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10 現状把握
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その日の夕食時である。
お肉をもぐもぐするぼくに、リオラお兄様が「そういえば」と静かに言葉を紡いだ。
「アルが言っていた落ちてるお兄さんだけど。あれってガストン団長らしいね」
「! 違います!」
一体誰に聞いたのやら。とんでもない勘違いをしているらしいお兄様に、慌てて訂正してあげる。
「ガストン団長はクールな大人です。落ちてるお兄さんはべちゃってしてます。まったくの別人です」
「べちゃ……?」
首を捻るお兄様は、どうやらライアンからその嘘情報を聞いたらしい。なんて奴だ。ぼくだけではなく、リオラお兄様も騙すなんて。もしかして既にリオラお兄様とライアンの仲は険悪なのか?
思い浮かんだ嫌な可能性に、ぼくは固まってしまう。実は既にリオラお兄様がリッキーへの嫌がらせを開始していて、それに腹を立てたライアンが、お兄様と弟であるぼくに嫌がらせをしているのかもしれない。
なんてことだ。この目で見た限り、ふたりの関係はまだ良好だと思っていたのに。もしかしたら五歳児であるぼくの前では取り繕っていただけなのかもしれない。
だとすれば、大変ピンチである。
「お兄様! ライアンとは仲良しですか!」
とりあえず確認しておけば、リオラお兄様は「仲良しだよ」とにこやかに応じる。本当かな。だが、ライアンは優秀である。原作小説でも、リオラお兄様は当初、そんな優秀なライアンにべた惚れな感じであった。惚れた弱みで、ちょっとくらいのライアンの意地悪は流してしまいそうな気がする。
「ライアンに意地悪されていませんか?」
大事なことなので、よくよく確認しておけば、リオラお兄様が目を瞬く。どうやら本当に意地悪されているという自覚はないらしい。本当に?
「ライアンは、ちょびっと悪い人です。ぼくに嘘つきます」
「そんなことないと思うけど?」
そんなことあるんだな、これが。
本日だって、落ちてるお兄さんはガストン団長であるという大嘘ついてきた。そういやロルフもグルになってぼくを騙そうとしてきた。
「あと、ロルフも嘘つきです」
思い出したので、ついでにロルフの悪事も報告しておいてやる。黙って聞いていたリオラお兄様は、「嘘ではないと思うけど」と、ライアンとロルフの味方をしてしまう。これはいけない。
ぼくが嘘つきみたいになってしまう。慌てて、ガストン団長本人が、自分は落ちてるお兄さんではないと言っていた旨お知らせしてやる。それを聞いたリオラお兄様は、目を丸くした。
「それは本当かい? ガストン団長がそう言ったの?」
「はい! ガストン団長は落ちてるお兄さんじゃないって自分で言っていました」
ぼくがちゃんとこの耳で聞きました、とアピールすれば、お兄様は怪訝な顔で黙り込む。どうやらライアンが嘘をついている可能性に、ようやく思い至ってくれたらしい。もう一度確認してみるね、と自信なさそうに話を切り上げるお兄様は、しきりに首を捻っていた。
※※※
「ロルフ。あんまり嘘ついたらダメだよ。失恋したからって、やっていい事と悪い事があるよ」
「もはやどこから訂正すればいいのやら」
夕食後。
自室にて、ロルフに色々と言い聞かせていた時である。ぼくは出来るお兄さんなので、従者であるロルフの教育もきちんとしてやるのだ。お兄さんなので。
嘘ついたらダメだよ、と何度も言い聞かせるのだが、ロルフは不満顔である。「嘘つきはガストン団長の方ですよ」と言って譲らない。なんという往生際の悪さだ。図太いにも程があるぞ。
そうして延々、ロルフ相手に格闘していたぼくであるが、来客があった。
控えめなノックにつられて、ロルフがそちらに歩いて行く。リオラお兄様かな? ロルフの背中をそわそわと観察していれば、予想通り。
「アル? ちょっといいかな」
「リオラお兄様! どうぞ」
就寝前だというのに、隙のないきらきらお兄様は、ゆったりとした足取りで部屋に入ってくる。おもてなししようと、急いでテーブルに案内すれば「ありがとう」と、優しく微笑んでくれた。
