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3、ほほう、これが女性専用変態車両ですか

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「なんだよ」

  怒ってはいないが、なぜじっと見てくるかを訊いてくる。
  さすがに見とれていたとは言えず、

 「いや、あのー、パイセンって色白いっすよね」
 「あ?あー…」

  今更なことを言われ、パイセンが適当に返す。

 「いいなー。色白いの」
 「よくねーよ。灼けると赤くなって大変だし」

  恐らく何万回も言われたであろう色白いいなと、それに対する日焼けが大変という返答だろう。
  だが適当に響季はそんな会話を続けようとし、

 「でもほらなんか、あの、パイセンふくふくしてますよね。肌とか」
 「は?」

  そう言うとパイセンは少し怒ったような「は?」を言う。
  それに、あ、どうしよう、と響季は話を変えようとするが、

 「ほら、顔の、ほっぺとかその、白くて柔らかそうだし。ぷにぷにしてて」

  なぜか話が止まらず、褒め言葉としてそう言うと、

 「なにそれ。太ってるってーの?」

  パイセンは鼻で笑うように言う。

 「そ、そうじゃなくてっ」

  ヤバイと響季がまた焦る。そういう事が言いたいんじゃないと。
  白は言ってみれば膨張色だ。
  白さがふくよかさと相まって大きく見せているのも確かだ。
  だがパイセンは太っているわけではない。かといって痩せているというわけでもない。ご機嫌取りに痩せてるといえばそれは嘘になる。
  ということはこの話題はすでに地雷どころか地雷原だったのかもしれない。
  早く話題を変えなきゃと響季は思うが、

 「なんだろ、あの、肉感的って言いましょうか」
 「…太ってるってことじゃん」

  それでもまだ喰らいつくようにフォローするが、やはりパイセンはキレ気味に対応する。
  違う、そうじゃないんだよと歯噛みし、

 「じゃなくて、ぐ、グラマーっていうかっ」

  パイセンの顔から笑いが消え、不機嫌な顔になっていく。
  肉感的は肉が入っているし、グラマーも要はぽっちゃりの言い訳に近い。
  何しろ日本女子にとっての最大の褒め言葉は「細い」「痩せてる」だ。パイセンからはおよそ遠い単語だ。

 「が、外人体型っていうか」

  更に褒め言葉のようなものを連ねるが、それでも機嫌は直らない。

 「男の人に、あの、モテそうな体型ですよね」

  どうにか挽回したくてそう言うと、パイセンは今日一番温度の低い表情をする。
  クールな目元が凍りつき、唇は「あ?」と半開く。

 「男とか、べつに」

  そして視線を床に向け、吐き捨てるように言った。
  もうこちらを見てくれない。
  完全に地雷を踏んだ。

 「あ、の」

  違う、そうじゃないんだよと響季の脳と舌がもつれる。
  上手く伝えられない。
  挽回したいのもあるが、もっと魅力を的確に伝えたかった。貴女の、パイセンのいいところを伝えたかった。
  それなのに自分の中のボキャブラリーを総動員してもだめだった。

 「あの、パイセンの」

  ぐるぐると、頭が煮えたぎるくらい必死に考えた結果、

 「パイセンの身体、あたし好きっス!」

  響季はそう言った。
  タタンタタンと、電車が線路の上を走る音だけが聞こえる、ほとんど人の居ない車内で。
  いや、居ないことが逆によかった。

 「…は」

  告げられた言葉に、パイセんはあっけにとられた顔をし、

 「なに?いきなりコクるとか、やめてくんない?」

  茶化したようにそう言うが、口元は笑っていた。ようやく笑ってくれた。
  それを見て、よしっ、ここが突破口だと響季は確信し、

 「いやほんとに好きですよ?パイセン抱き心地良さそうだし、すごい、あの、お主そそる身体をしておるのお。おおおおねいさん」
 「は?キメーし」

  徐々に調子を上げ、もうろくじいさんみたいな動きで指をわきわきして触るか触らないかのエアセクハラをする。
  口調とツッコミはキツいがパイセンは笑っていた。

 「ホントまじで、ギューってしたい。がばっ!て、モギューってしたい」
 「はあ?もう、キモイキモイっ」
 「いいじゃんいいじゃん。モフーン」
 「うわ、ちょっ、ウゼえぇ」

