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『片付けられない病』 ~45リットルゴミ袋27個分の愛情
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「たまには櫻んちでしようよ」
いつものように映実の部屋の二段ベットで事に及び、気怠い余韻に浸っていた時。
「だからあたしの部屋すんごい散らかってるんだって」
櫻が怒ったように言う。それは最近、行為の後にいつも繰り返される会話だった。
映実がいつも寝ている二段ベット、その下の段。櫻と映実は布団の上で壁に寄りかかって座っていた。
そこから見えるのは、まだ小学校に通う映実の妹の学習机と、シールが剥がれた跡がある洋服ダンス。壁に貼った日本地図。本棚には背表紙が刷りきれた絵本。
自室というより子供部屋と言っていい空間。
高校生にもなって小学生の妹と相部屋というのも恥ずかしい。そして高校生になった今では、妹が寝ている上の段の天板に頭がつきそうだった。
自分の部屋が欲しいと言っても、映実の住宅事情ではそれは叶わない。
彼氏が出来た時に恥ずかしい、と母親に言っても、そういうことは彼氏が出来てから言いなさいと言われる始末。実際には彼女がいて、親に隠れてすることもしているのだが。
「思わず言いそうになったよ。彼女いるって」
「言ったの!?」
「だから言いそうになっただけだって」
言いながら映実が櫻を抱き寄せる。なんとなくだが映実は自分のセクシャルのことを親には言わないつもりでいた。もっと大人になって親元を離れてからなら言ってもいいだろう。もしくは向こうから聞かれたらだ。
シャツのボタンを緩く留めた櫻の首筋に、映実が口付ける。
事が終わるやいなや、二人ともきちんと下着を付け、シャツを着て、制服のスカートを穿いてベットに座っていた。いつ映実の妹が帰ってきてもいいように。
健全な子供部屋には鍵などついていない。
しかし不健全な子供部屋に、妹が友達をつれて帰ってくるかもしれない。
さすがに幼い妹に、姉が裸で女の子と抱き合っている姿は見せられない。そこにはいつ帰ってくるか、などというスリルはない。単に鬱陶しいという思いだけだ。
「ちょっと、ダメだって」
首筋に口付けながら、映実が櫻のシャツの裾から手を差し入れてくる。身を捩りながら櫻がそれを拒否する。
映実の部屋で出来るのはせいぜい一回。それ以上は妹か母親が帰ってくる可能性が格段に高くなる。
「だからぁ、櫻の部屋ですれば時間とか気にせずできるでしょっての」
映実が焦れたように言う。
「だからあたしの部屋は散らかってるの!」
「だから気にならないって」
「気になるとかのレベルじゃないの!足の踏み場もないんだから!大体何なの映実!単にやりたいだけじゃん!」
それを言われると毎回映実は言葉に詰まる。 実際そうなのだから言い返せない。そして、
「片付ければいいじゃん」
映実が拗ねたようにそう言って、
「だから片付けられないんだって」
櫻もそっぽを向いてそう呟く。
そうこうしているうちに映実の妹が帰ってきて、櫻は帰ってしまう。最近の二人はそんな感じだった。
深夜2時。映実は二段ベットの下の段で考える。夕方の櫻との情事で、身体はほどよく疲れていた。
眠気はある。しかし頭は冴えていた。
情事の後は裸で抱き合って眠りたい。ただそれだけだった。映実は行為そのものを特別したいという訳ではなかった。
時間を気にせず素肌で櫻の体を抱きしめていたいだけだ。
高校生という身分上、朝まで一緒にいるのはなかなか難しい。女同士という立場を利用し、旅行やお泊まりなどという方法はあるが、もっと手っ取り早く。
その手っ取り早い方法が櫻の部屋だった。なのにー。
「どんだけ散らかってんだよ」
そう呟いて映実が寝返りを打つ。古い二段ベッドがぎちりと鳴った。
行為に及んでいる最中もぎしぎしと音を立てた。それが嫌だった。
妹も寝る二段ベッドで事に及ぶ。
そのことでたまにどうしようもない罪悪感に苛まれる。
