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第二章 帝国の現在とその闇

2 大きく飛ぶ前に足元を確認する

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さて、一週間の間、何もしていなかったわけではない。というかボクは死ぬほど忙しかった。

今回の魔王討伐に参加していた人たちに延々と勲章を授与していたのだ。
アンゼルム宮中伯の家臣は留守番なので従軍していた人はほとんどいなかったが、イストリア公領の方の家臣はかなり従軍していた人が多かった。その数なんと5000である。死者の遺族含め、参加者にみな勲章を配ったのだ。

皇帝と教皇は、世俗のモノは皇帝に、聖界のモノは教皇に、という建前がある。
なので教会側は物的な恩賞は帝国諸侯には出す必要がないし、また出せない。ただ、一方で聖的な勲章ならば出すことができる。

もともと魔王討伐に参加した者にはほそぼと勲章を渡していた記録はあるのだが、今回から大々的に配ることにしたのだ。
それが竜勲章である。
今回作ったのは4種類である。
一つ目が参加した諸侯や各国王侯といったトップに渡す大竜勲章。数はあまり多くないが立派なものだ。
二つ目が従軍した人に配る赤竜勲章。従軍章というのはいくつかあったので、それを見本に作ったものだ。
そして三つめは白竜勲章。戦死者に付与されるもので、死後の旅路が幸い足ることを聖女が祈るという特典付である。大人気になるが、当然聖女たるボクが遺族に渡さなきゃいけなくなるのですごくめんどくさい。
最後に緑竜勲章。魔王討伐に手伝ったものにばらまくために作った勲章である。

このうちの赤竜勲章と白竜勲章を授与する儀式を延々としていたのだが、これが大変だった。ほとんど寝れていない。
まず、事前準備としてクロエを筆頭とした女性騎士達や前イストリア公であるゼルのお母様付の侍女たちに囲まれてもみくちゃにされ続けた。マッサージした後、着付けされて化粧されるのだ。
これがすごく時間がかかる。他の時間との兼ね合いがあるのでできるだけ短くやってくれたのだが、それでも毎日3時間取られた。
さらに授与式がすさまじく時間がかかる。最初は白竜勲章からやったのだが、毎回死者の祈祷の祝詞をささげるのだ。さすがに省略した祝詞は使えないので、短い祝詞を使ったのだが、1回最低でも1分程度だが、1時間で60人弱にしか授与できない。
授与式全体の最初と最後の挨拶や祈りを合わせて、休憩なし、食事なしの10時間以上ぶっ続けである。
それが終わったらまた美容マッサージやら声が枯れないようにケアやらもみくちゃにされて、騎士達からの報告を処理して、深夜にやっと眠る感じだった。

そして次の日は赤竜勲章のほうだ。こちらは人数が一気に10倍近くなる。
小隊ごとに祈りをささげるようにしたから多少は速度はあがるが、勲章自体は一人一人手ずから渡していたものだからなかなか終わらなかった。

挨拶や祈祷だって、毎回同じではだめなので、祈祷も挨拶も数十パターン準備して、あとはゼルのところの副官にそれぞれの隊の特色や、隊員の実績などを聞いて調整しながらしゃべっていた。全部これを深夜に準備していたのだ。
最後の方は深夜の準備が間に合わず即興で考えていたが…… 大丈夫だったかちょっと自信がない。

勿論ありがたい部分だけではなく、実利益として君主であるゼルから報酬も勲章にくっつけて一緒に出されている。基本は金銭や物納で報酬を出した。
また、儀式が終わった人間から戦勝記念パーティに合流し、そちらでゼルが一人ひとり言葉を授けていたらしい。
もちろんボクは御馳走がいっぱい出ていたパーティには参加できずに、笑顔で勲章授与をし続けていた。

