彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『花粉症』 3ヘクション目

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 そうして家でも、会社でものんちゃんの特効薬について考えていると、

「あ、お前これいる?」

 そう言って同僚の岡崎さんが自分のカバンの中から何かを見つけ、取り出した。

「出張行った時風邪っぽかったからコンビニで買ったんだけどさ、オレもういらないから。まだ何粒か入ってるけど」

 取り出したそれをカシャカシャと振ってみせる。
 それは小さな、親指くらいのサイズの白いプラスチックボトルに入った滋養強壮剤だった。

「はあ…」

 気のない返事で仁実がそれを受け取る。くれるならと。
 開けてみるとピンク色の錠剤がいくつか入っていた。
 ガラス瓶に入ってるイメージだったが、こんな小さなケースに入って売られているのかと眺めてみる。
 コンビニでと言っていたから、本人が言っていたように急な時用や携帯用なのか。
 特徴的なロゴマークが小さなケースにデカデカと描かれていて、なんだか可愛い。
 お世話になったことがないから知らなかったが、ふと裏に書かれた説明書きを見て仁実が釘付けになる。
 バーっと書かれた成分表のあとに、効果として滋養強壮、肉体疲労、病中病後、体力低下。
 欲しい効果が詰め込まれていた。
 甘い液体ではなく錠剤で。持ち歩きやすい形で。
 飲む量はと見ると、一日2錠。
 これなら朝出かける前と、昼過ぎにもう一錠飲めば一日持つのでは。
 あくまで効けばの話だが。
 効かなければまた他の手を考えてばいい。
 それでも、仁実はのんちゃんにメールしてみた。


「夜桜ってのも良いもんだね」
「もう、それ何回目?」

 夜桜の良さを何度も褒める仁実を、またあ?とのんちゃんが笑う。
 夜、二人はのんちゃんの家のすぐ近くの公園にいた。
 大通りに近く、それなりに明るいおかげで夜とはいえあまり危険でもない。
 灯りがぼんやりと桜を照らす。
 安全で、そこそこ幻想的で風流のあるデートだった。
 
 結局お仲間とのお花見は都合が合わず行けなかった。
 可愛い可愛い恋人をみんなに見せびらかしたかったのに。
 しかし、のんちゃんの花粉症の症状は出なくなった。
 奇跡的に。
 滋養強壮剤のおかげで。
 完全に治ったとまではいかないが、一番煩わしい鼻水からはだいぶ解放された。
 目の痒みやくしゃみはある。が、それも多少だ。
 ポケットティッシュの所持や処理を心配するのに比べたら気にするほどではない。
 仁実は缶チューハイで、炭酸が飲めないのんちゃんはコンビニで買ったノンシュガーミルクティーで花見を楽しんでいた。
 今年は夜桜だが、来年は昼間のお花見とお仲間のお花見と、二人っきりの夜桜もまたしたかった。

 あれからのんちゃんは滋養強壮剤を毎日飲んでいた。
 とりあえず朝一錠飲んで、体調や気温、天気に応じてもう一錠追加する。
 薬はなんとなく妙な罪悪感があったのだが、これならそれもないと言っていた。
 中身はすぐに無くなってしまったので、追加で新しいのをドラッグストアで買った。
 そして岡崎さんに貰ったボトル容器にそのまま移し替えた。
 容れ物くらいかわいいのを見つけて買ってきてあげるのにという仁実に、のんちゃんはこれでいいと言った。
 それが「これがいい」という意味に聞こえたのでそれ以上は特に言わなかった。
 岡崎さんの鼻水がついてそうでちょっと嫌だったのだが、のんちゃんが気に入ってるので良しとした。
 だが、ふと思い立ち、

「…来年も、効くのかな」

と、呟く。
 それにのんちゃんが、え?という顔をする

「今年だけだったりして。限定。耐性みたいの出来たりして、来年はもう…」

 そんなイヤなことを仁実が言う。あくまで予想だが。
 そして当たってほしくない予想だが。
 のんちゃんにとってはようやく巡り会えたかもしれない特効薬なのに。

「そうしたらまた仁実ちゃんが探してきてくれるんじゃないの?」

 そう言うのんちゃんに、今度は仁実が、え?という顔をする。

「症状よくなったのもだけどさ」

 そう前置きし、のんちゃんは、

「嬉しかった」

と、言った。
 足元に散った桜を見ながら。

「必死になって、対策考えてくれて。すごく」

 散った桜を見ながら言う。
 それは今まで彼女が見たかった桜の残骸のように仁実には思えた。
 十数年分の。
 外で、何の憂鬱もなく見たかった桜。

「うち、みんな花粉症ひどいんだ」

 のんちゃんが散った桜から、まだ咲いている桜を見上げる。

「だから勧めたんだけど、あたしが飲んでるやつ。でもそんなの効くわけないってみんな聞いてくれなかった」

 そしてようやく仁実の方を向き、困ったように笑う。
 その笑顔を見ながら、ああこれはやはりプラシーボ効果に近いのかもしれないと仁実は思った。
 毎年のような憂鬱さと、それで毎年下がる抵抗力を花粉に狙われていて、そこの抵抗力を上げたから花粉に打ち勝ったのかもしれない。
 でも、のんちゃんが自分のことを信じてくれて、自分が効くかもと勧めたから効いたのかもしれない。
 愛の力のようなものが作用して。

「仁実ちゃん?」
「ううん。なんでもない」

 ふにゃふにゃと笑みを浮かべる仁実をのんちゃんが不思議そうに見るが、仁実は首を振って誤魔化す。
 そして、来年また花粉が舞う前に、彼女専用の対策をもっと考えておこうと思った。
 来年ではなく、その先も。

 この先も、ずっと二人で桜を見るために。

(了)

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