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射撃魔法戦
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「……お、おぉ!!」
イチカですら驚きを隠せない様で、少し間があってからの言葉であった。
「これは……やばいよな」
俺ですらそう思った。
「うん、普通は有り得ないよ」
隣でマリアがポツリと零す。同時に、フィールドの上にスクリーンもないのに映像が映し出された。
「これは各選手の周りを飛ぶ小型カメラの映像です」
これで選手の様子を把握するらしい。しかし、先ほど青色の風船を撃ち抜いたのは小型カメラが完全に起動するまでに行われたものであったらしく、映像としても残っていないらしい。
「まず映るのは、C組のスス選手です」
漆黒の髪と瞳を持つ細身ではあるがしっかりと筋肉のついた体のススは、その漆黒の瞳の前に薄い紫色の魔法陣のようなものを展開している。三角形を三つ組み合わせたように見え、それらは常にクルクルと回転している。
「あれなんだ?」
「拡張視力"三角"よ。あの中を覗くと、遠くを見ることができるの」
望遠鏡みたいなものか。マリアの答えにそんな考えを過ぎらせながら、俺はマリアに向けた視線の先をフィールドの上にある映像にへと戻す。
映るススは、人差し指を伸ばし親指を突き立てる。日本人でもよくやる手で銃を作る形だ。
そのままススは、ゆっくりと目を細めて的を絞る。何を狙っているのかは、分からないが微妙に角度を調整する。そしてそれが、決まったのだろう。ススは、口を開きごにょごにょと何かを言い始める。しかしこちらには、音は伝わって来ず何を言っているのかは把握できない。しかし、瞬間──。指に走った光が映像を突き抜けて、フィールドに現れた。まるで3D映像であるかのようだ。
飛び出した光はそのまま、黄色のそこまで大きくは無いも、目を凝らして撃てば命中するだろうと思われる中央に50と書かれた風船が割れた。
「50ポイントを撃ち抜いたー! 」
黄色の風船の破片がパラパラと宙を舞いやがら大地に向かって落ちていく。その間にもパン、パン、と次々に風船が割られていく。
花吹雪のように色とりどりの風船の破片が宙を舞う。
「続いて映るのは、A組ビジス!」
黄土色と言うべきだろうか。黄色のかかった土色の髪、瞳を持つ男が映像の中に現れる。
印象としては、ヒョロいというものだろう。だが、どこか不思議な感じのある男である。
男の黄土色の瞳の周りには、薄い紫色の五重の円が浮かび上がっている。
「あれが拡張視力"五重円"」
隣でマリアが解説を入れてくれる。これで分かった。拡張視力は、人それぞれに浮かび上がる模様が異なるのだ。
ビジスという名の男は、口を開く。瞬間、五重の円がそれぞれに分離をし、縦一列に五個の円が並ぶ。ビジスは、人差し指をその中心に指を立てる。瞬間、金色の閃光が放たれる。閃光は、映像から眼前に移動してきてそのまま、そこそこ目立つ紫色の風船に命中した。20と書かれている。
射撃開始からおよそ1分で、最初に浮かべられた風船は残りを僅かとする。それを見計らってか、丁度のタイミングで風船が出現する。
映像は切り替わり、B組の一人を映し出す。大きな深緑色の瞳に黒縁メガネが特徴的な女子生徒である。女子生徒の目の周りに、しかしススやビジスのような拡張視力魔法の展開は見られない。
「あいつは、拡張視力使ってねぇーのか?」
視線の先は変えず、マリアに訊く。
「うんん、あの子メガネ掛けてるでしょ? あれが拡張視力だよ。たぶんあの子は保有魔力が少ないのよ」
「保有魔力?」
聞いたことのない単語に戸惑う俺に、マリアは言葉を紡ぐ。
「その人自身が持ってる魔力のことよ。それが枯渇すると最悪死に至るわ。その一歩手前が魔力切れって言うの」
「へぇー。で、それとメガネがどういう関係なんだ?」
メガネ女子は、口をパクパクとしている。