ボクの体力と気力をすさまじく消費した授与式だが、効果はてきめんだった。
教会におけるトップは教皇であり、教皇の教えが一番優先される。
しかし、儀式を行う際の聖性においては、一番は聖人なのだ。聖人の儀式が一番ありがたいとされているわけだ。
本来皇帝や上位の諸侯などお偉いさんの儀式しかやらない聖人、そのひとつである聖女のボクが、一人一人に授与し、戦死者には祈祷までしたのだから、ありがたやと集まる人が大量に出た。
そこに報酬の銭払いである。
今までは地位や土地で報酬を出していたが、これには当然義務と労力がかかる。
一方銭払いは受け取るだけだ。義務もなければ労力もかからない。地位が欲しければ別途実力を見せれば登用する、となれば、銭払いはかなり喜ばれた。
まあそういう風な雰囲気にもっていったのはゼルだが。こういう根回しをボクとの問題についてもやってほしかった。

何にしろ、このありがたい聖女自らする授与式はかなり評判の様だ。
ゼルと親しい諸侯から、うちでもやってくれないかと打診がいくつかきているようだ。

「大きなところなら行ってやるのもありですが、小さいところにわざわざ行ってやるのは時間かかりそうですね……」

帝国諸侯は大小100を超える。
従軍人数50人とか100人とかいう規模の諸侯もいるのだ。そういうところを回るのは、普段なら楽しくのんびりやのだが、時間との戦いの今は余裕がなかった。

「周辺諸国や大規模な所はいくつか見繕うから行って儀式をやる、小さいところはうちに来てもらってやればいい」
「来てもらうって、できるんです?」
「来るだろうさ。どれだけ遠くても帝国内だ。移動が大変なわけではない。聖女様が祝福してくれるというなら喜んでくるさ」
「じゃああとは場所ですか。教会もちょっと小さいんですよね」

イストリア公自体は歴史があるが、辺境の小さな諸侯の時代が長かったため権威があまりあるわけではない。
先代の頃からやっと大きな諸侯になったとばかりだ。
そのため領内にある教会はイストリア公の設置した私設教会だけであり、かなり小規模だった。

「悩ましいな。いい方法がなければ、また城の大会議室を使うが……」
「うちわならそれでもいいんですが、諸侯の方が来るなら教会がいいんですよね。まあ、ひとまずそれはおじいちゃんに丸投げします」
「おじいちゃん?」
「うちの騎士団で一番位階の高いのが、おじいちゃんなんですよ。ボクも修道司教ですが、おじいちゃんは枢機卿経験の司教ですから、二段階ぐらい上です」
「そんな年寄り、アンジェのところの騎士団にいたか?」
「ああ、おじいちゃんといわれていますが、見た目は多分一番若く見えますよ。エルフの子供みたいなのです」

おじいちゃんは、うちの騎士団に従軍している従軍司教だ。
長命種のエルフな上に、昔やった儀式の代償で若返っていって死ぬという試練を負っているので、見た目はすさまじく若い。
フルネームがむちゃくちゃ長くて覚えられないので、みんなおじいちゃんと呼んでいるお偉いさんである。
攻撃魔法研究の第一人者でもあり、今回従軍して魔法を思う存分ぶっ放して楽しめたらしい。

「ああ、あの流浪の賢者殿か。ならば任せていいのかな」
「何その二つ名。かっこいい」

なんというか、ゼルのネーミングセンスは結構独特だ。騎士団の中でいくつも異名が流行り始めている。
ただ、聖女臭だけはやめてほしかった。

「まあ、おじいちゃんならいろいろ教会の伝統とかルールがわかっていますから、上手くやってくれるでしょう。いつぐらいにやるかだけおじいちゃんに伝えておきますので、めどがついたら教えてください」
「ああ、選別して明日までにはまとめておく」

これで足元は固めた。徐々に相手を追い込むために動いている最中だが、こちらが謀るときは相手もまた謀っているものだ。何があるかは、まだ先は見えなかった。
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