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2 悪役令息の弟です
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ぼくの今世での名前はアル・オルコット。ただいま五歳。
自分が、前世で愛読していたBL小説に登場する悪役令息の弟であることに気がついたのが、昨日のこと。
どうにか破滅回避のためにがんばりたいが、どうすればいいのか。というのもアル・オルコットはモブである。
リオラ・オルコットに弟がいることは原作でも触れられていたのだが、それだけだ。なんかこう、貴族世界の物語である以上、公爵家がひとりっ子なのはちょっとどうだろうかという制作側の意図で存在だけが明示されているモブキャラだった。おそらく跡継ぎ問題云々を描写するためだけにちょびっと登場したモブ。それが今のぼく、アル・オルコットである。
アルの人生については、原作ではほとんど触れられていない。だが公爵家の跡継ぎであるリオラお兄様が没落するのだ。きっとぼくも巻き込まれて没落する。それは絶対に嫌。
てことで、ぼくのやることは決まった。リオラお兄様が没落しないようにお手伝いをする。具体的には主人公である騎士ライアンに嫌われないようサポートする。これで解決である。
「リオラお兄様ってね、ライアンのこと好きなんだよ」
「それは初耳ですね」
「でもライアンは幼馴染のことが好きなの」
「三角関係ですか」
「でね、リオラお兄様はライアンの幼馴染に嫌がらせするの。それが原因でライアンに嫌われるの」
「泥沼ですね」
これから起こるであろう破滅への道を解説してやれば、ロルフは真剣に相槌を打ってくれる。
ロルフはぼくの従者だ。短い茶髪が爽やかな十七歳のお兄さんである。アル周りのキャラクターは原作小説にはあまり登場していなかった。けれどもぼくとロルフの間には、ここまで共に過ごしてきたという絆がある。
ロルフは誠実な男なのだ。信頼に値する。
「それでね、ライアンに嫌われたリオラお兄様は、なんかこう色々あって破滅するの」
「その展開、お兄様に厳しすぎません?」
アル様ってお兄様のことお嫌いでしたっけ? と首を捻るロルフはなにもわかっていない。ぼくがせっかく未来に起こるであろう出来事を教えてやったのに、全部ぼくの妄想遊びだと決めつけている。五歳児だからって馬鹿にするんじゃない。
「これは遊びじゃないの。未来予知してるの。真剣に聞いて」
「もちろんです。アル様のお言葉はひとつ残らずきっちり聞いております。それで? 俺、最近未来予知系のお伽話の読み聞かせなんてしましたっけ?」
「もう! 遊びじゃないって言ってるでしょ!」
ロルフめ。
こいつはぼくがお伽話に影響されたと思っている。ダメだこいつは。まったく頼りにならない。
こうなったらひとりでなんとかしないといけない。
そのためには、物語の主人公であるライアンとリオラお兄様が今どういう関係なのか把握しなければならない。リオラお兄様がすでに失恋していたらどうしよう。打つ手なし状態はさすがに困るぞ。
というわけで、朝からお兄様の部屋に突入したぼくは、必死に情報を引き出そうとしていた。
「お兄様! ライアンと仲良しですか」
「うん? そうだね、仲良しだよ」
「ライアンと次はいつ遊びますか」
「うーん。ライアンは騎士だからね。それに私も大人だから」
遊びはしないかな、と苦笑するお兄様は、なんだか忙しそうだった。リオラお兄様はもう十六歳である。公爵家の跡継ぎであるお兄様は、毎日忙しそうだ。なんでもお父様の補佐としてお仕事しているらしい。すごく偉いな。
「それにしても。昨日から突然どうしたんだい? ライアンのことが気になるのかい?」
は!
これはあれだ。リオラお兄様の方が先にライアンのことを好きになったんだからおまえは引っ込んでおけという牽制だ。悪役令息の牽制だ。
あわわっと慌てふためくぼく。それを見たお兄様が「どうかしたの?」と優しく微笑む。
「ライアンのこと、とらないから安心してください」
「ん? なんの話かな?」
とぼけたリオラお兄様。どうやら照れ隠しをしているらしい。ふふっと笑みが込み上げてくる。
「アル? 今日のお勉強は終わったのかな?」
「お兄様。ぼくは今お勉強よりも大事なことをしているのです。だから今日はサボってもいいってロルフが言いました」
「言ってないです、言ってないです。俺そんなこと言ってないです」
これまでぼくの後ろで黙って控えていたロルフが勢いよく否定してくる。そこは聞き流すところだよ。なんで訂正しちゃうのかな。案の定、お兄様の眉間に皺がよる。
「アル? 嘘はダメだよ」
「でもお兄様も嘘ついてます」
「私が?」
きょとんとしたお兄様は、じっとぼくの目を見つめてくる。
「お兄様、本当はライアンのことが好きなのに好きじゃないって嘘ついてます」
「アル」
目を見張ったお兄様は、すぐに「急にどうしたんだい?」と心配そうに立ち上がる。そのままぼくの傍に膝をついたお兄様は、困ったような顔でぼくの頭を撫でてくる。
「ライアンは私の大事な部下だよ。よく働いてくれている。嫌いではないから安心してね」
「じゃあお兄様はライアンのこと好きですか?」
「うん。彼はいい人だよね。好きだよ」
「! そうですよね! ライアンのこと好きですよね!」
やっぱりここBL小説の世界だ。リオラお兄様はライアンに恋してるんだ。嬉しくなって頬を赤くするぼくに、お兄様はにこっと微笑む。
「でも一番はアルだから。安心してね」
「それじゃダメェ!」
「えぇ?」
