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7 落ちてるお兄さん

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 失恋したロルフを励ますために、お庭を散歩することにした。綺麗なお花を見れば、ロルフの心の傷も癒やされるはずである。

 あんなの失恋とは認めません、とズルズルお兄様への未練を引きずっているロルフは憐れであった。まぁ、リオラお兄様はもともとライアンが好きだからな。そう簡単にはロルフに振り向くことはないだろう。

「ほら、ロルフ。お花きれいだね」
「アル様の方がおきれいですよ」
「ふふっ」

 嬉しいお言葉ににっこにっこと笑っていたのも束の間。ぼくの目は、お庭の端っこに落ちている白いシャツへ釘付けとなった。

「ロルフ!」
「はい?」
「お兄さんが落ちている!」
「あー、またですか」

 わかったような顔で遠くを見つめるロルフの袖を引く。そのままぐいぐい引っ張って落ちてるお兄さんの元へ急ぐ。

「落ちてるお兄さん、こんちは」
「……どうも、アル様」

 地面にべちゃっと突っ伏したお兄さんは、やる気のない呻き声をあげる。相変わらず生気のないお兄さんだ。一体なにをしているのだろうか。

 記憶を探るが、こんな不審なお兄さんは原作小説には登場していなかったはず。とはいえ、ここは現実世界である。小説では描写されていない裏方の人たち全員にきちんとした人生があるのだ。小説に登場していない不審なお兄さんが居たとしても不思議ではない。

 だがあまりにも目立つお兄さんである。こんな生気のないお兄さんがモブキャラとはこれいかに。

 行き倒れのような格好でうつ伏せになっているお兄さんは立ち上がる気配がない。きょろきょろと周囲を見回したぼくは、手頃な枝を拾ってお兄さんの側に戻る。そうして枝の先でツンツンとお兄さんの背中を突っつけば、お兄さんが「え、なにこの扱い。ひどい」と掠れた声を発した。

「落ちてるお兄さん。お兄さんはなんで地面に落ちてますか」
「……それはアル様。私に生きる気力がないからです」
「なんと!」

 それは大変だ。このまま無気力に野垂れ死でもされたら大変だ。

「ここはぼくが遊ぶお庭なので。ここで死なないでください。ぼくが遊べなくなります」
「……まさかの庭の心配。私は?」

 顔を伏せたまま、意外とお喋りなお兄さんは文句を垂れている。

 ぼくとお兄さんの会話を黙って聞いているロルフは、止める気配がない。ロルフはできる従者である。彼が止めないということは、やはりこのお兄さんは安心安全なお兄さんなのだろう。

「落ちてるお兄さん」
「……気になってたんですが、なんすかその呼び方」

 私は別に落ちているわけでは、と苦い声を出したお兄さんは「よっこいしょ」とようやく体を起こした。片膝を立てて偉そうに座り込んだお兄さんは、なんかこうモジャモジャしていた。

 跳ねまくった黒髪。長い前髪により目元が覆い隠されており、顔の上半分がまったく見えない。唯一見える口元は、真一文字に結ばれている。

 しかし行き倒れていた割に体格はいい。けっこう筋肉ありそうなお兄さんだ。ライアン副団長よりも歳上に見える。てことは二十代くらいか。

 お兄さんはいつも地面にべちゃっと落ちているので、座っている姿は珍しい。遠慮なくジロジロと見回していると、お兄さんがニヤリと口角を持ち上げた。

「アル様はお散歩ですか?」
「そう。なんでぼくの名前知ってるの?」

 そういえばこのお兄さん、ずっとぼくのことをアル様と呼んでいる。名乗った覚えはないぞ。何事かと問いただせば、お兄さんが「そりゃ知っていますよ。私もここで働かせてもらっている身なので」と衝撃の事実を教えてくる。

 ここで働いている? このお兄さんが?

「落ちてるのが仕事ってこと? どういう仕事?」

 行き倒れのお兄さんを演じる仕事ってなんだろう。首を捻れば、「いや。普段はちゃんと仕事してますよ。これは休憩中です」とお兄さんが顔の前で手を振る。

「休憩中」

 独特の休憩の仕方だな。

 感心していると、お兄さんがゆっくり立ち上がる。上背のあるお兄さんだ。顔を見上げると首が痛くなりそうである。

「それでは、私は仕事に戻りますので」
「がんばれ」

 応援すれば、お兄さんは「はい」とお返事して去って行った。結局、顔は見えなかった。

 その大きな背中をぼんやりと見送っていたぼくは、ひらめいてしまった。

「ロルフ」
「なんですか?」
「あのお兄さんにはあるかもしれない。信念」
「信念、ですか」

 ありますかね? と疑問を呈するロルフはわかっていない。だって地面に落ちるのはすごく難しいことだ。ぼくもお庭遊びは好きだけど、あんなふうにべちゃっと落ちることはしない。服が汚れる。そして「あんまり汚したらいけないよ?」とリオラお兄様に怒られるのだ。

 だがあのお兄さんは、服の汚れも厭わずにべちゃっとしている。これは相当な信念がないとできない気がする。誰かに怒られても構わないという強い信念を感じる。

「あのお兄さんがいいかもしれない」
「なにがですか?」
「お兄様の恋人候補その2」
「その2……?」

 ぱちぱちと目を瞬いたロルフは、「もしかしてその1って俺ですか? 嫌なんですけど」とごね始める。ロルフはライバルが増えるのが嫌なのだろう。

 その点については申し訳ないと思う。だがこれにはぼくの明るい未来がかかっているのだ。ロルフのことだけを一番に考えることはできない。それにロルフはお兄様に振られている。過去の恋愛に見切りをつけることも大事だと教えてあげないと。

「ごめんね、ロルフ。ロルフのことも応援したいけど、ロルフはもう失恋したんだよ」
「その失恋認定、ものすごく不本意です」

 ムスッとするロルフは、どうやらまだリオラお兄様に未練があるらしい。可哀想なロルフ。ぼくが励ましてあげないと。
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