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第2章 国立キャルメット学院の悲劇
対抗戦のメンバーは押し付け合いですか?
しおりを挟む「今呼びに行こうとしたところです」
リゼッタの後ろをついていく形で、教室へと戻っていたコータたちの前に、1人のか弱そうな男性が現れた。
「インタル先生……」
「リゼッタさんに……きみが転入生のコータさんですか?」
「そうです」
リゼッタの横に並び、リゼッタがインタルと呼んだ男性の前に出る。
インタルは生やしたカイゼルひげに触れながら、コータの顔を見てから小さく微笑む。その微笑みがなぜか妙に感じたコータが訝しげな表情を浮かべると、インタルはコータたちに背を向ける。
「半分ほど授業は終わってしまったので。声をかけに行こうと思ったのです」
「歩いて、ですか?」
「えぇ」
「魔法学について授業されてる先生なら転移とか使えるのではないですか?」
怪しんでいる口調ではない。ただただ抱いた疑問をぶつけている。そんな様子のリゼッタに、インタルは振り返り自嘲の笑みを浮かべた。
「そんなに優秀だったら、王宮でお仕え出来てます」
「も、申し訳ございません」
インタルの言葉にハッとしたリゼッタは、すぐさま頭を下げる。だが、そんな些細なことを気にする人ではないらしい。インタルは「いいよ、いいよ」と零していた。
「では、戻りましょうか」
優しく、諭すような口調のインタルに、リゼッタは静かに頷いた。
歩き出したインタルを追いかけるように、コータもリゼッタも歩を進める。
黒衣のマントを羽織るインタルの背は、丸まっており、マントが妙に大きく感じられた。
しばらく歩き、教室に戻るとインタルはコータたちに早く座るように促した。それに従い、コータは一番後ろの席に、リゼッタはコータの斜め前の席に腰を下ろした。
「では、続きをやりますよ」
インタルは先生らしく、数回手を打ち合わせ音を鳴らし、視線を集める。
「なんかあった?」
「別に」
そんなインタルを無視して隣から声をかけてくるマレア。視線だけはインタルに向け、楽しさを乗せた声で訊く。
「それは嘘。何かないと、そんな顔にならない」
「どんな顔だよ」
根拠のないことを言うマレアに、ため息交じりに答えるとマレアは顔をコータに向ける。
「な、なんだよ」
端麗な顔立ちをしているマレアに見つめられ、恥ずかしさを覚えるコータは少し顔を赤らめながら視線を泳がせる。
「少し不安。でも、薄々感じてはいた。というところかしら?」
「何がだよ」
強がりでそう言った。コータは生唾を飲み込み、強張らないように必死に取り繕う。
「そう。思い過ごしならいいのだけど」
含みのある言い方で、マレアはこの会話に終止符を打つ。
――マレア、いったい何者なんだ?
だが、これはコータにとってマレアに対する不信感を募らせるだけだった。
* * * *
授業はつつがなく終わり、放課後になった。
「はいはい、今日の授業はここまでです」
一日のプログラムが終了したところで、タイミングよくロリ巨乳のアストラス先生が教室にやってくる。
「ほんとは帰っていいよって、言ってあげたいのだけど……」
申し訳なさそうな声音で、上目遣いで生徒たちを見るアストラス。
「対抗戦のチーム分けですよね」
「はい」
リゼッタの確認に、アストラスはその大きく実った胸をたゆん、と揺らしながら頷く。
それと同時にクラスの大半の男子から「あぁー」と気の抜けた声がこぼれる。
「バカばっかりかよ」
日本での高校を思い出させる光景に、苛立ちを覚えたコータは蔑むような声で吐き捨て、立ち上がる。
「あ、コータくん」
「なんすか?」
出口に向かって帰ろうとするコータに、アストラスが弱々しい声を洩らす。
「チーム分けが……」
遠慮がちに告げるアストラス。それがまたコータにはイライラした。先生なら先生らしく、傲慢不遜な態度で接してほしかった。高一の時のことを思い出してしまうから――
「チーム分けがあると、今朝言われたでしょ?」
「言ってたな」
