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普段のぼく。
しおりを挟む田原のテストは半分を埋め終わったところで、終了が告げられた。
「どう? 出来た?」
田原を試すかのような悪戯な笑みを浮かべる海春に、田原は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「聞くまでもないだろう」
「バイトの時とは口調が違うんだね」
「それは……関係ないだろう」
海春のペースで会話が進んでいくのが田原には分かった。
テスト用紙は裏返してそのままで退室するように命じられる。
恨めしそうに見つめてくる森田の視線を感じながら、田原は海春に訊ねる。
「テスト、出来たの?」
「私が何のために甘いもの食べてたと思うの?」
「さぁ」
見当もつかない田原は机の上に出していた筆記用具を筆箱に片付けながら答える。
「馬鹿ね」
田原と同じように片付けをしながら、海春は田原に罵倒を浴びせる。
それを横目で見た田原は返事をすることなく立ち去ろうと、鞄を肩に担ぐ。
「あ、ちょっと待ってよ!」
「なんだよ」
帰ろうとしたのを制止する声に、田原は表情を悪くして返事をする。海春はそれを気にした素振りも見せず、無言で勢いよく筆記用具を片付けていく。
「だから……」
なんだよ。と、田原がため息混じり言おうとした瞬間──
「はい、お待たせ!」
海春ははちきれんばかりの笑顔を浮かべ田原に向いた。
「何が?」
それに対しても田原は、感情の起伏を見せることなく、いつも通りの田原で答える。
「だから、待ったでしょ?」
「待てって言われたからな」
「そう言うこと、田原くんって変わってるね」
「別に、普通だろ」
短くそう告げ、田原は教室から出る。教室から出ると、そこには森田が立っていた。
「森田くん、先帰ったのかと思ったよ」
「先に帰ってて欲しかったっすか?」
「そう言うことじゃないけど」
田原の後ろに海春の姿が見えているからだろう。森田の口調は人がたくさんいる時のままだ。
「もういいっす。今日は先帰るっすね」
「あ、あぁ。じゃあ、また」
「またっす」
多分、森田は田原と帰りたかったのだろう。なんせ今日から夏休みなのだ。会うことはほとんどなくなる。しかし、田原の後ろに控える海春がいる限り、森田がそれを言い出すことは無い。
「悪いことしちゃったかな?」
「そう思うなら帰るべきだろ」
「それはそうだったね」
そう言う海春の表情には悪びれた様子は全く感じられない。
「じゃあとりあえず行こっか」
「だからどこに?」
海春の意味のわからない行動に、田原はため息をつく。
「いいから、いいから」
表情を崩すことなく、海春は田原の腕を引き、学校を出た。
* * * *
連れてこられたのは、学校から北に数分歩いた所にあるカフェだった。
「こんな所あったんだ」
「田原くんは真っ直ぐ家に帰るタイプっぽいし、知らなかったかな?」
「真っ直ぐバイトに行くことだってある」
「そこで張り合って来られても困るんだけど」
海春は苦笑を零しながら、メニューを開く。
通された席から見えるのは、絶えず車が走っている国道沿いの席。と言うより、どこの席に座っても見えるのは道路だろう。
「何か食べる?」
「そんなに金持ってきてないんだけど」
「いいから、いいから。私奢るよ?」
「女に奢ってもらうほど腐ってない」
余計な出費だ。田原はそう思いながら、メニューに目を落とす。時間的には、恐らくランチが注文できるだろう。
ランチメニューはカフェらしく、そこまでお腹の張りそうなものはない。しかし、どれも美味しそうで値段も600円とお手頃だ。
「んじゃ、僕はこれで」
サンドウィッチセットを指さす。
「じゃあ、飲み物は?」
「飲み物?」
「そう。セットだと飲み物がここから選べるよ」
海春はよくここに来ているのだろうか。店員のような口調で田原に詰め寄る。田原は海春の指先にある飲み物の書かれた欄に視線を落とし、何を飲むべきか、を思案する。
「じゃあ、まぁ、コーヒーで」
「おっけー、了解」
明るくそう言うと、海春は小さく手を挙げ「すいません」と声を放つ。
その声に反応したのは、若い男性だった。ミルク色の髪は緩くウェーブがかかっており、切れ長の目からは優しさを感じる。
「海春ちゃん。今日はお客さん?」
「そうです! こちら同じ学校の田原くん」
「ど、どうも」
海春と男性との会話に理解が追いつかないまま、田原は会釈する。
