昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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11、ショー以外の退屈なショー

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「良かったなあ、兄ちゃん」

 満身創痍で帰還した少年を、ほろ酔いじいさんが楽しそうに出迎える。

「あああ、あーあー」

 戦場から戻ってきた遥心は、訳のわからない声を上げながらオットマンの布地で指を拭った。拭っても拭っても温かさと粘液と感触は纏わり付いてくる。
 昨日の今日なのできちんと爪も切っていた。それが遥心にとって不幸中の幸いなのかはわからない。
 ババアショーが終わると、ロビーにいた客がぞろぞろと入ってきた。客は皆、きちんと香盤表を見た上で出入りしているようだ。

 そうこうしているうちに、すぐに二人目の踊り子さんのショーが始まる。
 少し懐かしい感じのする洋楽。若い踊り子さんだが、おそらく高校生ぐらいの時に好きだったんじゃないかという選曲だった。
 遥心のアニソン耳がぴくりと反応したのは三曲目からだった。
 流れてきたのは、アニメ 虎ノ門秋菜しか知りえないその旋律 主題歌 アンチイエローキャデラックスの『この恋の核心について』だった。
 普通の人はまず知らない曲のはずだが。
 踊り子さんが小道具の棒付きキャンディを咥えながら踊る。
 文字通り舐めた演出に、エロかっこよさと転んだらキケンというハラハラ感があった。
 痩せているのに胸はゆっさゆっさとした爆乳クラスだ。
 どちらかというと巨乳は苦手な遥心だったが、抱えた重量を物ともしないダンスを披露するので見ていて楽しい。

 ダンサブルに踊っていたが、サビあたりになると左手で自分の胸を鷲づかみにし、右手は履いたショーツの中に突っ込んでまさぐり始めた。
 そのまま腰を上下させ、エア騎乗位の動きを見せる。女性が主導権を握るとされる体位は、それだけでエロ度が増す。
 更に咥えていたキャンディで乳房の輪郭や先端をなぞり、身体に濡れた痕を這わす。
 小道具もフルに使い、若い身体と曲に合わせてリズミカルに上下させる腰付きは、なぜかオシャレな洋楽PVのように見えた。
 この曲自体よく聞いて理解すると歌詞がエロい。エッチで感じ過ぎちゃう女の子のことを、抜群なセンスの歌詞でかっこよく歌い上げた曲だ。
 遥心が改めて踊り子さんを見る。どうみてもカタギの人にしか見えないのだが。
曲中の高速ラップが口で追えてないあたり、ガチオタではないだろう。
 ということは純粋に曲に惹かれて選んだのか。

 エア騎乗位のあとはショーツの脇の紐を外し、手で掴んで一度頭上高く持ち上げると、捕らえた獲物の肉片を食らうようにがぶりと噛みつく。
 そのまま口に咥えると、肉食獣の目と四つ足で舞台を徘徊しだし、ライトがその姿を追う。
 口の端に咥えたキャンディと、そこから溶け出す甘さが染みとなってショーツに広がる。
 その様を想像して、遥心の中でなにか新たな扉が開きそうになった。


 ステージが終わると、すぐに撮影ショーになった。

「はーい、撮影ショーでーす。一枚500円となっておりまーす」

と、踊り子さんが小さい籠を手に、舞台袖から萌え声全開で現れた。
 裸に白のフリル付きエプロンだけという衣装で舞台端に座ると呼び込みを始め、並んだ客達が踊り子さんに渡されたカメラで写真を撮る。

「あとお衣装の方いませんかー」

 衣装付き希望者が途絶えると、踊り子さんがエプロンをあっという間に脱ぎ、全裸になる。そこからは全裸撮影希望者となった。
 こちらの方が希望者は多かった。

「Lで」
「Mで」
「Vで」
「バックで」

 Lなら寝そべったまま片脚を上げて生殖器を見せるポーズ、MはM字開脚、VはV字開脚。バックは後背位スタイルだ。
 客に指示されたポーズで踊り子さんが次々裸体を撮られていく。

「2ショットで」

 2ショットは言葉通り、踊り子さんと並んで二人で撮る。
 かっこよさなど微塵もないのに、2ショットを申し出た客が颯爽と舞台に飛び乗り、踊り子さんの隣に座った。

「カメラお願いできますかー?」

 2ショット客の後ろに並んでいた客が踊り子さんからカメラを受け取り、シャッターを切る。機械が苦手な性別である遥心は、それだけで胸がドキドキした。他人のカメラが扱えないからだ。
 しばらく撮影ショーを眺めていたが、遥心は急に嫌気がさした。

