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13 枝泥棒
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「アル様」
低い声でぼくの名前を呼ぶガストン団長は、素早く屈むと、ひょいっとぼくの両脇に手を入れて持ち上げてしまう。為す術なく固まるぼく。
突然高くなった視界に、あわわと震える。
ここで手を放されると、ぼくは真っ逆さまだ。ガストン団長はそんなことしないと信じたいが、彼は原作小説でぼくら兄弟を破滅へと追いやる張本人だ。ちょっと怖い。
隙のない団長は、キリッとした面持ちでぼくの瞳を覗き込んでくる。感情の読めない黒目には、情けない表情のぼくが映っている。
「セスが何か失礼を?」
どうやら状況をあまり把握していないらしい。セスとは、人質お兄さんのお名前だろう。ふるふると懸命に首を左右に振ると、団長が眉間に皺をつくった。
「では、ライアンが何か?」
飛び出てきた名前に、肩を揺らす。目敏い団長は、それを見逃さない。再び「ライアンが何か?」と問うてくる団長に、ぼくはゆっくりと口を開く。
「ライアンが、ぼくに意地悪してきます」
とりあえず、ライアンの悪行を報告しておいてやる。「意地悪?」と首を捻った団長は、ぼくをそっと地面におろすと、今度はライアンは睨みつけている。
「おい」
「いやいや、誤解ですって」
俺がいつアル様に意地悪しましたよ、と眉尻を下げるライアンは、間違いなく困っていた。この期に及んでまだ逃げるつもりらしい。
ガストン団長の騎士服を引っ張って、注意をこちらに向けさせる。
「ライアンが、ガストン団長と落ちてるお兄さんは同じ人ってまだ言ってます。リオラお兄様にも同じ嘘ついてます。あいつはとんでもない嘘つきです!」
先程手放してしまった枝をさっと拾い上げて、再び人質お兄さんに突きつける。ぼけっと成り行きを見守っていたセスお兄さんは、我に返ったように両手をあげる。少し遠くで、ライアンが「冤罪ですよ!」と大声を上げている。往生際が悪過ぎるぞ。
「団長、助けてください」
ガストン団長に助けを求めるセスお兄さんは、震えていた。ぼくにビビっているらしいので、おらおらと枝を突き付けておく。
その様子を眺めていた団長は、「は?」と変な声をもらした。しばらく立ち尽くしていた団長は、にやにやと悪い笑みを浮かべるぼくの右手から、さっと枝を奪っていく。なんて早技。
枝の消えた右手をぼけっと見つめて、すぐさま団長に抗議するが、団長は困ったように眉間に皺を寄せるだけで返してくれない。
「枝泥棒め!」
「枝泥棒ってなんすか」
ロルフが口元を押さえてふるふるしている。どうせぼくを笑うつもりなのだろう。嫌な従者だ。
返せ返せとありったけの大声で騒いでやる。
失礼なロルフは、大袈裟に耳を塞いで「アル様。ちょっとお静かに」と被害者面してくる。だが、クールなガストン団長は動じない。どっしり構える彼は、ぽいっと枝を遠くに放り投げてしまった。
慌てて取りに行こうと一歩踏み出すが、団長が邪魔してくる。ぼくの前に立ち塞がった団長は、「アル様」と、静かにぼくを呼んでくる。
「なんだぁ!」
とりあえず、焦りを悟られないようにと堂々とお返事しておく。心なしか、団長が肩を揺らしたような気がする。もしやぼくの大声にビビったのか? クールな団長なのに?
