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1、劇場に行ってみよう
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ロック、ポップス、クラシック、演歌、オラトリオ、カンツォーネ、軍歌、電波、ラップ、テクノ、R&B、祭囃子、音頭、ヒップホップ、アカペラ、トランス、昭和歌謡、ハウス、インストゥルメンタル、ディスコ、ジャズ、イージーリスニング、雅楽、合唱、カントリーミュージック、ブラックミュージック、ゴスペル、サンバ、サーフナンバー、ファンク、メタル、北欧系メタル、渋谷系、シャンソン、シンフォニックメタル、吹奏楽、パンク、ソウルミュージック、タンゴ、チップチューン、デジロック、童謡、バラード、ビジュアル系、フォーク、アイドルソング、マンボ、ユーロビート、レゲエ、ルンバ、ワルツ、フレンチポップ、ブルース、ボサノバ、ロカビリー、ブリティッシュロック
アニソンには、すべての音楽が詰まっていた。
「ごめん。今起きた」
「はあ?」
7月のとある真夏日。気温はすでに午前からぐんぐんあがっている。
遥心(はるこ)は恋人の詩帆(しほ)と映画を見に行く約束をしていたのだが、ついでに貸したままだったカリスマベテラン声優 林堂有香の東京ドームライブのDVDを持ってきてほしいと電話をかけた。しかし電話に出た詩帆は明らかに具合が悪そうだった。
「呑んだの?」
「バイト先の人と」
「ああ。じゃあどうすんの?」
なんで呑むかなという言葉を飲み込んで遥心は訊く。
今から支度したのでは、詩帆が欲しがっていた映画の複製フィルムの切れ端が貰えるという初回には間に合わない。体調からして映画自体にも行けそうにない。
「ごめん」
「いや、いいよ。寝てなよ」
「ごめんね」
「いいって」
二、三言葉を交わし、ごめんね、はるボンー、という申し訳なさそうな声のあとに詩帆は電話を切った。
遥心は内心ホッとしていた。正直、こんな暑い日に出かけるのは気が引けたからだ。
とはいえまだ付き合いはじめて一年と少し。
詩帆は遥心にとって初めて正式に出来た彼女だ。
ちょっとオタクで女性アイドル好き。セクシャル面にもおいても趣味においても相性が合う。
170を優に越す身長と、モデルのように手足の長いその身体。
電話越しに聞こえただるそうな声も、普段の低音ボイスとミックスされて心地よく耳に残っている。
同じ大学でやっと見つけた、しかし意外と簡単に出逢えた運命の相手だ。
そんな運命の相手でも、何がきっかけで喧嘩になり、別れ話に発展するかわからない。が、少なくともせっかくのデートに乗り気じゃないのは喧嘩の原因にはなりそうだ。
詩帆が見たがっていたのはアニメ映画だった。遥心が見ていない、深夜アニメの劇場版。
だが、予習をしてない遥心にはさっぱりだ。しかも一番近所で公開しているのはマイナーな単線駅にあるマイナー映画館。周りに遊べそうな場所もない。
「どうしよっかな」
うっかり1日空いてしまった。今日出かけるために掃除も洗濯も済ませてある。
とりあえず今度映画を見に行った時に遊べそうな場所や、食事が出来る場所でも探しておこうかと、遥心はパソコンを開き、目的駅周辺の情報を検索する。
「あれ?こっちにも映画館ある」
周辺マップを見ると、駅には映画館が2つあった。
これから行こうとしていた映画館とは反対側。駅を挟んで、北口にもう一つ。
古きよき、映画を愛する町だったのだろうか。シネコン世代の遥心には新鮮だった。
表示されたシアター清簾というアイコンをクリックしてみる。
すると、もうひとつの劇場は映画館ではなく、ストリップ劇場だった。
うっかり開いてしまった《ここからは18歳未満の方々の閲覧を固く禁止しています》と書かれたホームページに戸惑う。サイトトップには、なにやら上にポッチのついたカーテンを押し開くようなマークがある。カーテンの中には18という文字。