「魔法を1つ使うのと、2つ同時に使うのどっちが魔力消費が激しいと思う?」
唐突にそう訊かれ、俺は一瞬戸惑うも常識的に考えた結果を口にする。
「そりゃあ、二つ同時だろう」
「その通りよ。じゃ、考えてみて。保有魔力の少ない子が拡張視力と狙撃するための魔法を同時使用なんてできると思う?」
分からない。それが俺の本当の考えだった。しかし、出来たとしても持続が難しいことくらいは分かった。だから、俺は短く答える。
「厳しいだろうな」
「うん。だからあの子は補助魔法具を使ってるんだと思うわ」
補助魔法具なんてあることを初めて知った。でも、それを使わなきゃ参加できないような競技になんであの子は……。そう考えた時だった。
映像の中のメガネ女子が仄かな閃光を描いた。一直線に伸びるそれは、強く輝くことなくただただ弱々しく儚げに宙を走る。それは、まっすぐとフィールドの遥か上空に浮かぶ俺がいる場所からでさえはっきりと見えない空に溶け込む青色の小さな100ポイントを手に入れることのできる風船を割った。
ただその閃光はそこで消えることはなかった。光線ではありえないであろう軌道を描き、そのまま下方向へと向かいだす。やはり色に強みは感じられない。だがそれでも、確実に閃光は進む。そして、さらに右側へ15度回転し、その先に存在する青色の100ポイント風船を貫通する。その僅か数センチ先には黄色の50ポイント風船が存在している。しかし、その閃光はそれに目もくれずに方向転換をして別の風船を狙う。そして狙った先にあったのは、もちろん青色の100ポイント風船だ。
「あの子……嘘でしょ……」
マリアが喘ぐように零す。その理由は俺にも分かった。メガネ女子は青色の100ポイント風船だけを狙って閃光を動かしているのだ。
「ありえない……だろ」
いつのまにか近くにやってきていたイグターが口をポカーンと開けている。
「お疲れ様」
イグターに一瞥をくれてそう言うと、イグターはおうよ、と答えた。
「残り1分になりました」
イチカの声にも興奮が見て取れる。
「もう残り1分か……」
イグターが右腕を摩りながら次々と割れていく風船を見つめながら零す。
「そして残り30秒をきった時点で例年通り魔法の反応を避ける黄金色の200ポイントの風船を配置します」
イチカの実況に多くの生徒が声を上げる。それぞれ何ポイントゲットしているかはいまのところは不明。重量魔法の時のようにその場その場でわかるものではない。
「そして今年からは、30秒をきると同時に各選手の移動が可能になります」
より一層強い声が上がる。
「つまりはどういうことだ?」
いくらこちらの生活に慣れてきたとはいえ、やはりこの辺の細かいことになると周りに引けを取ってしまう。
「同じクラスの子と連携をとって200ポイントを取ることができるってことよ」
口早にマリアがそう告げた瞬間、残りが30秒を切った。刹那、と言っても過言ではないほど早いスピードでフィールドに文字通り飛んでくる。
そして、魔力を使うことなく手刀や突きでポイント風船を割っていく。その中にはもちろんススの姿はある。しかし、残り二人の姿は見当たらない。
何やってんだよ……。腹立たしさが前面にでそうになるのをグッとこらえ、俺は花火のように散る風船たちを眺める。
だが、その風船の割る音が徐々に少なくなっていく。
「どうなって──」
風船を割ってポイントを稼ぐ競技で一体全体何をしているのか、と思ったが次の瞬間それがどういう意味か分かった。
パン、と風船の割れる音ではなくドンッ、という鈍く痛々しい音がした。──戦闘だ。
ポイントを稼ぎたい。でも、敵にポイントは取られたくない。そう考えたのか、それぞれが戦闘を始めたのだ。
拡張視力を解除し、代わりに遊空魔法を発動させて互いに拳を交える。
「空間を切り裂く雷鳴よ」
ススがそう唱える声がした。同時に、空中に稲妻が駆ける。稲妻はA組とB組の人をそれぞれ1人ずつ地に落とし、一緒に幾つか風船を割る。
──あれだ!
