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引き勇

罪悪感

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 ターゲットだ。いいぞ……そのまま……動くなよ……
 と、言っても、僕が自分から近づくから意味ないのだけど。
「君……大丈夫かい?」
 引いた顔で彼は僕を見た。
 そんな顔してみるな。ホモホモしい。やめい。
「ところで君。なんで僕をずっと見てたんだい?」
「え、いや……その……」
 説明できねええええ!! 今あったばっかの人にいきなり
「死んでください」 なんて言えねええええええ!!
 罪悪感ヤベェよ……
「君、本当に大丈夫かい?」
「えっと……その……とりあえず、あそこのカフェに行きませんか……?」
 なんだこの展開。誰得だ。この展開。遠くで、キタコレ! 的な声が聞こえたのは触れずにそっとしておく。うん。触れちゃだめだな。
「今から仕事なんだが……」
「いいから! 来てください!」
 こんな展開僕は望んでいない! 嫌だ! その展開だけは……!
 その時だった。ポケットから、振動が出ていることに気付いた。
 電話だ。おそらく……花沢さんからだ。
「……もしもし」
『あ、もしもし』
 なんでこの展開なんだ。
『あ、携帯はそのまま電源を入れたままポケットにでも入れておいてください。こちらの指示が聞こえるように。あ、イヤホンも忘れずに』
 どこから見ているッ!? どこからだ!? 周りをチラチラ見て、何もないから結局あきらめた。
 まあいい、今は、この状態を何とかしなければ。
『いいですか、あなたはしばらく、その人と行動を一緒にしてください。こちらの指示があるまで、その人から目を離さないでください』
「わ、わかりました……」
「ん? 電話の相手は……上司かな? さしずめ、遅刻でもしたのかな?」
 ここは、嘘でも言っておけば大丈夫だろう。というか、嘘つかなきゃ駄目だな。嘘は時に最大の武器になる……! (と、ドヤ顔で言っているのは内緒)
「はい……お前の分の仕事は夜に回しておくと……」
「そうか、そうか。君の会社、ブラックではないようだね」
 ん……? じゃあ、まさか……
 ブラック企業の人間かよ……でも、どっちだ? 社畜側か? そこが一番の問題である。だが、社畜側でも、僕たちにとっては利益になる。
「いやぁ~、申し遅れたね。僕は、大蔵智。大企業、ワンダーコーヒーの社長だ。」
 ワンダーコーヒー!? あの!? ワンダーコーヒー。今高校生や社会人になりたての若い人たちに人気が爆発している会社だ。おそらく、売り上げで言えばここ最近じゃトップクラスだろう。僕ですらよく利用しているからな。
「そう。で、このカフェは今、点検しているんだよ。社長である僕が直々にね」
 この人を……僕に刺せというのか? 悪い人には見えないけど……ブラックな企業の原因はこの人なのか?
『伊勢谷さん、そのままその男の話を聞いてください』
「……了解」
 僕は、彼に聞こえないほどの声で、電話に答えた。
 と、言うか、電話の電池の消耗がすごいことに……
 通話料金も……
 まあ、ちゃんと向こうで出してくれるだろう。
『今は仕事のこと以外は考えないでください』
 以外にも彼女は仕事熱心だ。人が変わったように。妹さんの方かな? いや、それはないか。
「で、大蔵さん……話っていうのはですね……」
「ん? なんだい?」
『今から私が言う言葉を、そのまま伝えてください。今日から、あなたのところで働かせてください。と』
「今日から、あなたのところで働かせてください!!」
「え……?」
 いきなりすぎる。話がある、そう言って、僕は彼に話しかけ、挙句。
いきなりあなたの元で働かせろ。そう言ったのだ。そしてその後死ねなんてとてもじゃないけど言えない……殺すかは知らないけど。
「い、いきなりだね……」
「今、あなたの会社では人員が足りないと聞きました」
『いいですよ! その調子です!』
 ふっ。引きニートの会話の雰囲気の作り方をなめるなよ。(あれ? それじゃ全く何もできないんじゃ……?)いけない。変なことを考えるのはやめよう。
「そうだね……いいだろう。僕について来てくれ」
「あ、ありがとうございます!」
 案外、あっさりと受け入れてくれた。断られると思っていたんだけど……
『そのまま、しばらくは彼の指示に従ってください』
 それが、花沢さんからの最後の指令だった。
 それ以降、彼女からの連絡はない。

