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ぼくたちのホームグラウンド戦記(アウェイ戦)
10、馬鹿者!マラソンとラーメンはペース配分を考えんか!
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嫉妬と興奮を抑えようとレンゲでスープを飲もうとしていた響季が固まる。
そのラジオネームは、と。
動揺し、レンゲを持ったまま反対の手では麺を箸でとって口元へ持っていこうとして下ろし、もう充分食べやすい温度なのに意味なく麺に息を吹き掛ける。
動揺しつつも彼女は時間を稼いでいた。自分の食べる音でラジオからの声が、自分のネタが聞こえなくなるから。
「えー、お題。『こんな転校生は嫌だああ!』」
律儀にまたパーソナリティーがお題を読み上げ、また木魚の音が二回ポンポンッ。そして送られてきたネタが読み上げられ、
「あっはっはっはっ!今日レベル高えなオイっ!」
「ははは」
「うはははっ!!」
もう一人のパーソナリティーが腹の底から、歯切れのいい発声で爆笑し、店員は作業しながらさっきよりも はっきり笑い、学生達はおもしれーじゃんと気兼ねなく笑う。
テーブルに置いた左手を、響季がぎうっと握る。
胸がドキドキし、呼吸が早く、浅くなる。
視線はテーブルに向いてはいるが、どこを見ていいからわからないくらい眼球がせわしなく動く。
口元にはこらえきれない笑みが浮かぶ。
全身がくすぐったくて仕方なくなる。
当然、それは嬉しさにだ。自分の送ったネタが採用され、ウケたことへの。
パーソナリティーだけではなく、目の前の、通りすがりとはいえそれを聴いていた人達からも笑いを取った。
この店の中で、今のネタを送ったのが響季だと気づいてるのは誰一人いないだろう。
誰にも気づかれず、彼女は笑いの小爆発を起こした。
なんという完全犯罪。
そのことに響季の下っ腹がかあっと熱くなるが、すぐに隣からの視線に気付く。
射抜くようなアーモンドアイの少女が、箸を咥えたままこちらを見ていた。
傍から見れば行儀が悪いが、その目が何を言ってるか響季はわかった。
自分がウケたのは流れがあったからだ。
零児のネタが読まれたことで、ぬるま湯だったネタコーナーに熱した石が投げ込まれ、一気に温度が高まった。
場の空気が暖まったのだ。
そのあとに響季のネタが読まれた。
パーソナリティーにもリスナーにも笑う体勢が整っていた。
その空気の中で読まれたためウケやすかったのだ。零児という、前座のおかげで。
それは響季も理解していた。だが、
「おもしろいね」
箸を口から放した零児が言い、またすぐにラーメンに取り掛かる。
その言葉がネタに対してなのか、目の前で起きている現象にかはわからない。
しかし響季は前者だと思い、受け取った。
師匠に誉められたようでなんだか胸がいっぱいになる。
そう、胸がいっぱいになった。
その下にある胃袋にはなにも入らなくなるほど。
「ふひいい」
パーソナリティーとラーメン屋の店員と客達から笑いを取った後。
響季は豚のような情けない声を上げていた。
まだだいぶ丼の中に残っている麺が、野菜が胃に入っていかないのだ。
麺はすでに伸びてでろでろで、スープも冷めてきている。
途中途中で水とスープを飲み過ぎたのも原因だ。
満腹感でお腹が痛くなり、おまけに何やら頭痛もしてきた。
「あんまり無理しなくていいよ」
「ああ、はい。うう」
見かねて店員が声をかけてくれるが、響季は曖昧に答える。
なんとか完食したい、ギブアップしたくない。
その一心で箸を進めていた。
が、それは最早食事という域を超えていた。
「ふひぃ…、早っ!」
隣の零児を見ると、すでに平らげてケータイをいじっていた。
となるとお待たせしてはいけない。
ここでギブするかと思うが、やはり悔しさが勝つ。
でもそもそもこっちの方が量が多いし、初心者だし、いやでも。
やべえ!満腹中枢が悲鳴上げてんぞっ!
