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同じ国に生まれて、全く違う音楽を聴いてる
11、サライが流れるまでには会場に戻る
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零児が走り去った後。
パイセンと響季はサイン会の様子を見ていた。
女の子達は皆選手に背中を向けてサインを貰い、それが終わると向き合って握手を交わす。
更に二言三言くらいなら会話も出来るようだ。
「むむむっ」
響季がおでこに手で庇を作り、それを見ながら唸る。
握手を交わしたらそのままお辞儀をして小走りで去ってしまうシャイガールもいれば、手を握ったまま興奮気味に長々と喋っている子もいる。
見に来た子達のほとんどがサイン会に参加しているが、列の消化スピードが読み辛い。
果たして零児は間に合うのか。
「ホナミ、遅いな」
パイセンも心配のようだ。会場出入り口の方を振り返りながら言う。
「Tシャツとペン買ってくるだけだろ?百均そんな遠くなかったし…。売ってなかったのかな。それとも金が…。レジが混んでるのかな」
口元に手をやり、思いつく限りの可能性をパイセンがあげてみる。
間に合うかどうかよりも、純粋に何かあったのかと心配してるらしい。
その姿を、響季が胸に何かじんわりするものを感じながら見ていたが、突然、あ、そうか、と声を上げる。
「なに?」
「いえ」
買うものは恐らく買えたはずだ。
もし買えなかったのなら違う店に行くだの連絡くらいするはずだ。
おそらく、時間がかかってるのは、
「たぶん、ですが」
「うん」
「…ユニフォーム作成に、時間が」
「そろそろー、仲村選手サイン会終了のお時間でーすっ!」
響季が言いかけると、神部ちゃんがマイクでそう会場に呼びかける。
その声に二人は焦る。
零児はきっと、とびっきりのおとぼけレプリカユニフォームを作成しているのだ。
しかしどこで。
百円ショップの袋詰め台か。もしや道端で?
オリジナルユニフォームを着てきている子は、皆なんとなく聞き覚えのあるチーム名を、おそらく本家と似せた書体で書いていた。
好きなチームや選手のユニフォームを作ってきているらしい。
零児はどうするのか。響季が考える。
何かまずチーム名も入れて、スポンサー名を入れて、意味ありげな背番号を入れて、あとはなんだ?
サッカーに興味がないのでサッカーユニフォームを構成する要素が分からない。
だがボケどころは多数ある。
口元を手で覆い、響季が笑いをかみ殺す。
面白い。いや、きっと面白いはずだと。
「カタセ?」
「あ、いえ」
様子のおかしい後輩をパイセンが訝しげに見る。そうこうしているうちに、
「そろそろ本当に終了でーす。まだサイン貰ってない方ー」
「うわ」
神部ちゃんの声にいよいよ二人はどうしようと顔を見合わせる。
間に合わないのか、電話を掛けようか、だが今まさに作業中だとしたら邪魔になる。その時、
「あっ!」
出入り口の方を見たパイセンが声を上げる。
響季もそちらを振り返る。
零児だ。
オレンジのシャツを手に、こちらに駆けてくる。
「れいちゃん、」
「コサカっ!!」
間に合ったんだねと声をかける響季には目もくれず、零児はパイセンにTシャツを託す。
「早く、それ着て。響季、コート持ってやって!」
「う、うん」
脱いだコートを響季が受け取り、パイセンが貰った無地シャツを急いで着込む。
零児が大きめのサイズを買ってきてくれたので重ね着してちょうどだった。
ロクに何が書かれてるかも確認せず、パイセンは列へと走った。
響季はそれを見送り、
「自信作?」
少しワクワクしながら零児にそう訊くが、
「そうでもない」
てのひらで額の汗を拭いながら零児が答える。
またまたご謙遜を、と響季は思うが、零児は珍しく難しい顔をしていた。
「ふう」
サイン会の列にたどり着いたパイセンが一息つく。
ギリギリ間に合ったと。
だが最後尾になってしまった。
サッカーそのものが好きというわけでもなく、ここに集まった真剣なサッカー少女達に比べたらかなりミーハーな気分で参加している。
そんな自分が最後で大丈夫かと思うが、
「…ん?」
パイセンがシャツに書かれた文字に今更ながらに気づく。
確か零児はサッカー知識はさほどないらしい。それは響季から聞いていた。
