彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『携帯ゲーム型腱鞘炎』 ~彼女の中指が勃たない

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 紗月(さつき)はとあるゲームソフトの大ファンだった。
 小学生の頃に出逢って以来、新作が出るたびに入手し、過去作もプレイした。
 いわゆるテレビと繋げてやる据え置きハード用ソフトではなく、持ち運べる携帯ゲーム機専用のソフト。そのため寝ている時以外はちょっとした暇さえあればプレイしていた。
 それは女子高生になり、同性の恋人が出来ても当然のように変わらない。
 十字キーの上を、LRボタンを、親指と人差し指が忙しく這いまわり、押しまくる。
 傍から見れば慣れたゲーマーの手つきだが、紗月は上手くはなかった。

「おい」
「なに?」
「おい」
「なにって」
「かまえよ」

 機嫌の悪い声に、紗月がケータイと携帯ゲームを手にしたまま恋人の汐音(しおん)の方を振り替える。
 自室のベッドの上に彼女と二人きりなのに、沙月は出たばかりの新作ゲームをやっていた。
 ちょっとだけやらせてと言ってゲームをやり出して30分。わからないところを同じソフトをやっているクラスの男子にメールで聞き、更に10分。
 最初こそ、これは当分かまってもらえないなと雑誌を見たりケータイをいじっていた汐音だが、紗月のちょっとがちょっとでないと気付き始めた頃にはベッドに座らせ、無理やり膝枕をさせたりちょっかいを出していた。
 それも効かないとなると実力行使に出た。正解にはもう出ていた。

「あー、もうちょっと待って」
「おっぱい見えてる」
「えっ?わお」

 汐音はゲームをしている紗月の制服ブラウスのボタンをすべて外していた。
 なんとなく気付いてはいたが、ブラが見えてお腹が涼しくてもゲームをやめなかった。
 そんなことよりさっきクラスの男子に聞いたアイテムの場所に早くいきたかった。隠しアイテムを早く手に入れたかった。

「なんだよ、もー。エッチしたいの?」

 ボタンを留めながら紗月が訊く。そのものズバリの欲求を問われて汐音が一瞬言葉に詰まる。しかし、

「したいよ」

 そこは素直に言う。最近はタイミングが合わず、ずっとお預けだったからだ。二人しかいない場所で気取っても仕方ない。

「うーん」

 気の乗らない返事をしつつ、仕方ないというように紗月はやりかけのゲームをセーブする。そして携帯ゲーム機の電源を、落とさず後ですぐ再開できるようにとスリープモードにした。それを名残惜しそうに床にそっと置くと、

「よし。お、う」

 待ちかねた汐音に抱きつかれ、そのままベッドに押し倒された。
 今日は、汐音からだった。


 ゲームのし過ぎでドライアイ気味だった目が、快感の余韻で潤む。
 ちょうどいいな、と紗月は白く靄がかかる頭で考えていた。
 潤んだ瞳で汐音の方を見ると、満足そうだけれど期待の籠った目と合った。気持ちよくさせた、次は自分の番だ、と言ってくる目と。
 紗月がまだあまり力の入らない腕を汐音の身体に回すが、体力の有り余っている腕で抱き返された。

「もうちょい、待って」

 くたりとした声で紗月が言うと、いいよとばかりに汐音は髪を梳いてやる。
 いつものように攻守の入れ替えは上手くいかない。恋人の鼓動が落ち着くまで汐音は待つ。
 中学三年間を帰宅部で過ごした紗月と、同じ時間を運動部に費やした汐音とではスタミナが違いすぎる。それは仕方ない。
 それよりも汐音は、自分の胸にあたるトクトクという早過ぎる音が愛おしかった。
 普段はゲームという虚構世界でぼんやり生きている恋人の、一番人間らしい部分。
 同時に許容しきれない快感に心臓が悲鳴を上げている音だ。
 その快感を与えたのは他でもない自分だ。

「よし」

 ようやく呼吸と鼓動が落ち着くと、今度は紗月が汐音の上に覆い被さるようになる。
 いつものように唇を柔らかく重ね、全身に優しく触れ、全身に口付けていく。
 紗月の手が徐々に下の方へと伸びていく。
 恋人を攻めている時から汐音の奥はもう準備が出来ていた。
 ゆるゆると紗月の小さい、細い指が濡れた部分を撫でるが、妙だった。
 汐音の頭と下半身がおかしな事態を察知する。違和感、体温、何かが引っ掛かる。
 現に紗月の指は勝手がわからないというように戸惑い、ぶつかり、引っ掛かるように汐音の奥に入ろうとしている。

「何?どうしたの?」

 身を起こした汐音は、違和感の正体に気づいた。

「なんで左手なの?」

 問われた紗月がばつが悪そうな顔をする。
 汐音の入り口を捉えているのはいつもの右手さんではなく左手氏だった。あまり、というよりほとんど馴染みがない。

「いや、たまには気分変えよっかなーと思ったんだけど…。変、だった?」

 紗月の目を真っすぐ見ながら汐音が頷く。

「痛い?」

 少し考え、汐音が首を横に振る。

「そっか。じゃあ」

 その答えに紗月が身体を下にずらし、恋人の足の間に入ろうとするが、

「ちょっと待ってっ」

 汐音に止められ、行儀の悪い犬のように舌を出したまま固まる。

「右手でしてよ」

 紗月の利き手は右だ。だからいつものように右手でやってくれればいい。それがなぜいきなり口でするのか。
 汐音としては別にしてくれても構わないが、それだと早く、あっという間に終わってしまう。
 久しぶりなこともあって、汐音はもっとゆっくり楽しみたかった。じっくり攻めて欲しかった。