誰かがそう言った。皆の視線が黄金色200ポイント風船に集まる。その大きさは、本当に小さい。100ポイント風船の一回りは小さいだろう。しかし、キラキラと輝く仕様になっているらしく1度目に付いたならば、逃すことはないだろう。
「空間を切り裂く雷鳴よ」
ススがその200ポイント風船目掛けて再度稲妻を走らせる。しかし、風船はまるで意志があるかのようにひょいと上方へ移動し避ける。
そこへ追い討ちをかけるように、白髪の男子生徒が手刀を振るう。だがそれすらも、感知したようで風船は避ける。
「残り時間15秒!」
張り裂けんばかりのイチカの声がフィールドいっぱいに轟く。それにより、選手たちの目の色がより一層強くなる。一ポイントでも多く……。
それがフィールドの外で観覧しているだけの俺らにも伝わってくる。
選手たちの移動速度が一段と速くなる。ぎりぎり目で追える程度だ。これ以上速く動かれればそれはもう一筋の光となり、目で捉えることは出来なくなるだろう。
ビジスは、黄土色の瞳をきつく絞りより一層速く動く。目に捉えられないも、動く先は予測出来た。200ポイント風船だ。
急接近してくるものに対して200ポイント風船は避けようと試みる。しかし、速度の差がありすぎる。風船が避けきれてないのだ。ビジスは、素早く手刀を振り上げ振り下ろそうとした。
だが、その手刀は振り下ろされることは無かった。遠くよりその手刀が射撃されたのだ。
「射撃により、A組ポイント獲得ならず!」
イチカの声がうるさいほどに響く。
しかし、気にした様子もなくススはビジスへ近寄る。
それに気がついたビジスは、戦闘態勢を整えようとする。だが、一瞬早くススがビジスの腹部へ蹴りを入れる。呻き声を上げながら、少し降下するビジス。それを無視してススは200ポイント風船へむかう。
その間にも風船は割れ続けている。周りが200ポイント風船に気を取られているうちに、他の風船を割りそのポイント分をゲットしようと考えているのだろう。
ススはビジスとは逆のアプローチをする。ゆっくりと丁寧に近づく。だが、遊空魔法を使っている以上魔法の反応はある。
ススは自分が近づくに連れて少しずつ移動している200ポイント風船よりさらに高く昇り、そして──
「解除」
と唱えた。
瞬間、体に纏う魔法の類いは無くなった。だが、同時に空を飛ぶという能力も失ったのだ。ススは、重力に引っ張られるまま大地へ近づく。だが、それを恐れた様子もなくただ目の前に200ポイント風船が来るのを待つ。
そして、眼前に200ポイント風船が来た瞬間ススは手刀を繰り出した。パンっ、という乾いた音が響いた。同時に──
「タイムアップです!!」
と告げられる。ススは、すぐに遊空魔法を展開し直し、落下しないようにする。
存在していた風船が跡形もなく、その場から姿を消す。
そして、宙で戦いを繰り広げていた選手たちはそのままフィールド上に、着地する。
フィールド付近に近づいていなかった狙撃だけをしていた選手たちもぞろぞろと集まり始める。
「なんか見てるこっちも緊張したよ」
始めはただ狙撃しあうだけだと思っていた。だから、眼前にある的が壊れるのをただ見ているだけなのだと思っていた。だから、こんな展開になってハラハラドキドキするとは思わなかった。
「毎年こんなじゃ無いけどね」
マリアは苦笑気味にそう告げる。
「どこが勝っただろうな……」
「それは分かんないね」
タイムアップ寸前。ススの全魔法解除による200ポイント風船の撃破があった。だが、残り15秒を切ってからススの獲得したポイントはそれだけ。他の組が同じ時間に50ポイント風船を5個割っていたならば──負けている。
「勝ってることを祈るだけだな」
奥歯をギュッ、と噛み締めながら小さく零す。マリアは、真剣な表情でこくんと頷く。
「まぁ、わいが超絶リードしてやったからな!」
ガハハと大きな口を開けて笑うイグター。
「それも、そうだな」
曖昧な口調になってしまう。しかし、それも仕方無いことだろうと思う。なんてたって次は……、俺の出番だからだ。魔術戦闘。魔術演武祭において、最も盛り上がる競技の1つだ。各クラス3人が代表とされ、学年関係なく行われる。まだ1年の射撃魔法の結果発表が行われてもいないのに、お腹が痛くなってくる。
