昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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第二回公演

1、彼女きっかけで始まる恒例行事

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例えば、

学校のお昼の放送
夏祭りのカラオケコンテスト
幼稚園のお遊戯
夕方ニュース番組のメイド喫茶特集
地元スーパーのインスト曲
ケータイ屋の客寄せBGM
持ち歌がない地下アイドルのライブ
国内線ラジオ
ストリップ劇場
 
至るところにアニソンは溢れてる。



「ばーかばーか」

 子供じみた暴言を吐きながら、詩帆(しほ)は遥心(はるこ)の頭にネルシャツをふわりと被せた。
 パソコンに向き合っていた遥心はなんだとネルシャツを被ったまま振り向く。
 そこには腕組みし、仁王立ちをした恋人 詩帆の姿があった。
 べつにいかがわしい動画を見ていて怒られたという訳でもない。
 せいぜい古き好き90年代アイドル声優のPV廻りをしていただけだ。
 うるさくないようヘッドホンまでして。
 対して詩帆はソファに寝転んで遥心が所有する昭和のナンセンスギャグ漫画を一気読みしていた。
 お互いが同じ空間にいながらにしてやりたいことに没頭していたのだ。
 ほったらかしにして怒っているというわけでもないようだが。

「今回の喧嘩は遥心があたしのプリンを勝手に食べた、という設定で行います」
「そうですか…」

 提示された設定について、遥心が投げつけられたネルシャツを畳みながら承諾する。
 詩帆がパジャマ代わりに二日間ほど着ていたので、本人の甘やかな匂いが微かに香ってくる。
 今回の避難訓練は家庭科室からの出火が原因の火災、という設定で行います。
 そんな連絡事項を伝える雰囲気で、詩帆が今回のケンカ訓練について伝達してきた。
 もうそんな時期かと畳んだネルシャツを膝の上に置き、遥心は考えていた。
 二人はこうして度々、無理やり喧嘩をしてはいつか来るかもしれない破局を伴うほどの大喧嘩に備えていた。
 喧嘩をすることで、機嫌のとり方や仲直りの仕方を前もって会得していた。
 互いが女性、そして恋人である以上、相手が嫌だと思うことはわかってはいるし極力しない。
 最低限の気を遣い、親しき仲でも礼節を重んじる。
 だから喧嘩は滅多にしない。
 それでもチクチクとした、普段は言うに足らない嫌なことが溜まり、不満が募っていくかもしれない。
 なのでこういった喧嘩訓練を期にお互い言いたいことがあったら言い、ガス抜きをしていた。
 そんな面倒くさい茶番を詩帆が仕掛けるのは、長く関係を続けたいがためだ。
 もし本当の喧嘩なら、ネルシャツなど被せない。
 もう少しダメージを与えられるものを投げつけていたはずだ。
 そういったアイテムを使わないことが本当の喧嘩ではない証だった。

「というわけだから」

 訓練について伝えると、詩帆は早々に帰り支度をする。
 喧嘩をしているのだから恋人の家に留まる理由はない。
 携帯電話をカバンに入れたり、パーカーを着たりしている詩帆を他所に遥心は冷蔵庫を開け、プリンを手に取る。
 甘ったるい百円の3連プリン。3つあったうち2つはもう無い。
 一昨日泊まりに来た時に詩帆が買ってきたものだが、遥心は1つも食べていなかった。

「このプリン食べていい?」
「いいよ」

 一応喧嘩をしている体なので、振り返らずに硬いトーンで詩帆が答える。
 これで事実上、訓練の設定に繋がった。
 靴を履き、詩帆が玄関のドアノブに手をかけたところで遥心がその背に訊いた。

「今回はどれぐらい?」
「……追って連絡する」

 また振り向かずに詩帆は答える。これでしばらく二人は逢えない。
 大学が一緒なので偶然逢うこともあるが、喧嘩をしているという設定なのでフレンドリーには話せないし接することも出来ない。
 いつもここで詩帆は唐突に惜しくなる。
 喧嘩を吹っかけたことを後悔する。
 やっぱやめよう、と提案したくなる。
 もうしばらく逢えないというのに、大好きな人の顔をきちんと見ていない。
 ハグもしていない。背中への伸し掛かりも、膝だっこもしてもらっていない。
 決心が鈍る。
 だが振り向けば、のほほんとプリンを食べている遥心の姿があり、安心したようにその身体に抱きついてしまう。
 そうすれば遥心は食べかけのプリンを一口くれる。そして手を伸ばして自分より高い位置にある頭を撫でてくれる。
 本人はあまり好きではないという、すっきりとして甘さのない一重の目。その目でしょうがないなあと優しく語りかけてくれながら。
 明日の朝には安い三連プリンではなく、もっとお高い、コンビニスイーツを買って冷蔵庫に入れておいてくれる。
 遥心はそういう子だと、我が恋人はそういう人だと詩帆は知っていた。
 優しくて、適度に甘やかしてくれる。
 だからこそ冷却期間は必要だった。

「じゃあねっ」

 躊躇いを振り切るように、詩帆が勢い良くドアを開ける。
 喧嘩をしているという設定なのだからバタンと音を立てて閉めるべきかと思ったが、近所迷惑を考えそっと閉めた。
 ドアを閉める瞬間まで何か遥心から別れの一言があるかと思ったが、相変わらず何もなかった。
 自分ばかりが好きなようで詩帆はいつもここで辛くなる。
 目の奥が熱くなり、涙が零れそうになるがそれを堪え、

「さて、と」

 独り身となった大学生がほう、と一つ息をつく。
 一人でやりたいことがたくさんあった。
 行きたいところがたくさんあった。
 二人でも出来るが、予定を合わせたり都合を合わせるのではなく、勝手気ままにぶらりとしたい。
 喧嘩訓練のもう一つの理由はこれだった。
 付き合っているのにフリー期間を設ける。
 嫌いになったわけではないが、時に恋人という存在自体が足枷のように感じる時がある。
 それは思春期においての親に対する感情に少し似ている。
 お互いの首輪を緩めたまま、たまにはお一人様気分を味わいたかった。
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