「初めまして。このカフェでバイトしてる、若草詩音(わかくさ-しおん)です」
紺色のエプロンの上に付けられた名札を田原に見えるように持ち上げ、詩音は自己紹介をする。この辺りが田原との違いだろう。
「で、海春ちゃん。注文は決まった?」
詩音はエプロンの胸ポケットにさしたボールペンをノックしながら、紙を用意する。
「うん。サンドウィッチセット2つで、2つともコーヒーで」
「コーヒーはホットでいいかな?」
「私は大丈夫! 田原くんは?」
「僕もホットで」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
詩音は慣れた動作で頭を下げてから奥へと下がっていく。
「知り合い?」
「あれ? 気になっちゃう?」
そのような言い方をされ、田原はそっぽを向く。
「別に」
「すぐそうやってツーンってするんだから」
楽しげにそう言いながら、海春は視線を窓の外へと向ける。
「私、普段ここでバイトしてるんだ」
「へぇ」
「あれれ? そんなに興味ない?」
「うん、全然興味ない」
「ひどいなー」
そう言いながらも、海春の表情は楽しげだ。
「それで、わざわざこんな所まで来て何の用なんだ?」
注文の品が運ばれてくるまでの間、無言というのも気持ち悪いので、田原は最初に運ばれてきたお冷に口をつけながら訊く。
「学校終わりにどこか寄るのって、高校生でもしてるよ?」
「そんな仲じゃないだろ」
「うわぁ、そんなこと言っちゃうんだー」
「言っちゃうも何も、その通りだろ」
カコン、とコップの中の氷が音を立てる。
「まあまあ。細かいこと気にしてちゃダメだよ?」
海春がそう言ったところで、頭上から声が降ってきた。
「お待たせ致しました」
先程注文を取った詩音が両手にサンドウィッチセットを持ったままそう告げ、テーブルに置く。
「以上でお揃いですか?」
二人の前にサンドウィッチセットを置いてから、詩音は優しい微笑みを浮かべながら訊く。
「うん、ありがとっ」
屈託のない笑顔で詩音に御礼を言い、海春は両手を合わせる。
「頭使ったらお腹減っちゃった」
「そうですか」
詩音が下がりきる前にサンドウィッチに手をつけた海春を横目で見ながら、田原も海春に習い手を合わせる。
「お、うまい」
「でしょー!」
自分のことのように誇らしげな表情を浮かべる海春に、ため息をつきながらコーヒーを口に含む。
「テスト、どうだったの?」
田原がコーヒーから口を放したところで海春は口を開いた。
「出来たと思うか?」
「絶対出来てないね」
「正解だ」
そう答え、田原はサンドウィッチにかぶりつく。
「テスト中に寝てたもんね」
「あれは仕方がない」
「夜勤なんて入るからだよ」
「うるせぇ」
「そんなにお金ないの?」
「馬鹿にしてんのか?」
的外れのことを口にした海春に、田原は目を細めて侮蔑的な視線を送る。
「そんなことないよー」
「まぁ、あながち間違ってないけど」
「え、じゃあお金ないの?」
「家に居るから無いことは無い。でも、お小遣いはないから」
「お小遣い稼ぎってことね」
「そういうこと」
サンドウィッチの乗っていたトレーの端にあるサラダを口に運ぶ。
「あ、やっぱり田原くんは男の子だねー!」
「何が?」
脈絡のない会話に、田原は嘆息混じりの返事をする。
「だって、食べるの早いじゃん!」
そう言われ、田原ははじめて海春の皿に視線を移す。そこにはサンドウィッチこそ無くなってはいるが、サラダにはまだ一切手をつけていない。
「サラダ、嫌いなのか?」
「嫌いってことじゃないけど。お腹張ってきてね」
嘲笑混じりの声音で海春は告げる。
「そうなのか」
海春のお腹の張り具合など、全く以て関係のない田原は興味のない返事をする。
「食べてやろうか? とか言わないの?」
少し声を低くし、格好をつけるように海春は言う。
「言うわけないだろう」
最後の一口となったサラダを飲み込み、田原は言い放つ。
「ほんと、田原くんって酷いよね」
「そうか? 普通だろ」
残っていたコーヒーを飲み干してから、田原は答えると、
「バイトしてる時の田原くんのが優しいよ」
と、海春は言った。
「一緒の人間だけどな」
口角を釣りあげてそう言うと、海春は口先を尖らせる。
「優しい田原くんのが好きだぞっ」
意地らしく、可愛らしく、海春は言った。
「似合わねぇ」
田原はそれをそう告げ、一蹴したのだった。
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