「あなたも、このクラスの一員なの。参加しなさい」
強気にぶつかってきたのはもちろんリゼッタだ。
脳裏をかすめる、吐き気を催すような胸くそ悪い記憶。場所も立場も違う。だけど、似たような状況。
奥歯をぐっと噛みしめ、あの時とは違うと言い聞かせながらコータは振り返る。
「俺、対抗戦知らないんだけど」
今朝と同じ言葉を吐くと、リゼッタはため息はついたものの、今朝のように突っかかってくることはなかった。
それはおそらく、コータがこの世界の住人でないことに気づいたことが大きいだろう。
今朝とは違う対応をして見せたリゼッタに、クラスメイトは感心の声を洩らした。
やはり、リゼッタ様は違う、と。誰もがリゼッタを持ち上げた。
そして、リゼッタから対抗戦についての説明が行われた。
対抗戦、というのは日本でいうところの体育祭、みたいなものらしい。普段授業で受け、日々研鑽している魔法や剣術などを各クラスで争うもの。
まず同学年――同じ年に入学した人――同志で争い、その学年の代表を決める。そして、次に三学年で争い、学院一位のクラスを決める。これで優勝することによって、成績はもちろんのこと、学院を卒業したあとの進路も大きく有利になるらしく、どの学年も力を入れてくる、ということらしい。
「それで、チーム分けが必要なわけは?」
対抗戦については理解できたが、チーム分けをする必要が見当たらない。コータは説明をしたリゼッタに視線をぶつける。
「例えば、私は魔法は得意だけど剣術はバニラに遠く及ばない。それなのに、私が剣術に出ればどうなると思う?」
「言うまでもなく負けるだろうな」
「リゼッタ様になんて言葉遣いをッ!」
辛辣に言い放ったコータに、怒りを隠せなかったバニラが声を荒げる。それを手で制止し、リゼッタは口を開く。
「そのとおりよ。ならバニラが出れば?」
「相手によるだろうが、そこそこの結果は出せるだろうな」
「優勝するに決まってるだろ」
「俺に当たれば負けるけどな」
自信満々に言い切ったバニラにそう言うと、バニラは唇を噛みしめ黙った。
「まぁまぁ。でも、そういうことよ」
「なら、例えば、だが。みんな、全部に出るってのは?」
「それは無理よ」
コータの提案を一蹴する声はリゼッタからではなく、背後にいたマレアから放たれた。
「人数制限が設けてあるのか」
「そうよ」
とことん体育祭と似ている。そんなことを考えながら、コータは近くの席に腰を下ろした。
「出れるのは一人二種目までなの」
「そうか。で、競技自体は何がある?」
本格的にチーム分けが始まる雰囲気を感じ取ったコータが訊く。
「剣のみで戦う剣術対戦、魔法のみで戦う魔法対戦、魔法で出現する的を破壊する魔法射的、指定のない、自分の得意な形で戦う剣魔対戦、それから対抗戦の目玉でもある模擬戦争の五つよ」
リゼッタは指を折りながら答える。言葉で説明を受け、何となくの雰囲気はつかめたものの、誰がどの競技に出るかを決めるのに時間がかかることは間違いない、ということだけはわかった。
なぜなら、体育祭のときもそうだったから。一時間まるまる使っても、結局決まらず放課後に持ち越し。そんなのは当たり前だった。
「みんなやりたいのはあるかな?」
司会進行役が必ず言う台詞をリゼッタが言った。だが、それに返ってくる言葉はない。近くにいる仲のいい友達と、どれがいいかな、などの小さな相談が耳に届く。
「どこでも同じってことかよ」
世界が変わったら、何かが変わる。そんなことは期待していなかったが、目の当たりにするとやはり残念という感情は生まれてしまう。
「なぁ、魔法とか剣術に関しては入学試験かなんかで大体の強さ分かってるんじゃないのか?」
あれやこれやと話し合いをするも、結局は試験の結果で決めていた。なれに倣ってコータは、入学前にゴードから聞いていた入学試験のことをちらつかせた。入学試験で何をするかは知らない。だが、存在しているということだけは知っていた。
「大体のはわかると思うけど?」
答えながらリゼッタは、教卓付近で立ち尽くしているアストラスに視線を向ける。アストラスは静かに頷き、順番がわかることが分かった。
