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第四回公演

3、それではインタビューを開始しますが、その前に。

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 今はなき亀寿劇場について調査したいと書き込みをした、翌々日の夜。

「あ、報告来た」

 遥心の自宅PCで連絡用スレッドをチェックしていた詩帆の声に、どれ?と遥心が画面を覗きこむ。

『まとい爺さんとの対談取り付けたよー。ちゃんと死なずに生きてた(笑)学生くんいる?』
『ぴゅるぴぷー』
『はい、いまーす』
『今週の土曜日。西側売店にいるって。日ハムの帽子あげたから一応それが目印ね。あとインタビュー代としてビールと煮込み奢れって』

「おお…」
「煮込み…」

 遥心と詩帆が揃って低い声で唸る。
 予想通りのメニューを指定された。やはり煮込みのようだ。

『ごめん。酒の話は先に出しちゃった。渋ったらその話出せばよかったかな』
『交渉ベタさんめ』
『ネゴシエーターには向かないな』

 勇者が切り札を先に出してしまったことに他の住民がツッコむ。

『いえ、ありがとうございます。感謝です』

 詩帆が感謝の言葉を書き込み、

「ふうー。よしっ」

 どうにか劇場を知る人とのインタビューを取り付けた。

『そういえばまとい爺さんって本名ですか?それで呼んじゃって大丈夫ですか?』
『アダ名っていうかニックネームだよ。昔、火消しやってたから』
「へえー」

 名前の由来も聞き、勇者から目印となるアイテムや背格好、待ち合わせ場所も教えてもらう。
 事は予想外に順調に進んでいった。



 そして、まとい爺さんへのインタビュー当日。その早朝。

 詩帆と遥心は亀寿劇場のあった駅に降り立った。
 昨夜から前乗りで街に入り、駅前のビジネスホテルで一泊。
 特にねっちょりした夜を過ごすこともなく、明日に備えてぐっすり寝た。
 まずは元劇場周りの調査だ。
 移動時間も考慮し、更に怪しまれないよう早朝を狙った。
 目指す元劇場は駅からさほど遠くないようだが、

「こっちか」

 ケータイに地図を表示させた詩帆が歩き出す。
 迷子属性が強い遥心は初めての土地ではいつも通り後をついていくだけだ。
 建物に沿って元劇場跡地、現・寿司屋を目指すが、

「あれ?」

 あると思った寿司屋がない。辿り着いた場所には何もなかった。完全に更地だ。

「えー?」

 詩帆がケータイの中の画像と照らし合わせる。
 ここで間違いないはずだが。

「潰れちゃったのかなあ」
「画像、去年のだしね」

 遥心もケータイを覗き込みながら言う。画像は更新されたのが去年の日付だ。
 現実の移り変わりにネット情報が追いついてないらしい。
 どうしたものかと詩帆が考え、その横で遥心はとりあえずシャッターを切る。
 被写体は無いに等しいが、それでも証拠のようなものとして。
 しかしこれでは情報として少な過ぎる。

「周りの店に訊いてみる?」
「うーん…」

 遥心に言われ、詩帆が周囲を見回すが早朝なためやっている店は少ない。
 話を聞くならそれなりに古い店か、昔からここにいる人でないとダメだ。
 こんなこともあろうかと、一応朝は食べていない。
 商店や飲食店など、昔からありそうな店で商品を買うかメニューを頼んだ流れで取材出来ないか探すが、

「あそこは?」

 遥心が指差す。
 少し道を戻ったところにめし屋と言った感じのボロいごはん処があった。地元のサラリーマンやらが出勤前に寄って行きそうな。
 今日は土曜なのでそこそこ空いていて話も聴きやすそうだ。
 店の前に提示されたメニューを確認し、二人は入ってみることにした。



