彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『顎関節症』 2カクカク目

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「…う?いまなんじ、ううっ」

 数時間後。茅春は心地よい眠りから覚めたが、ズキンとした痛みにそうだと思い出す。
 耳が痛かったのだと。
 喋ると耳に痛みが連動するのか、独り言すら怖くて言えない。
 薬は効いていないのかと落胆するが、よく考えれば睡眠不足が続いていた。
 そうだ、自分は連日の夜更かしと課題をこなすのとで疲れているのだ。
 もしかして、ちゃんと睡眠を取って体力が回復すれば痛みも引くのではないか。
 疲れと耳の痛みがどう連動してるかわからないが、そんな淡い期待を抱く。

「そおだ…、くすぃ…」

 おまけに薬は一回2錠、一日三回飲めとあった。
 飲んだのはまだ2錠、一回だけだ。
 もっと飲めば痛みは引くはずだ。
 薬を飲まなくては、と痛みが響かないようゆっくり起き上がる。

「あ、そっか…。しょくぃ…」

 だが、薬を飲むためにはまた食事をしなくてはならない。
 何を食べたら、と考えながらリビングへ向かうと、

「あ。ちは、起きた」

と、未希の声が出迎えてくれた。
 テーブルにはグラスが二つ。
 未希の向かいには母親が。
 どうやら冷たいものでも飲みながらお喋りしていたらしい。

「ゴハンどうする?食べれる?何か食べないとお薬飲めないでしょ?」

 立ち上がりつつ未希が訊いてくるが、固形物が食べれない。どうしようと思っていると、

「おかゆなら食べれるでしょって、ミキちゃんがピータン買ってきてくれたけど」
「え…」

 母親が言った一言に驚く。
 茅春は調子が悪い時に食べるおかゆの味気無さに辟易していた。
 しかしある日、中国のお粥にはピータンなるものが入っていることを知った。
 そして家族と行った中華街で、偶然にもそのピータンなるものを入手出来た。
 ならば作るっきゃないと、それを入れたおかゆを風邪でもない時に入れて食べてみたのだ。
 それはまさに革命の味だった。
 人を選ぶ味だが茅春は好きになれる味だった。
 共感してくれる人も少なく、入手ルートも限られる。
 一体どこで買ってきたのか。

「ほら、駅の南口にさ、輸入食材とか売ってる店あるじゃない?そこで」
「わざわざ?」
「そー!わざわざ!感謝したまえよチミィ。ついでにママさんのリクエストでサムゲタンスープも買ってきたから、私たちはそれがお昼」
「そうっ!♪サムゲタァーン」

 台所に置いてあった大きなレトルトパックを母親が見せる。上機嫌で。
 母親が好きでよく買ってくるレトルトのサムゲタンパックだった。

「♪サァームゲタァーン」

 未希も母親のテンションに乗っかり、更にその場でターンもしてみせる。
 茅春だけがそのテンションに乗れないでいたが、

「ちぃちゃんもすぐお粥食べる?」
「…うん。たべぅ」
「じゃあ私達もお昼にしましょっか」

 にこにこ顔で母親が準備に取り掛かる。
 サムゲタンは母親が好きだが、家族が面倒くさがってブーイングが出るため、食べれる機会が設けられて嬉しいのだ。
 母親と妙に仲の良すぎる彼女というのも考えものだったが、これなら助かった。


 茅春は朝の残りご飯で作ってもらったおかゆに刻んだピータンを乗せて食べ、母親と未希も、さあさ、食べましょ食べましょと滋養のある鳥スープをムシャムシャ食べていた。
 面倒な鶏部分は避け、茅春もスープだけ貰う。
 そして薬を飲み、

「ねる」
「あーい」

 自室へ向かおうとすると、リビングからはアヒャヒャヒャという未希の楽しそうな声がした。
 実の娘以上に母親と仲が良い彼女が、今はありがたかった。
 そんな楽しそうな声を耳に、茅春はまた眠りについた。


「…う?」

 数時間後。
 茅春は目を覚ました。時計を見ると夕方の四時過ぎだ。

「…けっこうねたな」

 朝からずっと寝てばかりなので少し頭がぼんやりする。
 喉も渇いていた。
 水分も取った方がいいだろうと起き上がろうとすると、

「うっ、ぎ!」

 やはりまだ耳が痛む。
 ズキンと刺さるような痛みが耳の奥にあった。
 少しは良くなったかと思ったがわからない。
 いよいよ病院か。だが決心がつかない。
 どうせ今日は日曜でやっていないし、今日の分の薬はあともう一回分ある。
 多少の目眩を感じつつ、リビングへ向かうと、

「あれ?」

 未希がソファに座り、おっさんのように新聞を読んでいた。全く相手をしてあげられないのでてっきり帰ったと思ったのだが。

「おかあさんは?」
「お買い物だって。どう、耳は?」
「…すこし、よくなった」

 正直よくなったかわからないがそう答えると、

「見せて」
「やだよ!」

 未希がソファから立ち上がり、耳に触れて来ようとするが茅春がそれを阻止する。

「なんで。膿とか出てるかもしれないじゃん。お母さん言ってたし」
「…なんて?」
「ちぃちゃん、小さい頃からしょっちゅう耳の病気なってたって」

 余計なことを、と茅春は思うが事実なのでしょうがない。

「プールとかも行ってないよね?耳かきしまくったとかは?」
「いってないし、してない」

 だからこそ怖かった。
 原因がわからないのだ。

「じゃあなんだろう…。風邪で菌が入ったとか?リンパとかは?」

 うーんと考えながら未希が言うが、茅春にはその考えはなかった。
 風邪というルートからの痛みだとしたら。
 しかしリンパ、関節、喉などは痛くない。
 ただ耳だけが痛かった。
 やはり原因がわからず、

「…もうちょっとねる」
「また?まあ寝た方がいいか」

 言ってまた未希がソファにどさりと座るが、

「寝れる?」

 腕組みし、顎を反らして訊いてくる。
 自分の母親の前ではこういった横柄な態度はしないのだろうなと茅春は予想出来た。
 二人っきりだからこその態度だと。
 そして、茅春も同じことを考えていた。
 あれだけ寝て寝れるのかと。
 すると、

「身体使って、疲れたら寝れるんでない?」

 ちらと時計を見た後、悪戯っ子な顔で未希がそう言った。
 何を、と茅春は思ったがすぐにわかった。
 母親はちょうど居ない。
 あんな、娘みたいな距離感で人の母親と仲が良いのに、出かけてる隙を狙って。
 やれやれと思いつつ、自分の匂いが篭もるベッドに茅春はまた未希とベッドに入った。
 今回は添い寝で寝かしつけてもらうためではない。
 ミシミシ、ズキズキとした痛みは与えられる快感で一時的にだが気にならなかった。



 一日かけて、受験勉強も課題も後回しにして。
 身体を使って疲れたこともあり、あくびが出なくなるくらい充分睡眠を取った。
 栄養は、わからないがある程度は摂った。
 普段は食べないがサムゲタンスープは滋養がありそうだった。
 そのおかげか、



「…は」

 深夜。いつもはまだ起きてる時間に茅春は目を覚ました。
 恐る恐る、あくびを出す時のように口を大きく開けてみる。それでも耳は痛くない。

「……痛くない。治った」

 耳に気を使わず、言葉も正確に出る。

「治った!やった!!」

 原因も、治った理由もわからないが、とにかく耳の痛みは引いたようだった。


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