彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『月経前症候群/月経困難症』 3羽目

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 紗矢加はすぐに近くのドラッグストアへ向かった。そして一目散に生理用品コーナーへ。
 目当ての品は、棚の下の方にあった。
 パッケージからして存在感がある。
 おむつかと思うくらいの長さと大きさと厚み。そしてお値段。
 普通の日用はセールで20個百円なのに、夜用最長ロングはセールでも15個で300円もした。
 安眠と洗濯の手間、憂鬱から解放されるなら安いものかと、紗矢加はそれを手に、更に食品コーナーへ。
 水分補給を考えてスポーツドリンクを買うためだ。
 出来るだけ味が薄いものを、と赤ちゃん用のものを買った。
 それからチョコレート味の栄養バー。

「ポイント使います。あと紙袋いいです」

 生理用品を紙袋で包んでから店の袋に入れようとした店員に言い、

「袋は分けますか?」
「全部一緒でいいです」

 店員の過剰包装に苛立ちながら紗矢加が答える。
 時間がもったいない。
 早く帰ってあげたかった。


「買ってきたよっ」
「ありがとう」

 家に戻るなり、紗矢加がドラッグストアの袋を見せる。
 小さな音でテレビを見ていた心路は、もそもそと立ち上がってトイレに行く。
 だが出てきた心路は股間を包む分厚い存在感に落ち着かない。
 この存在感が快適な眠りと漏れへの不安を解消してくれるのだが。
 そして無事装着も済んだところで、部屋に戻り、横になる。
 紗矢加も一緒に部屋にいたが、さてこれからどうしようかということを呼び出した真意とともに考えるが、

「サヤ、サニタリーパンツって使ってる?生理用のやつ」

 そんなことを、心路が話しだした。

「生理なったばっかの時お母さんが買ってきてくれた。でもすぐ使わなくなった」
「あたしも。月に何日か使わないしどっかいっちゃて。生理のたびに出すのめんどくさいし」
「私もだ。しばらく使ってたけどめんどくさくなって」

 そう言って二人で笑う。勝負パンツ並みに引っ張り出してくるのが面倒くさい。

「どこの家でも買ってくるんだね」
「お母さんの方が張り切っちゃうんだろうね」

 子供からすれば漠然とした不安と、めんどくさいことになったなという思いしかないのに。
 親は大人の仲間入りだと言った。
 少しして妊娠、排卵日などを知った。
 そして、自分がそれとはあまり関係ない人生を歩み出すことになり、

「ただいまー」

 そこまで紗矢加が考えたところで声がした。
 まだそんな憂鬱など知りもしない、高い明るい声。
 末妹の真由ちゃんだ
 心路が舌打ちする。五月蝿いのが帰ってきたとばかりに。

「お姉ちゃーん、お土産あるよー」

 とたとたと、廊下を歩く可愛らしい音がこちらに向かってくる。心路は耳を塞ぐ。

「まゆちゃん。おじゃましてます」
「さーやちゃんっ!来てたんだっ!」

 ドアを開けられる前に一足先に部屋から顔を出した紗矢加に、真由ちゃんが嬉しそうな声をあげる。聞けばこちらもクリスマスに友達の家に泊まりに行っていたらしい。

「おねーちゃん、寝てるからさ」

 廊下に出ると紗矢加はドアを静かに閉め、お腹の辺りを押さえてみせる。
 その言葉に、真由ちゃんは日付を考え気付く。
 クリスマス後、年末とはいえ月末だ。
 毎月月末に襲われる長女の症状について知っているだろう。

「おねーちゃんだいじょうぶ!?なんかいるものある?」

 廊下からベッドで寝ている姉に声をかけるが、

「うるっさい!」

 帰ってきたのは機嫌の悪そうな声と、何かがドアに当たる音。
 枕でも投げたのだろうか。真由ちゃんがびくっと身体を震わす。

「大丈夫だから」

 そう言って恋人の、可愛い妹の頭を紗矢加が撫でる。
 心路のこんなに荒れてる姿は初めて見た。
 恋人の妹が好いてくれているのも紗矢加はわかっている。
 可愛いし、慕ってくる姿を愛おしいと思う。
 しかし恋人はその妹に苛立っていた。
 外に連れ出した方がいいかと考え、