「なら、剣で戦うのと、魔法で戦うのは、その順番で上から選出すればいい」
「そんなの出たい人もいるだろう!」
コータの案は勝つためにはかなり合理的なものだ。だが、たとえ長けていても出たくない者がいるのは確かだ。だが、このやり方では半強制的になってしまうのだ。だが、コータは知っていた。これで断り、代理に出た者が負けたとならば、その人は出張るからだ、と言われ、出なかった者は、お前が出ないから負けたのだ、と言われることを。だから、こそ甘いことを言うバニラに吐き捨てる。
「負けたいのか?」
「……」
将来もかかっている、と言っていた。ならば負けたいわけがない。
「せ、先生」
「はい」
押し黙るバニラを横に見ながら、リゼッタはアストラスに声をかける。誰がどう見ても、空気の悪い教室。それに似合う弱々しい声で返事をするアストラスに、リゼッタは入学試験の結果を教えてもらえるように頼んだ。
「で、問題はここからだ」
「魔法射的と剣魔対戦、模擬戦争ね」
残った競技を列挙したマレアがコータの顔を覗く。
「魔法で的打つやつは、集中力の問題もある。一概に魔法に長けているやつが有利とはいえないだろう」
夏祭りなどである射的に思いながら言うコータ。あれに限っては、運動が得意などは関係ない。その場でどれほど集中するか、というものがかなり大きい。あとは、経験もいえるか。
「これに限っては俺にはわからん」
判断するには材料が少なすぎる。
「じゃあ、これはやりたい人ってことにするね」
ダメだな。リゼッタの言葉にコータはため息をつく。
「どうかした?」
リゼッタやバニラはコータのため息に気づかなかったようだが、近くにいたマレアは気づいたらしい。
「これじゃあ話はすすまん」
「どうして?」
──この世界ではそんなことも分からないのか?
そんなことを感じながら、小声でマレアに言う。
「もしこれで手を挙げて、負ければ後でどうなる?」
「嫌なこと言われるよね」
「そんな危険を孕んだもの、誰が好き好んでやる?」
「やりたい人ってやるんじゃない?」
「だからダメなんだよ。マレアさんならやるか?」
「マレアでいいわよ。それとぜっーたいにやらないわ」
ニコっ、と微笑みながら断固拒否を宣言する。そりゃあそうだ、そう思いながらコータは「そうだよな」と告げる。
「ねぇ、誰でもいいのよ?」
そんなコータたちの会話のことなど露知らず、リゼッタは全体を見渡しながら訊く。しかし、やはりと言うべきか誰も返事をしない。
「ほらな」
「うん」
コータの言葉にマレアは小さく微笑んだ。
「リゼッタ様」
「何かし……って、どうして?」
「何がどうしてなんだ?」
ただ名前を呼んだだけだと言うのに、不思議な表情を浮かべるリゼッタ。
「だって、様づけで呼ぶなんて……」
「貴族様なんだろ?」
「そ、そうだけど」
「そりゃあ様つけるだろう」
わけわからん、そう言わんばかりに首を傾げたコータは、一歩リゼッタの方へと近寄る。
「全競技の点数配分とかって同じなのか?」
「剣魔対戦が剣術対戦、魔法対戦、魔法射的の2倍。模擬戦争においては剣魔の4倍。だからどこのクラスも模擬戦争に力を入れるわ」
「なら、今日来たばかりの俺がこんなこと言うのもおかしいが、魔気射的を捨てるってのはどうだ?」
「捨てる?」
リゼッタを含め、クラス全員に向けて言ったコータの言葉に一番に反応したのはマレアだった。
「そうだ。ただ最初から諦めるってわけじゃない。負けてもいい人選をする」
「力が劣っているものがいると言うの?」
コータの言葉に目を見開き、少し怒りを見せたリゼッタ。だが、コータは熱くなることなく静かにかぶりを振る。
「違う。簡単に言えば誰でもいいという訳だ。だが、それよりも勝つために模擬戦争の人選を先にするべきだ」
「で、でも──」
「リゼッタ様。恐れながら、これに関してはコータの言う通りでございます」
コータの案に反論しようとしていたリゼッタに、バニラが悔しそうな顔を浮かべながらも提言する。恐らく最初から分かっていたのだろう。リゼッタは下唇を強く噛み、空気を洩らす。
「分かったわ」