―――5時間後――――

 き、きつい……きついよ……
 ここの会社超重労働じゃねえか……何がワンダーだ。全然ワンダーじゃねえぞ!!
「おらぁ! どうした! お前が働きたいっつったんだろうがああ!!」
 こいつ……2重人格か? 先程の穏やかな雰囲気とは明らかに打って変って好戦的すぎる。二重人格じゃないなんて言わせないぞ。
『! 伊勢谷さん! それがそいつの本性です!』
 せやな。それ以外ないわな。
『やはり……待っててください! 今からそちらへ向かいます!』
 はい……? え? ……!?
『あと数分あればそちらにつきます!』
 えっ? えっ?
「お前! 手が止まってるぞおおお!! 仕事をしろおおおおおおお!!」
 間違いない。ブラック企業だ。
 帰れる気がしない。残業代すら出る気がしない。
 いや、残業代は勝ち取る。訴えよう。いや、さすがにそれは駄目だけど。
「す、すいません……」
「謝るなら態度で示せ! 口より手を動かせ!!」
 花沢さん……早く……!――――
     パリーン
 窓が割れる音だ。
 まさか……
「お待たせしました!!」
 来た!! これで勝てる! なんか被害拡大してるけど気にしない!
「貴様あああああ!! 私の会社の窓を良くもおおおおおおお!!」
「窓代心配するくらいなら……」
 花沢さん……? えっ? なんです、その手は? グーにしてる。それをそのまま大蔵の頬へ……
「給料出したれやああああああああああああ!!」
 フィジカルかよ! 問題解決までフィジカル一本かよ!?
「給料……だと……?」
 バタッ。彼の倒れる音だ。というか、倒れるときの断末魔が何も知らない風なあれだぞ……?
「任務完了です!」
 笑顔向けてるけど怖いよ! 花沢さん怖いよ! 殴られそう。確実に殴られそう。
「さて……伊勢谷さん、初任務ご苦労様です♡」
 背筋が凍るのはなぜだろう。何故か、彼女の周りにハートが見える。
 幻覚ですね。わかります。いや、この場合は錯乱か? もう何でもいいけど。
「なんですかー? その顔は? せっかく人がご褒美にと……」
「ご褒美……?」
 今のがですか?
「……何が不満なんですか」
 まあ、とりあえず、気持ちだけでも貰っておくことにした。

――――――

「さあ、みなさん!! 今まで貯まりに貯まった残業代ですよぉ!!」
 なんだろうか。この罪悪感は。あの社長何も悪くない気がしてきた。一方的な気がしてきた。あっ、今多分顔真っ青だ。
「あ、あなたのはこれですね!」
 彼女が笑顔で大金を配っている。なんだろう。この光景。金持ちになった気分で配ってないですか? あれは。それはあなたの金じゃないです。
「不満みたいですね」
「うおっ!? 花沢さん(妹)!?」
「なんですか。(妹)って。姉は美雨で私は晴です!!」
 初めて知りました。そうですか……美雨っていうんですか……というか、なんで名乗らなかったんだ。妹から聞けってあれだったんですか?
「で、どうでした? 初めての任務は」
「あ、う、うん……慣れないことはするものじゃないね」
「その調子で大丈夫ですか? 今日は、後3件魔王討伐が残ってますよ?」
「3件も!?」
 悪夢だ。悪夢が始まった。
 こんなのあんまりだああああああああああああああ
 あれ? 俺氏が今働いてるとこが一番ブラックじゃね?www