「いらっしゃーせー」
「いらっしゃいませーえ」

 威勢のいい声で店主らしき人とおばちゃん店員二人が出迎える。
 食券機で遥心がおろしハンバーグ定食を、詩帆がチキン南蛮定食をそれぞれ選んだ。
 料理が運ばれてくる間に二人は店員達の動きを伺う。
 テキパキ動いてはいるが、鬼のように忙しいというわけではなさそうだ。

「ごっそさーん」
「あいよー」

 そして、客が一人帰ったのを見計らい、

「すいません」
「はあい」

 詩帆がおばちゃん店員Aに話しかけた。
 遥心がパーカーのポケットに入れたボイスレコーダーのスイッチをオンにする。

「あの、ここからちょっと行った先にお寿司屋さんなかったですか?」
「お寿司屋?あーあー、回転ずし?」
「そうです」
「あそこ去年だかに潰れちゃったわねえ。向こうにチエーン店のなんたら寿司いうのが出来てねえ、そっちにお客さん取られちゃって」

 チェーン店を独特な発音で言いながらおばちゃんが教えてくれる。
 場所はあってるようだ。更に切り込んでみるが、

「そこって昔ストリップ劇場だったって聞いたんですけど」

 詩帆の言った一言に、店内の空気が止まる。
 朝からあまり聴かないワードだからか、男性客が箸を持ったままこちらを見ていた。

「あれー?そうなの?昔ってどれくらい?」
「潰れた時期はわかんないですけど、たぶん」
「そうだよ」

 ネットで調べた大体の時期を言おうとすると、店主らしきおじさんが会話に入ってきた。

「あすこ昔ストリップ小屋だったよ」

 そして怒ったような口調で言う。

「どんな劇、小屋だったかってわかります?」
「ああ?」

 詩帆が問うとおじさんが聞き返す。怒ったように。

「ええと」

 質問が漠然としすぎていたか、どうしようかと考えていると、

「自分たち、大学で性風俗店が地域に与える影響みたいなものについて調査してるんです。子供に悪影響だからってすべて排除してしまってもいいのかとかって。発散の場がなくなったら、逆に子供は危険じゃないのかって」

 遥心が一気にそう言う。
 その場にいた大人達が、ほお、という顔をする。それはなかなかな調査課題だと。
 咄嗟に出たにしては上出来な嘘だったが、

「ロクでもなかったよ」
「具体的には?」

 すかさず詩帆が聞き出す。

「あすこ元々ラーメン屋だったんだよ。駐車場付きの。で、その隣がストリップ小屋で。そこの客がよ、リボンっつー、嬢に投げるなんか帯みてえな投げる奴の練習してたんだよ。勝手に」

 店主がニャーンとネコがひっかくようなポーズをする。
 おそらくリボンを投げるマネだ。怒っていらっしゃるがちょっと可愛い。

「勝手に?」
「そうだよ。師匠とかいってそれの投げ方教えるやつがいてさ、二人でなっんかプロレスの紙テープ投げる練習みてえのしててさ、薄っ気味わりい。太ってんのとガリガリの、オタッキーみてえのがさ。で、俺そこのラーメン屋で働いてたから追っ払ったんだよ、しょっちゅう。よそでやれって」

 先程からの店主の怒りはそのためか、と遥心は理解する。

「そしたら、いやこれは芸術的行為だから、みてえなこと言いやがって」

 ストリップ劇場が開くのは大抵昼からだ。対してラーメン屋は昼前から開く。そこら辺の時間を狙って来たのだろう。
 稼ぎ時に薄っ気味悪い連中が敷地内にいたら怒りはわからなくもない。

「わかってんのか、不法侵入だぞって。したら地元のケーサツに小屋の客がいてさ。まあまあいいじゃないかっつって。お隣なんだし仲良くしようやとか言いやがって。ストリップは文化なんだから地域で守っていこうよとか言いやがってよ。ハア?文化ぁ?」

 ハア?と店主が小憎ったらしい顔をしてみせ、

「朝早かったり夕方ぐれえだと小学校行くガキとかがそれ見てんだよ、紙テープみてえの投げてんの。で、オタッキーが調子乗ってやってみせたりすんだよ。んでまた調子乗りやがって。自分たちは地域に愛されてるとかなんとか。バカかよ」

