僕の世界に現れたきみ。

リョウ

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誘うきみと誘われるぼく。

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「どうかした?」

 試すような口調で、僅かに舌を覗かせる海春は、閑散とした店内を見渡す。

「何も無いですけど」
「あら! ここでは敬語使ってくれるの?」
「仕事中ですから」

 そう答える田原に、海春は小さくはしゃぐ。それをため息で流して、田原はボーッと立ち尽くす。

「こらこら。少しは私の相手をしてよ」
「だから仕事中なんだって」
「あ、いまちょっと砕けたよ?」
「うるさい、です」

 そんな会話をしている時だ。自動ドアが開き、高い声の笑い声が耳朶を打った。

「お客さんだね」
「あぁ」

 海春の言葉に短く答え、入ってきたお客さんを確認する。おおよそ中学生だろうと思われる男女のグループ。

「中学生くらいかな?」

 海春も田原と同じくらいに見えたようだ。

「だろうな」
「完全に普通に話してるね」

 海春の指摘に、しまったという表情を浮かべる田原に、いいからいいから、と告げてから再度口を開く。

「中学生でもああやって男女で遊ぶんだね」
「そうみたいだな」
「私でもしたことないや」
「そうなのか?」

 意外そうな顔を見せた田原に、少しムッとする海春は口先を尖らせる。

「私がそんなにビッチに見えるわけ?」
「ビッチかどうかは知らんけど。男子とは遊んでそう」
「ちょー失礼だね」

 苦笑を浮かべる海春。田原はそれを横目で眺めた。

「あの、お姉さん?」
「何かな?」

 海春は綺麗な黒い髪を伸ばした小柄の少女に話しかけられ、腰をかがめる。

「並んでるの?」

 少女の手には五百ミリリットルのペットボトルが握られている。

「あ、ごめんごめん」

 そこでようやく自分が話しかけられている理由に気づいた海春は、申し訳なさそうな色を顔に滲ませて立ち上がる。

「お客様の邪魔ですよ、お姉さん」
「ほんと、田原くんっていい根性してるわね」
「褒め言葉として受け取っておきます」

 口角を釣り上げ、不敵に微笑んでから田原は中学生くらいの少女からペットボトルを預かる。

「148円です」

 ディスプレイに表示された金額を口にすると、少女は可愛らしくラメでデコレーションがされた財布からお金を取り出した。
 それから少年と少女が交互に会計を済ませたところで、レジに並ぶ最後の少年が視界に入る。
 どうやらこのグループは4人らしい。

「お願いします」

 元々の色素の問題だろう。少し茶ががった髪は軽いくせっ毛で、ショートヘアに軽いウェーブがかかっているのは、少しやんちゃな印象を受けた。目はくりっとしており、可愛らしい顔立ちをしている男子で、いかにもモテそうなオーラがある。

「148円です」

 だからと言って何かが変わる訳でもない。田原は3人と同じ態度でレジを打ち、値段を口にする。

「150円でお願いします」
「2円のお釣りです」
「ねぇ、お兄さん」

 お釣りの2円を少年の手のひらに乗せた時だ。少年は不意に田原に呼びかけた。

「なんですか?」

 突然の呼びかけにこ首を傾げる田原に、少年は真顔で告げる。

「お兄さんとお姉さんは付き合ってるの?」
「え、あっ……。えっと、べ、別に……」

 否定しようとした時、海春の手が田原の口を塞ぐ。

「どうしてそう思ったのかな?」
「仲良さそうに話してるから」
「そっか。そう見えちゃったのかー」

 少年の言葉を聞き、楽しそうな表情を浮かべながら田原見る。口を抑えられたままの田原は反論しようにも出来ず、ただ黙っていることしかできない。

「で、どうしてそんなこと思ったの?」

「おれ、美春ちゃんのことが好きで。でもどうしたらいいかわかんなくて」

「私の事?」
「え。違うよ。あの子」

 少年は最初に海春に声を並んでるのか訊ねた少女を小さく指さした。

「あの子か。私と同じ名前なんだ」
「そうなの?」
「うん。私も海春っていうの」
「そうなんだ」

 名前のことなど興味無さげの少年に、海春は小さく微笑み、そこでようやく田原の口から手を離す。

「付き合うとか付き合わないの前に、まずは君が勇気出さなきゃ」
「勇気?」
「うん。勇気出して、気持ち伝えないと始まらないよ。その結果がどうであれ、きっと君は言ってよかったって思うから」

