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22、ロビーとかにも行ってみましょう
しおりを挟む初体験にテンションが上がっていた詩帆だが、今更気付いたように、ちょっと寒いんだけど、と腕をさすりながら言う。
「だから言ったじゃん。寒いかもって」
またしても後方の席、布が擦り切れ、今にも裂けそうなキャンピングチェア二脚しか空いてなかったので、二人はそこに座っていた。そして場内後方は冷房の直撃ポイントでもある。
遥心は呑み会の時に知り合いの女の子に貸したネルシャツがたまたま前日返ってきたので、それを持参し事なきを得たが。
「それ貸してよ」
「はあー?やだよ」
ちゃっかり自分だけ一枚羽織るものを持ってきている遥心に、詩帆がおねだりする。しかし遥心はそれを断固拒否する。
「貸してー」
「いやだー」
遥心が返してもらったのはロング丈のチェックのネルシャツだ。対してその日の詩帆はクレヨンで落書きしたようなコットン素材のプリントTシャツに、エスニックなロングスカートだ。
「そのスカートとこのシャツだと上と下で色ガチャガチャしない?」
「いいんだよぉ、うるせーなあ。っていうかほんとマジで寒い」
「しょうがないな」
自分より細い腕をさするのを見て、遥心は仕方なく着ていたネルシャツを脱いで詩帆に渡すと、
「わーい」
詩帆はシャツに腕を通し、
「足、足」
遥心の前に立ち、足を広げろと指示する。
言われるままに遥心が足を広げると、そのスペースに詩帆がちょこんと座った。
後ろ手に遥心の両腕を取り、自分のおなかの辺りに巻き付かせるようにする。
「なんで!」
遥心が非難の声を上げる。
なぜ詩帆がいきなりベタベタしてくるのか遥心にはわからない。
女に免疫がなさそうな常連客がチラチラと二人を見てくる。
これだと変な誤解を受けそうだが、
「これだと冷房寒いからお互い暖取り合ってる友達同士に見えるじゃん」
「見えないよ!」
「見えるって」
詩帆が遥心の腕の中で楽しそうに笑う。
その身体があったかくて柔らかくていい匂いで、ネルシャツの感触が心地良くていい匂いがして、遥心はつい密着度をあげてしまう。
「っていうかこれだとステージ見えないんだけど」
「心の目で見て」
そんな無茶なことを言うが、それでも詩帆は長い身体を猫背気味にし、どうにか肩越しに遥心が見れるようにしてくれる。
「あと布が裂けそう。この椅子」
「えっ!?……フゥーっ」
「フゥーじゃねえわ」
二人分の体重はこのキャンピングチェアには耐えられないのではと言われると、詩帆は一瞬腰を浮かすが、すぐにまた楽しそうな声とともに腰を下ろす。
椅子が崩壊したら、まあその時はその時でと。
お互いの肌を温め合いながら遥心と詩帆が新作ゲームの購入について検討していると、ほどなくしてオープンショーが始まった。
景気のいいBGMと共に、全裸に法被一枚という姿で踊り子さんが登場する。
「法被だ」
普段見ることのない日本の古き良き伝統衣装に、詩帆が楽しそうに言う。
中央舞台にお尻を付けて座ると、踊り子さんが揃えた両足をあげて大きく左右に開く。
生殖器が大きくオープンされる。
舞台周りにいた客には指で生殖器を広げ、中までじっくりよく見せるようにする。
遥心からは詩帆がどんな顔をして見ているのかわからない。
ただ腕の中でじっと固まっているのだけはわかった。
表情もわからず、感想も聞けないまま、次の踊り子さんのステージが始まる。
場内に、教育テレビ辺りで発信されていそうな食べ物ソングが流れてきた。
登場した踊り子さんは白の安っぽい既製品ドレスに、フェルト生地で作った小さな野菜やフルーツを付けた衣装。
「だっさ」