散らかってるなら片付ければいい。なぜそれが出来ないのか。
「…そうか」
片付けられないなら。それが出来ないのなら。
『ちょっと櫻の部屋写メして』
翌朝、映実は櫻にそうメールを送った。
用件はごくごく簡単だ。
登校前に、散らかっている自分の部屋をケータイで撮って送るだけ。いくら朝の忙しい時間でも、一分もかからない。しかし、返ってきたメールは、
『なんで』
怒りが見え隠れする疑問だった。
『どれぐらい散らかってるのかなって。なんだったらあたし片付けるの手伝うし』
『だから片付けられるレベルじゃないんだって。ベットの上とか服まみれだし』
送られてきたメールに、今度は映実が首をひねる。
『じゃあ服の上で寝てんの?いちいちどかして?』
今度はメールが返ってくるまでに、少し時間がかかった。
『お姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんのベットで寝てる』
櫻の姉は大学生で、今は家を出ていた。わざわざ寝る時だけ姉の部屋に行ってるということだろうか。
映実の脳裏に、ある二文字が浮かぶ。それは本来、病気の人に向けられる言葉。
つまり、重症。
『櫻の部屋、広さどれぐらいだっけ』
『八畳』
「八畳…」
映実が自分の部屋を見回す。
自分の部屋、というより子供部屋は六畳だ。二段ベッドを置いた状態で。
そこに姉妹の机2つと、本棚、タンス。その他諸々。
二人で六畳。櫻は一人で八畳。
自分が生まれた環境を呪いつつ、映実が再度メールを送る。
『いいから写メして』
『ほんとダメ。絶対引くから』
これだけ嫌がるとなるとどうにかしてでも見たい。
映実が櫻の家に行っても通されるのはせいぜいリビングまでで、櫻の部屋は絶対に立ち入り禁止だった。
自分の部屋だと通されたのが姉の部屋だったということもあった。
事に及ぼうとして拒否され、理由を聞いたらここは姉の部屋で、今自分達がいるのは姉のベットだからダメだと言われた。
『絶対引かないから。っていうかそれだけ散らかってるなら逆に片付けなきゃダメじゃん』
映実がそう送ったきり、メールは途切れた。
これはもう返ってこないか、と映実は仕方なく家を出る。続きは学校で説得するしかない。そう考えながら映実が団地のエレベーターホールに向かうと、
『わかった絶対引かないでね』
という件名とともに写メが送られてきた。
「……これは」
それは、その部屋は想像以上だった。
床は雑誌や服、パジャマ、コート、カバンが散乱し、ケースから飛び出たCD、空なのに捨てていないティッシュ箱、茣蓙クッション、そして数本のマフラーがヘビのようにのたまっている。
他にも服屋の紙袋、一緒に行った映画のパンフレット、ダンボール。
真ん中にあるローテーブルにはペットボトルと化粧品。
ベットの上には服が山と積まれ、枕がある辺りにはぬいぐるみと外国のクッキー缶。
冬なのにタオルケットが服にぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。
ベットの反対側の壁際にはスチールラックがあり、コンポとテレビが置いてあるようだが、手前にいくつものベルトやネックレスがぶら下がり、そのもの自体は見ることが出来ないし使えない。
空いたスペースには無尽蔵に雑貨が押し込まれていた。
ラックの隣には本棚があるが、漫画が巻数やタイトルがめちゃくちゃに、でこぼこにしまわれ、棚の前にも漫画が積まれて雪崩が起きていた。
部屋の奥にはソファがあり、かろうじて白のソファとわかるが、これまた服やスカートやシャツが占領していた。
カバン掛けにはショップ袋やコートが掛けられ、部屋の隅にはブランドものの空の靴箱がタワーを成していた。
勉強机には開いて無さそうな教科書やノートが積まれ、置いてあるパソコンのモニターが見えない。
床が見えている部分がない。
送られてきた写メをズームし、拡大し、映実はそれが何であるかを一つづつ確認していく。
とても不潔で、不健康きわまりない空間だった。人が生活する場所ではない。
『大丈夫。大したことないじゃん』
