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帝国歴628年4月4日 新領主のお仕事

新領主のお仕事 9

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「いやー、温泉はいいねぇ。ちゃんと入ったの初めてだけど」

 役場の裏側に突然できた露天風呂に、大きな白餅みたいな物体が浮いている。
 温泉を満喫するアーシェロットである。
 家に戻ったアーシェロットは、早速裏山の源泉に向かい、そこから役場裏まで、さっさと魔法で水路を築き上げたのだ。
 土魔法を使い、地面に溝をつけ、役場裏の空いたスペースに穴を掘り、そこに温泉を流し込んだ。
 余ったお湯は下水の水路に直結すれば、簡易の露天風呂は完成であった。

「ツバキちゃんももっと満喫しようよ」
「外から見える場所で、そんなにくつろげるアーシェロットが羨ましいわ」

 簡易の露天風呂は囲いがなく、少し回り込めば見放題の場所である。
 開放感がありすぎて、ツバキは全く落ち着けなかった。
 もっとも見るとしても女性がほとんど、男性も子供ぐらいしかいない町の人か、山の動物ぐらいだろうが。

 風呂をバシャバシャと泳いで、ツバキの目の前まで移動するアーシェロット。
 後ろを向いて、ツバキの膝の上に座る。
 拒否しようと思ったツバキだが、アーシェロットの竜の尻尾がツバキの腰に巻きつく。
 めんどくさいなと思いながら、引きはがすのをあきらめたツバキは、アーシェロットの頬を揉み始めた。焼いた餅のように柔らかい。

「それで、人を呼ぶってどこから呼ぶわけ」
「候補は二つ、一つ目は魔王討伐で怪我をした傷病騎士だね」
「ふむ」
「魔王討伐の時に怪我をして、なかなか治らなかったり、もうまったく治らなかったりする騎士って結構出てるんだよ。そういう人のうち、信用できそうな人を何人か呼ぶつもり」
「怪我ってどの程度なの」
「今回呼ぶのは肌の怪我の人だね。魔獣の血とか毒を頭から浴びちゃったような人たち。動くことは出来るけど、外見が結構ひどいんだよ」

 魔獣の体液というのは、生物に対して強力な毒であり、あびるだけでも体を腐食する危険なものだ。
 討伐中、それを浴びてしまった騎士は少なくない。
 ちゃんと処置をすれば命にはかかわらないが、肌は爛れるし、髪は抜けるし、外見がひどいことになる。

 元に戻るのにも長時間かかるから、結構社会問題になっていたりする。
 そういう人たちのうち、アーシェロットが信用できる人間を呼ぶことを考えていた。

「世話が必要だと難しいと思うけど」
「その辺は大丈夫。騎士だから野宿でも生きていけるぐらい丈夫だし生活力もある。治療はボクがするから」

 帝都でも対応に苦慮している傷病騎士対応の一つだ。
 五体満足なので、働くこともできるのに、外見のせいで外を歩くことすらはばかられる。復興で予算が必要な状況で、そういった騎士には働けと無責任に言う人間が多数いる一方、外を出歩いていると石を投げる人間すら現れる。
 今はまだ、騎士側もあきらめているのでまだ問題にはならないが、この対立はいつか爆発しかねないとアーシェロットは思っていた。
 それをこの町に引き取れれば、帝都から援助は貰えるし、労働力が増えるし、男性も増えることになる。いいこと尽くめである。外見さえ目をつぶれば。

「じゃあ大丈夫じゃない?」
「本当に外見やばいけど大丈夫?」
「あんまり気にしないと思うよ。困ってる人は見捨てられない人多いし」
「そうなの?」
「もともと流れてきた人しかいないからね」

 昔からある町だと思いきや、ツバキが言うにはそうでもないらしい。
 ツバキの生まれる前、ツバキの両親がここに来た時には、廃墟しか残っておらず、住民は一人もいなかったとのことであり、そこから廃墟を修理したりして住みつつ、森を越えて移住してきた人を集めたのがこの町だとか。
 そんな経緯もあるから、住人の種族もばらばらである。
 ツバキは純ヒューマンらしいが、東方系の血を引いていてこの辺では見かけないぐらい髪が黒い。
 万屋のラン親子は獣人だし、金物屋のサーシェはエルフだった。
 昨日のどんちゃん騒ぎの時にお酒をくれたおばあちゃんはドワーフだったし、さっき見た田んぼでは、妖精族の人たちが作業をしていた。
 帝都も雑多な種族が居住していたのであまり気にならなかったが、通常地方では町ごとに種族が分かれている。文化や考え方が違うことがあり、トラブルになるためだ。
 この雑多な種族の状況を見ると、確かに許容性は高いのかもしれない。

「で、もう一つは魔王討伐後に出てる流民の一部を引き取ることだね」
「流民?」
「魔王が出たあたりって土地が汚染されちゃうから、何十年も住めなくなっちゃうんだよ。そんなところにもともと住んでいた人たち」

 大量に出ている流民のうち、この町で引き取ることができる人数はたかが知れている。
 だが、魔王発生場所から遠く、流民受け入れに非常に消極的な南部において、最初に手を上げることにはかなりの意味がある。
 あそこが受けたんだから、ということで、皇帝は南部の領主たちに圧力をかけるきっかけになりうるのだ。
 人手も確保できて、帝国からの覚えもよくなる方法だ。
 援助を引っ張り出せれば、それを運んでくる人員を行商人代わりに使うこともできる。

「どんな人が来るんですか?」
「受け入れ側から種族と性別は選べるから、それはみんなと相談してから決めていいと思う」

 この町は女性ばかりだし、女性の方がいいのだろうか。
 それとも、結婚相手を探したいから男性の方がいいのだろうか。
 そういったことも町の人の意見を聞きたかった。

「で、そろそろ膝の上からどいてくれません?」
「やー、ツバキちゃん洗ってー」

 ご機嫌に笑いながらそんなことをねだる、新人領主様。
 ため息をつきながら、ツバキはその頬っぺたをこねくり回すのであった。
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