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15 言いたいこと

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 その日の夕食の時間である。

 困ったように眉を寄せたリオラお兄様が、じっとぼくの顔を見てくる。食事に手をつける様子のないお兄様。ぼくはできた弟なので、目上のお兄様が食事を始めるのをじっと待っているのだが、当のお兄様が動く気配はない。

 食事が冷めてしまう。温かいうちに食べた方が美味しいに決まっているのに。

 迷った末に、お皿の端っこに添えられていた苺をひとつ摘んで、ぽいっと口に放り込む。お兄様にバレないようにもぐもぐしていると、お兄様が微かに口元を引き攣らせた。

「アル。お行儀悪いよ」

 バレとる。流石お兄様。

 急いで飲み込んで、素知らぬふりを貫いておこうと思う。にこにこ笑顔で誤魔化せば、お兄様が何か言いたそうに口を開いたものの、すぐに閉じてしまう。

 そうして何度か迷うような素振りをみせるリオラお兄様は、まったく食事を始める気配がない。ついに我慢のできなくなったぼくは、フォークを手に取る。

「お兄様! 早く食べないと冷めちゃいます! シェフが悲しみます!」
「そうだね、ごめんね」

 ようやく食事を始めたお兄様は、浮かない表情である。お兄様の様子を窺いつつ、苦手なお野菜を避けてお肉だけを放り込む。口に入れた瞬間、はっとする。

「もう冷めてます!」

 大声で抗議すれば、お兄様が「ごめんね」と謝罪してくる。まったくもう!

「ぼくは温かいお肉がよかったです! どうしてくれるんですか!」
「うん。ごめんね」

 眉尻を下げて謝罪してくるお兄様は、いまだに浮かない表情である。おそらくだが、ぼくの話を真面目に聞いていない。適当にお返事していると思われる。

 一体どうしたというのだろうか。

 お兄様のことがちょっぴり心配になるが、今はお肉の方が大事である。ちょっと固くなってしまったお肉を頬張って、合間にリオラお兄様の観察をする。

 黙々と食事をすすめるお兄様は、たまにぼくに視線を投げては、ぎゅっと眉間に皺を寄せるという不自然な動作を繰り返している。

 どうやら、ぼくに言いたいことがあるらしい。けれども切り出し方がわからずに、迷っているといったところか。

 ぼくはお利口さんなので。フォークを置いて、お兄様をじっと見つめる。

「お兄様」
「ん? どうしたのかな」

 つられて姿勢を正したお兄様は、ぼくの方に顔を向けるが、微妙に視線がずれている。

「ぼくに何か言いたいことがありますか?」

 できた弟なので。お兄様がタイミング掴めないというのであれば、こちらから提供してやるまでだ。ハッと静かに息を呑むお兄様は、どうやらぼくの完璧な気遣いに感動しているらしい。ふふんっと得意になって胸を張れば、お兄様が決意するかのようにようやく視線を合わせてくれた。

「アル」
「なんですか」
「私はアルのお兄ちゃんだからね。私に対して遠慮する必要はないからね」
「はい、お兄様」

 リオラお兄様相手に遠慮なんてした覚えはない。だが、お兄様が真剣な表情だったので、しっかり頷いておく。
 せっかく遠慮せずにと言われたので、再びフォークを握ってお肉を口に運んでおく。何か言いたそうに一瞬だけ片眉を器用に持ち上げたお兄様は、けれども何も言わなかった。

「それでね、アル。なにか悩みでもあるのかな? 不満があるのならば、まずは私に言ってくれないかな」

 困ったように眉尻を下げるお兄様に、ぱちぱちと目を瞬く。

 悩みってなんだ。なんの話だ。

 じっと固まって考え込んでいると、リオラお兄様が「ライアンと喧嘩でもしたのかい?」と優しく問いかけてくる。

 どうやら、本日ぼくが騎士団に殴り込みに行った件を心配しているらしい。なんてこった。お兄様には秘密にしておくつもりだったのに。一体どこから情報が漏れたのだ。

 口を開いてびっくりしていると、お兄様は「団長に聞いたよ。ライアンに何かされたのかい?」と再び優しい声色で尋ねてくる。

 情報提供者はガストン団長らしい。そういえば、団長の迫力にびびってそのまま逃げてきたんだった。リオラお兄様には内緒ね、と口止めしてくるのをすっかり忘れていた。

 あわあわするぼくに、リオラお兄様は優しい眼差しを向けてくる。どうやらぼくとライアンが喧嘩して、騎士団を巻き込む大騒動に発展したと思っているらしい。大勢の騎士たちの前で、ライアンに謝罪を要求した。それが膨らんだ結果、ぼくとライアンの大喧嘩という憶測が広まったのだろう。

 慌てて違うと訂正するが、お兄様は困った顔のままだ。

「ライアンは大嘘つきだけど、喧嘩はしてないです」
「大嘘つき?」
「ぼくは大人なので。ライアンの大人気ない嘘にも付き合ってあげています。ぼくえらい」
「う、うん?」

 しきりに首を捻ってしまうお兄様は、怪訝な表情だ。

 だが、ライアンが大嘘つきなのは事実である。もとはといえばライアンが、落ちてるお兄さんはガストン団長であると突拍子もない嘘をついたのが始まりだ。おまけにガストン団長は見栄っ張りだとか訳の分からない謎設定を追加してきた。

 ぼくは、そんな嘘つきライアンに付き合ってあげたのだ。すごく大人な対応をしてあげた。

 そういうことをお兄様に説明してあげるが、お兄様は怪訝な顔のままぼくを見つめてくる。

「喧嘩じゃないならいいんだけど」

 控えめに呟くお兄様は、まったく良さそうな顔をしていなかった。すごく不満そうなお顔である。

「お兄様! 眉間に皺が!」

 とれなくなるからやめなさいと教えてあげれば、お兄様は苦笑してしまう。

「ライアンとも仲良くするんだよ」
「はい」

 ぼくは仲良くなろうと努力しているんだけどな。だってライアンとお兄様の仲が壊滅的になるとリオラお兄様が破滅してしまう。だからぼくとしても、ライアンとは仲良くしておきたい。
 ぼくと距離をとっているのはライアンの方だ。すごく大胆な嘘をついてぼくを騙してくる。

 しかし、これ以上お兄様に心配をかけるわけにもいかない。ぼくとライアンは喧嘩なんてしていないと説明しなくては。

「ぼくは今日、騎士団に行って、みんなと楽しく遊びました。それでライアンとも友達になってあげようと思いました」
「なにその説明口調」

 これでお兄様への誤魔化しはバッチリである。満足したぼくは、お皿に残っていた苺を口に放り込んだ。
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