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第2章 「橘さんについて」

「ランチタイムの橘さん」

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 「橘主任、一緒にお昼はいかがですか???」

 こう言って、パソコンと向き合っていた橘に声をかけたのは、隣の席でデータ入力を行っていた青花だった。

 「鈴風さん、もうそんな時間??…うーん、どうしようかなぁ。食べに行きたいけどぉ…『潔癖症だから行けないってことですか???』…っ!!!」

 私は、橘さんの反応を見て、つい思っていたことをそのまま口にしてしまったのだ。

 後悔しても遅い…。

 橘さんは、焦った表情をし、どう言葉を返したら良いのか分からず、迷っているようだった。

 仕事が出来る橘さんらしくない振る舞いに、ますます後悔が募った私は恐る恐るこう口にした。

 「あー、えっと…すみません。普段の様子を見て、もしかしたらそういうのかなぁって思ってて…もし違ってたらすみません。」

 私のこの言葉に、橘さんは薄ら笑いを浮かべつつ

 「鈴風さん、いいだろう。一緒にご飯に行こうじゃないか!!」

 と言うと、何かを決意した表情をし、パソコンから手を離すと、スタスタと部屋を出ていった。

 私は慌てて橘さんのあとを追うことにした。

 「…。」

 「……。」

 「おい、鈴風さん。なにか言うことはない???」

 「……えっ!あっ、そうですね。…うーん、先ほどの発言はなかったことに…。」

 「そうじゃなくて…私が潔癖症だって、なんで分かったの???」

 「……えっ、そっち!?…いや、なんでもないです。…えっとですね、ほんとになんとなくですよ。なんとなーく、そうなのかなって。」

 私と橘さんは、会社の近くにあるカレー屋さんに来ていた。

 料理を頼み、橘さんと何を話していいものか…じっと考えていると、橘さんから話題を振られ、私は半ば返答に困っていた。

 だが、橘さんは私がさっき口を滑らしてしまった潔癖症ということに興味津々だったらしく、私は『そりゃあ、部署のみんな知ってますよ??』と言いたい気持ちを抑え、なんとなくという曖昧な言葉で返したのだった。

 そんな私に橘さんは

 「なんとなくか…。なんとなくで、分かるものなのか…??…確かに私は超がつくほどの潔癖症だ。でも、部署のみんなは、何も言わないけど??」

 と言い、不思議な表情をしていた。

 私は、内心笑いたい衝動に駆られ、飲んでいた水を吹き出しそうになった。

 だから部署のみんな知ってるんだってば!!!

 と内心叫び声をあげながら、私は橘さんからそっと視線を外したのだった。

 ここのお店の売りは、福神漬けが食べ放題だというところだ。

 カレーが届き私は、福神漬けを取り皿に取り早速ご飯を食べ始めたのだが…。

 カレーは、辛さの中に甘みがあり、とても美味しかった。

 カレーを、もうひと口食べようとした時、ふと目の前が気になり、視線を前に移すと……

 「うーん、もっと下の方から…よいしょ!!はぁ…やっとカレーにありつける。」

 とこう言い、どっと疲れた表情をした橘さんが、カレーのスプーンにウエットティッシュを巻き付けていた。

 私は、まさかと思い、カレーを口に運んでいる橘さんに

 「…橘さん、今福神漬け……下の方からとってました??」

 と尋ねると、橘さんは不思議そうな表情をして

 「え???…いや、普通でしょ???」

 平然と口にしたのだ。

 いやいやいやいや、普通じゃないでしょ!!!

 なんで下から取るの!???

 ありえないでしょ!!

 意味わかんないし!!!

 こう思い、私はカレーをバクバク口にしている橘さんに

 「いや、普通じゃないですよ…!!なんで???なんで下からとる必要があるんですか!???」

 と声を荒らげ尋ねた。

 驚いた表情の私に橘さんは

 「…えっ、だって……上の方は、誰が触ってるか分からないでしょ???…ほら、自分の口にしたお箸とかスプーンでとってる人もいるだろうし…。そう考えると、下の方から取りたくなるじゃない。」

 とご丁寧に解説してくれた。

 うーん、それは考えすぎなのでは???

 いくら潔癖症でもそこまでは…。

 まぁ、確かにそう言われるとお箸でとってる人もいるかもしれないけど……。

 いや、そう考えるとちょっと嫌かも…。

 私は、橘さんの言葉に少し気持ち悪くなり、福神漬けを美味しく食べることが出来なかった。

 はぁ…橘さんに質問した私が悪いんだけど、せっかくの美味しいカレーが台無しだ…。

 あー、ズボラな私でも嫌だと思うことがあったんだなぁ。

 いやぁ、意外意外。

 私はこう考えると、残っていたカレーを口に放り込み、隣で水のグラスを紙ナプキンで、真剣に拭いている橘さんへと、哀れみの目を向けるのだった。
 
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