兄貴による俺のための指導法

日向 ずい

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第4章 「目覚めた頃には...世界が180度変わってる。」

「長くは隠しきれない。」

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 「...兄さん???...ねぇ、愛さん...いや、羽馬...愛音???」

 「...っ。」

 私の恐れていた事がついに起こってしまったわ....。

 私の正体が、とうとうバレてしまった。

 絶体絶命のこんな状況になってしまったのは、今から数時間前だ。

 拓三が新入社員として入社してから、早くも6ヶ月が経とうとしていた頃...。

 いやぁ、正直半年間も隠せるなんて思っていなかったから、少し驚いたけどね。

 その日は、いつものように拓三から確認して欲しいと渡された書類に目を通していた。

 仲良くしてくれる上司や後輩が沢山いるんだから、てっきりそっちに書類確認とかお願いするようになると思っていたのだけど....なぜか、入社してから事あるごとに私のところに足を運ぶようになったわ...???

 全く、せっかく人の輪を繋げるチャンスだというのに...勿体ないコトするわね....今度、直接言ってやらなきゃいけないわね...。

 そんなこと今はどうでも良いのよ...。

 はぁ...全く、私としたことが...その日は前日に仕事の都合でほとんど眠れてなくて....緊張感の無い状態で会社に出勤したがために...そのせいで、無意識にうっかりあの癖が出てしまったのよ...。

 そう...書類に目を通している時に書類を持っていない方の手でペンを持ち、そのペンで唇をポンポンと軽くつつく仕草をしてしまったの....我ながら不覚だったわ、あまりにも拓三が私の正体に気が付かなかったから、完全に油断していたわ...。

 はぁ....まぁ、してしまったことは今更後悔しても遅いけど....。

 この厄介な癖は...小さい頃から変わらず、何かを必死に考えている時に、無意識に出てしまう私の困った癖なのよ。

 まさかこの癖だけで、拓三がピンときてしまうなんて....あー、ダメだわ...やっぱりどれだけ後悔しても後悔しきれないわ....。

 私のこの癖を見て拓三は、ハッとした顔をして書類に目を通している私に向かって

 「...その癖。...兄さんでしょ???最近あなたの氏名が...兄さんと同じ名前だなーって思ってて、でも女の姿だから、中々確信を持てないでいた。でも、その仕草でピンときた。...あなたは俺の兄さんだ、間違いないよ...!!!」

 と自信ありげにこう言い放ったのだ。

 当然、ここは会社のオフィスの中で....私たちの周りにはたくさんの社員がいる。

 社員は急に大声で変なことを言い出す拓三に、不思議そうな顔を向け、じっと私たちの行く末を見守っていた。

 拓三の馬鹿...なんでそんなこと、静寂に包まれているオフィスの中で大声で言っちゃうのよ...あー、恥ずかしいったらありゃしないわ!!!!

 いや、そんなことよりも....なんとかして拓三を誤魔化さなくちゃ、せっかくここまで隠してきたんだもの...今頃バレるなんてごめんだわ。

 私は内心こう考えると、目の前で呼吸を荒くしている拓三に困り顔を向け

 「...あの、羽馬くん??何を言っているのかしら???...い~い??私にはそもそも兄弟がいないの。だから、羽馬くんが弟ってことは無いだろうし...それに、私は女よ???(笑)面白い冗談も程々にね。」

 と言い、咄嗟に話を誤魔化そうとしたがそんな私の様子に拓三は納得がいかなかったのか、じっと私の方を見つめると

 「...いや、誤魔化さないでよ!!!!アンタは、俺の兄貴だ!!くそっ...ここで言えないなら、こっちに来いよ!!!!」

 と声を荒げ、強引に私の腕を引き椅子から立ち上がらせると、周りの社員の視線を受けながら私を部屋の外へと強引に連れ出したのだ。

 そして抵抗する間もなく連れてこられたのは、会社の屋上...。

 今日は少し風が強く、肌寒かった。

 ここに連れてきて一体私をどうするつもり???...と思い、私は目の前で私の事を悲しそうな顔で見つめる拓三に、警戒心を露わにしていた。

 だがそんな私の様子に何を思ったのか拓三は、私の目をじっと見つめ

 「...兄さん...いいや、愛音。逢いたかった。ずっと...いなくなったあの日からずっと...ずっとずっと、愛音のことを探してて...でも、なかなか見つからなくて......もしかしたら、家に帰ってきてくれるかもって思ってずっと待っていたのに....結局、家にも帰ってきてくれなかった....それに連絡も....。俺は...もう一生、愛音に逢えないんじゃないのかと思って...。でも、よかった。兄さんが生きてて...死んでなくて。ほんとに良かった。兄さん...俺ともう一度やり直してくれないか??」

 と顔とは対照的に弱々しい声色で呟くと、その場にじっと身構えている私のことをぎゅっと抱きしめてきた。

 私は、拓三の行動にあの頃の酷い扱いを思い出し、咄嗟に恐怖を覚え気が付けば震える声で

 「嫌よ!!!...何のために私があなたの前から姿を消したと思っているの???私は、貴方からの偽りの愛が...たまらなく怖かった。だから、私はあの日......もう二度と貴方に逢わないと誓い、こうして性別も変えて、新しい暮らしを...第二の人生を歩んでいこうとしていたのに...!!!やっと解放されたと思った矢先...なんで、また私の前に現れるのよ!!!」

 と言い、大声で怒鳴る私に驚いた表情を向けていた拓三の身体を思い切り突き飛ばし、勢い余って床に尻もちをついた拓三を鋭く睨みつけてやったわよ。

 でも...自身のことを酷く拒絶している私に、拓三はひと言

 「愛音...好きだよ。本気で愛してるよ。」

 と甘く優しい声で囁き、私にニコッと輝くような満面の笑みを向けてきたのだ。

 私は...あの頃と全く違う拓三の様子に、一瞬戸惑ってしまった。

 だって...拓三の目が、とても偽りを言っているようには見えなかったのだから。

 自分のことを拒絶している私に....どうしてそんなに甘い囁きを????

 そんな優しい声で....甘い声で、面と向かって求められたら.....これ以上拒絶出来なくなるよ....。

 心の中で激しい戸惑いに襲われている私に、さらに追い打ちをかけるかのように拓三はとびきり優しい声色で

 「...美苗と永遠の別れを告げてきた。俺が好きなのは、今もこれからも愛音ただ一人だ。他に代わりはいない。」

 と呟き、拓三は私に有無を言わせない真剣な瞳を向け、ただ静かに私の言葉を待っていた。
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