ちょっと受け入れがたいセンスに、詩帆が遥心の腕の中で小さく言う。
香盤表を見ると、劇場に入る前に遥心が可愛いと言っていた踊り子さんだった。
なぜだかわからないが、遥心はいたたまれない気持ちになる。
そのまま食べ物ソングや食育ソングで踊り、ベッドショーになると横にラインが入った紺のブルマと2―Aというゼッケンが縫い付けられた体操服姿で登場する。
その姿で大股を広げて柔軟体操をしたり、本舞台で開脚前転をしてみせる。
腹筋をして見せては一、二回で力尽き、腕立て伏せをして見せては一、二回でべちゃりと潰れる。
それを見ながら詩帆が、なんで女子校はクラスが菫組とか梅組とか植物系なの?と遥心に訊ねてくる。
「そういやそうだね。共学じゃあんまり聞かないね」
「じゃああの女の子は共学に通ってるって設定?」
「そう、なのかな…」
舞台では踊り子さんが脱いだブルマを頭にかぶり、ブルマの穴から結ったツインテールを出していた。ブルマの下には当然のように何も履いていない。
「ブルマってさ、」
「うん」
ショーに集中せず、二人は小声で話し出す。
要はあまり惹かれるものがないステージだった。
二人がこそこそと話しているうちにステージは終わり、撮影ショーになった。
あんな内容のステージなのにそこそこ人気の踊り子さんらしく、撮影希望者は多い。時間つぶしのために二人はロビーをぶらつくことにした。
それなりの広さがあるロビーには雑誌が入れられたマガジンラックがあった。
遥心がラックに入っている雑誌をチェックするが、置いてある雑誌は男性向け週刊誌か風俗情報誌だ。どちらにも興味も用事もない。
「この前また誰かイケメンがヌードになったらしいよ」
「うわ、ちょっと見たいな」
詩帆が有名女性雑誌でイケメンが細マッチョヌードを披露したと教えてくれるが、当然その雑誌もない。
ラックから壁際に添えつけられた小さな本棚に遥心が視線を移すと、
「これは?」
そこから一際サイズが大きい本を手に取る。どうやら写真集のようだが、
「わお」
手に取ったそれは踊り子さん達の写真集だった。客席から撮ったステージ写真や、ごちゃごちゃとした楽屋での風景、複数の踊り子で撮ったおどけたスナップ写真など様々だ。
「へえー」
詩帆が隣から覗きこむ。
他にも昭和ストリップに関する本や、海外でのストリップやバーレスクの歴史についての考察本、スポーツ新聞に踊り子さんが載った時の切り抜きスクラップなどもあった。
全てに《持ち出し厳禁》と書いてあり、背表紙に劇場の印が押されていた。
「スクラップ帳って初めて見た」
ベラベラとページを捲りながら、詩帆が言う。ネットで欲しい記事や画像を見つけ出して右クリックで保存、が基本の世代にとっては大変興味深い昭和の遺産である。
「これは?」
言って遥心が一冊を手に取る。
本棚には二人にとってはある種馴染み深い、妙に薄い本が数冊あった。
表紙には《当劇場所属 島道マキアちゃんが描いた同人誌!劇場でも販売しております》と手書きポップが貼られていた。
置いてあるのはお試し用なのか1、2冊程度だが、よく見ると今まで出したらしい既刊誌の表紙を縮小コピーしたものが、在庫アリ/ナシなどという表記と共に壁に貼られていた。
「マキアちゃんは!?マキアちゃんは今日出てないの!?」
「マキアちゃんは来週からだよ」
詩帆がものすごい剣幕で周囲を見回すと、その場にいた常連客がのんびり答える。
「ああっもう!!逢ってみたかった!」
地団駄を踏む詩帆の横で、遥心が速読のスピードでページをめくる。
趣味で描いたにしては上手く、地団駄を踏む程ではないが確かに逢ってみたかった。
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