 海春はそう告げた。まるで自分が誰かに伝えられずに後悔したことがある、そう言わんばかりの表情で。

「うん、分かった。おれ、頑張ってみる」
「その意気だよ」

 そう言いながら、海春は少年の頭を撫でた。少年はどこか照れくさそうな顔を浮かべている。

「おれ、行くよ」

 コンビニの入口で自転車に跨った3人が、まだ会計が終わらないのか、とこちらをチラチラと見ている。

「行ってらっしゃい」

 海春の言葉ににこやかな笑顔で応え、少年は店を出た。


「私たち、付き合ってるように見えるって」
「子どもの勘違いだ」

 視線を合わすことなく答える田原に、海春は面白くなさそうな表情を浮かべる。

「そんなこと言っちゃって、本当は嬉しいんでしょ?」
「何が?」
「勘違いされて」
「そんなことは無い」

 あっさり答える田原にため息をつき、海春はレジの前を離れる。
 ようやく帰るのかと思ったが、彼女は右手におにぎり、左手に緑茶を持ってレジにやってきた。

「これ買うわ」
「あ、はい」

 突然の彼女の行動に、理解が追いつかないままレジを打つ。

「毎日シフト入ってるの?」
「そうでも無いかな」
「ならさ、今度プール行かない?」
「は? 今なんて……」

 聞こえなかったわけではない。ただただ言葉の意味を理解できなかったのだ。田原にとってそこは、リア充の巣窟で、陰キャの自分が行くべきところでない、そう思っていたから。

「だから、プールだよ」
「な、なんで僕なんだ?」
「ダメ……かな?」

 瞳を潤わせ、上目遣いで田原に言う。正直言って、これはかなり反則だと思う。だが、それだで揺れる田原ではない。視線を逸らし、その脅威から逃れる。

「ダメとかそういう問題じゃなくてだな」
「えぇ、いいじゃん」

 上目遣いをやめ、いつも通りになった海春は駄々をこねる子どものような口調で言う。

「山下さんはいいかもしれないけど、僕は良くない」
「プール、楽しいよ?」
「楽しいかどうかは知らんけど……」

 中々頑固な田原に、海春は大きくため息をつく。そこからは何も言わず、おにぎりと緑茶の会計を済ませ、レシートを受け取る。
 諦めたか、そう思った田原は少し安堵を覚えていた。

「ねぇ」
「なに?」
「次、休みいつ?」

 諦めたのじゃないのか?

「三日後」
「そう。何か書くものある?」

 海春がなぜ書くものを欲しているのか分からない田原は、訝しげな表情を浮かべながら、胸ポケットにあるボールペンを渡す。

「ありがと」

 短く答えた海春は、先程渡したレシートの裏に何やら英字を書き出した。そしてその下には数字を書く。

「な、何してるの?」

 所々は見えるのだが、上手く手で隠されているため、何を書いているか、ハッキリとは分からない。

「はい、これ」

 少しの間、レシートに文字を書いていた海春は顔を上げ、田原にボールペンとレシートを渡す。

「何だよ」

 そう零しながら田原は受け取ったボールペンを胸ポケットに戻し、文字の書かれたレシートに視線を落とす。

「え……」

 そこに書かれていたのは、どこからどう見てもメールアドレスと、携帯番号だ。そしてその下には『8月21日午前10時、夘時駅ほうじえき』と書かれていた。

「ち、ちょっと」
「遅れたら許さないから」

 いたずらっぽくそう笑い、海春はビニール袋を提げ、コンビニを後にした。
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