彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『カフェイン中毒』 ~チェーン店によって種類がいっぱいの、琥珀色とは限らない魅惑の飲み物

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この国が悪いんだ。
いや時代が。
とにかく悪いのは私じゃあない。

「うっ」

 洒落た紙コップの中で漂う、黒々とした飲み物。  
 期待と少しの不安でそれを一口飲んでみた梨咲(なしさき)さんは、チュッという舌打ちみたいな音を出した。
 これが最高峰かと。
 しかしこれが最高峰なら合わない自分が悪いのだと、味と売り文句を飲み込む。
 問題は量だ。
 Sサイズを頼んだとはいえ、結構量がある。
 どうする、どうしようと思いつつもう一口啜る。

「…酸っぱい」

 まさか酸味系で来るとは。
 これは少し、19歳の自分には大人の味過ぎる。
 こういったコーヒーがあるとは聞いていたが、おそらく初めての遭遇だ。
 ダイレクトに味わえるようにと、外していたプラスチックの蓋を一度閉める。
 コーヒーというものにごく最近ハマり始めた梨咲さんであるから、一応砂糖とミルクは貰ってきている。
 それを、思い切って入れてみた。
 これでなんとかなるか、酸味を打ち消せるかと思うが、一口飲んで後悔する。

「しまったああ」

 思わずイートインスペースのテーブルに突っ伏すほどの後悔。
 これはこのままでも美味しいコーヒーだった。
 つまり、砂糖やミルクは余計だった。
 最初からそういう飲み方をする人以外は。
 普段の梨咲さんは、勉強や戦闘などの後でよほど糖分を欲していなければブラック派だ。
 ブラックこそコーヒーの味が楽しめると信じていた。
 ミルクや砂糖はブラックでは飲めないほど薄い、例えばアメリカンとかそういう時だ。
 完全に期待外れで完全に失敗したコーヒーを頑張って飲みきる。
 コンビニの、イートインコーナーの片隅で。
 しかし、

「ナシサキさん?今どこ?」

 今度こそ本当に舌打ちした。



「もうっ!ナシサキさんおそいよ!」

 萌桃(ももも)が小生意気にも腕組みし、プンプン顔でそう言う。
 萌桃は梨咲さんと同じ、正義の味方 セイカーズガールズの一人、ネクタリン・セイカーだが、

「っせえな!デーブ!」

 それに梨咲さんが小指で自分の耳をほじほじしながらかったるそうに言う。

「で、デブじゃないもんっ!」

 そう顔を赤くして否定するが、実際萌桃はガリガリだ。
 棒っ切れのような、ちょっと心配するくらいの細さだが小学生なら当たり前の細さだ。
 それを無視し、

「飲んできたよ」
「おっ、どうだった?」
「それがさあ、酸味系で」
「あー。そっちだったか」

 梨咲さんはもう一人の仲間、大鳥(おおとり)さんことアナナス・セイカーにリニューアルしたコンビニコーヒーについて報告する。
 酸味系と聞いて彼女もがっかりする。
 やはり一部の人にしか求められていない味なのだ。
 求めていない二人の方が一部の人かもしれないが、

「そこ!いきなりムダバナシしない!」

 萌桃が金切り声をあげて二人を叱る。
 10近くも歳下の子どもに怒鳴られている。
 そういうのが好きな方からしたらたまらない状況だろうが、梨咲さんは別の意味でたまらない。

「そういえばポータルのアイスコーヒーが新しくなったって」
「ポータル?」
「駅ナカとかで展開してるコンビニ。知らない?」
「あー。ココらへんないよね。アイスだけ?」
「たぶん需要あるんだと思う。結構電車の中とか暑いし。前より濃くなったって」
「うっそ。飲まなきゃ」
「んもぉーっ!今日集まった理由忘れたの!?」

 喋り続ける年上二人に、萌桃が細っこい身体でプンプン怒る。
 全身で怒りを表現する小学生を見て、怒りたいのはこっちだと梨咲さんは思った。
 浪人生と大学生が忙しい時間を割いて、年下メンバーの飛行訓練に付き合ってやってるのだ。
 やれやれと梨咲さんが天を仰ぐ。
 こんな天気のいい日に自分は何をしてるのかと。

 梨咲さんは自分の産まれた時代を憂いた。
 梨咲さんが転生し、セイカーズガールズの一人、ラフラン・セイカーとして目覚めた時代、国はコンビニコーヒーなるものが盛況だった。
 店で頼めばランチ代くらいするものが百円程度で買える。
 そんなものの飲み比べに梨咲さんはハマった。
 それまでほとんど口にしたことのないコーヒー。
 更に100円という値段が飲み比べには実に最適だった。
 浪人生というモラトリアム期も重なって。

 更にコンビニ側は客を呼び込むため、しょっちゅう商品をリニューアルをする。
 季節商品を展開し、豆、仕入先、焙煎方法を変える。
 それに追いつき追い越せとばかりに梨咲さんは様々なコンビニコーヒーを飲み歩いていたが、戦いの日々がそれを邪魔する、


「ドーナツ屋も最近コーヒーに力入れてるんだって」

ズシャア!
ギイィー!

「ドーナツ屋さんでコーヒーとか頼んだこと無いかも」
「じゃあいつもドーナツ食べる時何飲んでるの?
「カフェオレか、」

バシュウ!
イイイーッ!

「あとミルクティー?」
「おっこちゃまー」
「うるさいなあっ」
「最近はでも、缶のボトルコーヒーとかも」

ズブシャア!
ウギイイイ!