ふぅー、と短く息を吐き捨てる。
「集計が出ました! それでは結果発表に参ります!」
誰もが固唾を飲み、黙ってイチカの言葉の続きを待つ。
「A組、総獲得ポイント470ポイント。B組、総獲得ポイント450ポイント。そして、C組の総獲得ポイントは460ポイント」
おぉー、という歓声とえぇー、という驚きの声が混ざったものが木霊する。
「よって、暫定1位はC組のままです」
イチカのその声にすら驚きが混じっているのが分かる。始まった時は、落ちこぼれC組が、といった風だったのだ。それが始まってみれば、まさかの1位。
こんな面白い展開があってたまるかよ。
俺は不敵に口角を釣り上げ、妖しげに笑うと隣に立っているであろうマリアとイグターに小さく、しかしはっきりと宣言した。
「ぜってぇ優勝してきてやるよ」
イチカですら驚きを隠せない様で、少し間があってからの言葉であった。
「これは……やばいよな」
俺ですらそう思った。
「うん、普通は有り得ないよ」
隣でマリアがポツリと零す。同時に、フィールドの上にスクリーンもないのに映像が映し出された。
「これは各選手の周りを飛ぶ小型カメラの映像です」
これで選手の様子を把握するらしい。しかし、先ほど青色の風船を撃ち抜いたのは小型カメラが完全に起動するまでに行われたものであったらしく、映像としても残っていないらしい。
「まず映るのは、C組のスス選手です」
漆黒の髪と瞳を持つ細身ではあるがしっかりと筋肉のついた体のススは、その漆黒の瞳の前に薄い紫色の魔法陣のようなものを展開している。三角形を三つ組み合わせたように見え、それらは常にクルクルと回転している。
「あれなんだ?」
「拡張視力"三角"よ。あの中を覗くと、遠くを見ることができるの」
望遠鏡みたいなものか。マリアの答えにそんな考えを過ぎらせながら、俺はマリアに向けた視線の先をフィールドの上にある映像にへと戻す。
映るススは、人差し指を伸ばし親指を突き立てる。日本人でもよくやる手で銃を作る形だ。
そのままススは、ゆっくりと目を細めて的を絞る。何を狙っているのかは、分からないが微妙に角度を調整する。そしてそれが、決まったのだろう。ススは、口を開きごにょごにょと何かを言い始める。しかしこちらには、音は伝わって来ず何を言っているのかは把握できない。しかし、瞬間──。指に走った光が映像を突き抜けて、フィールドに現れた。まるで3D映像であるかのようだ。
飛び出した光はそのまま、黄色のそこまで大きくは無いも、目を凝らして撃てば命中するだろうと思われる中央に50と書かれた風船が割れた。
「50ポイントを撃ち抜いたー! 」
黄色の風船の破片がパラパラと宙を舞いやがら大地に向かって落ちていく。その間にもパン、パン、と次々に風船が割られていく。
花吹雪のように色とりどりの風船の破片が宙を舞う。
「続いて映るのは、A組ビジス!」
黄土色と言うべきだろうか。黄色のかかった土色の髪、瞳を持つ男が映像の中に現れる。
印象としては、ヒョロいというものだろう。だが、どこか不思議な感じのある男である。
男の黄土色の瞳の周りには、薄い紫色の五重の円が浮かび上がっている。
「あれが拡張視力"五重円"」
隣でマリアが解説を入れてくれる。これで分かった。拡張視力は、人それぞれに浮かび上がる模様が異なるのだ。
ビジスという名の男は、口を開く。瞬間、五重の円がそれぞれに分離をし、縦一列に五個の円が並ぶ。ビジスは、人差し指をその中心に指を立てる。瞬間、金色の閃光が放たれる。閃光は、映像から眼前に移動してきてそのまま、そこそこ目立つ紫色の風船に命中した。20と書かれている。
射撃開始からおよそ1分で、最初に浮かべられた風船は残りを僅かとする。それを見計らってか、丁度のタイミングで風船が出現する。
映像は切り替わり、B組の一人を映し出す。大きな深緑色の瞳に黒縁メガネが特徴的な女子生徒である。女子生徒の目の周りに、しかしススやビジスのような拡張視力魔法の展開は見られない。
「あいつは、拡張視力使ってねぇーのか?」
視線の先は変えず、マリアに訊く。
「うんん、あの子メガネ掛けてるでしょ? あれが拡張視力だよ。たぶんあの子は保有魔力が少ないのよ」
「保有魔力?」