二十歳で大学生の遥心が閲覧するのは何の問題もないのだが。
「ストリップとかってまだあるんだ…」
寂れた駅ゆえ、忘れさられた昭和の遺物がまだ存在するのか。
遥心は何の気なしにマウスを操り、《今週の出演者》という項目をクリックしてみる。
「結構若い人多いんだな」
表示された出演者さんの写真を見ると、みんなそれなりに若そうだ。
現代の若者からするとストリップそのもののイメージはやはり温泉街で、若い子いるよという客引きの言葉に入ってみたらオバハンが出てきて、ババアじゃねえか!と慰安旅行でやってきたサラリーマンたちがヤジを飛ばし、そのオバハンがなにやらすごい芸をするというアレだった。
写真―、おそらく宣材写真と呼ばれるものは、かなり修正したり、光を飛ばしたり、アイメイクでやたら目を強調したりしている。出演者さんは黒髪系お姉さんの人、ギャルっぽい人、しっとり歳を重ねた人、お着物で写っている人、いかにもステージ衣装といった格好で写っている人、肩出しで半裸姿な人と様々だ。
「香盤表。へえ」
聞き慣れない言葉に大学生が興味を引かれる。香盤表というのはどうやらその日の進行表のようなものらしい。
「《一回目の公演から入れ換えなし。出入り自由。外出の際は受付で外出券をお求めください》なにこれ。昔の映画館みたい」
昔は映画少年だったというオッサン達が、若い頃は1日中映画館に入り浸っていたというのをよく聞く。
「出入り自由って途中でご飯とか食べに行くのかな。でもエロの合間にご飯ってなんかやだなあ」
入場規則と書かれた欄には《踊り子さんにはお手を触れないでください》とあり、ああ、アレってストリップが元ネタなんだと遥心は知る。
その後盗撮禁止、泥酔客お断りなどの規則を読み、散々サイトを見尽くしたあとに、遥心は改めて料金表に目をやった。
でもお高いんでしょう?と思いつつ見ると、通常料金5000円とある。その下には早朝割引4000円(13時まで)とあった。
「早朝割引?」
進行時間を改めて見ると、一回目の公演は昼の12時からだった。
「早っ!昼間っからエロとか。えーっ…」
顔をしかめながら料金表に視線を戻すと、一番下の《女性割引》という文字に目が止まった。
「女性2500円!へえーっ!」
通常料金が5000円。早朝割引が4000円。女性は2500円。女性は、2500円。
遥心は食い入るように見ていた画面から一度身体を離し、サイトに添付された劇場への地図を見てから、パソコン脇の時計を見る。
「電車で30分ぐらい、か」
化粧は寂れた町に映画を見に行くだけだったから、日焼け止めとこれ一本でOKなファンデーションを薄く塗った程度だ。
外は暑くて、出来れば出たくない。出たくないが。
駅から徒歩三分。2500円。入れ替えなし。出入り自由。
立ち入ったことのない世界。大人の遊び。
地図を見る限り、迷いそうもない。が、一応プリントアウトしておく。
さっき床においたバッグの中身を確認する。財布と携帯音楽プレイヤーとミネラルウォーター。
眼鏡ケースに武骨な黒縁伊達眼鏡を入れてバッグの中へ。代わりに詩帆に貸すはずだった、声優 田崎凛々花と由井彩のユニット、ティーナ・ギグスのライブDVDはバッグから出しておく。
大きめのTシャツを着替えて身体のラインが出にくくする。香水はいつものユニセックス系ではなく、メンズものにした。
ふと気付いて、バッグもアウトドア系リュックに変えた。
鏡を覗くと、そろそろ美容院で切ってカラーを入れてもらうはずだったやや伸び気味の黒髪ショートが映る。
「……太ったな」
言って遥心が頬を撫でる。
食欲が無いからと冷たい麺ばかり食べていたから、案の定顔に肉がついて多少丸みを帯びていた。