「まゆちゃん、ご飯食べた?」

 時間はもう夜の7時近い。

「まだ」
「だったら」

 すぐ近くのピザが美味しいレストランに行かないかと誘う。

「私まだ行ったことないんだ」
「あたし出来てすぐ行ったよ」
「そうなの?じゃあ連れてってよ」

 そう言うと真由ちゃんは、うんっ、と嬉しそうに返事をする。
 そのよいこのお返事すら、今の心路には気持ちを逆撫でするのではと紗矢加はヒヤリとする。

「こころー」

 ドアを開け、入り口近くに落ちていた枕を拾うと、

「ちょっと出かけてくるね」

 ベッドまでそれを持っていきながらそう言う。
 心路は向こうを向いたままうざったそうな声で返事をする。

「なんかあったらメールして」

 手のひらで頬を撫でようとし、一瞬考えて紗矢加は冷たい指の背ですっと撫でた。
 思ったとおり、顔が熱い。
 照れなどではなく、体調の変化で微熱が出ているのだろう。

「水置いとくから」

 薄くても味が鬱陶しいかと、保険で買ってきたミネラルウォーターを置いておく。
 当然常温だ。
 温いかもしれないが冷たくてお腹を痛くするよりはいい。
 微熱が浮かんだ額を指の背で撫で、特に顔にかかってもいない髪を耳にかけてやる。
 鬱陶しくない程度に、しかし心配し、気にかけていることが伝わる程度に。

「行ってくるね」
「はやくいけ」

 憎まれ口を笑って聞き、紗矢加は部屋を出た。
 姉の部屋の前では真由ちゃんが待っていた。

「行こっか」
「ちゅーした?」
「えっ!?しないよ!」
「えー?しないのー?」

 せっかく宥めたのに、ここで騒いだらイライラが募るだけだ。
 早く連れ出さなくてはと、紗矢加は小さな背中を押して、師走の街へと出掛けた。

「心路って生理の時何食べてんの?」

 行ったレストランで。頼んだピザが来るまでの間に紗矢加は真由ちゃんに訊いてみた。

「何も食べない」
「何も?」
「生理前にいっぱい食べるから平気なんだって」

 確かに診断サイトで該当項目をチェックをしていた時にそんなことを言っていた。
 それが本人にとって自然なら無理に食べさせるのも良くないだろう。 

「まゆちゃんは、生理まだ?」
「まだ」
「今、四年生だっけ」
「うん。さーやちゃんはいつ来た?」
「えーっと…、五年、の終わりかな」
「それって遅いの?早いの?」
「普通だと思うよ」

 恋人の妹とこんな話をするのは、なんだか嬉しいような恥ずかしい気分だった。
 何気なく、テーブルの隅に置かれた濃厚チョコレートケーキのポップを見ていると、

「なんかやだな…」

と、真っ暗になった窓を見ながら、真由ちゃんがぽつりと呟く。
 つられて紗矢加がそちらを見る。
 あんなにきらびやかに街を彩っていたクリスマスイルミネーションは一夜にして取り払われ、今は新年に向けての準備が執り行われている。
 年末の夜は落ち着かない。
 大人達ばかりが忙しなく動き、子供は取り残された気分になる。
 特にこの一週間はクリスマスや正月など、イベントが目まぐるしく通り過ぎるから余計にだ。

「こころちゃん見てると」

 真由ちゃんの声に、紗矢加が窓から向き直る。

「生理とか、来て欲しくない」

 やはり不安なようだ。
 あんな辛そうなことが毎月起こるのだ。
 恐怖ですらあるかもしれない。
 学校では大人になるための大切な準備だと言うが、そんなことは知ったことではない。
 いつか使うかもしれない子供部屋が、その部屋の持ち主である母親を苦しめるのは理屈を置いてもなんとかしてほしい。
 この先子供を生むかどうかもわからないのだ。
 そして母親となるかもしれないのは11歳12歳の子供だ。

「でも個人差あるから。真ん中のお姉ちゃんたちは平気なの?」
「朱ちゃんとエリちゃんはそんなに辛くないって。たまにお薬飲んでるけど」

 次女三女は軽い方らしい。他所様の家族の月経事情が末娘によって駄々漏れなことに、紗矢加は少し申し訳ないと同時に面白く思い、

「さーやちゃんは?」
「私は普通。お母さんは?」

 ついでに訊いておく。

「軽い方って言ってた」
「うちのママもそうだなあ」
 
 遺伝のようなものは関係するのだろうかと紗矢加が考えていると、

「さーやちゃん、ママって呼ぶんだ」

 意外な面を見た真由ちゃんが笑う。余所の母親はお母さんと呼び、自分の母親はママと呼ぶ。そんなルールに。

「普段は名前で呼ぶよ。琴子さんって。外ではママ」
「なにそれ」

 楽しそうな声で真由ちゃんが笑う。
 小学生はちょっとしたことで楽しくなれる。
 自分もこれぐらいの歳の時に、今の自分ぐらいの仲のいいお姉さんがいたら楽しかったろうなと紗矢加は思った。

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