聞いたことのない単語に戸惑う俺に、マリアは言葉を紡ぐ。
「その人自身が持ってる魔力のことよ。それが枯渇すると最悪死に至るわ。その一歩手前が魔力切れって言うの」
「へぇー。で、それとメガネがどういう関係なんだ?」
メガネ女子は、口をパクパクとしている。
「魔法を1つ使うのと、2つ同時に使うのどっちが魔力消費が激しいと思う?」
唐突にそう訊かれ、俺は一瞬戸惑うも常識的に考えた結果を口にする。
「そりゃあ、二つ同時だろう」
「その通りよ。じゃ、考えてみて。保有魔力の少ない子が拡張視力と狙撃するための魔法を同時使用なんてできると思う?」
分からない。それが俺の本当の考えだった。しかし、出来たとしても持続が難しいことくらいは分かった。だから、俺は短く答える。
「厳しいだろうな」
「うん。だからあの子は補助魔法具を使ってるんだと思うわ」
補助魔法具なんてあることを初めて知った。でも、それを使わなきゃ参加できないような競技になんであの子は……。そう考えた時だった。
映像の中のメガネ女子が仄かな閃光を描いた。一直線に伸びるそれは、強く輝くことなくただただ弱々しく儚げに宙を走る。それは、まっすぐとフィールドの遥か上空に浮かぶ俺がいる場所からでさえはっきりと見えない空に溶け込む青色の小さな100ポイントを手に入れることのできる風船を割った。
ただその閃光はそこで消えることはなかった。光線ではありえないであろう軌道を描き、そのまま下方向へと向かいだす。やはり色に強みは感じられない。だがそれでも、確実に閃光は進む。そして、さらに右側へ15度回転し、その先に存在する青色の100ポイント風船を貫通する。その僅か数センチ先には黄色の50ポイント風船が存在している。しかし、その閃光はそれに目もくれずに方向転換をして別の風船を狙う。そして狙った先にあったのは、もちろん青色の100ポイント風船だ。
「あの子……嘘でしょ……」
マリアが喘ぐように零す。その理由は俺にも分かった。メガネ女子は青色の100ポイント風船だけを狙って閃光を動かしているのだ。
「ありえない……だろ」
いつのまにか近くにやってきていたイグターが口をポカーンと開けている。
「お疲れ様」
イグターに一瞥をくれてそう言うと、イグターはおうよ、と答えた。
「残り1分になりました」
イチカの声にも興奮が見て取れる。
「もう残り1分か……」
イグターが右腕を摩りながら次々と割れていく風船を見つめながら零す。
「そして残り30秒をきった時点で例年通り魔法の反応を避ける黄金色の200ポイントの風船を配置します」
イチカの実況に多くの生徒が声を上げる。それぞれ何ポイントゲットしているかはいまのところは不明。重量魔法の時のようにその場その場でわかるものではない。
「そして今年からは、30秒をきると同時に各選手の移動が可能になります」
より一層強い声が上がる。
「つまりはどういうことだ?」
いくらこちらの生活に慣れてきたとはいえ、やはりこの辺の細かいことになると周りに引けを取ってしまう。
「同じクラスの子と連携をとって200ポイントを取ることができるってことよ」
口早にマリアがそう告げた瞬間、残りが30秒を切った。刹那、と言っても過言ではないほど早いスピードでフィールドに文字通り飛んでくる。
そして、魔力を使うことなく手刀や突きでポイント風船を割っていく。その中にはもちろんススの姿はある。しかし、残り二人の姿は見当たらない。
何やってんだよ……。腹立たしさが前面にでそうになるのをグッとこらえ、俺は花火のように散る風船たちを眺める。
だが、その風船の割る音が徐々に少なくなっていく。
「どうなって──」
風船を割ってポイントを稼ぐ競技で一体全体何をしているのか、と思ったが次の瞬間それがどういう意味か分かった。
パン、と風船の割れる音ではなくドンッ、という鈍く痛々しい音がした。──戦闘だ。
ポイントを稼ぎたい。でも、敵にポイントは取られたくない。そう考えたのか、それぞれが戦闘を始めたのだ。
拡張視力を解除し、代わりに遊空魔法を発動させて互いに拳を交える。
「空間を切り裂く雷鳴よ」
ススがそう唱える声がした。同時に、空中に稲妻が駆ける。稲妻はA組とB組の人をそれぞれ1人ずつ地に落とし、一緒に幾つか風船を割る。
──あれだ!
