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『氷食症』 3キーン目
しおりを挟む「おまたせーっ!」
予定よりだいぶ遅れて、文華は早希の家に着いた。
「うわあーい。冷凍庫開けといたよー」
嬉しそうな声ともに、早希が玄関までトタトタと出迎えてくれる。
同級生に捕まっている間に送ったメール通り、アイス2キロ分のスペースを冷凍庫に開けて待っていたらしい。
ダイニングテーブルに袋から取り出したアイスをどんと置き、文華が蓋を開けてみる。
頼む、という思いとともに。
「あ…」
アイスの表面はゆるゆるとろとろになっていた。
が、思ったほど被害は少ない。
2キロという質量がお互いを冷やし合ってくれていたのか。しかし、
「あっ、キャラメルが!」
埋め込まれていたカリカリキャラメルが表面に溶け出していた。
マーブルアイスに更に明るいマーブルを描いていた。
これではカリカリの意味がない。
呆然とそれを見ていると、
「あーあー」
早希も被害に気づき、ああ、これはこれはと声を上げる。
「ごめんっ。でもすぐ凍らせればっ」
言って文華が蓋を閉めようとする。今凍らせば被害は最小限で済むと。だが、
「うん。でもその前に」
早希がすでに持っていたスプーンでアイスの表面を削り取る。
すでに溶けているので容易にすくえた。
それを口に入れ、
「うんっ。旨いっ」
口の中の冷たさと甘みと確かな美味しさに頷く。
そしてもう一口食べる。
いやもう二口。
もう三口。
「…さきち、一回凍らせた方が」
「んー」
そう文華が言うが、言われた方はもう四口目を食べ、
「お茶淹れる?」
そんな提案をした。
「えっ!?だから凍らせ、」
「いいからいいから」
「早く凍らせないとっ!」
しかしそれも聞き流し、早希は台所からマグカップとティーパックを持ってきて紅茶を淹れだした。
ただしそれは一つだけで、
「ん」
スプーンをもう一本、文華用のを持ってきて渡した。
文華もそれを受取り、渡されたのだからと戸惑いつつ溶けてる部分を削るようにして食べてみる。そして、
「……うんまっ!」
「ね」
その美味しさに声を上げる。
溶けてしまっても充分美味しい。
早希も、でしょう?と笑う。
「おいしい…」
いやもしかしたら勘違いかもと言い訳し、更にもう一口いってみるが確かに美味しい。
外国のアイスは美味しくないというイメージがどこかにあったのだが、これは美味しい。
アイスマニア達が夢中になるはずだ、執念を燃やすはずだと納得し、もう一口食べると、
「ん。カリカリ出てきた」
早希がお宝を発掘する。
「どこ?」
「ここ、ここ」
「あ、ホントだ。美味しい」
表面を削り食いしていた早希が、溶けていないカリカリキャラメル部分を発見し、そこを二人して食べる。
溶けかかったなめらかなアイスの中にあるカリカリキャラメル、あるいは溶けていないちょうどいい硬さの中にあるカリカリキャラメル。
どちらも美味しい。
凍らせなきゃというのも忘れて、文華は立ったまま早希とアイスを食べ進めた。
アイスとして純粋に美味しいというのと、大容量アイスを直接スプーンで食べるというイベント感で美味しさが増す。
カリカリキャラメルを発掘するという楽しさも。
「溶けちゃった部分は再凍結すると風味変わっちゃうから、今食べちゃった方がいいよ」
「そうなの?」
そう訊かれると、早希はスプーンを口に入れながら、うん、と上目遣いで答える。
その顔を、かわいいなと思いながら、文華は今アイスを食べる理由を、早希は自分達に与えてくれたのだとわかった。
「こっちもゆるゆる」
「ホントだ」
早希に言われ、容器の角の部分にもスプーンを入れる。
そこをすくうようにして食べていく。
溶けちゃったから、という大義名分の元に。
溶けた角の部分をすくい、食べると、容器とアイスの間に溝が出来てなんだか面白い。
アイスを食べる合間に早希が紅茶を啜る。
それを見て、文華もアイスで冷えた口内に熱い紅茶を注ぎ込む。
そうして溶けたアイスと、まだ溶けてないアイスを堪能した後。
「今日はこれでおしまい」
そう言って、早希が四隅のアイスが削り取られたおかしな大容量アイスの蓋を閉じた。
閉じられてしまうと少し寂しい。
もう一口、いや二口と文華が思ってしまう。
何しろこれだけの量があるのだ。もうちょっとくらいと思ったが、そういえばどれぐらい食べたかわからない。
「どんぐらい食べた?」
かなりのカロリーを摂取したのではと、恐る恐る早希に訊くと、
「わかんない。カップアイス一個分くらい?」
言われた答えに、あまり大した量ではないのかなとホッとする。
そしてアイスをしまうと、早希はまだ熱い紅茶を啜った。
「いつもそうやって食べんの?」
「ん?」
「アイスと、お茶と」
冷凍庫の方と、持ったマグカップを指差しながら文華が訊く。
「身体冷えちゃうから」
カップを両手で持ち、早希が言う。
それを訊き、文華が思い出す。
保健室で先生が言っていた。
冷たいものばかり食べるのが良くないのは、内臓が冷えてしまうからだと。
冷えたら温める。それを、早希は守っている。
食べる量もわきまえ、自制することも出来る。
ならば、いいのではないか。
しかし、
「ダメでしょそれ」
「えっ!?」
保健委員の仕事の合間に。
先日のカリカリアイスの件を先生に報告してみたのだが。
先生は同級生みたいなフランクな口調で言ってきた。あまりのダメさに。
「冷たいもの食べて、熱いもの飲んだら胃に良くないに決まってるじゃない。お腹壊したりとか」
「……確かに」
文華が思い出す。
確かにあの日、家に帰ってから腸がギュルルとなった。
変なものも食べてないのにおかしいなと。
アイスの運搬で汗をかいたからスポーツドリンクを一気飲みしたので、それがよくないと思ったのだが。
アイスと紅茶の組み合わせは考えに入れていなかったが、もしかしたら。
けれど、そんな食べ方をしているという早希はお腹を壊したなんて話一度も聞いていない。
自分だけがあの日、アイスを調子に乗って食べすぎてしまったからか?
「うーむ…」
昨日の母親との買い物で、100パック入りの紅茶のティーパックとファミリーサイズのアイスを買ってもらった文華が難しい顔をする。
美味しいものを、美味しく、量をわきまえ適量で食べる。お腹を気遣って。
それはちょっと、なかなか難しかった。
(了)
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