押し入れに魔王

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act.2 強襲風来

2-11

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「いや適当なこと言ってたらすみませんが…ここだったら魔力が無いし、呪いの進行も遅れるのかなって」

「ああ、うん…多分そうだけど」

さらさらとそよ風がブルーグレーの髪を撫でた。何度見ても人智を超えた美しさ。
通り過ぎる人も間抜けに視線を吸われ、理想を具現化したみたいな愛らしい存在を見詰めている。

「今、魔界はかなり…言ってしまえば存続の分岐点なんだよ、だから自分だけのうのうと平和に暮らそうとは思えなくて」

「…親父はここで暮らす為にサトリさんを、魔界を裏切ったんじゃねえの?」

埣取の頭上には、今日も例の烏が居た。今も父に報告をしているに違いない。創には見えていたが、気にするものかと痛い部分を追及してやる。

「そうだね、私たちから見ればそう…でもそれだけ愛してたんだと思うよ、君のお母さんのこと」

父親を追及するつもりが、また別な地雷を踏んでしまった。埣取の両眼は見る見る陰り、今日の曇天と同じ色になる。
ああどうして昔から、初恋の教師も初めての彼女も、みんな父親に取り憑かれたように夢中になってしまうのだろう!あの男を一目見さえしなければ、今頃己にも経験のひとつやふたつあったかもしれないのに。

「やっぱりオッサンのこと好きじゃん」

「……」

大人は黙った。ついに。今までなら否定くらい寄越しそうなものを、気まずそうに押し黙って地面を向いてしまった。
それはもう完全な肯定であるし、庇えないオウンゴールだ。創は発狂して地団駄を踏みそうになったが、相手はそれだけに留まらず更なる追撃を加えてきた。

「好きだったら何か悪いの?」

斜め下から睨め付け、目元を赤くしながらも威嚇する。追い詰められて到頭開き直ったらしいがしまった、彼の頭上に居る烏に聞かせてしまった。これは敵に塩を送ったことになるのでは。

「だ、いたい…陛下を好きな悪魔なんて比喩でなく星の数ほど居ますから。魔界なんて弱肉強食の世界、強い遺伝子に惹かれるのは不可抗力なんだよ、分かる?」

「成る程、あのオッサンが異様にモテるのはそういう理由か」

「モテ…そうなの?こっちでも?……いや、まあ…だから、別に私は陛下とどうこうなりたいなんて高望みはしてないし」

”人界でもモテている”の一言へ明らかに動揺しながら、想い人はアイスの包み紙をぐしゃぐしゃ丸め始める。分かり易過ぎる態度へ涙が滲んだが、とにかく話の矛先を逸らしたいらしい。彼は俄かに手を叩いて顔を上げると、妙に明るい声で提案を寄越した。

「ところでスーパーに行かない!?…ほら、天気も崩れそうだし」

確かに主目的を忘れているし、買い出し帰りに雨に降られては堪らない。不承不承頷いたものの、創は衆目も憚らず急に痩身を抱き締める。

「えっ、何」

「俺も…見せつけておきたくて」

「誰に…」

問う寸前で視線に気づき、はっと上向いた目が烏を捉えた。監視の存在は知っていたのに、何故今まで失念していたのだろう。埣取は慌てて青年の身体を引き剥がすや、微塵も意味のない弁解を後付けた。

「ま、まあ昔の話だよ全部、違う…今は全然違うから、今日何食べたい?」

「サトリさん……じゃあ肉じゃがが良いっす」

「分かった、材料調べて買いに行こう」

何だろうなあ、この大人。創はある種、人よりも人らしい悪魔を眺めて溜息を吐く。
正直あの父の側も来るのを待っていたし、他人より明らかに優遇している節がある。元従者だか何だか知らないが、家に住まわせるなど今まではしなかった筈だ。

「創くん、牛って捌かなきゃいけないの?」

携帯でレシピを見ていた埣取が、眉を顰めて問うてくる。こういうの何て言うんだっけな…無知シチュ、否違う違う。
取りあえずソフトクリームの初めては貰ったし、スーパーの初めても自分のものだ。精々胡坐かいて見てろと烏を睨めば、毛繕いを中断した彼は不思議そうに首を傾げていた。





「――…すみません…予感はしてたんですけど」

スーパー店内から一歩出たエントランス。夕食の材料を買い終えた2人は足を止め、天井の設けられた一画で降り注ぐ雨を眺めていた。スコール、と呼べるほどの威力は無いが、時期柄濡れて帰れば不調は免れないだろう。通行人はみな店へ避難したり、用意していた傘を広げて颯爽と歩いてゆく。

どうしてズボラして傘を置いてきたのか。創は信じがたいミスを悔やんだが、当の相手は気落ちした様子もなく興味深そうに空を眺めている。
一人にするのは危ないが致し方ない。上着のフードを被ってファスナーを上げると、青年は脇のベンチへ買い物袋を降ろして声を掛けた。

「サトリさん、俺近くのコンビニで傘買ってきますんで、待ってて貰えますか?」

「コンビニって小さい店?…近辺には無かったよ、かなり遠いでしょ」

「じゃあ家まで取りに」

「それ君が濡れて往復するじゃない…駄目だよ」

青年の自己犠牲に呆れ、細い眉が下がる。

「車の送迎サービスがあるでしょ?お金は心配しなくて良いから乗ろう」

「…タクシーのことですか?ここら辺は余り走って無いかもしれませんよ」

最近は指定場所に呼べるアプリなんかもあるが、家まで1キロとかからない距離だ。創が走って往復しても、精々5~6分だろう。問題ない旨説明しようとして、急にそれらを飲み込み黙る。
彼の白い手が、何やら制止に掲げられていた。エラーを感知した目は瞳孔を開き、人気の失せた歩道をじっと注視している。

「動かないで」

まさか昨日の今日で、また魔族が襲来したとでも言うのか。静かに告げられた指示に従い、創は汗を伝わせながら頷く。
師はゆっくりと向きを変え、雨に濡れた路面へ歩いて行った。気付けば歩道を包む薄霧の中には、降って湧いたようコートを纏う男が立っていた。

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