 吐き捨てるようにそう言う。
 相当前であるはずなのに、ついこの前のような苛立たしさで。すると、

「あれえ?でもそん時お隣から結構出前頼まれたりしてなかった?踊り子さんからとか。舞台引けたあととかも来たりして」
「客もなんやかんや流れて来てたよな?まああの頃はココらへん夜中メシ喰うとこなかったってものあんだろうけど」

 作業服姿の男性と、老人なりかけくらいの男性に言われ、店主が、あ、ああ、まあな、と口ごもる。
 二人の客は当時のラーメン屋の常連であり、ここの常連でもあるらしい。
 小屋に行った客や踊り子はそれなりに重要な顧客だったらしいが、

「どうせ裸見せて貰う金で食ってたんだろ。仕事なんて汗かいてなんぼだよっ。そんな金で食われたってな」

 ケッ、と店主がまた吐き捨てるように言う。
 が、なんとなく苦し紛れというか言い訳がましくもあった。
 遥心は汗、という言葉に引っかかった。
 当時はどうだったか知らないが、少なくとも今の踊り子でも舞台では汗をかいている。
 それを、遥心は知っている。だからなんとなく訊いてしまった。

「流れで食べに来てくれたお客さんはいいけど、踊り子には食べてほしくなかったってことですか?」

 棘のある言い方にならないように気をつけて。
 その質問に、店主がカウンターに両手をつき、う、うーん、と唸る。
 当時のことを思い出しているらしい。それは常連も同じなようで、

「まだ二十歳くらいの若い嬢とか来てたけどなあー。あどけない感じの。その子がまたなんかこう、親にちゃんと教わんなかったのかねえ、握り箸でよぉ、丼に顔近づけてちゅるちゅる~ってラーメン啜ってさあー」
「そうだよ、一番安いフツーのラーメン頼んでたからさあ、おやっさんこっそりチャーシューおまけしたりしてなかったっけ」
「してねえよっ!」

 そう突っつかれ、店主が顔を真っ赤にして怒鳴る。
 怒るというより照れているようだが。
 単にリボンなどの練習をする応援客に嫌気をさしていて、流れでやってくる客や踊り子に対しては特には、ということか。
 地元民と周辺の店。
 少し迷惑で、地元の子供に悪影響な客。
 そして劇場から流れてくる客。
 かつてそれが、町とどう付き合っていたか。
 遥心はハンバーグを食べながら考えた。



学生記者 H隊員 取材メモ


地域の人にとってストリップ劇場と言うには何をしてるかわからない、如何わしい物というイメージらしく、応援客は特にその対象として見られていたらしい。
裸踊りをしてるものを応援するというのは確かに外部の人間の目には奇異に映るだろう。
更に言えば、リボンはいるかいらないか。
確かにリボンはステージに華を添える効果はある。
また盛り上がりがわかりづらい曲や、動きの延長で決めポーズを決めるとどのタイミングで拍手をしたらいいかわからなくなり、リボンが飛ぶと今ですよというのを教えてくれる利点もあるにはある。
だが手元が狂って踊り子さんにひっかかる、あたるなどのケースが見受けられるのも事実だ。
これはヲタ芸で言えばサイリウムを振ってる客がステージに投げ込んでしまうパターンに近いか。
練習や熟練度がモノを言うのかもしれないが、金を払って見に来てるのにステージをぶち壊された客や、練習台にされた踊り子はたまったものではない。
用意しているリボンそのものが座席を奪ったりと他の客の迷惑になることもある。
また、店主に聞いたリボンの練習は、ヲタ芸を人目のつく場で練習するという行為に近いかもしれない。
ヲタ芸はメディアを通して認知された部分もあるが、リボンはそういった受け入れ体制が無かった?のか?
また、それら特異な応援法が子供の目には妙にかっこ良く映るというのも共通するのかどうか。



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