彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『氷食症』 ~うぃースクリーム

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「はわっ!これ美味しそう!」

 学校帰りに寄ったコンビニで。早希がアイスの入れられた冷凍ケースを覗き込み、嬉しそうな声を上げる。
 お宝発見!とばかりに。
 それに文華(ふみか)はまたあ?いう顔をする。
 飲み物を買うだけだったのに、この店舗は飲み物コーナーとアイスコーナーの距離が近かった。
 つまり早希にとっての誘惑もすぐ、目の前なわけで、

「あっ!こっちも!」
「えー?ちょっとー」

 早希はこれも、と別の美味しそうなアイスを摘み上げる。
 一個ならばまだわかる。その場で、あるいはこれから向かう場所で食べればいい。
 しかし二個となると話が違ってくる。
 今は近くのモールにある休憩スペースでテスト勉強をしようと飲み物を買いに来ただけなのだ。

「帰りに買いなよー」
「帰りここ寄る?」
「でも、コンビニ限定って書いてあるしさ」

 文華がアイスコーヒーに掲げられたポップを見る。
 美味しそうなアイスその1はここのコンビニと有名メーカーのコラボ商品だ。
 早希の家の近くにもこのコンビニのチェーン店はある。
 その1はそこで買えばいいだろうと。

「そっか。じゃあ…、でもなあー」

 どうしてもこの場で一個買いたいらしい。
 しかしモールに向かう方法は自転車で、着いてから食べたとしたら溶けてしまうかもしれない。
 店の前で食べるとしたら文華を待たせて申し訳ないのだろう。
 わりといつものことなので文華は気にならないが。

「帰りに買って、ご褒美にしたら?」

 文華がそう提案するが、やはり早希は今食べたいらしい。

「……コンビニアイスは一期一会」
「早くしなさいよっ!」

 わけの分からない事を言う早希を、買うなら買うでさっさとしろと文華がお母さんみたいに怒る。


「アイス、週にどれ位食べてんの?」

 結局アイスは自転車のカゴに入れて大急ぎでモールに向かい、着いた先で心置きなく食べる、という策を取った。
 そしてモールの休憩スペースでの勉強の傍ら、そう訊いてみたが、

「そんなにはだよ」
「どれ位?」

 早希はうぅー?と誤魔化すように唇を尖らせ、明確な数を言わない。
 中毒患者によくあるやつだ。
 しかし実際に早希のそんなにはだよ、というのは当たっている。
 早希は一度食べたアイスは食べない。
 なるべくいろんな種類、メーカーのアイスが食べたいからだ。
 しかし、季節限定などといったものがあれば迷わず買う。
 コラボアイス、特に昨今のコンビニ系は高級志向なのか300円するのもザラだ。
 同じのを買うより、金銭、摂取してしまう乳脂肪分は新作など見たこと食べたことがないアイスに回したいらしい。

 おまけに、アイスが好きでも実際には早希は一度にそんなに量を食べられないのだ。
 カップのアイスなら最低でも家で、三回に分けて食べるらしい。
 棒アイスでも最低二回。
 だが外でなら一度に食べきらなくてはならない。
 後半はしんどそうで、食べる?と文華も敗戦処理を任されたこともある。
 そんな決まりによってか食べる量や買う数は抑えられている。

 が、食べる量や数が問題なのではない。
 早希は家の冷凍庫にアイスのストックがないと落ち着かないのだ。
 先程のも今食べたいではなく、おそらく冷凍庫のアイス在庫がないから買い足さなきゃという強迫観念めいたものからだ。
 そんな中で、早希はいい策を見つけた。


「最近は…、箱、で買ってるし」
「箱?ああ」

 買ってるうちに気づいたらしい。箱アイス、マルチアイスで買えば安上がりだと。
 あれならスーパーによっては200円しない。量も5~10本入りといい感じに多い。
 早希はアイスは一日一個までなんて決まりはもう守っていない。
 真夏などは学校から帰って一個、夕飯終わりに一個、お風呂上がりに一個食べる。
 10個入りなら3日は持つ。
 これならと思っていたのだが。