写メを見終わった後、映実は慌てて櫻にそう送った。そして気になることが一点。
「…あたしこんなに服ないよ」
それはメールには書かなかった。
いつものように映実の部屋の二段ベットで事に及び、気怠い余韻に浸っていた時。
「だからあたしの部屋すんごい散らかってるんだって」
櫻が怒ったように言う。それは最近、行為の後にいつも繰り返される会話だった。
映実がいつも寝ている二段ベット、その下の段。櫻と映実は布団の上で壁に寄りかかって座っていた。
そこから見えるのは、まだ小学校に通う映実の妹の学習机と、シールが剥がれた跡がある洋服ダンス。壁に貼った日本地図。本棚には背表紙が刷りきれた絵本。
自室というより子供部屋と言っていい空間。
高校生にもなって小学生の妹と相部屋というのも恥ずかしい。そして高校生になった今では、妹が寝ている上の段の天板に頭がつきそうだった。
自分の部屋が欲しいと言っても、映実の住宅事情ではそれは叶わない。
彼氏が出来た時に恥ずかしい、と母親に言っても、そういうことは彼氏が出来てから言いなさいと言われる始末。実際には彼女がいて、親に隠れてすることもしているのだが。
「思わず言いそうになったよ。彼女いるって」
「言ったの!?」
「だから言いそうになっただけだって」
言いながら映実が櫻を抱き寄せる。なんとなくだが映実は自分のセクシャルのことを親には言わないつもりでいた。もっと大人になって親元を離れてからなら言ってもいいだろう。もしくは向こうから聞かれたらだ。
シャツのボタンを緩く留めた櫻の首筋に、映実が口付ける。
事が終わるやいなや、二人ともきちんと下着を付け、シャツを着て、制服のスカートを穿いてベットに座っていた。いつ映実の妹が帰ってきてもいいように。
健全な子供部屋には鍵などついていない。
しかし不健全な子供部屋に、妹が友達をつれて帰ってくるかもしれない。
さすがに幼い妹に、姉が裸で女の子と抱き合っている姿は見せられない。そこにはいつ帰ってくるか、などというスリルはない。単に鬱陶しいという思いだけだ。
「ちょっと、ダメだって」
首筋に口付けながら、映実が櫻のシャツの裾から手を差し入れてくる。身を捩りながら櫻がそれを拒否する。
映実の部屋で出来るのはせいぜい一回。それ以上は妹か母親が帰ってくる可能性が格段に高くなる。
「だからぁ、櫻の部屋ですれば時間とか気にせずできるでしょっての」
映実が焦れたように言う。
「だからあたしの部屋は散らかってるの!」
「だから気にならないって」
「気になるとかのレベルじゃないの!足の踏み場もないんだから!大体何なの映実!単にやりたいだけじゃん!」
それを言われると毎回映実は言葉に詰まる。 実際そうなのだから言い返せない。そして、
「片付ければいいじゃん」
映実が拗ねたようにそう言って、
「だから片付けられないんだって」
櫻もそっぽを向いてそう呟く。
そうこうしているうちに映実の妹が帰ってきて、櫻は帰ってしまう。最近の二人はそんな感じだった。
深夜2時。映実は二段ベットの下の段で考える。夕方の櫻との情事で、身体はほどよく疲れていた。
眠気はある。しかし頭は冴えていた。
情事の後は裸で抱き合って眠りたい。ただそれだけだった。映実は行為そのものを特別したいという訳ではなかった。
時間を気にせず素肌で櫻の体を抱きしめていたいだけだ。
高校生という身分上、朝まで一緒にいるのはなかなか難しい。女同士という立場を利用し、旅行やお泊まりなどという方法はあるが、もっと手っ取り早く。
その手っ取り早い方法が櫻の部屋だった。なのにー。
「どんだけ散らかってんだよ」
そう呟いて映実が寝返りを打つ。古い二段ベッドがぎちりと鳴った。
行為に及んでいる最中もぎしぎしと音を立てた。それが嫌だった。
妹も寝る二段ベッドで事に及ぶ。
そのことでたまにどうしようもない罪悪感に苛まれる。
散らかってるなら片付ければいい。なぜそれが出来ないのか。
「…そうか」
片付けられないなら。それが出来ないのなら。
『ちょっと櫻の部屋写メして』
翌朝、映実は櫻にそうメールを送った。
