上 下
2 / 2

自分勝手な男

しおりを挟む
 カツ……カツ……カツ……
 俺、木ノ崎空也きのさきくうやは、これまでの人生を振り返りながら、屋上へと向かっていた。

 小学校の頃から、俺は自分に正直だった。 
 特に周りと一緒に遊ぶことも無く、勉強して中高一貫校へ入学した。

 中学校では、流石に友達を作った。
 中高一貫校で友達がいないのは致命的かなと思ったので。
 中学は楽しかった。
 文化祭に体育祭に、皆でわちゃわちゃして過ごした。

 高校。
 高校では、俺の生き方の指針を決定する、ある出来事が起こった。
 俺の所属していた友達グループみたいなのがかなり揉めた。
 お互い悪口を言い合ってるとか、誰が誰の悪口言ったとか言ってないとか。
 友達から陰湿な悪口を聞かされている最中、俺は思った。
 クッッソどうでもいいな、と。
 俺はそこまで他人に興味を持てない。
 責任も持てない。
 だから俺は所属グループの争いには参加しなかった。
 したらある日、

「空也。お前、なんか言えよ。友達なんだからさ」

 って怒られた。
 友達? まだそんな認識があったとは。
 あれだけ陰湿な悪口を言って、友達と豪語するか。

 俺は目立たぬようそいつらからフェードアウトした。
 この時から、俺の生き方は『他人に興味を持ちすぎず、責任を持ち過ぎず』
 になった。
 そしてそのまま高校を卒業した。

 現在は大学一年生だ。
 友達もいて、そこそこ楽しくやってる。

 ただ、漠然とした不安や焦燥感でおかしくなりそうな時がある。
 そんな時、俺は家の近くのビルの屋上へ行く。
 さりげなく街に溶け込む古いビル。
 そこへ行けば、俺は心が休まる。
 何も考えずぼーっと過ごせるから。

 ※

 ビルの屋上に着いた。
 カツカツとフェンスへ向かっていく。
 そして、屋上のフェンスへ手を置く。

「ふぅ」

 十二月にここへ来るのは寒すぎたか。
 夜だということもあり、肌が固まりそうなくらい寒い。

「……相変わらず、変わんねぇ」

 こっから見る景色は変わらない。
 ビルとか家とかの明かりが見えて、特に面白くも無い。
 けど、それが良いんだ。

「ふぅ」
「はあぁ……」

 はあぁ?
 ふぅ、は俺だ。
 でも、はあぁ……は、俺の声じゃない。

「……ぁお」

 変な声が出た。
 左を見ると、落ち込んだ雰囲気の女がいた。
 ショートヘアの黒髪。
 白のデザイナーブランドっぽいシャツを着た、ラフな格好。
 今のため息は、この子か。
 こんな所に、若い女の子。
 何かやばいかも。
 どうせだったら声かけてみるか。

「おーい」
「っ!?」

 思ったより驚かれた。

 でも驚いたのは、俺のほうだ。
 その子は、綺麗な顔をしていた。
 綺麗な黒髪。綺麗な瞳。可愛らしい輪郭。
 いや、俺がこんなに女の子の顔を凝視したことが無いだけか。
 よし、話しかけてみよう。