 だが、なんだろう。この件は、もっと深いところまで続いている気がする。でも、そんなことはどうでもいい。初任務、完了。

――???――

「ふふ……これが……あの人のスレですか……ふふ」

――――

「くぅ、疲れたぁ」
「任務、お疲れ様です」
 笑顔で僕に飲み物を差し伸べているのは、晴ちゃんだ。
 何かあると思いつつも、飲み物を受け取ることにした。
「ありがとう。晴ちゃん」
「……」
 ……? てっきり、それには激薬が入ってます。とか、それは接着剤です。とか、そんな死ぬレベルの冗談をてっきりいうと思ってたら、全く違う反応が返ってきて少し戸惑った。
「あの……ちゃん付けとか馴れ馴れしいです」
 若干引いて彼女はそう言った。そこか。そこなのか。もっと他に、言うべき突込みがあるだろう。
「えぇ……」
「ほら、まだまだ仕事があるんですから。早く飲んじゃってください」
「なんです? そのきっしょく悪い顔は」と、付け加え僕を落ち込ませようとしていたのがわかる。が、僕はその程度じゃ落ち込まない。むしろごh(((
 というか、まだあるんですか……
 正直、疲れた。
「はぁ……」
 最後に寝たのは……3日前、花沢さんに話しかけられる前だ。
 あれ以来、一切寝ずに、魔王を討伐しているのだ……
 目の下にはクマ、手は若干疲労で痺れている。足なんて、まともに動けない。これも、ワンダーコーヒーの一件のせいだ。というか、ここまで疲れの取れない重労働じゃ、ブラック企業としてもでかすぎる。どちらにせよ、倒すべき魔王だったと今では思っているくらいだ。
 そんな疲れている僕に、少し遠慮しているのか、少し元気のない声で晴ちゃんは言った。
「頑張ってください。次のが最後です。多分」
 頑張ってください。彼女は若干嬉しそうにそういった。(素直にうれしい)
 姉と言い、このことといい。この姉妹、怖い。
 ここが家ならば、「うちの会社の上司が怖いんだがww」と、言った感じのスレを立てているところだろう。というか、帰ったら立てよう。
「あれ? 美雨さんは?」
「あ、お姉ちゃんですか? 今日は休みです」
 休み……? あるのか!? なんて驚いている。驚くとこじゃないはずなのに、驚いている。な、何を言っているかわk(((
「お姉ちゃん、毎週不定期で休むんです」
「この仕事休みあるの!?」
 不定期で休むってどんな社員だよ……というか、そんな奴に注意しない上司もどうかと思うんだが……
「休みありますよ?」
 あるのか。衝撃の事実。というか、3日不眠不休なんだから休ませろください。お願いします。これ以上の重労働は死んでしまいますっ!
「さて……そろそろ行こうか」
「そうですね」
 しかし、この時僕は知らなかった。
 今回のターゲットは、生半可の覚悟じゃ挑むべきではない。と。
 何も知らずに、今回の任務のターゲットの場所へ向かった……
―――――
 一時間がたった。ターゲットの元まであと少しだ。今回も、案外楽かもしれない。というか、これ完全にいらねって仕事回されてるだけじゃないんですかねぇ……
「……伊勢谷さん、このあたりから、私は電話越しでのサポートになります」
「うん。わかった」
 本来、そのポジションはお姉ちゃんの物だからな。俺のサポートが出来ることを光栄に思え! フハハ
「中二病乙です。さて、見えてきましたよ。ターゲットが」
 華麗にスル―された。渾身の演技だったというのに。というか、電話越しで心を覗ける……!? そこまで姉妹で同じなのか……あれ? もう姉妹じゃなくて同一人物じゃね? なんて突っ込みはNG。
 まあいい。今回もちゃちゃっと方付けてやるさ。
「ここかね? 私の次の相手は?」
「はい。そうです」
 いた。隣に、秘書らしき女。そして、その秘書に仕事の相手を訪ねる少し小太りな男。今回のターゲットはあの男だな。よし、あの秘書が居ない時を狙おう。
『伊勢谷さん、ターゲットを見つけましたか?』
「うん。見つけたよ」
『じゃあ、秘書さんはこちらで手を打ちますので、そのままターゲットについて行ってください』
「うん。わかった。ところで……」
『なんです?』
「今回のターゲットは、いったいどんな奴なんだ?」
 そうだ。そこが気になる。というか、作戦がスムーズに進み過ぎている。まさか、偽装工作が得意な相手なのか? それとも、単純にたまたまなのか?
『今回の相手は、ECO社の社長です』
「ECO社!? 日本一のゲーム会社の、あの!?」
『はい。だから、今回の任務……ボーナスが出ます!!』
 おそらく、彼女は今、目がキラキラしているだろう。そう確信した。
 それは置いといて。
 通称ECO社。正式名称はEnter・Custom・Omnibus(エンター・カスタム・オムニバス社)会社名に意味は特にないらしい。社長曰く、「かっこいいなら何でもいい」らしい。
 そんなECO社でも、日本で一番と名高いゲーム会社だ。
 僕もお世話になっている。
 この会社、作るゲームがすべて神がかっているのだ。
 僕も、不自然に感じていたが……
『今回、ターゲットはどうやら、自分の会社が負けそうな会社を金の力で自分の物にしようとしているようです』
