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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

28、職人が活字中毒

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「TB成分多めの子ってね、人から貰った血でも体内で自分色に変えちゃうチカラみたいのがあるから平気なんだってさ。なんだっけ…、なんか、中和しちゃうとかなんとか。だから未知のウイルスごと自分のものにしちゃって浄化しちゃうみたいな、じこちゆのーりょく?はこの場合違うのかな」

  んー?と首を捻りながら響季が言う。
  せっかく教えてもらったことなのにぼんやりとしか覚えていない。
  何しろTB成分が何の略か未だに覚えてないおつむだ。
  そして説明を聞いた零児は、なんだその都合の良すぎるスーパー能力はと呆気にとられるが、

 「そう、なの?」
 「うん。で、引っかかったっていうのは」
 「あ」

  先程言っていたことを思い出す。引っかかっちゃいましたかぁという言葉を。

 「それって献結の説明書みたいのに書いてあったんだけど。献結しなさいって言われた時にれいちゃん冊子みたいの貰ったでしょ?」

  零児がこくこく頷く。小学生の時に貰い、今も自室においてあるが、

 「あれしばらく誤植みたいのがあったんだって。知ってた?輸血のトコ」

  その言葉にこくこく頷いていた零児が固まる。なんだそれは、と。どの箇所にだと。
  だが漠然とだが、嫌な予感がした。

 「なんか書き方がわかりづらくてさ。献結、ああ結ぶ方のだけど、だあーもうっ!ややっこしいなあっ!」

  字面でならわかるが音声だとどうにも伝えづらい。
  まどろっこしさに響季が癇癪を起こし、

 「おむすび」

  零児がぽつっと日本古来の携帯食の名前を出す。

 「お、おむすび?」

  それを響季がオウム返しにするが、

 「ちまき」
 「ちまき…。ああそっか、おむすびとちまきね」

  更に零児がおいしいご飯ものを挙げる。
  要は献結の方ははおむすびと、献血の方はちまきと言い換えろということらしい。
  今だけの、二人だけのわかりやすい言い方。
  もち米とお米をぎゅっとしたもののダブル攻撃に胃もたれを起こしそうだが、頭の中で2つ並べると、なんだか似たようなご飯物が可愛らしい。
  発想の可愛らしさに響季がふふっと笑うが、

 「ちまきは血付きの竹の皮で巻いたちまきね」
 「ああ血巻き…、って怖いなそれ!!」

  言われた字面を想像して身震いする。
  それを見て零児が小さく笑う。
  なんだか調子が戻ってきた。色々なことが自然と出来始めていた気がした。

 「だからえーと、普通の人は輸血しちゃうとちまきさんの方は出来なくなるんだけど、あたし達みたいな人は輸血してもおむすびさんが出来るんだって。ただ誤植がある冊子があって、それがちょうどあたし達が貰った頃のやつで」

  零児が献結をするようになったのは小6の頃で、響季は中1の頃だ。
  ちょうどその時に配布された冊子に誤植があったらしい。

 「あんなの本来誰も読まなくてさ、ただ配布してるだけで。親御さんとかは読むかもしんないけど、渡された本人はロクに読まないし。輸血がどーのこーのってのも書いてあるのが後ろの方だからそんなとこまでほとんどの人読まないし」

  皆に配布され、ほとんどの人が読まない説明書。
  しかし零児は。
  活字中毒ゆえ隅から隅まで目を通していた。
  そんな活字大好きっ娘なため、間違った知識を植え付けられたのだ。
  しかし幼い零児はそこに書かれていることを信じて疑わなかった。
  まさか誤植だなんて思いもよらない。
  だがそのまさかだった。
  大事にとっておいたあれは誤植版だったのだ。
  まんまと引っかかり、自分で調べもせずにいた。
  持ち前の知識欲があっても、信じていたことをわざわざ調べ直したりはしない。

 「で、ピンときたんだ。れいちゃんあんなん読むの好きそうだし、それで献結出来なくなるって覚えて、それで負い目とか感じてんのかなー、でもまさかれいちゃんがそんな勘違いしないよなー、じゃあなんで来てくれないんだろーって考えて。怪我させたこと気にしてんのかなー、じゃあ退院して元気になってから逢えばいっかー、って思って」

  へははっと軽い笑い声を交えて響季が言う。
  響季の軽い笑い声とは対照的に、零児は詰めていた息をはあ、と吐き出す。
  あの日逃げ出してからずっと呼吸を止めていたみたいに。
  まったくもって、らしくなかった。

 「でもさぁ、ちまき貰った大人はもう一生他の人にちまきあげること出来ないのに、おむすびずっとあげてた人はちまき貰ってもまた元気になったらおむすび与えられるってなんかズルいよね。どんだけ搾取され続けるんだっていう」

  ちょっと不機嫌そうに響季が言う。それは零児も感じていた、同じ怒りだった。
  だが今はそれすら許せた。
  そんなことよりも心の底からの、よかったぁという思いが強かった。
  また前と同じように、彼女の楽しみの一つを奪ってしまったかもしれないと落ち込んでいたのだ。望まないうちに資格を奪ってしまったのかと。
  そしてホッとしたと同時に目元が熱くなってきた。
  ああどうしよう、泣いてしまうと零児が思っていると、

 「おむすび出来なくさせちゃったかもしんないってこと気にしてたの?れいちゃん」
 「え?」
 「献結出来なくさせちゃって、あいつお得大好きさんなのに、そういうの貰える機会奪っちゃったとか」
 「うん」
 「あと一緒にルーム行けなくなっちゃうなーとか?」
 「……うん」

  言い当てられ、素直に頷く。
  全て見透かされていた。べ、べつにそんなんじゃないんだからねっ、とベタな笑いに走る気もなかった。

 「だーいじょーぶでしたぁー」

  頷いた零児の髪を、わしゃわしゃとかき回しながら響季が茶化すように言う。
  素直な零児が嬉しくて可愛かった。
  いつもはこんなことをしたら掴まれた手首を捻られ、こちらの身体が裏返るほどねじ切ってくるのに。無抵抗さが可愛くて仕方なかった。
  対して無抵抗な方はその遠慮のなさが嬉しかった。
  また目がうるうるとしてきたが、零児はもう気にならない。
  今日はとことん泣こうと決めた。
  涙になる前の雫を湛えたまま、零児が顔を上げると、響季が柔らかな視線でその顔を見つめてくる。
  そして自分でわしゃわしゃにした髪を直してやると、その手を零児が取った。
  おお、今度こそ捻りねじ切られてしまうかと響季が期待していると、零児はそれを自分の頬にそっと添える。
  響季は手のひらに頬の柔らかさを、指先に暖かな水滴を感じた。
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