もうゴールしてもいいんじゃないかな。
いや、こんな飽食の時代だからこそ残したら許されまへんえ。
そんな葛藤が見えたのか、はあ、っと零児が溜息をつく。呆れたような。そして、
「どうすんの?」
と、言う。まだだいぶ残っている丼をちらと見て。
「食べんの?まだ」
「食べ…」
「食べんのっ?」
「た、食べるよっ!」
強めの口調につい意地を張って響季がそう言うと、見守っていた男達が、あーあやめときゃいいのに、という空気を発する。
「…あっそ。すいませーん」
響季の答えを確認すると、零児は店員に向かって手を挙げ、
「はーい」
「ごはん…、しろめしください」
「はーい、白飯一丁ー」
「えええええええっ!?」
そのオーダーに客と響季が驚きの声を上げる。
「まだおなか余裕あるから食べてあげようと思ったけど、食べんのね?」
そう零児が言い、再度確認を取るように響季を見る。
「あ…」
それに、響季が何か言おうとする。もしかしたらこれが、最後のチャンスなのではと。だが、
「しろめしおまち」
「わぁーい♪」
「うぉわぁぁああ」
そんな逡巡のすぐ後に、零児は嬉々として出された茶碗を受け取った。
その横で響季が頭を抱える。
もう本当に、最後の望みは断たれたのだと。
零児は茶碗に盛られたご飯をレンゲで一口分取り、スープに沈めて食す。
うんうん、と頷きながら。
卓上の七味や餃子タレ、紅しょうが等で味を変えつつ。
胃袋の余裕を無料ご飯と残りスープで満たしていった。
その姿を見て、響季はもう自分で食べきるしか無いと決意する。
「ぅっぐ、ふあ。ああぅ」
これ以上伸びないようにと麺はなんとかやっつけたが、限界の限界を超え、残された野菜は入っていかない。
ごめんなさいしたい。
たかだかラーメンに泣きそうになってくる。
「はあ、ふああ、くうっ」
口元まで運ぶのに、それがどうしても入っていかない。
そんな、運ぶ、入らないを繰り返していると、
「……そろそろエンディングだ」
と、零児が髪を束ねていたヘアゴムを外しながら呟いた。
「え?あっ!」
その呟きにそうかと気づき、響季が店の壁に掛けられた時計を見る。
エンディングとは、ラーメンでも追加の無料白飯のことでもない。
メール入力フォームに行くため見た番組サイト。そこに書かれた放送時間。
そろそろ番組が終わるのだ。
今日一番面白かったリスナーが発表される、プレゼント当選者発表の時間だ。
ラーメンどころではない。
今流れているCMは、おそらく今日最後のCM。
それが終わり、番組ステッカーが流れる。
その時。
そのラジオネームは、と。
動揺し、レンゲを持ったまま反対の手では麺を箸でとって口元へ持っていこうとして下ろし、もう充分食べやすい温度なのに意味なく麺に息を吹き掛ける。
動揺しつつも彼女は時間を稼いでいた。自分の食べる音でラジオからの声が、自分のネタが聞こえなくなるから。
「えー、お題。『こんな転校生は嫌だああ!』」
律儀にまたパーソナリティーがお題を読み上げ、また木魚の音が二回ポンポンッ。そして送られてきたネタが読み上げられ、
「あっはっはっはっ!今日レベル高えなオイっ!」
「ははは」
「うはははっ!!」
もう一人のパーソナリティーが腹の底から、歯切れのいい発声で爆笑し、店員は作業しながらさっきよりも はっきり笑い、学生達はおもしれーじゃんと気兼ねなく笑う。
テーブルに置いた左手を、響季がぎうっと握る。
胸がドキドキし、呼吸が早く、浅くなる。
視線はテーブルに向いてはいるが、どこを見ていいからわからないくらい眼球がせわしなく動く。
口元にはこらえきれない笑みが浮かぶ。
全身がくすぐったくて仕方なくなる。
当然、それは嬉しさにだ。自分の送ったネタが採用され、ウケたことへの。
パーソナリティーだけではなく、目の前の、通りすがりとはいえそれを聴いていた人達からも笑いを取った。
この店の中で、今のネタを送ったのが響季だと気づいてるのは誰一人いないだろう。
誰にも気づかれず、彼女は笑いの小爆発を起こした。
なんという完全犯罪。
そのことに響季の下っ腹がかあっと熱くなるが、すぐに隣からの視線に気付く。
射抜くようなアーモンドアイの少女が、箸を咥えたままこちらを見ていた。
傍から見れば行儀が悪いが、その目が何を言ってるか響季はわかった。
自分がウケたのは流れがあったからだ。