「何してたの。名前は?」
「……いや、水無瀬琉莉です。特に何もないです、けど」

 ミナセルリ、か。
 いい名前。
 何が良いかって言われたら説明出来ないけど、いい名前。
 ってか、夜一人で屋上に来て何も無いわけ無いだろ。

「タメでいいよ。……何もない奴が夜九時に屋上に来ないでしょーが」
「……それもそうだね」

 あっさり認めた。
 ほら、何かあったんじゃん。

「色々あって、消えたくなったの」
「え……もしかして、こっから飛ぶ気?」
「いや、私にそんな勇気無いよ」

 それは一安心。
 まぁ、クズなこと言うと、飛ぼうが飛ぶまいが俺には何も出来ないんだけど。

「そっか、良かったよ」
「でもさ……もし」
「ん?」

 何だろう。

「もし飛ぶ気だって言ったら、君はどうする?」
「……」

 おおお。
 何も考えずぼーっと過ごせる、からは最もかけ離れた問いがキタ。
 うーん。うーん。
 よし、思ったことを正直に言おう。
 誤魔化しても何もならない。

「せっかく運命的な出会いができたのに、残念だ」
「……え?」
「あ、でもせめて俺がここから去るまでは待ってほしい。怖いから」

 ちょっと正直に言い過ぎたか?
 事実を赤裸々に話しただけだが、もっとこう、オブラートに包めば良かったか。

「止めないの?」
「ん?」
「だって、私がここから飛ぶってことは、つまりその」
「うん。どういう意味かは分かってる」

 分かってる。けど、半端な慰めなんて傷に塩を塗るだけだ。

「止めないの、ここから飛ぶこと」
「止めないよ」
「何で」
「何でって……まぁ、今までお疲れ様って思うから」

 そう、戸惑いを生むだけなら、俺は余計なことは言わない。

「労い?」
「んー、まぁそんな感じかな。だってさ、自分が背負ってるものを百パー受け止めれるのって自分だけじゃん。それを他人が百パー受けとめようなんて、おかしな話じゃない?」
「つまり?」
「君がその荷物を背負いきれなくなったなら、俺はもっかい君にそれを背負わせる勇気なんて無いや。それにちょっと面倒だし」

 俺の考えを語った。

「俺は良くも悪くもそこまで他人に責任を持てない人間だから。ごめんね、止めてあげられなくて」
「みたいだね」

 マズいか?
 正直に言い過ぎたかな。
 このまま羽ばたかれたらどうしよう。
 一応、生きることも視野に入れるように言うか。

「あ、でも、やり残したことあるならやっといたら? それからでもいいんじゃないかな、とは思うよ。君、何歳」
「……ぷっ」

 え?

「ふ……あははっ!!」
「はい?」

 一体どうした?
 半狂乱になってしまったのか?
 人は絶望しすぎると笑うとか笑わないとか。
 つまりその状態?

「『君』って……私、二十五だよ」

 に、二十五!?
 予想外の打撃。
 めちゃくちゃ年上じゃねーか!

「えっ!? ……なんだ、年上だったんですか。ボブの黒髪で童顔だったんで、てっきり同じくらいかと」

 反則だろ。
 その童顔は反則。

「タメでいいよ、もう、何それ。そんなんで判断しないでよね。君は、何歳? 名前は?」
「俺は、十九。名前は木ノ崎空也。ってことは六歳も上にタメでいいよ、とか言ってたのか……でも、なんか敬語使う気にならないな」
「え? 何それ。なんか生意気」

 今更タメは無理だ。
 何か恥ずかしい。
 失礼だけど、童顔に免じて許してほしい。

「木ノ崎君、君のこと、もっと教えてよ。もっと知りたい。もう少しここで話そう」
「え? あ、ぉ……」

 また、変な声が出た。
 全身の産毛が逆立つような感覚。

 誰かに、自分のことを教えてなんて、言われたのは初めてだ。
 この感覚は何だ。驚きか?

 いや、違う。

 俺のテーマ『他人に興味を持ちすぎず、責任を持ち過ぎず』
 から最もかけ離れた感情。

 ――他人に何かしてもらって、嬉しい。
 ただ、嬉しい。
 この人のこと、水無瀬琉莉のことを知りたい。

「水無瀬が、いいなら、話すけど。……でも、水無瀬のことも、教えて」
「うん、私のことも教える。聞いてほしいから」

 知りたい。この人のこと、もっと知りたい。
 あ、でも、一つ言っとかなきゃ。

「俺は自分勝手だから、聞いててムカつくかもよ」
「いいじゃん、自分勝手で。その性格に救われた人だっていると思うよ」
「そんな奴いるかね……」

 救われた人か。
 心当たりはないけど、もしほんの少し欲を言うなら、それが水無瀬であってほしい。
 なんて、柄じゃないか。

「いるよ。案外近くに」


 空の星々と街の明かりでキラキラ煌めく、肌寒い冬の夜。
 俺と水無瀬は、そんな不思議な空気が包む夜の屋上で、幻想的な時間を過ごした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...