  言葉だけではなく響季が行動にも移しだし、隣に座るパイセンにモフーっと抱きつくが、

 「あ」

  抱きついた瞬間に気付いた。
  正確にはうっすらと気づいていた今日の違和感に。

 「え?」

  おふざけのトーンとは違う声に、パイセンが何?と訊くと、

 「パイセン……、今日香水付けてないっすね」
 「ああ、うん……。えっ、なんで、臭い?」

  少し焦ったようにシャツの襟あたりの臭いをかぐ。

 「じゃなくて、付けてないんだなーって」

  臭いというのを否定し、響季がそう告げる。
  ただ、今日は付けてないんだなと。
  そんな変化に気づいてくれたことに、パイセンが少し嬉しくなる。
  しかしそれは本人も、当然言った方も気づかず、

 「あの、あれだよ。カバンの中身、ちょっと整理してさ。そん時出して、入れ忘れて、それで」

  胸のほわっとした気持ちをごまかすように、パイセンが言い訳がましく少し早口で言った。

 「ああ、ありますよねそういうの。へえ」

  よくある理由に響季が納得する。
  いつものパイセンはグレープフルーツ系の香水を付けていた。
  黒ギャルパイセン達はもっと甘ったるいのや、やや主張が強い香りを付けていたが、小阪パイセンのものは爽やかで好きだった。
  それは彼女によく似合っている香りでもあった。
  が、今日はそれを付けていないことで本人の香りが剥き出しになっていた。

 「あー、だからか」
 「なに?わっ」

  納得したように響季が身体を近づける。正確には鼻先を。
  パイセンが驚いた声を上げるが、構わずすうっとその香りを吸い込む。
  この年頃の女の子特有の、瑞々しい果実のような甘い香り。
  だがパイセンはそこにもうワンクッション違う甘さがあった。
  牛乳のような、甘い乳脂肪分の香りが。
  乳臭いとも違う、もっと懐かしい、落ち着く甘い匂い。
  いつもは香水の匂いで隠れているが、ふとした時にこの匂いを感じていた。
  なんだろうこの匂いの正体はと響季がスンスンと鼻を鳴らし、

 「なにちょっと、キモイんだけど」

  笑いながらパイセンがぐいぐいと腕でその身体を押しのけようとする。
  だが本気では嫌がっていなかった。それを確認し、響季はおふざけではなく自然に抱きつく。
  先程より深く、たくさんパイセンの匂いを堪能する。
  胸いっぱいに吸い込んでも、やはり妙に落ち着く香りだった。

 「ムフーん。パイセンいいかほりぃー。とてもステキなフレグランスふゥー。わちき好みの香りちゃんですわー」
 「ウゼェェ」

  抱きつかれたパイセンが笑いながら身を捩るが、

 「むふん。くんかくんか。くんかくんか」

  効果音付きで一番匂いを放つ胸の谷間の辺りに鼻先を埋めるようにし、スフー、ふぅ、と響季が呼吸を繰り返す。
  芳しい香りを胸いっぱいに吸い込む。
  ブラウス越しだが、胸の中心だけあってかミルクの香りが強く、包み込まれるような甘さがあった。

 「んんーっ」

  が、嗅がれる方は堪らない。
  香水を付けていないから、自分自身の剥き出しの香りを嗅がれる恥ずかしさがあった。
  だが響季はそのまま顔を移動させ、首筋に鼻先を埋めてまた嗅ぐ。
  シャンプーの香りか、瑞々しい髪の匂いとまじってまた違う香りがし、場所ごとに違う香りを放つパイセンが面白かった。
  しかし顔を近づけ過ぎるあまり、響季の冷たい鼻先がパイセンの首筋に当たる。
  そのくにっとした感触に、

 「…ぅ」

  パイセンが思わず声を上げた。
  その小さな声に響季が顔を上げると、困ったような顔のパイセンがいた。
  泣きそうな、戸惑ったような顔の。

 
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