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9、キャラメルロボット発進なのだ!

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「じゃあわざわざその先輩の地元まで電車乗って付き添ってあげたんだ」
 「はい。でもマラサダも食べれたし」

  行きつけの献結ルーム、その採血室で。
  担当してくれた看護師さんに、響季はパイセンの初献結に付き添った話をしていた。

 「ごめんねぇ。うちちょうど点検日で」
 「いえ」
 「今日連れて来てくれれば…、あー、でもそっかあ」

  そう言って看護師さんがちら、とここからは大分離れたベッドに横たわる零児を見る。
  響季は零児といつも一緒にこのルームに来ていた。
  別に三人一緒にやればいいのだが、それはと思うところが響季にはあったのだ。
  例え仲の良い学校の先輩でも、二人の会瀬を邪魔されたくないという。

 「ふうーん。でもつまり、先輩の初めてを、ひびきちゃんがねぇ」
 「なんすかそれ」

  ちょっと含みのある言い方に響季が笑うが、

 「まあ、なんにしてもありがとね」
 「はい」

  ご新規さんを引き入れてくれたことを看護師さんは誉めてくれた。
  それに響季はちょっとだけ誇らしい気持ちになる。



 「さあて、と。おっ、いた」

  今日も無事献結を終えた響季が休憩スペースを見回し、ソファに座った黒髪の少女を見つける。
 聡明なアーモンドアイと、自分と同じ少々特殊な秘密を共有している少女。零児だ。
  そして、

 「って早いな!」

  早速麦チョコをぽりぽり食べている零児にツッこむ。
  今日の献結の謝礼品は駄菓子詰め合わせセットだった。
  別に家に帰ってから食べろと言われているわけではないのだが、零児はその中の一つを早速食べていた。

 「おいふぃ」
 「ああ、そう。よござんしたね」

  頬袋に麦チョコをもりもり詰め込みながら零児が言い、響季はその隣に座りながら改めて詰め合わせの中身を確認する。
  麦チョコ以外ではコーラ型のグミ、味の濃そうなスナック菓子、ドギツい色のねじねじゼリー、昔ながらの風船ガムやカットされた酢イカ、美味しい小さなうそっこヨーグルトなど定番のものが多いが、その中に、キャラメルがあった。

 「うわ、これは…、これが一番いらないかな」

  うーんと響季が口をへの字に曲げる。
  後のものはなんとか食べられるが、昭和か戦前でもあるまいし、キャラメルでは今の子供は喜ばない。
それでも一応どんなものかと包装を解き、縦長のケースを包むビニールのラッピングを引き出したり戻したりするが、

 「おっ」

  それを何度か繰り返すうちに愉しそうな顔をする。いいこと思い付いたと。
  ビニールを引き出したままのキャラメルの箱を横に構え、口元にあてがう。
  それを零児に見せると、見せられた方はもう何をしようとしてるかわかった。

 「我々は、違法児童ポルノの販売ルートを探るべく、日夜こうして張り込みを続けていた。しかしなかなか奴らのしっぽを掴めない。今日も成果なしか、という空気が車内に立ち込める。その時だった」

  箱を口元にあてがったまま、硬いナレーション風口調で響季がそう言うと、

 「ブオン、ブオンブオーンッ!」

  箱の位置をずらしてビニール部分に唇をあてがう。
  ビニールが息で振動し、くぐもった音を出す。
  そして目線と首の動きだけで横を何かが通過した小芝居をすると、

 「キシーッ、2号機から3号機へ通達。児童ポルノ単純所持容疑の男を発見。キシーッ、現在黒のワンボックスで国道トゥルル号を逆走中ー。大至急援護追跡お願いします」

  キャラメル箱を警察車両の通信機に見立てて、警視庁24時ごっこを始めた。
  見えないハンドルを操作しつつ、地名が割れないよう巻き舌で音声を自前加工し、要所にノイズ音を挟む。
  それらをほぼ同時にこなし、響季のテンションがあがる。
  何かを始めた響季を、休憩スペースにいた女子高生達や男子高校生達、まだ小学生の女児様が見る。
  響季は自分に視線が集まることにワクワクし、

 「ヴェー、ザンゴーギー、リョーガイー、ゲンザイグロノワンボッグズヲヅイゼギヂュー、」

  ビニールを振動させ、キャラメル無線機を通じて割れたような声を出すと、女子高生があははと笑う。それ知ってると。

 「えー、緊急車両通りまーす、緊急車両通りまーす。そこのワンボックスカー、止まりなさい!止まれコラァー!我々を振り切ろうとしているのか、蛇行運転で逃げる車。このままでは一般車両を巻き込む恐れが…、オラそこのカップル!自転車2ケツすんなゴラアアァーッ!!そこのおばあちゃん斜め横断危ないですよー。ちゃんと横断歩道渡ってー。いい加減止まれオラー!赤信号直進しまーす。赤信号直進しまーす。無謀な運転をする逃走車を、警察は見事なドライビングテクニックで追いかける」

  無線で周囲と逃走車に警告する警察官、そして番組ナレーターを交互に演じる。
  途中、警察官は自転車を二人乗りする深夜の青春カップルにブチ切れ、無謀な横断をする老婆を注意し、

 「これくらいしか使い道がないよ」

  その辺りで響季が小芝居を切り上げた。
  面白そうに見ていた子供達が、ああー、と少し残念そうな顔をする。もうちょっと見たかったのにと。
  しかし元々アドリブが効かない響季はこの長さが限界だった。脳内で台詞を考え、動きをつけながら言葉を発し、それに笑いを加えるのは思っている以上にエネルギーを使う。
  一通りやってみせた響季に、零児がふうんと答える。
  面白いともつまらないとも違う反応。
  零児の思考はすでに別次元を向いていた。
  おそらく数秒前の自分と同じように、脳内で設定と台詞を考え、練っている。
  それに響季は、この流れは、と考え、

 「れいちゃんだったら、どう使う?」

  挑戦的な言い方にならぬよう、そう言った。
  あくまで雑談の延長として。
  貰った袋から同じキャラメルの包装を解くと、零児が何度かスライドさせる。
  その目の色が変わる。
  一点を見つめていたかと思うと、忙しく左右や斜め上を見つめる。
  アーモンドアイが一瞬だけ険しくなり、またすぐにパッと大きくなる。
  思いついた設定に知識を総動員させ、アイデアをぶちこむ。
  それらを脳内のみで行っていた。
  それを間近で見て響季はぞくぞくするが、その目が自分に向き、

 「立って」
 「へ?」

  Stand Upと指示する。
  言われるがまま響季がソファから立ち上がるが、

 「違った。もっかい座って、ガッて足開いて」
 「え?え?」

  まだ設定がまとまりきらないのか、零児が手探りで指示する。
  指示通りもう一度ソファに座り、ガッと足を開くと、

 「手を、こう」

  零児が自分の目の前の空間を、見えない大玉を腕で抱えるようにする。
  響季も同じように目の前の空間を抱えるようにする。
  手の先同士はくっつきようがないくらいだいぶ遠い。
  足はガッと開き、胸の高さくらいにあげた両腕で目の前の空間を抱きかかえる。
  零児が少し身体を引いて一度それを見ると、うんと小さく頷いた。
  舞台装置が整ったと。
  そして、

 「まったく!なんだってのよ!」
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