リオラお兄様は、ライアンのことが好き過ぎて破滅するのだ。それくらいライアンのことが好きなのだ。ぼくはただのモブだから、放っておいてくれ。
自分が、前世で愛読していたBL小説に登場する悪役令息の弟であることに気がついたのが、昨日のこと。
どうにか破滅回避のためにがんばりたいが、どうすればいいのか。というのもアル・オルコットはモブである。
リオラ・オルコットに弟がいることは原作でも触れられていたのだが、それだけだ。なんかこう、貴族世界の物語である以上、公爵家がひとりっ子なのはちょっとどうだろうかという制作側の意図で存在だけが明示されているモブキャラだった。おそらく跡継ぎ問題云々を描写するためだけにちょびっと登場したモブ。それが今のぼく、アル・オルコットである。
アルの人生については、原作ではほとんど触れられていない。だが公爵家の跡継ぎであるリオラお兄様が没落するのだ。きっとぼくも巻き込まれて没落する。それは絶対に嫌。
てことで、ぼくのやることは決まった。リオラお兄様が没落しないようにお手伝いをする。具体的には主人公である騎士ライアンに嫌われないようサポートする。これで解決である。
「リオラお兄様ってね、ライアンのこと好きなんだよ」
「それは初耳ですね」
「でもライアンは幼馴染のことが好きなの」
「三角関係ですか」
「でね、リオラお兄様はライアンの幼馴染に嫌がらせするの。それが原因でライアンに嫌われるの」
「泥沼ですね」
これから起こるであろう破滅への道を解説してやれば、ロルフは真剣に相槌を打ってくれる。
ロルフはぼくの従者だ。短い茶髪が爽やかな十七歳のお兄さんである。アル周りのキャラクターは原作小説にはあまり登場していなかった。けれどもぼくとロルフの間には、ここまで共に過ごしてきたという絆がある。
ロルフは誠実な男なのだ。信頼に値する。
「それでね、ライアンに嫌われたリオラお兄様は、なんかこう色々あって破滅するの」
「その展開、お兄様に厳しすぎません?」
アル様ってお兄様のことお嫌いでしたっけ? と首を捻るロルフはなにもわかっていない。ぼくがせっかく未来に起こるであろう出来事を教えてやったのに、全部ぼくの妄想遊びだと決めつけている。五歳児だからって馬鹿にするんじゃない。
「これは遊びじゃないの。未来予知してるの。真剣に聞いて」
「もちろんです。アル様のお言葉はひとつ残らずきっちり聞いております。それで? 俺、最近未来予知系のお伽話の読み聞かせなんてしましたっけ?」
「もう! 遊びじゃないって言ってるでしょ!」
ロルフめ。
こいつはぼくがお伽話に影響されたと思っている。ダメだこいつは。まったく頼りにならない。
こうなったらひとりでなんとかしないといけない。
そのためには、物語の主人公であるライアンとリオラお兄様が今どういう関係なのか把握しなければならない。リオラお兄様がすでに失恋していたらどうしよう。打つ手なし状態はさすがに困るぞ。
というわけで、朝からお兄様の部屋に突入したぼくは、必死に情報を引き出そうとしていた。
「お兄様! ライアンと仲良しですか」
「うん? そうだね、仲良しだよ」
「ライアンと次はいつ遊びますか」
「うーん。ライアンは騎士だからね。それに私も大人だから」
遊びはしないかな、と苦笑するお兄様は、なんだか忙しそうだった。リオラお兄様はもう十六歳である。公爵家の跡継ぎであるお兄様は、毎日忙しそうだ。なんでもお父様の補佐としてお仕事しているらしい。すごく偉いな。
「それにしても。昨日から突然どうしたんだい? ライアンのことが気になるのかい?」
は!
これはあれだ。リオラお兄様の方が先にライアンのことを好きになったんだからおまえは引っ込んでおけという牽制だ。悪役令息の牽制だ。
あわわっと慌てふためくぼく。それを見たお兄様が「どうかしたの?」と優しく微笑む。
「ライアンのこと、とらないから安心してください」
「ん? なんの話かな?」
とぼけたリオラお兄様。どうやら照れ隠しをしているらしい。ふふっと笑みが込み上げてくる。
「アル? 今日のお勉強は終わったのかな?」
「お兄様。ぼくは今お勉強よりも大事なことをしているのです。だから今日はサボってもいいってロルフが言いました」
「言ってないです、言ってないです。俺そんなこと言ってないです」
これまでぼくの後ろで黙って控えていたロルフが勢いよく否定してくる。そこは聞き流すところだよ。なんで訂正しちゃうのかな。案の定、お兄様の眉間に皺がよる。
「アル? 嘘はダメだよ」
「でもお兄様も嘘ついてます」
「私が?」
きょとんとしたお兄様は、じっとぼくの目を見つめてくる。
「お兄様、本当はライアンのことが好きなのに好きじゃないって嘘ついてます」
「アル」
目を見張ったお兄様は、すぐに「急にどうしたんだい?」と心配そうに立ち上がる。そのままぼくの傍に膝をついたお兄様は、困ったような顔でぼくの頭を撫でてくる。
「ライアンは私の大事な部下だよ。よく働いてくれている。嫌いではないから安心してね」
「じゃあお兄様はライアンのこと好きですか?」
「うん。彼はいい人だよね。好きだよ」
「! そうですよね! ライアンのこと好きですよね!」
やっぱりここBL小説の世界だ。リオラお兄様はライアンに恋してるんだ。嬉しくなって頬を赤くするぼくに、お兄様はにこっと微笑む。
「でも一番はアルだから。安心してね」
「それじゃダメェ!」
「えぇ?」
リオラお兄様は、ライアンのことが好き過ぎて破滅するのだ。それくらいライアンのことが好きなのだ。ぼくはただのモブだから、放っておいてくれ。
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