なぜか黙った団長は、じっとぼくを見下ろしてくる。負けじと目に力を込めておく。
すっと屈んだ団長は、「ライアンには、私の方から言い聞かせておきますので」と淡々と口にする。それを受けて、ライアンが肩を怒らせる。
「いい加減にしてくださいよ、団長! どんだけ見栄っ張りなんですか」
見栄っ張り。そういえば、リオラお兄様もそんなこと言っていたな。
「団長は見栄っ張りですか?」
ガストン団長の黒い瞳を覗き込んで尋ねれば、彼は僅かに目を細める。
「いえ、そんなことは」
緩く首を傾げる団長は、見栄っ張りを否定してくる。これはどういうことだろうか。
もしや、騎士団とガストン団長が対立しているのだろうか。なぜだろうか。そこまで考えて、ハッとする。
そういえば、原作小説でガストン団長は初めリオラお兄様の味方っぽく登場していた。怖いお兄さんというイメージが強過ぎて忘れていたが、彼はリオラお兄様の忠実なしもべである。
リオラお兄様の味方と思わせておいて、最後の最後で裏切るのだ。主人公ライアンや騎士団までもがガストン団長に騙されていた。彼らもガストン団長がライアン側についた時、驚きに目を見開いていたはずだ。
ということはだ。
もしかして現在は、ガストン団長が内心でリオラお兄様への不信感を募らせているところなのかもしれない。
そうであれば、団長と騎士たちの意見が合わない点に納得がいく。リオラお兄様による嫌がらせ初期段階では、ガストン団長はお兄様側の人間であった。
つまり、今現在ライアンを含む騎士たちは、リオラお兄様とガストン団長、それにぼくへの嫌がらせをしているのか?
でも原作小説でライアンがリオラお兄様に嫌がらせする場面なんてあったかな? ライアンはかっこいい攻め主人公である。そんな主人公が、相手が悪役令息とはいえ、嫌がらせなんて姑息なことをするかな。なんかライアンのイメージと合わない気がする。
確か、リオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせに気がついたライアンは、初めはお兄様との仲直りを目指したはずだ。けれども、頑ななリオラお兄様に嫌気のさしたライアンは、説得を諦める。リオラお兄様に苦言を呈することはあっても、嫌がらせ行為に走ることはなかったはずだ。もっぱら、バチバチしていたのはガストン団長と騎士たちだ。
これは一体どういうことだろうか。
他にも、原作小説ではライアンとリッキーはいつも一緒だった。それこそリオラお兄様が入り込む隙間がないくらいに。お兄様はそれが原因で嫉妬するのだ。
しかし、ライアンとリッキーが共にいる場面をあまり見ない。
なんか、小説とは異なる点がたくさんある。
考え込むぼくに、みんなが注目しているのがわかる。これはあれだ。一度、作戦を練り直さなければならない。ちょっと色々と考えたいことが増えてしまったからな。
低い声でぼくの名前を呼ぶガストン団長は、素早く屈むと、ひょいっとぼくの両脇に手を入れて持ち上げてしまう。為す術なく固まるぼく。
突然高くなった視界に、あわわと震える。
ここで手を放されると、ぼくは真っ逆さまだ。ガストン団長はそんなことしないと信じたいが、彼は原作小説でぼくら兄弟を破滅へと追いやる張本人だ。ちょっと怖い。
隙のない団長は、キリッとした面持ちでぼくの瞳を覗き込んでくる。感情の読めない黒目には、情けない表情のぼくが映っている。
「セスが何か失礼を?」
どうやら状況をあまり把握していないらしい。セスとは、人質お兄さんのお名前だろう。ふるふると懸命に首を左右に振ると、団長が眉間に皺をつくった。
「では、ライアンが何か?」
飛び出てきた名前に、肩を揺らす。目敏い団長は、それを見逃さない。再び「ライアンが何か?」と問うてくる団長に、ぼくはゆっくりと口を開く。
「ライアンが、ぼくに意地悪してきます」
とりあえず、ライアンの悪行を報告しておいてやる。「意地悪?」と首を捻った団長は、ぼくをそっと地面におろすと、今度はライアンは睨みつけている。
「おい」
「いやいや、誤解ですって」
俺がいつアル様に意地悪しましたよ、と眉尻を下げるライアンは、間違いなく困っていた。この期に及んでまだ逃げるつもりらしい。
ガストン団長の騎士服を引っ張って、注意をこちらに向けさせる。
「ライアンが、ガストン団長と落ちてるお兄さんは同じ人ってまだ言ってます。リオラお兄様にも同じ嘘ついてます。あいつはとんでもない嘘つきです!」