周囲は気にならないと言うが、本人は理解していた。
炭水化物を摂り過ぎるとすぐ顔に出るということを。
頬の柔らかさから、顔には女の子らしい甘さも確かにあったが、格好と眼鏡でどうにか押し込めそうだ。
身長だけは男にしては小柄だが、こればかりはどうしようもない。
「あっつ!」
スニーカーを履いて外に出ると暑さで目眩がした。駅までに背中が汗でぐっしょりになるのではと思ったが、遥心の足はもう前に進んでいた。
アニソンには、すべての音楽が詰まっていた。
「ごめん。今起きた」
「はあ?」
7月のとある真夏日。気温はすでに午前からぐんぐんあがっている。
遥心(はるこ)は恋人の詩帆(しほ)と映画を見に行く約束をしていたのだが、ついでに貸したままだったカリスマベテラン声優 林堂有香の東京ドームライブのDVDを持ってきてほしいと電話をかけた。しかし電話に出た詩帆は明らかに具合が悪そうだった。
「呑んだの?」
「バイト先の人と」
「ああ。じゃあどうすんの?」
なんで呑むかなという言葉を飲み込んで遥心は訊く。
今から支度したのでは、詩帆が欲しがっていた映画の複製フィルムの切れ端が貰えるという初回には間に合わない。体調からして映画自体にも行けそうにない。
「ごめん」
「いや、いいよ。寝てなよ」
「ごめんね」
「いいって」
二、三言葉を交わし、ごめんね、はるボンー、という申し訳なさそうな声のあとに詩帆は電話を切った。
遥心は内心ホッとしていた。正直、こんな暑い日に出かけるのは気が引けたからだ。
とはいえまだ付き合いはじめて一年と少し。
詩帆は遥心にとって初めて正式に出来た彼女だ。
ちょっとオタクで女性アイドル好き。セクシャル面にもおいても趣味においても相性が合う。
170を優に越す身長と、モデルのように手足の長いその身体。
電話越しに聞こえただるそうな声も、普段の低音ボイスとミックスされて心地よく耳に残っている。
同じ大学でやっと見つけた、しかし意外と簡単に出逢えた運命の相手だ。
そんな運命の相手でも、何がきっかけで喧嘩になり、別れ話に発展するかわからない。が、少なくともせっかくのデートに乗り気じゃないのは喧嘩の原因にはなりそうだ。
詩帆が見たがっていたのはアニメ映画だった。遥心が見ていない、深夜アニメの劇場版。
だが、予習をしてない遥心にはさっぱりだ。しかも一番近所で公開しているのはマイナーな単線駅にあるマイナー映画館。周りに遊べそうな場所もない。
「どうしよっかな」
うっかり1日空いてしまった。今日出かけるために掃除も洗濯も済ませてある。
とりあえず今度映画を見に行った時に遊べそうな場所や、食事が出来る場所でも探しておこうかと、遥心はパソコンを開き、目的駅周辺の情報を検索する。
「あれ?こっちにも映画館ある」
周辺マップを見ると、駅には映画館が2つあった。
これから行こうとしていた映画館とは反対側。駅を挟んで、北口にもう一つ。
古きよき、映画を愛する町だったのだろうか。シネコン世代の遥心には新鮮だった。
表示されたシアター清簾というアイコンをクリックしてみる。
すると、もうひとつの劇場は映画館ではなく、ストリップ劇場だった。
うっかり開いてしまった《ここからは18歳未満の方々の閲覧を固く禁止しています》と書かれたホームページに戸惑う。サイトトップには、なにやら上にポッチのついたカーテンを押し開くようなマークがある。カーテンの中には18という文字。
二十歳で大学生の遥心が閲覧するのは何の問題もないのだが。
「ストリップとかってまだあるんだ…」
寂れた駅ゆえ、忘れさられた昭和の遺物がまだ存在するのか。
遥心は何の気なしにマウスを操り、《今週の出演者》という項目をクリックしてみる。
「結構若い人多いんだな」
表示された出演者さんの写真を見ると、みんなそれなりに若そうだ。