誰かがそう言った。皆の視線が黄金色200ポイント風船に集まる。その大きさは、本当に小さい。100ポイント風船の一回りは小さいだろう。しかし、キラキラと輝く仕様になっているらしく1度目に付いたならば、逃すことはないだろう。
「空間を切り裂く雷鳴よ」
ススがその200ポイント風船目掛けて再度稲妻を走らせる。しかし、風船はまるで意志があるかのようにひょいと上方へ移動し避ける。
そこへ追い討ちをかけるように、白髪の男子生徒が手刀を振るう。だがそれすらも、感知したようで風船は避ける。
「残り時間15秒!」
張り裂けんばかりのイチカの声がフィールドいっぱいに轟く。それにより、選手たちの目の色がより一層強くなる。一ポイントでも多く……。
それがフィールドの外で観覧しているだけの俺らにも伝わってくる。
選手たちの移動速度が一段と速くなる。ぎりぎり目で追える程度だ。これ以上速く動かれればそれはもう一筋の光となり、目で捉えることは出来なくなるだろう。
ビジスは、黄土色の瞳をきつく絞りより一層速く動く。目に捉えられないも、動く先は予測出来た。200ポイント風船だ。
急接近してくるものに対して200ポイント風船は避けようと試みる。しかし、速度の差がありすぎる。風船が避けきれてないのだ。ビジスは、素早く手刀を振り上げ振り下ろそうとした。
だが、その手刀は振り下ろされることは無かった。遠くよりその手刀が射撃されたのだ。
「射撃により、A組ポイント獲得ならず!」
イチカの声がうるさいほどに響く。
しかし、気にした様子もなくススはビジスへ近寄る。
それに気がついたビジスは、戦闘態勢を整えようとする。だが、一瞬早くススがビジスの腹部へ蹴りを入れる。呻き声を上げながら、少し降下するビジス。それを無視してススは200ポイント風船へむかう。
その間にも風船は割れ続けている。周りが200ポイント風船に気を取られているうちに、他の風船を割りそのポイント分をゲットしようと考えているのだろう。
ススはビジスとは逆のアプローチをする。ゆっくりと丁寧に近づく。だが、遊空魔法を使っている以上魔法の反応はある。
ススは自分が近づくに連れて少しずつ移動している200ポイント風船よりさらに高く昇り、そして──
「解除」
と唱えた。
瞬間、体に纏う魔法の類いは無くなった。だが、同時に空を飛ぶという能力も失ったのだ。ススは、重力に引っ張られるまま大地へ近づく。だが、それを恐れた様子もなくただ目の前に200ポイント風船が来るのを待つ。
そして、眼前に200ポイント風船が来た瞬間ススは手刀を繰り出した。パンっ、という乾いた音が響いた。同時に──
「タイムアップです!!」
と告げられる。ススは、すぐに遊空魔法を展開し直し、落下しないようにする。
存在していた風船が跡形もなく、その場から姿を消す。
そして、宙で戦いを繰り広げていた選手たちはそのままフィールド上に、着地する。
フィールド付近に近づいていなかった狙撃だけをしていた選手たちもぞろぞろと集まり始める。
「なんか見てるこっちも緊張したよ」
始めはただ狙撃しあうだけだと思っていた。だから、眼前にある的が壊れるのをただ見ているだけなのだと思っていた。だから、こんな展開になってハラハラドキドキするとは思わなかった。
「毎年こんなじゃ無いけどね」
マリアは苦笑気味にそう告げる。
「どこが勝っただろうな……」
「それは分かんないね」
タイムアップ寸前。ススの全魔法解除による200ポイント風船の撃破があった。だが、残り15秒を切ってからススの獲得したポイントはそれだけ。他の組が同じ時間に50ポイント風船を5個割っていたならば──負けている。
「勝ってることを祈るだけだな」
奥歯をギュッ、と噛み締めながら小さく零す。マリアは、真剣な表情でこくんと頷く。
「まぁ、わいが超絶リードしてやったからな!」
ガハハと大きな口を開けて笑うイグター。
「それも、そうだな」
曖昧な口調になってしまう。しかし、それも仕方無いことだろうと思う。なんてたって次は……、俺の出番だからだ。魔術戦闘。魔術演武祭において、最も盛り上がる競技の1つだ。各クラス3人が代表とされ、学年関係なく行われる。まだ1年の射撃魔法の結果発表が行われてもいないのに、お腹が痛くなってくる。
ふぅー、と短く息を吐き捨てる。
「集計が出ました! それでは結果発表に参ります!」
誰もが固唾を飲み、黙ってイチカの言葉の続きを待つ。
「A組、総獲得ポイント470ポイント。B組、総獲得ポイント450ポイント。そして、C組の総獲得ポイントは460ポイント」
おぉー、という歓声とえぇー、という驚きの声が混ざったものが木霊する。
「よって、暫定1位はC組のままです」
イチカのその声にすら驚きが混じっているのが分かる。始まった時は、落ちこぼれC組が、といった風だったのだ。それが始まってみれば、まさかの1位。
こんな面白い展開があってたまるかよ。
俺は不敵に口角を釣り上げ、妖しげに笑うと隣に立っているであろうマリアとイグターに小さく、しかしはっきりと宣言した。
「ぜってぇ優勝してきてやるよ」
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三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
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