「おはようございまーす」
「お久しぶりでーす」
「わあ、しばらくじゃないですかあ」

 ステージではあんなにクールだったのに、踊り子さんの媚びた態度にがっかりしたからだ。
 営業スマイルが風俗の基本だということはわかる。
 そして客は嬉しそうだ。しかし遥心はどうにも釈然としない。
 たった一枚500円の写真売上のための笑顔。それがどうにもやるせない。
 そしてここでの地道な営業が劇場の動員数に繋がり、劇場全体の売上に、ひいては踊り子さんの評判に繋がり、またその踊り子さんは劇場に呼んで貰えるのだろうが。
 客はお金の無さそうな、なんだか湿った空気を纏う客が多い。
 かと思えばそういう客に限って高価な差し入れを持ってきていたりする。
 ひどく太った客、うさ耳、猫耳を付け、妙な格好で印象づけようとしている客、イケメン風の格好なのにどこか無理をしている客。
 はたから見ればアイドルイベントと変わらない。アイドルのCDお渡し会や握手会と。

 唯一違うのは金を払って生殖器丸出しの写真を撮ること、性風俗だということだ。
 撮影が終わると踊り子さんは微笑みながら両手で握手をしてくれる。
 踊り子さんが最後までしっかり手を握ってくれているのに、客の何人かは照れくさそうにその手から、その笑顔から逃げるように帰っていく。
 自分から行って照れて帰ってくる。せっかくのサービスをきちんと目を見て受け取らない。遥心にはどうにも理解できなかった。理解できない事に腹立たしさすら覚え、カバンからミネラルウォーターのボトルを取り出す。
 が、場内に突然沸きおこった拍手に身体がびくりとなる。
 見ると、踊り子さんが花束を抱えていた。とても嬉しそうな表情で。
 その前にいる客は恥ずかしそうな、けれど得意そうな顔をしていた。
 まるで友達の前でママか女の先生に褒められた子供だ。どうやら客の誰かが踊り子さんに花束をあげたら、他の客はそれを讃えて拍手を送るらしい。

 遥心はそれを冷めた目で見る。渡されているのは生花(せいか)だ。
 見た目は綺麗でも、匂いがキツいものは人によっては具合が悪くなる。
 花は夜開くとはよく言ったもので、夜になれば匂いがキツくなる花もある。
 夢とともに下半身も開かれるストリップ劇場は夜までやっている。アレルギーがある人もいるだろう。
 もし狭い楽屋に置いていたら、同室の先輩踊り子さんに嫌みの一つも言われそうだ。女は花を貰えば喜ぶ、というのは男の思いこみではないのか。
 普通に考えれば女は花よりはチョコブラウニー、色気より食い気ではないのか。
 しかしいかにも女の子が好みそうな差し入れは、食べ過ぎれば活力にもなるが脂肪になる。ビジュアルが売りの仕事でそれは困るはずだ。
 ならば一番いい差し入れとはなんだろうとぼんやり考えてみる。

 要はそれだけ撮影ショーというものに時間がかかっていた。
 撮影だけでなく、喋ったり差し入れを渡したりというやり取りがだいぶ時間を取っていた。
 差し入れを渡すなら従業員に渡して預かってもらえばいい。やはり直接渡しで踊り子さんから感謝の言葉が欲しいのか。
 500円払って少しお話して、差し入れをして、あるいは500円より高いものを差し入れして、全裸のお姉さんの写真を撮って、お姉さんにありがとうと言われる。
 やはり遥心にはよくわからない。

 そしてふと、写真はどうするのだろうという疑問が頭に浮かんだ。
 毎回撮影に並ぶ常連客なら、専用アルバムにでも入れていたらあっという間にページが埋まりそうだ。踊り子さんは撮影のたびに衣装を替えてくる人もいる。希望すれば写真にはサインやコメントなども添えてくれる。
 収集欲が火を吹き、フルコンプリートを目指したらトレーディングカード並みの数になりそうだ。ひょっとしたら日本人の収集癖はこんなところにも、性風俗の場にも及んでいるのかもしれない。
 ぐるぐると、遥心がそんなことを考えてみる。それほどまでに撮影ショーというのは冗長だった。
 そしてようやく、最後の一人らしき客が長いおしゃべりと共に撮影を終えると、

「もういませんかー。お写真の人いませんかー」

と、踊り子さんがおでこにひさしを作り、いませんかー、いませんねー、と場内を見回す。昭和な仕草に遥心が微かに笑うと、

「撮影ショーでした。ありがとうございました」

 やる気のない、聞き取りづらい場内アナウンスが流れ、撮影ショーはやっと終わった。


 
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