現代の若者からするとストリップそのもののイメージはやはり温泉街で、若い子いるよという客引きの言葉に入ってみたらオバハンが出てきて、ババアじゃねえか!と慰安旅行でやってきたサラリーマンたちがヤジを飛ばし、そのオバハンがなにやらすごい芸をするというアレだった。
写真―、おそらく宣材写真と呼ばれるものは、かなり修正したり、光を飛ばしたり、アイメイクでやたら目を強調したりしている。出演者さんは黒髪系お姉さんの人、ギャルっぽい人、しっとり歳を重ねた人、お着物で写っている人、いかにもステージ衣装といった格好で写っている人、肩出しで半裸姿な人と様々だ。
「香盤表。へえ」
聞き慣れない言葉に大学生が興味を引かれる。香盤表というのはどうやらその日の進行表のようなものらしい。
「《一回目の公演から入れ換えなし。出入り自由。外出の際は受付で外出券をお求めください》なにこれ。昔の映画館みたい」
昔は映画少年だったというオッサン達が、若い頃は1日中映画館に入り浸っていたというのをよく聞く。
「出入り自由って途中でご飯とか食べに行くのかな。でもエロの合間にご飯ってなんかやだなあ」
入場規則と書かれた欄には《踊り子さんにはお手を触れないでください》とあり、ああ、アレってストリップが元ネタなんだと遥心は知る。
その後盗撮禁止、泥酔客お断りなどの規則を読み、散々サイトを見尽くしたあとに、遥心は改めて料金表に目をやった。
でもお高いんでしょう?と思いつつ見ると、通常料金5000円とある。その下には早朝割引4000円(13時まで)とあった。
「早朝割引?」
進行時間を改めて見ると、一回目の公演は昼の12時からだった。
「早っ!昼間っからエロとか。えーっ…」
顔をしかめながら料金表に視線を戻すと、一番下の《女性割引》という文字に目が止まった。
「女性2500円!へえーっ!」
通常料金が5000円。早朝割引が4000円。女性は2500円。女性は、2500円。
遥心は食い入るように見ていた画面から一度身体を離し、サイトに添付された劇場への地図を見てから、パソコン脇の時計を見る。
「電車で30分ぐらい、か」
化粧は寂れた町に映画を見に行くだけだったから、日焼け止めとこれ一本でOKなファンデーションを薄く塗った程度だ。
外は暑くて、出来れば出たくない。出たくないが。
駅から徒歩三分。2500円。入れ替えなし。出入り自由。
立ち入ったことのない世界。大人の遊び。
地図を見る限り、迷いそうもない。が、一応プリントアウトしておく。
さっき床においたバッグの中身を確認する。財布と携帯音楽プレイヤーとミネラルウォーター。
眼鏡ケースに武骨な黒縁伊達眼鏡を入れてバッグの中へ。代わりに詩帆に貸すはずだった、声優 田崎凛々花と由井彩のユニット、ティーナ・ギグスのライブDVDはバッグから出しておく。
大きめのTシャツを着替えて身体のラインが出にくくする。香水はいつものユニセックス系ではなく、メンズものにした。
ふと気付いて、バッグもアウトドア系リュックに変えた。
鏡を覗くと、そろそろ美容院で切ってカラーを入れてもらうはずだったやや伸び気味の黒髪ショートが映る。
「……太ったな」
言って遥心が頬を撫でる。
食欲が無いからと冷たい麺ばかり食べていたから、案の定顔に肉がついて多少丸みを帯びていた。
周囲は気にならないと言うが、本人は理解していた。
炭水化物を摂り過ぎるとすぐ顔に出るということを。
頬の柔らかさから、顔には女の子らしい甘さも確かにあったが、格好と眼鏡でどうにか押し込めそうだ。
身長だけは男にしては小柄だが、こればかりはどうしようもない。
「あっつ!」
スニーカーを履いて外に出ると暑さで目眩がした。駅までに背中が汗でぐっしょりになるのではと思ったが、遥心の足はもう前に進んでいた。
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