先程手放してしまった枝をさっと拾い上げて、再び人質お兄さんに突きつける。ぼけっと成り行きを見守っていたセスお兄さんは、我に返ったように両手をあげる。少し遠くで、ライアンが「冤罪ですよ!」と大声を上げている。往生際が悪過ぎるぞ。
「団長、助けてください」
ガストン団長に助けを求めるセスお兄さんは、震えていた。ぼくにビビっているらしいので、おらおらと枝を突き付けておく。
その様子を眺めていた団長は、「は?」と変な声をもらした。しばらく立ち尽くしていた団長は、にやにやと悪い笑みを浮かべるぼくの右手から、さっと枝を奪っていく。なんて早技。
枝の消えた右手をぼけっと見つめて、すぐさま団長に抗議するが、団長は困ったように眉間に皺を寄せるだけで返してくれない。
「枝泥棒め!」
「枝泥棒ってなんすか」
ロルフが口元を押さえてふるふるしている。どうせぼくを笑うつもりなのだろう。嫌な従者だ。
返せ返せとありったけの大声で騒いでやる。
失礼なロルフは、大袈裟に耳を塞いで「アル様。ちょっとお静かに」と被害者面してくる。だが、クールなガストン団長は動じない。どっしり構える彼は、ぽいっと枝を遠くに放り投げてしまった。
慌てて取りに行こうと一歩踏み出すが、団長が邪魔してくる。ぼくの前に立ち塞がった団長は、「アル様」と、静かにぼくを呼んでくる。
「なんだぁ!」
とりあえず、焦りを悟られないようにと堂々とお返事しておく。心なしか、団長が肩を揺らしたような気がする。もしやぼくの大声にビビったのか? クールな団長なのに?
なぜか黙った団長は、じっとぼくを見下ろしてくる。負けじと目に力を込めておく。
すっと屈んだ団長は、「ライアンには、私の方から言い聞かせておきますので」と淡々と口にする。それを受けて、ライアンが肩を怒らせる。
「いい加減にしてくださいよ、団長! どんだけ見栄っ張りなんですか」
見栄っ張り。そういえば、リオラお兄様もそんなこと言っていたな。
「団長は見栄っ張りですか?」
ガストン団長の黒い瞳を覗き込んで尋ねれば、彼は僅かに目を細める。
「いえ、そんなことは」
緩く首を傾げる団長は、見栄っ張りを否定してくる。これはどういうことだろうか。
もしや、騎士団とガストン団長が対立しているのだろうか。なぜだろうか。そこまで考えて、ハッとする。
そういえば、原作小説でガストン団長は初めリオラお兄様の味方っぽく登場していた。怖いお兄さんというイメージが強過ぎて忘れていたが、彼はリオラお兄様の忠実なしもべである。
リオラお兄様の味方と思わせておいて、最後の最後で裏切るのだ。主人公ライアンや騎士団までもがガストン団長に騙されていた。彼らもガストン団長がライアン側についた時、驚きに目を見開いていたはずだ。
ということはだ。
もしかして現在は、ガストン団長が内心でリオラお兄様への不信感を募らせているところなのかもしれない。
そうであれば、団長と騎士たちの意見が合わない点に納得がいく。リオラお兄様による嫌がらせ初期段階では、ガストン団長はお兄様側の人間であった。
つまり、今現在ライアンを含む騎士たちは、リオラお兄様とガストン団長、それにぼくへの嫌がらせをしているのか?
でも原作小説でライアンがリオラお兄様に嫌がらせする場面なんてあったかな? ライアンはかっこいい攻め主人公である。そんな主人公が、相手が悪役令息とはいえ、嫌がらせなんて姑息なことをするかな。なんかライアンのイメージと合わない気がする。
確か、リオラお兄様によるリッキーへの嫌がらせに気がついたライアンは、初めはお兄様との仲直りを目指したはずだ。けれども、頑ななリオラお兄様に嫌気のさしたライアンは、説得を諦める。リオラお兄様に苦言を呈することはあっても、嫌がらせ行為に走ることはなかったはずだ。もっぱら、バチバチしていたのはガストン団長と騎士たちだ。
これは一体どういうことだろうか。
他にも、原作小説ではライアンとリッキーはいつも一緒だった。それこそリオラお兄様が入り込む隙間がないくらいに。お兄様はそれが原因で嫉妬するのだ。
しかし、ライアンとリッキーが共にいる場面をあまり見ない。
なんか、小説とは異なる点がたくさんある。
考え込むぼくに、みんなが注目しているのがわかる。これはあれだ。一度、作戦を練り直さなければならない。ちょっと色々と考えたいことが増えてしまったからな。
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