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4 現状を確認すると敵は多く
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「お帰り。色々大変だったね」
父上は書斎で待っていた。
開口一番こういうということは何が起きているかおおむねわかっているのだろう。
「父上。婚約の件、失敗して申し訳ありません」
「ああ、まあしょうがないよ、だって王太子のこと、好きじゃなかったでしょ?」
にこにこと笑いながら鋭い所をつく父上。
確かに、王太子とは政略的以上の意味は全く見いだせなかった。
それでも自分なりにちゃんと対応してきたつもりだったが……
「責めてるわけじゃないよ。でもいやいやしていることは相手にも伝わるものさ」
「そうですか……」
「とはいえ悪いのは向こうだ。誠意もなければ頭もない。困ったものだね」
肩をすくめる父上。
きっと父上の中ではいろいろなプランが検討されているのだろう。
失敗をした気まずさと、父上ならどうにかしてくれるだろうという安心感に浸っていた私に、父上はとんでもないことを言い始めた。
「まあいい、それで、我が愛しの娘はこの後どうするつもりだい?」
「どうするって……」
「失敗にどう対応するか、いい機会だから考えてみなさい」
父上はそういいながら私にこれを解決しろと投げた。
そういわれても困ってしまう自分がいた。
経験もないし、案も全く思いつかない。どこから手を付ければいいか、途方に暮れてしまう。
父上もそれを察したのか、一つだけアドバイスをくれた。
「他人に聞きなさい。上から助けてもらえる期間は、きっと短いのだから」
「……わかりました」
他人に聞く、か。
誰に聞けばいいだろう。何を言われても受け入れられる相手出ないと意味がないから……
「で、私と彼なわけね」
「逢瀬を邪魔してごめんね」
ひとまずサンバルド伯令嬢に来てもらった。その婚約者のシシリー卿もくっついてきているが、彼は脳筋なのであまり期待していない。うれしそうにサンバルド伯令嬢を膝にのせて、撫でまわしている。時々セクシャルなところを触って怒られていた。
サンバルド伯令嬢も数に入れていなさそうである。まあ家庭的で優しいらしいし、男らしくて事武術なら頼りがいがあるので、それでいいのだろう。
もう一人は乳兄弟であるイブリンだ。幼いころからの知り合いだけあって気心知れているし、こういう時には信用できる相手だ。王都に行くときは連れていけなかったから拗ねているかと思っていたが、私が帰ってきてからはとても楽しそうである。
こういう時に頼れる人間、というのはそう多くはない。それを父上は気づかせたかったのだろうか。
親族連中は数が少ないうえに残っている奴も使えない奴しかいなかった。
帝国との大戦時、使える人間がことごとく戦死してしまったからだ。
それだけひどい戦いであり、それだけ必死にならねばならない戦いだったわけだが。
家臣の皆も難しい。有能な人はちょこちょこいるが、彼らにとって主人の娘であり、将来の主人である。
直言は難しいのはよくわかるし、こういう大方針を決めるときに意見を聞かれると困る場合も多いだろう。
そういう意味で信用できる人間というのは本当に少なかった。親友という意味ではもう一人、サウスリア伯令嬢もいるが、彼女は自分の家に帰っているし、領地も遠いので呼ぶのは難しかった。
今後はもう少し家臣たちとも交流が必要かな、と思いながら、話を始める。
「まず、お嬢様は何をお悩みで」
「全部かな」
「ふむ、ではまずは現状の問題と、敵味方を分けるところから始めましょうか」
「なるほど」
はきはきとイブリンが話をまとめてくれながら進んでいく。
出身の家はあまり身分の高い所ではないが、乳母は才女として評判であったし、イブリン自身も大学を最年少で出ている秀才だ。
身のこなしも洗練されているし、頭もよい。とても頼りになる乳兄弟だった。