「右手は、ちょっと」

 紗月が一向に使おうとしない右手をぶらぶらと振る。
 それだけで、汐音はもう理由がわかった気がした。
 怪我ではないようだ。爪を切っていないわけでもない。
 かといってささくれが出来て粘液が沁みるというわけでもなさそうだ。
 汐音の視線に気付き、紗月が観念したように言う。

「鎮痛剤塗っちゃったんだ、さっき。汐音がトイレ行ってる間に。だからたぶん染みると思うよ。一応粘膜だし」

 紗月が床の方を顎で示す。見るとスティックタイプの液体鎮痛剤が転がっていた。

「どうしたの?痛めたの?」

 鎮痛剤を塗るほど手が痛いとなるとそれなりに大事だ。
 しかし心配そうに訊いてくる汐音から目を反らし、紗月ははっきり言おうとしない。

「なに?」

 こんな尋問をしている間に気持ちと身体はどんどん乾いていく。汐音は徐々に苛立ち始めていた。

「…腱鞘炎で」 

 そっぽを向いたまま紗月がぽそぽそと言う。その姿はお母さんに怒られている子供のようだった。

「腱鞘炎…、あっ」

 汐音はすぐにその原因に気付く。買って以来紗月がずっとプレイしていた携帯ゲームのソフト。
 学校でも男子と一緒に通信プレイをしていた。
 たびたび本人も昨日も夜中までやっちゃった、と言っていた。
 夜、メールの返事が遅かったり、電話をしても上の空なこともあった。
 汐音の髪がざわざわと逆立つ。当然怒りにだ。

「馬鹿っ」

 ゲームのし過ぎで腱鞘炎になるなんて、あまりに幼稚で馬鹿だ。汐音が怒っているのは、当然恋人の身体を労ってのことでもあり、同時に満足のいく行為が出来ないことに対してだ。
 自分達にとって指は重要な役割をする。怪我ならまだしも自業自得過ぎる。
 おまけにそんな状態になってまでまだ薬を塗りながらゲームをしていたのだ。
 怒鳴られ、怒られた紗月がふてくされた顔をする。
 怒られるほどゲームをし、怒られたらふてくされる。まるっきり子供だ。汐音がため息をついて言う。

「もうゲーム没収」
「えっ!?やだよ!」

 ふてくされた子供から、紗月が今度はお母さんにゲームを取り上げられ慌てる子供になった。

「手ぇ痛くなるまでやってんでしょ?ダメに決まってんじゃん」
「やだよ!やっとステージ6までいったんだから」
「ちゃんと治ってからやりなさいよ!」
「いやだ!ただでさえみんなから遅れてんのに」

 口で言ってわからないならと汐音がゲーム機を取ると、紗月が取り返そうとし、ベッドの上で取り合いになる。
 裸で、女の子同士が。さっきまで行為の最中だった恋人同士が。
 取り替えそうと紗月が伸ばした右手を汐音が掴むと、紗月が顔を歪ませる。
 それを見て汐音がすぐに手を離す。怒りと不安が一緒になった顔で。

「やっぱ痛いんじゃん…」
「痛いっていうか…、なんかダルい」

 解放された右手を、紗月がさっきのように振り、左手で筋に沿ってマッサージをする。
 手の甲から手首を進んで腕の筋肉に至るまで。
 右手首を外側に反らして90度に曲げ、指全体を左の手のひらでぐっと押すようにストレッチする。それが終わると右手首を下向きに直角に曲げ、手の甲を左の手のひらでぐっと押し、手首を内側に曲げるようにストレッチ。
 考えればそれは最近よく見る光景だった。紗月はよく右手の筋をマッサージしていた。
 授業中、体育の後、放課後、ファーストフード店で話している時。
 なぜ気づかなかったのか。こんなに近くにいるのに。近くにいたのになぜ。
 自己嫌悪と後悔と罪悪感で、気付けば汐音はすっかり萎えていた。
 ゲーム機を置くと、腕を伸ばしてベッドの下に落としたブラを取る。それを見て紗月が慌てる。

「続きしないの?」
「しないよ」
「なんで?まだイッてないでしょ?」
「だって、わっ」

 肩を押され、ブラを付けようとしていた汐音がベッドに倒された。その隙をついて紗月が足を開き、間に顔を埋める。

「ちょっと!」

 足は腕でホールドされ閉じられない。乾いてしまったと思っていたそこは、すぐに柔らかな刺激によって潤っていく。
 怒りに満ちた声も次第に濡れていく。こんな誤魔化すようなやり方は、汐音は嫌だった。
 しかし身体は拒否せず、受け入れてしまう。
 手で恋人の頭を押し返しても、結局は柔らかな髪に指を差し入れてしまう。
 そもそもなぜ拒むのか。気持ちいい。それならいいじゃないか。
 汐音の思考はすぐに快感に支配された。
 結局のところやり様はいくらでもある。挿入する性器がなければ手で。手が使えなければ他で。
 固定観念なんて、くだらなかった。



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