彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『月経前症候群/月経困難症』 4羽目

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 夕飯を食べ、デザートも食べ、おしゃべりもして二人は心路が待つ家に帰ってきた。
 何か買ってきても気に障るだけだろうからお土産も買わずに。
 そしてリビングで楽しく、けれど静かにテレビを見たりおしゃべりなどしていたが。

「そろそろ帰ろっかな」
「えー?まだいてよ」

 紗矢加がそろそろお暇を、と言うが真由ちゃんはまだ遊びたいらしい。
 それを見て、確かにこんな小さい子を一人にさせるのは、と思っていると、

「ああ、心路。起きたんだ」

 リビングにやってきた心路を見てホッとしたように言う。

「お姉ちゃんもういいの?」

 真由ちゃんが訊く。それは心配しているというより、まだ寝てればいいのに、せっかくのさーやちゃんが独り占め出来ないという気持ちが丸見えだった。
 だが心路はまたカップに注いだお白湯を飲みながら、

「サヤ、もう帰りな」

 そう言った。
 それは早く帰れではなく、妹の相手をしてくれてありがとう、もう帰っていいからという帰りなだった。

「でも」
「いいから」

 受け答えには棘がない。それでも大丈夫だろうか、と紗矢加は思った。
 またふとしたことで機嫌が悪くなった心路が、真由ちゃんに当たらないか心配だった。
 ならば自分がいればそれを緩和されるのでは、と考えていると、心路が白湯を口に含み、

「なに?」

 ソファに座ったままの紗矢加の顔を上に向かせ、

「んう」

 口移しで温い水を飲ませてきた。

「んんっ」

 口を離せば水が溢れる。毛並みが長く白く、いかにも高そうな絨毯にそれは出来ない。
 ゆっくり流し込まれる温かな水を、紗矢加が嚥下する。
 姉と恋人のキスシーンを目の当たりにした幼い妹の、視線と戸惑いと好奇心が痛いほどに突き刺さる。

「えっへ、げほっ」

 注ぎ込まれたものを全て飲みきり、咳き込むと、

「うわあっ」

 心路が抱きついてきた。そのまま体重を乗せ、おふざけの体で身体を揺らし、ぶつけてくる。
 それだけで、ああもう回復したのだと紗矢加にはわかった。帰っても大丈夫だと。
 もうこころちゃんお姉ちゃんに戻ったと。

「んもぉー帰っていーからぁー」
「わかったよ!もう帰るから!」

 尚もぶつけ、抱きついてくる身体を引き離し、紗矢加が自分のコートやマフラーを取る。
 見ると真由ちゃんの顔が真っ赤だった。

「じゃあ…、まゆちゃん。帰りますので」

 紗矢加はまともに顔が見れない。さっきまでは頼れるお姉さんだったのに。

「うん…」

 真由ちゃんもぎこちなく答える。
 そしてどぎまぎを引きずりながら、あたしは別にいいという姉を置いて玄関まで紗矢加をお見送りする。

「さーやちゃん、可愛いね」
「うん。可愛い」

 自分も台所で何か甘い温かいものを淹れながら、真由ちゃんが言い、心路が答える。
 その顔は穏やかだった。
 辛い二日目は終わり、体調は緩やかに回復していった。


 明日は大晦日という日。久しぶりに会った心路は、

「目ぇどうしたの!?」

 痛々しいほどに右目瞼が腫れていた。

「物もらい」
「どうして」
「生理上がり抵抗力落ちるからよくなる。疲れたりとかでバイ菌入るみたい。ああ、触んない触んない」

 顔に触れようとする紗矢加の手を、心路が払いのける。
 それに、払いのけられた方は悲しそうな顔をするが、

「ほら、移るから」
「ああ、そっか」

 言われた理由に納得する。

「…大変だね」

 そして以前も言った台詞を言う。
 本当にそう思った。
 自分は多少鬱陶しいぐらいなのに、心路のはいろんなものを引き連れ、毎月現れ、去っていく。
 あまりにも不公平だった。
 もし変わってあげられるなら自分が、なんて月並みな台詞が思い浮かぶが、あんな災難が毎月自分に訪れるのは御免こうむる。
 やはり、自分でなんとかしていただかなくてはならない。
 そんなしんみりした雰囲気を振り払うように、

「栄養バーのやつ。真由がうまいからまた買ってきてって」
「食べなかったの?」
「だから食べれないんだって」
「甘いやつだよ?」

 普段の心路は甘いものが大好きだ。これなら食べれるだろうと買ってきたのに。

「甘いのもダメになるんだって」
「そっか。…ごめん」
 
 余計なことをしたと紗矢加がまたしょんぼりする。
 数日前の心路なら、こんなうじうじしたのは鬱陶しがるだろう。だが今は違う。
 自分のことを気遣ってのことだとわかる。だから、

「今度、あたしの分も買ってきてよ。じゃない時に」

 そう、明るく言った。
 アイツが来てない時にと。甘いものが好きな間にと。

「…うん」
「ああ、そうだ。あと、これ」

 忘れてたと心路が高そうな財布から紙幣を数枚抜き出す。

「お母さんが渡せって。ナプキン代」
「いいよ、べつに」
「あたしもポイントで買ったって言ってたからいいって言ったんだけど。娘の恋人に買わせるなんて申し訳ないって」

 男の子だったらその理由は納得出来るが、おそらく金額的なことも含めだろう。
 それにしては受け取る額が多すぎるが、

「真由のご飯代も入ってるからって」
「ああ、そうか」

 それならちょうどトントンぐらいになる。いやそれでもお釣りが出るくらいだ。

「じゃあ、今度夜用安くなってたらこのお金で買いだめしといて、お土産に持ってくね」
「よろしく」

 目を腫らしたまま心路が微笑む。
 それを見て、紗矢加は顔に触れる代わりに、髪を耳にかけてやった。

                                        (了)
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