「急にお邪魔してごめんね」
「お気になさらず」
壁際に控えるロルフは、従者としての役目に徹している。
落ち着きなく室内を一瞥したお兄様は、両手を組んで、そわそわしている。どう話を切り出すのか、迷っているみたいだった。弟であるぼくを相手に、そんなに緊張することがあるだろうか。
一体なんの用事だろうと首を捻ったぼくは、ひとつの可能性に思い至った。
「ロルフ!」
「はい、アル様」
すかさず応答するロルフに、外に出るようお伝えする。きっとあれだ。以前、ぼくはお兄様に、好きな子できたら教えてくださいと言ってあった。それと、今のお兄様の不審な態度を合わせると、答えはひとつ。
リオラお兄様は、ぼくに恋愛相談をしに来たのだ。ロルフの前では相談しにくいという気持ちは、よくわかる。デリケートなお話だ。たとえ従者とはいえ、知られるのは我慢ならないのだろう。それに、ロルフは一度お兄様に振られている。自分が振った男の前での恋愛相談なんて地獄だ。
ぼくはできた弟なので。気を利かせてロルフを追い出せば、お兄様が目を瞬く。
「ロルフを追い出す必要はなかったのに」
「お気になさらず!」
優しいお兄様は、ロルフのことを心配している。だがご安心を。ロルフはしっかり者さんである。こちらの事情は察してくれるだろ。
ロルフの消えた扉を見つめていたお兄様は、やがて決心したように口を開いた。
「あのね、アル」
「なんですか」
「先程、アルの言う落ちてるお兄さんとやらについてもう一度騎士団の方に確認したんだけどね」
「はい」
「やはり落ちてるお兄さんとやらは、ガストン団長のことらしいよ?」
なんだって。もしや騎士団全体でそんなデマを?
もしそれが本当なら、お兄様はすでに騎士団から見限られていることになってしまうのではないか。だって、オルコット公爵家の長男であるリオラお兄様相手に嘘をつくなんて。オルコット家騎士団として、あるまじき行為だ。酷い裏切り行為だ。
もしや裏でライアンやガストン団長が手を回しているのか?
固まるぼくに、リオラお兄様が心配そうな顔をする。
「アル。ガストン団長だけどね。なんか君の前で見栄を張っただけみたいだから。許してあげてね?」
もし仮に、騎士団が既にリオラお兄様と敵対しているのであれば、もはや破滅への道は引き返せないところまで来ている。
ごくりと息を呑むぼくに、リオラお兄様は「アル? 聞いてる?」と、しきりに声をかけてきた。
お肉をもぐもぐするぼくに、リオラお兄様が「そういえば」と静かに言葉を紡いだ。
「アルが言っていた落ちてるお兄さんだけど。あれってガストン団長らしいね」
「! 違います!」
一体誰に聞いたのやら。とんでもない勘違いをしているらしいお兄様に、慌てて訂正してあげる。
「ガストン団長はクールな大人です。落ちてるお兄さんはべちゃってしてます。まったくの別人です」
「べちゃ……?」
首を捻るお兄様は、どうやらライアンからその嘘情報を聞いたらしい。なんて奴だ。ぼくだけではなく、リオラお兄様も騙すなんて。もしかして既にリオラお兄様とライアンの仲は険悪なのか?
思い浮かんだ嫌な可能性に、ぼくは固まってしまう。実は既にリオラお兄様がリッキーへの嫌がらせを開始していて、それに腹を立てたライアンが、お兄様と弟であるぼくに嫌がらせをしているのかもしれない。
なんてことだ。この目で見た限り、ふたりの関係はまだ良好だと思っていたのに。もしかしたら五歳児であるぼくの前では取り繕っていただけなのかもしれない。
だとすれば、大変ピンチである。
「お兄様! ライアンとは仲良しですか!」
とりあえず確認しておけば、リオラお兄様は「仲良しだよ」とにこやかに応じる。本当かな。だが、ライアンは優秀である。原作小説でも、リオラお兄様は当初、そんな優秀なライアンにべた惚れな感じであった。惚れた弱みで、ちょっとくらいのライアンの意地悪は流してしまいそうな気がする。
「ライアンに意地悪されていませんか?」
大事なことなので、よくよく確認しておけば、リオラお兄様が目を瞬く。どうやら本当に意地悪されているという自覚はないらしい。本当に?