「で、模擬戦争は何人出られる?」
「最低五人、最高八人よ」
答えたのは教室の端の方で黙って聞いていた、オレンジよりの茶髪の女子。髪と同色の瞳でコータを見据え、あざとい程可愛らしい声で、しかし、しっかりと答える。
「五人から八人」
「そうよ」
「なぁ、マレア。結局模擬戦争って何するんだ?」
人数について聞いたところで、模擬戦争の中身を知らないことに気づいたコータは、マレアに近寄り耳元で囁くように訊く。
「各クラスに守るべき珠が与えられるの。宝珠と呼ばれているわ。それを守りながら、相手の宝珠を壊すの」
「そうか。ならバランスが重要、ということだな」
顎に手をやりながら、コータは思考をめぐらせる。
体育祭にはないが、要するに戦略ゲームだ。なら、前衛と後衛をしっかり見極めて人選をする必要がある。だが──
「誰か出たい人はいるかな?」
リゼッタは全体に訊いた。コータはどうせ今回も手が挙がらないだろう、と思った。しかし、違った。クラスの大半から手が挙がる。
「ど、どういうことだ!?」
先程までとは違う生徒たちの反応に驚くコータに、マレアは静かに答えた。
「リゼッタ様も仰ってたでしょ? 対抗戦の目玉だって」
「あ、あぁ」
「誰もが目立ちたい、ということよ」
──バカかよ。
リゼッタは全体を見渡しながら、いま手の挙がってるメンバーの中から選びだそうとしている。そして、そのメンバーの中にバニラはいない。
既に型をもっており、前衛としてはかなり優秀であることは戦ったコータがわかっていた。他にもっと優秀な前衛がいるかもしれない。だが、それでもバニラが選択外にいるのはあってはならない。そう感じた。
「これはまずいな」
リゼッタが手を持ち上げ、指名しようとしている。このまま決まってしまえば、恐らく必ずこのクラスは勝てない。
「前衛二人、中衛二人、後衛二人。これで行く。まず前衛の一人はバニラ」
コータは勝つことを第一に捉え、机を思い切り叩いた。誰もが体をビクッ、とさせ驚いた。その隙をついて、コータは叫ぶように言った。
「ちょっ、あんたほんと何なの!?」
端の方で固まり、つい先程まで話に入ってこようともしていなかった女子の一人が声を上げる。
「勝つために動いてる」
「勝つことが一番なの?」
「違うのか? みんな勝ちたいと思ってるって言ってたじゃないか」
対抗戦なんて知らない。だが、勝ちたいと思っていると言ったなら、勝てばいい。勝つために、最善を尽くすのは当たり前で、最善を尽くさなければ勝てないのがこの世だ。
「勝ちたいよ。勝ちたいけど……」
「そんな馴れ合いで勝てるなら、みんな優勝できる」
言葉を濁すリゼッタに、コータは日本で感じたことをそのまま告げた。リゼッタは黙り、俯いた。そして、それにバニラは何も言ってこなかった。
たぶん、バニラも気づいてた。勝つためには策を弄して、精一杯やらなければならないことを。だからこそ、この会話に入ってこない。
だからこそ、コータはバニラに訊いた。勝つための最善を尽くすために。勝利の切符を手に入れるために──
「俺の作戦は間違ってるか?」
「いや、あっている。この競技の肝は前中後衛のバランスだ。その最適解はさっきコータの言った六人のバランスだ」
クラスがざわつくのがわかった。なぜ何処の馬の骨かも分からない、対抗戦すら知らない男が、最適解を導き出したのたか。そして偉そうにしているのか。
不満が滲む声があちらこちらから飛ぶ。
「なら、教えてくれ。その最適の六人を」
「……」
言えば、すべての責任が自分に向くと思っているのだろうか。選ばなかった者、選んだ者、そのどちらからも反感を買い、ウルシオル家に泥を塗ると判断したのか。口を開いては閉じてを繰り返すバニラ。
「バニラ……」
従者を思うリゼッタが弱々しい声で呼びかける。その声に反応しようとするバニラ。その前にコータが言葉を放った。
「すべての責任は俺が負う。だから言え」
リゼッタは頷く。バニラは意を決して口を開いた。
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