用件はごくごく簡単だ。
登校前に、散らかっている自分の部屋をケータイで撮って送るだけ。いくら朝の忙しい時間でも、一分もかからない。しかし、返ってきたメールは、
『なんで』
怒りが見え隠れする疑問だった。
『どれぐらい散らかってるのかなって。なんだったらあたし片付けるの手伝うし』
『だから片付けられるレベルじゃないんだって。ベットの上とか服まみれだし』
送られてきたメールに、今度は映実が首をひねる。
『じゃあ服の上で寝てんの?いちいちどかして?』
今度はメールが返ってくるまでに、少し時間がかかった。
『お姉ちゃんの部屋で、お姉ちゃんのベットで寝てる』
櫻の姉は大学生で、今は家を出ていた。わざわざ寝る時だけ姉の部屋に行ってるということだろうか。
映実の脳裏に、ある二文字が浮かぶ。それは本来、病気の人に向けられる言葉。
つまり、重症。
『櫻の部屋、広さどれぐらいだっけ』
『八畳』
「八畳…」
映実が自分の部屋を見回す。
自分の部屋、というより子供部屋は六畳だ。二段ベッドを置いた状態で。
そこに姉妹の机2つと、本棚、タンス。その他諸々。
二人で六畳。櫻は一人で八畳。
自分が生まれた環境を呪いつつ、映実が再度メールを送る。
『いいから写メして』
『ほんとダメ。絶対引くから』
これだけ嫌がるとなるとどうにかしてでも見たい。
映実が櫻の家に行っても通されるのはせいぜいリビングまでで、櫻の部屋は絶対に立ち入り禁止だった。
自分の部屋だと通されたのが姉の部屋だったということもあった。
事に及ぼうとして拒否され、理由を聞いたらここは姉の部屋で、今自分達がいるのは姉のベットだからダメだと言われた。
『絶対引かないから。っていうかそれだけ散らかってるなら逆に片付けなきゃダメじゃん』
映実がそう送ったきり、メールは途切れた。
これはもう返ってこないか、と映実は仕方なく家を出る。続きは学校で説得するしかない。そう考えながら映実が団地のエレベーターホールに向かうと、
『わかった絶対引かないでね』
という件名とともに写メが送られてきた。
「……これは」
それは、その部屋は想像以上だった。
床は雑誌や服、パジャマ、コート、カバンが散乱し、ケースから飛び出たCD、空なのに捨てていないティッシュ箱、茣蓙クッション、そして数本のマフラーがヘビのようにのたまっている。
他にも服屋の紙袋、一緒に行った映画のパンフレット、ダンボール。
真ん中にあるローテーブルにはペットボトルと化粧品。
ベットの上には服が山と積まれ、枕がある辺りにはぬいぐるみと外国のクッキー缶。
冬なのにタオルケットが服にぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。
ベットの反対側の壁際にはスチールラックがあり、コンポとテレビが置いてあるようだが、手前にいくつものベルトやネックレスがぶら下がり、そのもの自体は見ることが出来ないし使えない。
空いたスペースには無尽蔵に雑貨が押し込まれていた。
ラックの隣には本棚があるが、漫画が巻数やタイトルがめちゃくちゃに、でこぼこにしまわれ、棚の前にも漫画が積まれて雪崩が起きていた。
部屋の奥にはソファがあり、かろうじて白のソファとわかるが、これまた服やスカートやシャツが占領していた。
カバン掛けにはショップ袋やコートが掛けられ、部屋の隅にはブランドものの空の靴箱がタワーを成していた。
勉強机には開いて無さそうな教科書やノートが積まれ、置いてあるパソコンのモニターが見えない。
床が見えている部分がない。
送られてきた写メをズームし、拡大し、映実はそれが何であるかを一つづつ確認していく。
とても不潔で、不健康きわまりない空間だった。人が生活する場所ではない。
『大丈夫。大したことないじゃん』
写メを見終わった後、映実は慌てて櫻にそう送った。そして気になることが一点。
「…あたしこんなに服ないよ」
それはメールには書かなかった。
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