「業界的に頑張ってて」
「缶コーヒーってブラックはまずいんじゃないの?元々甘いやつがブルーカラーの人の糖分補給くらいにしかならないって」
「缶コーヒーじゃなくてボトルのやつ、くるくる開けるやつだよ。アレは結構ブラックでも美味しいの増えてきたよ。缶の口当たりとかでも味変わってくるし。まあ香料が入ってるのは相変わらず邪道だけど」

ガッガッガ!ガッガッガ!
ゲヒギィィ!

「ちょっとふたりとも!真面目に戦ってよ!」

 前線で殺戮トラクターを扱い、敵を狩り殺しているネクタリン・セイカーが怒鳴る。
 敵が多いのと扱いがまだまだなので、倒しきれず漏れ出てしまう。
 それを、ラフランとアナナスが後方で始末しているのだが。無駄口を叩きながら。

「そっちが真面目にやれよ!取りこぼしてんじゃねーか!」
 
 手にした殺戮植木鋏でザコ敵の首や手足を跳ねつつ、ラフランセイカーが言う。
 せっかくのアナナス・セイカーとの会話を邪魔するなという思いも込めて。
 本当ならこんな正義の味方なんてやりたくなかった。 
 だがアナナスこと大鳥さんと逢えるからこそやれた。

 そして、正義の味方というひと仕事終えた後のコーヒーは美味いからだ。



 うだつの上がらない浪人生と、すでに青春を謳歌している大学生。
 キラキラと眩しい存在で、梨咲さんからしたらあまり関わりたくない人種だが、仲間という点が二人を繋げてくれた。
 暇な浪人生は持ち前の機動力でもってコンビニコーヒーを飲み歩いた。
 その報告を大学生はなるほどと聞いた。
 梨咲さんも報告したいからという思いもあったが、各コンビニで次々展開されるコーヒー飲まずにはいられなくなっていた。

 食後のコーヒー、少し蒸し暑い時のアイスコーヒー、砂糖とミルクを入れてみる時の冒険心。
 エスプレッソとドリップの違い。
 各店のアイスコーヒーの濃さ、飲みやすさ。
 マシンの使いやすさ。
 カップの厚み、デザイン。
 カフェオレとカフェラテの違い。
 たかだかコンビニコーヒーでも全く違う。
 予備校の勉強はつまらないが、知的好奇心をくすぐった。
 それらを体験し、報告するのが楽しかった。

 そして一通り飲み終わると、大鳥さんが言っていたボトル缶コーヒーにも手を出し始め、



ガシャーン!

「うっ」
「もうナシサキさん何やってるの」

 改札を抜けた先で萌桃がプンスカ怒っている。
 今回敵が現れたのが三人がいる地元からだいぶ離れていた。
 まだ萌桃の飛行が暗転しない、プラス雨降りなのもあり、電車移動となったのだが、

「チャージが…」

 梨咲さんのICカードはチャージ切れを起こしていた。
 おかしい、以前入れたばかりなのにと思いつつも駅員のところへ向かった。

「さっきのさあ」
「なに?」
「チャージ切れてたの、コンビニでコーヒー買いまくってるからじゃない」
「あー、そうかも」

ザシュウ!
イーっ!

「もうさぁ、ドリップのとか買って家で飲んだら?飲み比べとかじゃなくてフツーにコーヒー飲む量増えてるでしょ」
「ドリップって?」
「ドリッパーっていう、穴開いたコーヒーカップみたいのあるじゃない」
「あー、はいはい」
「アレにコーヒーフィルターっていう紙のやつ敷いて、コーヒーの粉ザーって入れてコーヒー淹れるやつ」

ブチィ!
ギィィィっ!

「ああいうのって豆挽かないとダメなんじゃないの?」
「いや、挽いたやつ売ってるから。インスタントと間違えがちなやつ。わざわざちゃんと書いてある」
「そうなの?いちいちお店で挽いてもらわなきゃいけないんだと思ってた」

バチンバチンっ!
ギャイイイイ!

「ただねー、コーヒーってハマると結構厄介なもんで。こだわり過ぎちゃうというか」
「へー」
「種類だけでもたくさんあるし。この前言った酸味とかフルーティー系とか。あと道具とかも。ソーサーとドリップ用の紙あればいいんだけど、ネルドリップとか、あと豆挽くやつ。自分で豆買ってきて挽くってなった場合手動のか電動のかどっちにするかみたいな」
「あ、手動のは見たことある。小さい引き出しついててハンドルゴリゴリするやつ?」
「そうそう」
「あれ可愛いよねっ。インテリア感あるし」
「だからそういうところからハマってっちゃって抜け出せなくなっちゃって。ただコスパとか考えると家で水出しコーヒーとか作って持ち歩くってのもいいかもね」
「水出し?」
「うん。寝る前に仕込んどいて朝ぐらいに出来てるやつ。時間かかるけど美味しいよ、ホットでもアイスでも。アイスだと氷で薄まっちゃうけど水出しだとそのまま飲めるからそれがないし、ホットだと淹れたやつ時間経つと苦味出ちゃうけど水出しだとそれが無いし」
「なにそれ!いい事ずくめじゃーん」
「二人とも真面目に戦って!」
 
 豪雨の中、殺戮トラクターを操るネクタリンセイカーから怒号が飛んだが、わりといつもの光景だった。


 大鳥さんはいろんなことを梨咲さんに教えてくれた。
 現役大学生が、浪人生に。
 授業以外の、人生を豊かにすることを。
 コーヒー以外の大事なことを。

 そんな日々を、二人は過ごしていたが。



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