悪役令息(仮)の弟、破滅回避のためどうにか頑張っています

岩永みやび

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 じゃあ僕は忙しいから、と。明らかな嘘をついて立ち去ろうとするノエルの背中に「ばいばい」と手を振って送り出す。

 ようやく帰ってくれた。
 このまま事件が起きませんように。

 ぱんぱんと手を叩いてお祈りすれば、これまで黙っていたロルフが「え。なんすか、それ。かわいい」と顔を覆ってしまう。

「よし。行くよ、ロルフ」
「どちらへ?」
「ノエルお兄さんを追いかけます」
「まさかの尾行?」

 ノエルが居るところでは、必ずといっていいほどに事件が起こる。目を離すわけにはいかないだろう。ロルフを手招きして、こそこそとノエルを追いかける。

 前方をゆったりとした足取りで歩くノエルは、どうやら庭に向かっているらしい。もう帰宅するのだろうか。それにしては、お供を誰も引き連れていないのはなんでだろう。

「ロルフ。静かにね」
「了解です」

 前方のノエルと後方のロルフをちらちら見比べながら移動する。

 小走りになるぼくは、すごく頑張っている。

 そうして予想通り、庭に出たノエルお兄さんは、突然足を止めて勢いよく振り返った。あまりに唐突だったため、隠れる時間もない。困ったぼくは、咄嗟に地面にしゃがんで頭を抱えた。

「……もしかして、それで隠れているつもりなの?」

 困惑を含んだノエルの声が降ってくる。ひたすらじっと地面を見つめていれば「いやあの。丸見えだよ?」とさらに困ったような声が聞こえてきた。

「おーい。アルくん?」
「ぼくは石です。アルじゃないです」
「おっと。これは失礼」

 誤魔化し方が斬新だね、と苦笑するノエルは再び立ち止まってしまう。背後でロルフがくすくす笑いを堪えようとしているが、まったく堪えきれていない。

 極力動かずに気配を消すが、ノエルはぼくのことを凝視してくる。

「……何か用ですか」

 このままでは埒が明かないので、仕方なく顔を上げる。ぼくのことを見下ろしてくる澄んだ瞳はちょっぴり冷たい色をしていて、一体何を考えているのかわからない。

 よいしょと立ち上がって「話くらいなら聞きます」とノエルを促す。

 こういう時、リオラお兄様やライアンだったら屈んでぼくと目線を合わせてくれるんだけどな。大人びて見えても、さすが十歳。そういう細かいところには気がまわらないらしい。

 ノエル十歳、ぼく五歳。身長差がそれなりにあるので、お話しするのもひと苦労だ。

「話も何も。アルくんが僕を追いかけてきたんだろ」

 バレてるじゃん。
 僕に何か用があるのはアルくんの方だろ? と小首を傾げるノエル相手に、ぼくはこっそり息を呑む。

 まさか馬鹿正直に「ノエルが居ると事件が起きるので。見張っていました」と白状するわけにもいかない。ぼくが前世の記憶を持っていることと、ここがBL小説の世界ということは誰にも言うことができない重大な秘密なのだ。

 んっと、と頭を捻って考える。

「ぼ、ぼくは庭をお散歩していただけで。ノエルお兄さんを追いかけていたわけではないです」

 結局、そんなありきたりな言い訳を並べてみるが、ノエルは疑いの目を向けてくる。ぼくは五歳だぞ。手加減しろ。

「ノエルお兄さんも一緒に遊びますか?」

 仕方がないので、手を差し出してお誘いしてみる。本当ははやく帰ってもらいたいのだが、ノエルがぼくを解放してくれる気配がない。ならばいっそのこと、一緒に遊んであげてノエルを満足させてやろうと思う。そうしたら遊び疲れたノエルが早々に帰宅してくれるかもしれない。

「一緒に? どうやって遊ぶの?」
「えっと。虫さんを探すとか?」

 虫取り網をぶんぶんと振り回す真似をしてみせれば、ノエルが「何それ」とカラカラ笑う。

 笑われるようなことをした覚えのないぼくは、それにちょっぴり腹を立てる。

「虫さんを捕まえるの。ぼく得意です! ノエルお兄さんはできますか!」

 腹いせに大声で詰め寄ってやれば、ノエルは軽く肩をすくめる。

「そういう遊びはしないよ。僕は大人だからね」
「なんと!」

 ぼくも大人だけどな。
 ノエルが得意な顔をするので、ここは彼の顔を立ててあげようと思う。「びっくりです!」と大袈裟に驚いてやれば、これまで無言を貫いていたロルフが吹き出した。

 ひとりで笑うロルフをムスッと睨んで、ぼくは視線をノエルへと戻す。

「大人なノエルお兄さん。ぼくと遊んでくれますか?」
「うーん。少しくらいなら」

 時間を作ってあげてもいいよ、と謎の上から目線で答えてくるノエルに、ぼくはこっそりため息を吐いた。
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