「ライアンは、ちょびっと悪い人です。ぼくに嘘つきます」
「そんなことないと思うけど?」
そんなことあるんだな、これが。
本日だって、落ちてるお兄さんはガストン団長であるという大嘘ついてきた。そういやロルフもグルになってぼくを騙そうとしてきた。
「あと、ロルフも嘘つきです」
思い出したので、ついでにロルフの悪事も報告しておいてやる。黙って聞いていたリオラお兄様は、「嘘ではないと思うけど」と、ライアンとロルフの味方をしてしまう。これはいけない。
ぼくが嘘つきみたいになってしまう。慌てて、ガストン団長本人が、自分は落ちてるお兄さんではないと言っていた旨お知らせしてやる。それを聞いたリオラお兄様は、目を丸くした。
「それは本当かい? ガストン団長がそう言ったの?」
「はい! ガストン団長は落ちてるお兄さんじゃないって自分で言っていました」
ぼくがちゃんとこの耳で聞きました、とアピールすれば、お兄様は怪訝な顔で黙り込む。どうやらライアンが嘘をついている可能性に、ようやく思い至ってくれたらしい。もう一度確認してみるね、と自信なさそうに話を切り上げるお兄様は、しきりに首を捻っていた。
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「ロルフ。あんまり嘘ついたらダメだよ。失恋したからって、やっていい事と悪い事があるよ」
「もはやどこから訂正すればいいのやら」
夕食後。
自室にて、ロルフに色々と言い聞かせていた時である。ぼくは出来るお兄さんなので、従者であるロルフの教育もきちんとしてやるのだ。お兄さんなので。
嘘ついたらダメだよ、と何度も言い聞かせるのだが、ロルフは不満顔である。「嘘つきはガストン団長の方ですよ」と言って譲らない。なんという往生際の悪さだ。図太いにも程があるぞ。
そうして延々、ロルフ相手に格闘していたぼくであるが、来客があった。
控えめなノックにつられて、ロルフがそちらに歩いて行く。リオラお兄様かな? ロルフの背中をそわそわと観察していれば、予想通り。
「アル? ちょっといいかな」
「リオラお兄様! どうぞ」
就寝前だというのに、隙のないきらきらお兄様は、ゆったりとした足取りで部屋に入ってくる。おもてなししようと、急いでテーブルに案内すれば「ありがとう」と、優しく微笑んでくれた。
「急にお邪魔してごめんね」
「お気になさらず」
壁際に控えるロルフは、従者としての役目に徹している。
落ち着きなく室内を一瞥したお兄様は、両手を組んで、そわそわしている。どう話を切り出すのか、迷っているみたいだった。弟であるぼくを相手に、そんなに緊張することがあるだろうか。
一体なんの用事だろうと首を捻ったぼくは、ひとつの可能性に思い至った。
「ロルフ!」
「はい、アル様」
すかさず応答するロルフに、外に出るようお伝えする。きっとあれだ。以前、ぼくはお兄様に、好きな子できたら教えてくださいと言ってあった。それと、今のお兄様の不審な態度を合わせると、答えはひとつ。
リオラお兄様は、ぼくに恋愛相談をしに来たのだ。ロルフの前では相談しにくいという気持ちは、よくわかる。デリケートなお話だ。たとえ従者とはいえ、知られるのは我慢ならないのだろう。それに、ロルフは一度お兄様に振られている。自分が振った男の前での恋愛相談なんて地獄だ。
ぼくはできた弟なので。気を利かせてロルフを追い出せば、お兄様が目を瞬く。
「ロルフを追い出す必要はなかったのに」
「お気になさらず!」
優しいお兄様は、ロルフのことを心配している。だがご安心を。ロルフはしっかり者さんである。こちらの事情は察してくれるだろ。
ロルフの消えた扉を見つめていたお兄様は、やがて決心したように口を開いた。
「あのね、アル」
「なんですか」
「先程、アルの言う落ちてるお兄さんとやらについてもう一度騎士団の方に確認したんだけどね」
「はい」
「やはり落ちてるお兄さんとやらは、ガストン団長のことらしいよ?」
なんだって。もしや騎士団全体でそんなデマを?
もしそれが本当なら、お兄様はすでに騎士団から見限られていることになってしまうのではないか。だって、オルコット公爵家の長男であるリオラお兄様相手に嘘をつくなんて。オルコット家騎士団として、あるまじき行為だ。酷い裏切り行為だ。
もしや裏でライアンやガストン団長が手を回しているのか?
固まるぼくに、リオラお兄様が心配そうな顔をする。
「アル。ガストン団長だけどね。なんか君の前で見栄を張っただけみたいだから。許してあげてね?」
もし仮に、騎士団が既にリオラお兄様と敵対しているのであれば、もはや破滅への道は引き返せないところまで来ている。
ごくりと息を呑むぼくに、リオラお兄様は「アル? 聞いてる?」と、しきりに声をかけてきた。
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