「あれ?でも対策は上手く行ったの?」

 早希が箱アイスに手を出さないのには理由があった。
 家族に食べられてしまうのを危惧しているのだ。 
 早希の家族は早希含め五人家族。
 あれは言ってみれば家族用アイスだ。一人で食べるものではない。

「箱にでっかく名前書いといた」

 しかしそれも箱に名前を書くという、日本古来より伝わる対策法で乗り切ったらしい。
 あるいは早希が買うのがエッジの効き過ぎたチョイスだから誰も取らないのか。

「でも嵩張らない?あれ」

 文華の家にもああいった箱アイスを母親が買ってきたことがある。恐らく小さい頃だ。
 だが自分も家族も特別アイス大好きというわけでもなく、やはりアイスは一日一個までという決まりがあったので、消費がゆっくりでずっと冷凍庫にあった。
 そしてかなり場所を取っていた。

「すぐ食べきっちゃうし、開けたらすぐ箱潰すし。嵩張るんだったらたぶん、バラ売りアイスの方が邪魔かも」
「ああ、そう」

 家族も早希のアイス中毒を知っていた。
 嵩張るバラ売りのアイスで冷凍庫を占領するよりは、と思ったのか。

「でも箱系ってそんなに新商品出ないからさあー」

 頬杖を突きながら、やれやれ困ったなあーというふうに早希が言う。
 ストックがなくならないように買い、一度買ったものは買わない、冷凍庫は自分ひとりで占領しないように。
 それらの何が難しいかというと、早希の場合はアイスがないと落ち着かない、のに買うアイスが無いということだ。
 文華はふと、保健室で先生達とした会話を思い出していた。

 
「それ、氷食症じゃないの?」

 保健委員の仕事の合間にアイス好きの友人の話をすると、保健の先生にそう言われた。

「あ、知ってる!女の人って体温が高いから、口の中に冷たいもの入れて体温下げるんでしょう?」
「あと鉄分不足っていうのも理由として言われてるけど。話聞いてると強迫症っぽくもあるけど」

 同じ保健委員の子がそう言い、先生が付け足す。
 高体温、鉄分不足。何となく分かる。
 アイスがないと落ち着かないところからくる強迫症云々というのも。

「それってキケンなんですか?」
「まあカロリー…、はでも自制してるみたいだし。食べ過ぎ…、も自制してるみたいだから。でも強迫観念が出ないように買いだめしちゃうと…」

 言いながら先生が考えこんでしまう。
 放置していいのか止めた法が良いのかわからないらしい。

「代わりに氷食べさせたらいいのかな」
「それだと逆にダメなんじゃないの?逆に寄せちゃってない?」

 対策を練ろうとするが、同僚に言われてああそうかと納得する。

「じゃあ鉄分?」
「レバー?」
「レバーかあ…」

 レバーなんて好きな子だったろうかと考えていると、

「もしかして、クリーム系のじゃなくて氷系のも食べてない?」

先生がそんなことを訊いてきた。

「氷系?」
「かき氷とか。昔から有るようなカップのやつ。暑い時に食べると美味しいのよあれ。そんなに甘過ぎなくて」

 甘過ぎなくて美味しいがまだよくわからない文華は、そんなもんかと思うが、

「あと私の場合だと、アイスキャンディーかな。ああいうの好きで食べるようになったかな」
「えっ…」

 アイスキャンディーなら文華も一度くらい食べたことがある。薄いジュースのような味だった。
 アイス、というものからイメージする、ミルクとかチョコとか乳脂肪分からは程遠い味だった。
 豊かではない時代の、戦後か戦前の人が好むような味だなと思っていたのだが。
 そんな感想をそのまま言うと、先生は苦笑いしながら、

「昔は私もそうだったの。田舎で親戚のおばちゃんが出してくれるようなものってイメージで。でも大人になってから急に冷たいの食べたいな、でも甘過ぎるのやだなって試しに買ってみたらちょうどよくて」

 だから、早希ももうその域に達しているのではと先生は言った。



 
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