「まずは問題は何ですか?」
「婚約破棄されたこと」
「婚約破棄されて困るのはどうしてですか?」
「一つは王家との関係が修復不能なぐらい悪化したこと、もう一つは家の名誉に傷をつけられたことね」
前者も問題だが後者の問題の方が大きいだろう。
アーベルジュの名誉に傷をつけたということは、私のみならずアーベルジュの家臣や民の名誉も傷つけたということなのだから。
このまま放置してしまえば、ほかからどれだけ舐められるかもわからないし、家臣たちも納得しない。
交渉で落とし前をつけさせるのも、関係が悪化した今では難しいだろう。
つまり、そう長くないうちに一度戦争をしなければならないということだ。
「戦いを避けられるなら越したことはないですが、可能だと思いますか?」
「無理ね」
「では勝たねばなりません。では次に、敵と味方、もしくはどちらでもないのを分けましょう」
「敵は王太子と王家は確定ね」
滅ぼす、まで必要かはわからないが、最低でも落とし前をつけさせないといけない。
他はだれかと一瞬考えると、サンバルド伯令嬢が口を開く。
「ほかにもあの皇太子も敵じゃない。王家とも敵だけど」
「そうね。あとはあの聖女を名乗ったマリアも敵ね」
「東部の貴族たちは、王家につくか、帝国につくかわかりませんが、こちらには靡かないでしょうね」
マリアは東部の貴族家に籍を置く。彼女の家が王家側につくか、帝国側につくかはわからないが、こちらにつくかはわからないだろう。ほかの東部貴族も似たり寄ったりな状況だ。
「お嬢様、アンドレアもお忘れです。さすがに目に余るでしょう」
「ああ、たしかに」
あまりに小物すぎて忘れてたが、従兄弟のアンドレア卿率いるアンドレア家ももはや敵でしかない。
叔父の代ではアーベルジュの盾と評された武門だったが、今代は出がらししか残っていないぐらい使えないところだ。
とはいえ、無能なだけではなく有害になった以上、敵としてつぶさねばなるまい。
「なかなか敵が多いですね」
状況をまとめるだけでうんざりしてしまった。
父上は書斎で待っていた。
開口一番こういうということは何が起きているかおおむねわかっているのだろう。
「父上。婚約の件、失敗して申し訳ありません」
「ああ、まあしょうがないよ、だって王太子のこと、好きじゃなかったでしょ?」
にこにこと笑いながら鋭い所をつく父上。
確かに、王太子とは政略的以上の意味は全く見いだせなかった。
それでも自分なりにちゃんと対応してきたつもりだったが……
「責めてるわけじゃないよ。でもいやいやしていることは相手にも伝わるものさ」
「そうですか……」
「とはいえ悪いのは向こうだ。誠意もなければ頭もない。困ったものだね」
肩をすくめる父上。
きっと父上の中ではいろいろなプランが検討されているのだろう。
失敗をした気まずさと、父上ならどうにかしてくれるだろうという安心感に浸っていた私に、父上はとんでもないことを言い始めた。
「まあいい、それで、我が愛しの娘はこの後どうするつもりだい?」
「どうするって……」
「失敗にどう対応するか、いい機会だから考えてみなさい」
父上はそういいながら私にこれを解決しろと投げた。
そういわれても困ってしまう自分がいた。
経験もないし、案も全く思いつかない。どこから手を付ければいいか、途方に暮れてしまう。
父上もそれを察したのか、一つだけアドバイスをくれた。
「他人に聞きなさい。上から助けてもらえる期間は、きっと短いのだから」
「……わかりました」
他人に聞く、か。
誰に聞けばいいだろう。何を言われても受け入れられる相手出ないと意味がないから……
「で、私と彼なわけね」
「逢瀬を邪魔してごめんね」
ひとまずサンバルド伯令嬢に来てもらった。その婚約者のシシリー卿もくっついてきているが、彼は脳筋なのであまり期待していない。うれしそうにサンバルド伯令嬢を膝にのせて、撫でまわしている。時々セクシャルなところを触って怒られていた。
