルフは放っておくに限る。
そうして小屋に侵入したぼくは、いそいそとお目当ての物を持ち出す。「そんなもの。何に使うんですか?」とロルフが不思議そうな顔をするが、シャルお兄さんを救うためにはこれが必要なのだ。
※※※
先程の場所に戻ると、シャルお兄さんは相変わらずぐったりしていた。そんなへとへとになるまでお仕事するなんて。とても偉いと思う。
「あの、アル様。これはどうしますか」
困った顔のロルフが、例の物を差し出してくる。すごく重いので、ロルフに持っていてもらったのだ。手を差し出して受け取ろうとするが、「重いですよ」と言ってロルフは渡してくれない。
仕方がないので、地面にうつ伏せになるシャルお兄さんのすぐ横まで運んでもらう。
「水撒きでもするんですか?」
「……水?」
首を捻るロルフがぽつりとこぼした言葉に、シャルお兄さんがピクリと反応を示す。「え、待ってください。なんか嫌な予感」と起きあがろうとするシャルお兄さんに負けるわけにはいかないと、ロルフの背中を叩く。しかし、ロルフは「なんですか?」ととぼけた反応をするのみで、ぼくの意図を察してはくれない。
「もう! 貸して」
ロルフの手から水が入ったバケツを奪い取ろうとするが、「重いですって」と渡してくれない。渡してくれないのであれば、奪い取るまでだ。バケツを両手で抱え込んで、必死に引っ張る。「あ、ちょっと」と困惑の声を上げるロルフは、たいして抵抗してこない。その結果、水がいっぱい入ったバケツは、ぼくの狙い通りにシャルお兄さんに向かってひっくり返る。
うわっという驚いたような声と、水をぶち撒ける豪快な水音が響いた。
静まり返る空間に、ロルフの「あらら」という棒読みの声が響き渡る。
「……いじめ?」
びしょ濡れになったシャルお兄さんが、しきりに目を瞬いている。そのもじゃもじゃの髪の毛から、ぽたぽたと絶え間なく水が滴り落ちている。
ぼくがいじめたみたいな言い方をするシャルお兄さんは失礼だと思う。慌てて「違います」と訂正しておく。
「シャルお兄さん。暑そうだったので。冷やしてあげようと思いました」
「はぁ」
面食らうお兄さんは、「ありがとうございます?」と疑問をまじえながらお礼を述べてくる。
「涼しくなった?」
「えっと。そうですね。驚きの方が大きいですが」
アル様は豪快ですね、とぼくを褒めてくるシャルお兄さん。「そう。ぼくは豪快」と肯定しておけば、ロルフが小さく吹き出した。こいつは些細な事でぼくを笑ってくる。
顔を拭うシャルお兄さん。目元が見えないかなと背伸びして顔を覗き込もうとするが、肩を揺らしたお兄さんは素早く目元を押さえてしまう。
「シャルお兄さん。顔見せてください」
「無理です」
きっぱり断ってくるお兄さん。相変わらず前髪へのこだわりがすごい。「いい加減諦めたらどうですか? リオラ様も呆れていたじゃないですか」と、ロルフがシャルお兄さんに詰め寄っている。どうやらシャルお兄さんがガストン団長であると、まだ疑っているらしい。その件は別人だということで解決したはずなのに。ロルフは、一体いつまで粘るつもりなのだろうか。
シャルお兄さんも、目元は見えないが困っているのが伝わってくる。可哀想なシャルお兄さん。自分はガストン団長ではないと何度も説明しているのに、みんながまったく信じてくれないなんて。
ロルフの腕を掴んで、引き止める。一方的に責められるシャルお兄さん。せめてぼくくらいは味方してあげないと哀れだと思うから。
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