兄貴による俺のための指導法

日向 ずい

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第5章「愛のカタチは様々だけど、既にピースは決まっている。」

「私と拓三とそれから...。」

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 「あっ、愛さん??...あの...大丈夫ですか???さっきから、私の話...聞いていない気が。」

 「...!???...すみません、少し考え事をしていました。申し訳ないです。えっと、それで...あー、この書類ですね。分かりました、訂正して私から上司に出しておきますね。」

 私がこういうと、目の前で気持ち悪いものでも見るような顔をして、私の顔色を伺っていた同僚に苦笑いを零しながら、私は同僚が差し出してきた資料をぱっと受け取ると、そのまま目の前のパソコンに目線を落としたのだった。

 そんな私に何か言いたげだった同僚も、私の思い詰めた表情を見た途端、口を噤みそのまま自分の席に戻っていったわ。

 私はパソコンの画面を見つめながら、わざとらしくため息をついた。

 分かっているわ、全てはあの日...私を激しく抱いた後、警察署に向かっていった拓三のせいだって...おかけで、私が近頃情緒不安定になっていることも...。

 アイツが私のことをあんな風に扱わなければ、こんなにモヤモヤしないで済んだのよ....あんな...寂しそうな、思い詰めた表情を私に向けてこなければ.....!!!

 はぁ...思い出しただけでも、イライラするわ!!

 私はこんなことを考えながら、パソコンに向かい事務作業を行っていると....不意に、背後から誰かに抱きしめられる感覚に襲われた。

 この優しい香り...とても懐かしくて、今にも涙が溢れてきそうで堪らなかった。

 だけど、暫く逢っていなかったから確信が持てなかったの...。

 そんな私の耳元でハッキリと

 「ただいま、愛音。逢いたかったよ。待たせてごめんね...ずっと、逢いたかった。」

 と囁かれたことにより、私はずっと堪えていた涙を次から次へと流し、場所も気にせず、背後に立っている人物の名前を大声で口にしたの。

 「...拓三っ!!!...なんでここに???ううん、そんなことよりも...おかえりっ!!!ちゃんと、罪を償って帰ってきたのねっ!!!」

 私がこう言うと、拓三は体勢を変えずにそのまま

 「あぁ、そうだよ。...愛音、酷いこと沢山してきた身でなんだけど...俺ともう一度付き合って欲しい。...こんな俺でも、愛音は許してくれるか???」

 と言い、私の返答を待っていた。

 私の返答を待っている拓三は、酷く緊張しているのか、強ばった表情を浮かべていたわ。

 馬鹿よね...私も拓三も...そんなこと言われたら、断りきれないじゃないのよ...。

 いいえ、もうとっくに断ろうなんて考え捨てているわ。

 でも...ここまで迷惑かけられたんだもの、拓三に少しぐらい仕返ししないと私の気が晴れないわ!!

 私はこう考えると、ばっと席を立ち上がり背後にいる拓三の方を振り向くと、ひと言...

 「...はぁ!???何言っちゃってんの!???嫌に決まってるじゃない!!!!」

 と言い、拓三の頬を力一杯叩いたのだった。

 私の行動に拓三は、赤く腫れた頬を自分の手で擦りながら、私に向かって

 「...えっ...なんで。愛音...だって、さっき...逢いたかったって。俺のこと待っててくれたんだろ???」

 と呟き、信じられないと言った表情で目に涙を溜めて、次の私の言葉を待っていた。

 男なのに、小さい頃から泣き虫なところは全く変わっていないわね...。

 私は相変わらずな拓三の様子に内心呆れつつ、目の前の拓三に向かって

 「全く...ウジウジしないの!!!嘘よ...少しからかっただけ、私も逢いたかったわよっ!!!!私がどれだけ待ったと思っているの????このぐらいの仕返しされて、当然だと思いなさい!!!全く、大の大人が涙をぼろぼろ流して...ほら、見てみなさい!!!周りの人みんな笑ってるわよ???はぁ、恥ずかしいったらありゃしないわ、全くもう!!!」

 と大声で叫ぶと、泣きじゃくっている拓三に対して、ポケットに入れていたハンカチを勢いよく投げつけてやったわ。

 私が乱暴に渡したハンカチをキャッチすると、拓三は途端に嬉しそうな表情をして

 「...うっ、ほんとにごめん!!!長いこと待たせて......愛音...愛してるよ。ほんとにほんとに...大好きだ。もう、絶対に離さないから。」

 と言い、また涙を流し出すのだった。

 そんな拓三と同居を始めるまでに、そう時間はかからなかったわ。

 私の、今住んでいる家に拓三が引っ越してくる形で、今日はその引越し当日ってわけで...当然、忙しそうに荷物の片付けをすると思うじゃない???

 でも拓三は、私の家に着くなり、引っ越し屋さんが置いていった荷物も放ったらかしで、なんと私のお気に入りのハンモックにダラーんと伸びて、ものの数秒で寝息を立て始めたのよ...??

 人の家なのに、よくもまぁこんなにくつろげるわね...!!!

 いつもなら、ぶっ叩いて大声で文句を言うところだけど...。

 まぁ、きっと拓三も酷く疲れているだろうから、今日だけは許してあげましょう。

 私はそんな昔と何ら変わりのない拓三を見て、ホッとする気持ちと呆れてモヤモヤする気持ちを交互に感じるのだった。

 これからどんなことが起こるのかな??

 んふふ、まぁ、拓三が長い時間刑務所に居たから寂しさも結構あるけど、何よりも拓三が昔のように元に戻ってよかったわ。

 もう二度と、拓三を狂わせるような事はしない。

 私の行動が彼に与える影響を痛いほど思い知ったもの...。

 この時の私は幸せいっぱいで、これから訪れることなんて、全く予想だにしていなかったの。

 「さぁて、拓三が眠っている間に私も買い物に行ってこようかな!!」
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