それにしてはスポンサーロゴなど、それなりに仕上がってはいるようだが
「……なんだこれ」
胸に書かれたのは有名生理用品メーカー。
その下に書かれたのは有名デリケートゾーンの痒みを抑える医薬品名。
もしやとパイセンが後ろを振り返る。
が、背中側に書かれた文字が見えない。
おそらくここにも書いてあるのだろうと腕を服の中に引っ込め、もそもそと服の前後を入れ替える。
「ぐっ!」
用のないパイセンでもわかる、有名ゴム製品メーカーの名前が背中にデカデカと入っていた。
背番号は当然のように1919、イクイク~だった。
「完全にシモに走ってしまった」
「えええ!?」
列に並んだパイセンを見に行こうと、えっちらおっちら移動しながらそう言う零児に響季が苦い顔をする。
スポンサー名はどんなのを入れ、チーム名はどうしたのかと訊いたらそんな答えが返ってきたのだ。
下ネタは芸が荒れるから、求められた時以外はネタ職人は一番やってはいけないやつだ。
だがスイッチが入るとこんなに作りやすいネタはないのも事実だ。
それはネタ職人の端くれである響季にもわかる。
「時間がなくて」
「まあ……でも、…そうか」
言い訳がましく言う零児に、移動、買い物とその間にネタを考え、更にサッカー知識もない中考えたのだからまあわかるけどもと響季が納得するが、
「……ん?」
もしや、わざとでは?という考えが浮かぶ。
着るのはパイセンなのだ。
初対面の人間にお見舞いするにはうってつけなおもしろパンチだ。
嫌いだとかそういうのではないだろう。
嫌いな人間への仕掛けにあんな全力疾走が出来る筈がない。
単に、また悪戯っ子の虫が騒いだのではと。
挨拶代わりの悪戯なのではと考えながら、だいぶ消化されたサイン会の列に辿り着くと、
「お前なあっ!」
パイセンは恥ずかしそうに胸元に書かれたスポンサー名とチーム名を手のひらで隠していた。
胸元を隠す恥ずかしがり方が何か別のことを想像させて、可愛くて面白くて、響季は萌え萌えキュンオモロだった。
対して自分が作った東大阪ネジコージョーズのレプリカユニフォームを着てるパイセンを見て、
「25点だな」
顎に手をやり、零児が自分の仕上がりを評価する。
今回はダメダメだったなと。
「そうかなあ」
工場ズをジョーズに引っ掛けて、チームのイメージキャラっぽいサメが描かれてるのとかはなかなかいいんじゃないかと響季は思った。
パイセンと響季はサイン会の様子を見ていた。
女の子達は皆選手に背中を向けてサインを貰い、それが終わると向き合って握手を交わす。
更に二言三言くらいなら会話も出来るようだ。
「むむむっ」
響季がおでこに手で庇を作り、それを見ながら唸る。
握手を交わしたらそのままお辞儀をして小走りで去ってしまうシャイガールもいれば、手を握ったまま興奮気味に長々と喋っている子もいる。
見に来た子達のほとんどがサイン会に参加しているが、列の消化スピードが読み辛い。
果たして零児は間に合うのか。
「ホナミ、遅いな」
パイセンも心配のようだ。会場出入り口の方を振り返りながら言う。
「Tシャツとペン買ってくるだけだろ?百均そんな遠くなかったし…。売ってなかったのかな。それとも金が…。レジが混んでるのかな」
口元に手をやり、思いつく限りの可能性をパイセンがあげてみる。
間に合うかどうかよりも、純粋に何かあったのかと心配してるらしい。
その姿を、響季が胸に何かじんわりするものを感じながら見ていたが、突然、あ、そうか、と声を上げる。
「なに?」
「いえ」
買うものは恐らく買えたはずだ。
もし買えなかったのなら違う店に行くだの連絡くらいするはずだ。
おそらく、時間がかかってるのは、
「たぶん、ですが」
「うん」
「…ユニフォーム作成に、時間が」
「そろそろー、仲村選手サイン会終了のお時間でーすっ!」
響季が言いかけると、神部ちゃんがマイクでそう会場に呼びかける。
その声に二人は焦る。
零児はきっと、とびっきりのおとぼけレプリカユニフォームを作成しているのだ。
しかしどこで。
百円ショップの袋詰め台か。もしや道端で?
オリジナルユニフォームを着てきている子は、皆なんとなく聞き覚えのあるチーム名を、おそらく本家と似せた書体で書いていた。
好きなチームや選手のユニフォームを作ってきているらしい。
零児はどうするのか。響季が考える。
何かまずチーム名も入れて、スポンサー名を入れて、意味ありげな背番号を入れて、あとはなんだ?