零児のネタが読まれたことで、ぬるま湯だったネタコーナーに熱した石が投げ込まれ、一気に温度が高まった。
場の空気が暖まったのだ。
そのあとに響季のネタが読まれた。
パーソナリティーにもリスナーにも笑う体勢が整っていた。
その空気の中で読まれたためウケやすかったのだ。零児という、前座のおかげで。
それは響季も理解していた。だが、
「おもしろいね」
箸を口から放した零児が言い、またすぐにラーメンに取り掛かる。
その言葉がネタに対してなのか、目の前で起きている現象にかはわからない。
しかし響季は前者だと思い、受け取った。
師匠に誉められたようでなんだか胸がいっぱいになる。
そう、胸がいっぱいになった。
その下にある胃袋にはなにも入らなくなるほど。
「ふひいい」
パーソナリティーとラーメン屋の店員と客達から笑いを取った後。
響季は豚のような情けない声を上げていた。
まだだいぶ丼の中に残っている麺が、野菜が胃に入っていかないのだ。
麺はすでに伸びてでろでろで、スープも冷めてきている。
途中途中で水とスープを飲み過ぎたのも原因だ。
満腹感でお腹が痛くなり、おまけに何やら頭痛もしてきた。
「あんまり無理しなくていいよ」
「ああ、はい。うう」
見かねて店員が声をかけてくれるが、響季は曖昧に答える。
なんとか完食したい、ギブアップしたくない。
その一心で箸を進めていた。
が、それは最早食事という域を超えていた。
「ふひぃ…、早っ!」
隣の零児を見ると、すでに平らげてケータイをいじっていた。
となるとお待たせしてはいけない。
ここでギブするかと思うが、やはり悔しさが勝つ。
でもそもそもこっちの方が量が多いし、初心者だし、いやでも。
やべえ!満腹中枢が悲鳴上げてんぞっ!
もうゴールしてもいいんじゃないかな。
いや、こんな飽食の時代だからこそ残したら許されまへんえ。
そんな葛藤が見えたのか、はあ、っと零児が溜息をつく。呆れたような。そして、
「どうすんの?」
と、言う。まだだいぶ残っている丼をちらと見て。
「食べんの?まだ」
「食べ…」
「食べんのっ?」
「た、食べるよっ!」
強めの口調につい意地を張って響季がそう言うと、見守っていた男達が、あーあやめときゃいいのに、という空気を発する。
「…あっそ。すいませーん」
響季の答えを確認すると、零児は店員に向かって手を挙げ、
「はーい」
「ごはん…、しろめしください」
「はーい、白飯一丁ー」
「えええええええっ!?」
そのオーダーに客と響季が驚きの声を上げる。
「まだおなか余裕あるから食べてあげようと思ったけど、食べんのね?」
そう零児が言い、再度確認を取るように響季を見る。
「あ…」
それに、響季が何か言おうとする。もしかしたらこれが、最後のチャンスなのではと。だが、
「しろめしおまち」
「わぁーい♪」
「うぉわぁぁああ」
そんな逡巡のすぐ後に、零児は嬉々として出された茶碗を受け取った。
その横で響季が頭を抱える。
もう本当に、最後の望みは断たれたのだと。
零児は茶碗に盛られたご飯をレンゲで一口分取り、スープに沈めて食す。
うんうん、と頷きながら。
卓上の七味や餃子タレ、紅しょうが等で味を変えつつ。
胃袋の余裕を無料ご飯と残りスープで満たしていった。
その姿を見て、響季はもう自分で食べきるしか無いと決意する。
「ぅっぐ、ふあ。ああぅ」
これ以上伸びないようにと麺はなんとかやっつけたが、限界の限界を超え、残された野菜は入っていかない。
ごめんなさいしたい。
たかだかラーメンに泣きそうになってくる。
「はあ、ふああ、くうっ」
口元まで運ぶのに、それがどうしても入っていかない。
そんな、運ぶ、入らないを繰り返していると、
「……そろそろエンディングだ」
と、零児が髪を束ねていたヘアゴムを外しながら呟いた。
「え?あっ!」
その呟きにそうかと気づき、響季が店の壁に掛けられた時計を見る。
エンディングとは、ラーメンでも追加の無料白飯のことでもない。
メール入力フォームに行くため見た番組サイト。そこに書かれた放送時間。
そろそろ番組が終わるのだ。
今日一番面白かったリスナーが発表される、プレゼント当選者発表の時間だ。
ラーメンどころではない。
今流れているCMは、おそらく今日最後のCM。
それが終わり、番組ステッカーが流れる。
その時。
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