サンバルド伯令嬢も数に入れていなさそうである。まあ家庭的で優しいらしいし、男らしくて事武術なら頼りがいがあるので、それでいいのだろう。
もう一人は乳兄弟であるイブリンだ。幼いころからの知り合いだけあって気心知れているし、こういう時には信用できる相手だ。王都に行くときは連れていけなかったから拗ねているかと思っていたが、私が帰ってきてからはとても楽しそうである。
こういう時に頼れる人間、というのはそう多くはない。それを父上は気づかせたかったのだろうか。
親族連中は数が少ないうえに残っている奴も使えない奴しかいなかった。
帝国との大戦時、使える人間がことごとく戦死してしまったからだ。
それだけひどい戦いであり、それだけ必死にならねばならない戦いだったわけだが。
家臣の皆も難しい。有能な人はちょこちょこいるが、彼らにとって主人の娘であり、将来の主人である。
直言は難しいのはよくわかるし、こういう大方針を決めるときに意見を聞かれると困る場合も多いだろう。
そういう意味で信用できる人間というのは本当に少なかった。親友という意味ではもう一人、サウスリア伯令嬢もいるが、彼女は自分の家に帰っているし、領地も遠いので呼ぶのは難しかった。
今後はもう少し家臣たちとも交流が必要かな、と思いながら、話を始める。
「まず、お嬢様は何をお悩みで」
「全部かな」
「ふむ、ではまずは現状の問題と、敵味方を分けるところから始めましょうか」
「なるほど」
はきはきとイブリンが話をまとめてくれながら進んでいく。
出身の家はあまり身分の高い所ではないが、乳母は才女として評判であったし、イブリン自身も大学を最年少で出ている秀才だ。
身のこなしも洗練されているし、頭もよい。とても頼りになる乳兄弟だった。
「まずは問題は何ですか?」
「婚約破棄されたこと」
「婚約破棄されて困るのはどうしてですか?」
「一つは王家との関係が修復不能なぐらい悪化したこと、もう一つは家の名誉に傷をつけられたことね」
前者も問題だが後者の問題の方が大きいだろう。
アーベルジュの名誉に傷をつけたということは、私のみならずアーベルジュの家臣や民の名誉も傷つけたということなのだから。
このまま放置してしまえば、ほかからどれだけ舐められるかもわからないし、家臣たちも納得しない。
交渉で落とし前をつけさせるのも、関係が悪化した今では難しいだろう。
つまり、そう長くないうちに一度戦争をしなければならないということだ。
「戦いを避けられるなら越したことはないですが、可能だと思いますか?」
「無理ね」
「では勝たねばなりません。では次に、敵と味方、もしくはどちらでもないのを分けましょう」
「敵は王太子と王家は確定ね」
滅ぼす、まで必要かはわからないが、最低でも落とし前をつけさせないといけない。
他はだれかと一瞬考えると、サンバルド伯令嬢が口を開く。
「ほかにもあの皇太子も敵じゃない。王家とも敵だけど」
「そうね。あとはあの聖女を名乗ったマリアも敵ね」
「東部の貴族たちは、王家につくか、帝国につくかわかりませんが、こちらには靡かないでしょうね」
マリアは東部の貴族家に籍を置く。彼女の家が王家側につくか、帝国側につくかはわからないが、こちらにつくかはわからないだろう。ほかの東部貴族も似たり寄ったりな状況だ。
「お嬢様、アンドレアもお忘れです。さすがに目に余るでしょう」
「ああ、たしかに」
あまりに小物すぎて忘れてたが、従兄弟のアンドレア卿率いるアンドレア家ももはや敵でしかない。
叔父の代ではアーベルジュの盾と評された武門だったが、今代は出がらししか残っていないぐらい使えないところだ。
とはいえ、無能なだけではなく有害になった以上、敵としてつぶさねばなるまい。
「なかなか敵が多いですね」
状況をまとめるだけでうんざりしてしまった。
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