 なんて奴だ。要するに、有能な会社を金の力でどんどん吸収し、神ゲーしか作り出せず、売り上げがバンバン伸びる。そう言うことだ。汚い。さすが大手会社、汚い。
「……つまり、あの会社全体がブラックになると……?」
『そうなります。なので、契約を成立させる前に何とかしないと……』
 それは結構難しい話だったりする。あの秘書、確実に仕事に関してはエリートなのだ。あからさまに。
「……頑張るよ」
 とは言ったものの、日本一と名高い会社だ。当然、今回の任務。生半可な覚悟じゃ、命がなくなると思っておいてもいいだろう。失敗すれば裁判、成功してももうECO社の神ゲーが出来なくなる。という、究極の2択なのだ。まあ、僕はゲーム業界が争っている方が神ゲーもバンバン出て嬉しいのだけども……
『では。頑張ってください』
「うん」
 さて。ここからは、僕の仕事だ。取りあえず、休ませてくれ。って事で、後はよろしく。なんて言ってるのは冗談で、早速任務だ。ターゲット自らが近づいてくる。絶好のチャンスだ。逃さず、慎重に行こう。
「あの~……すいません」
 とりあえず、道を聞く。振りをしてどうにかする作戦だ。要するに、道を開けるそぶりを見せて実は通せんぼしている。そんな何を言っているかよくわからん状態である。
「なんだね。君は。私には時間がないのだ。どきたまえ」
「す、すいませんでした……」
 失敗した……? おまけに、ビビった。
 どうする……どうすればいい……豆腐メンタルすぎるなんて突っ込みは(((
「おい! 伊東君はどうした!」
 伊東……? おそらく、さっきの秘書だとは思うが。というか、秘書子確定だが。小さな情報だが、これが案外後々すっごい役に立ったりする。
 しばらくすると、社員(?)が社長(仮(確定)に近づいて来て、秘書子の行方を話していた。が、その言葉を聞くと、社長は激おこぷんぷん丸……になると思っていたんだけどな。
「す、すいません! 社長! また、逃げられました!」
「なんだと!? ……まあいい、お前。今日は残業で残ってもらう」
「そ、そんな……」
「口答えするつもりか!?」
「い、いいえ!」
 見ちゃいけないものを見た……なんて言ってる場合じゃない。止めなければ。目の前で、また社畜が生まれようとしている。見ているだけで吐き気が売る光景だ。
「あの……」
 もう見てられないから話しかける。社長のオーラまじ貫禄ぱねえっす。でも、その貫禄が時に、社員を失うことになうということを脳内に叩き込んでやるぜ。
「なんだ! またお前か!! どこか行けと言ったはずだろ!」
「……」
「なんだね! その顔は!」
 僕の怒りはマックスへ。もう我慢できないもんね!! やめろだって? 僕は社長が泣くまで殴るのをやめないっ!
「あんた……少しは落ち着けや!!」
 先に手が出た。いや、正確には、手を出した。
「貴様……殴ったな!? 小市民の分際で!! いいぞ! 訴えてやる! 勝負なら法廷でしようじゃないか!」
 いや。そんな暇はない。正確には、そんな余裕を与えない。法廷? ならば、さきにお前を刑務所送りにしてやる。
『伊勢谷さん!? もしかして、殴っちゃいました!?』
「ああ。もちろん」
『あちゃー……やっちゃいましたね……』
「え……?」
 ど、どういうことだ? 彼女は、「あーあ、こりゃ今回の任務失敗かなぁ……」と、小声で言っていたから、少し察した。というか、恐らく察してしまった。
『今回のターゲットは、その社長さんじゃなくて、その隣に居た、秘書さんです』
「なん……だと……?」
 な、なんですとおおおおおおおお!?!? って言う前に察しちゃったんですけどね!
「なんなんだね!! 君は!!」
「も、申し訳……ございませんでしたああああああああああ!!!」
 必殺。DOGEZA。が炸裂した。
 と、言うわけで、今から誤解を解くために必死こいて謝ります。全力で誤ります。
 読者の皆さんは、説教が嫌いだろうと見込んで、ここは見苦しいので、カットします。
(伊勢谷さん、誰と話してるの……?)

―――――

「なんだ……そういうことか。勘違いだったのか」
「そうなんです~ごめんなさい」
 ちょっと疲れすぎて変な言葉使いになる。それが、余計に火に油を注いだ感じがただならなかった……
「……許すとでも思ったか!?」
「ひい!?」
 やっぱダメなやつだ! これぇ!! と、思ったが、社長は起こる時間すらないのか、少し真剣な顔で小声でつぶやく。
「と、言いたいところだが……そうか。あの女のせいで……」
「……?」
 今回の任務。どうやら、今までの物とは違って、大変なようだ。というか、ややこしくした張本人は僕です。ごめんなさい。

ーー方そのころ――

「ふふ……伊勢谷さん……面白いです……面白すぎます……! あなたのスレは……!」
 花沢美雨は、一人で家で大爆笑していた。正直、ドン引きなくらいの顔で家で一人、スレを見ていた。しかも、全部僕の立てたスレだ。
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