サッカーに興味がないのでサッカーユニフォームを構成する要素が分からない。
だがボケどころは多数ある。
口元を手で覆い、響季が笑いをかみ殺す。
面白い。いや、きっと面白いはずだと。
「カタセ?」
「あ、いえ」
様子のおかしい後輩をパイセンが訝しげに見る。そうこうしているうちに、
「そろそろ本当に終了でーす。まだサイン貰ってない方ー」
「うわ」
神部ちゃんの声にいよいよ二人はどうしようと顔を見合わせる。
間に合わないのか、電話を掛けようか、だが今まさに作業中だとしたら邪魔になる。その時、
「あっ!」
出入り口の方を見たパイセンが声を上げる。
響季もそちらを振り返る。
零児だ。
オレンジのシャツを手に、こちらに駆けてくる。
「れいちゃん、」
「コサカっ!!」
間に合ったんだねと声をかける響季には目もくれず、零児はパイセンにTシャツを託す。
「早く、それ着て。響季、コート持ってやって!」
「う、うん」
脱いだコートを響季が受け取り、パイセンが貰った無地シャツを急いで着込む。
零児が大きめのサイズを買ってきてくれたので重ね着してちょうどだった。
ロクに何が書かれてるかも確認せず、パイセンは列へと走った。
響季はそれを見送り、
「自信作?」
少しワクワクしながら零児にそう訊くが、
「そうでもない」
てのひらで額の汗を拭いながら零児が答える。
またまたご謙遜を、と響季は思うが、零児は珍しく難しい顔をしていた。
「ふう」
サイン会の列にたどり着いたパイセンが一息つく。
ギリギリ間に合ったと。
だが最後尾になってしまった。
サッカーそのものが好きというわけでもなく、ここに集まった真剣なサッカー少女達に比べたらかなりミーハーな気分で参加している。
そんな自分が最後で大丈夫かと思うが、
「…ん?」
パイセンがシャツに書かれた文字に今更ながらに気づく。
確か零児はサッカー知識はさほどないらしい。それは響季から聞いていた。
それにしてはスポンサーロゴなど、それなりに仕上がってはいるようだが
「……なんだこれ」
胸に書かれたのは有名生理用品メーカー。
その下に書かれたのは有名デリケートゾーンの痒みを抑える医薬品名。
もしやとパイセンが後ろを振り返る。
が、背中側に書かれた文字が見えない。
おそらくここにも書いてあるのだろうと腕を服の中に引っ込め、もそもそと服の前後を入れ替える。
「ぐっ!」
用のないパイセンでもわかる、有名ゴム製品メーカーの名前が背中にデカデカと入っていた。
背番号は当然のように1919、イクイク~だった。
「完全にシモに走ってしまった」
「えええ!?」
列に並んだパイセンを見に行こうと、えっちらおっちら移動しながらそう言う零児に響季が苦い顔をする。
スポンサー名はどんなのを入れ、チーム名はどうしたのかと訊いたらそんな答えが返ってきたのだ。
下ネタは芸が荒れるから、求められた時以外はネタ職人は一番やってはいけないやつだ。
だがスイッチが入るとこんなに作りやすいネタはないのも事実だ。
それはネタ職人の端くれである響季にもわかる。
「時間がなくて」
「まあ……でも、…そうか」
言い訳がましく言う零児に、移動、買い物とその間にネタを考え、更にサッカー知識もない中考えたのだからまあわかるけどもと響季が納得するが、
「……ん?」
もしや、わざとでは?という考えが浮かぶ。
着るのはパイセンなのだ。
初対面の人間にお見舞いするにはうってつけなおもしろパンチだ。
嫌いだとかそういうのではないだろう。
嫌いな人間への仕掛けにあんな全力疾走が出来る筈がない。
単に、また悪戯っ子の虫が騒いだのではと。
挨拶代わりの悪戯なのではと考えながら、だいぶ消化されたサイン会の列に辿り着くと、
「お前なあっ!」
パイセンは恥ずかしそうに胸元に書かれたスポンサー名とチーム名を手のひらで隠していた。
胸元を隠す恥ずかしがり方が何か別のことを想像させて、可愛くて面白くて、響季は萌え萌えキュンオモロだった。
対して自分が作った東大阪ネジコージョーズのレプリカユニフォームを着てるパイセンを見て、
「25点だな」
顎に手をやり、零児が自分の仕上がりを評価する。
今回はダメダメだったなと。
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